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パンデモニカ / PanDemonicA  作者: フジキヒデキ
港区南青山黄泉比良坂下ル
341/384

52


「そろそろ説明していただいてよろしいかしら?」


 あらためてヒナノに問われ、サアヤはうなずいた。


「見てのとおり、うちのおばさん、ちょっと頭おかしくなっちゃっててね」


 時刻は午後10時をまわっている。

 時間が深くなればなるほど、ナミのようすは「腐敗」の度を増していく。

 なんとかイッキが抑えているような気配だが、いつ破滅的な状況に陥ってもおかしくない。

 それでも一応、隣人の肩をもつチューヤ。


「言い過ぎ、サアヤ!」


「そうだよーサーちゃん、シンちゃんもっと言ってやって」


 だんだん、と床を踏み鳴らして苦言を呈する姿勢を変えない、強情なサアヤ。


「黙らっしゃい! おばさんの貯金通帳、もう空っぽなんだからね! こんなお高い家、もう住めないよ!」


 生活感のある言葉に、ぐうの音も出ないチューヤ。

 ナミはへらへら笑って歌うばかりだ。


「青山あたりで暮らすには、私は今どきおタカいの♪」


「いしだあゆみ歌ってる場合じゃないから! たしかにむかしはおカタかったけど、いまやホスト遊びで痴情沙汰だからね!」


「やはー、それを言われるとー」


 てれてれするナミ。

 だいぶ知能程度が低下している、というのはまちがいない。


「それで、どうするつもりなのですか?」


「もちろん、助けるんだよ。……でね、呪いを返した魔女さんとか、ラファエルさんとかにいろいろ聞いてまわった結果、おばさんを助ける方法をついに発見しまんた!」


「おー」


 ぱちぱちぱち、と拍手する一同。

 サアヤの功績だけは、全員すなおに認める傾向がある。

 世界中から愛される女、それがサアヤだ。


「で、どうすんだ?」


「死ぬんだよ!」


「…………」


 しばらく居心地がわるそうに、互いの目を見合っていた部員たちは、ほどなくサアヤに視線をもどし、おとなしく彼女の謎解きを待った。

 サアヤはコホンと咳払いをしてから、誇らしげにくりかえした。


「そう、死ぬんだよ!」


「……サアヤさん、日本語でおk」


 控えめにうながすチューヤ。

 サアヤはくるくるとアホ毛をぶんまわしつつ、


「ヨモツヘグイっていうものをとってくるには、死なないとダメなんだよ。だからね、死んで取りに行くんだ」


「……何度も言うがサアヤ、死んだら生き返れないんだぞ」


「生き返れるよ! そのために、ほら、こんなにたくさん薬草もってきたんだから」


 魔女であるおばあちゃんの説明によると、心臓を止める薬草、臓器を保護する薬草、体温を下げる薬草、などなどだという。

 これで()()()()()()()()()()()()、という。

 ──仮死状態。

 そう、この世界では「戦闘不能」からであれば、魔法で確実に復活できるというルールになっている。


「で、だれが死ぬの?」


「まあ体力に優れたやつが、いちばんだよな」


「殺しても死なないやつな」


 一同、とくに他意もなく言っているようにはみえる。

 さっきからいやな予感しかしないチューヤ。


「死ぬんでしょ!?」


「ひとは死んでも生き返るんだよ、最近の小学生によると」


「やめて! ゲーム脳批判的なロジック、永久にやめて!」


「体温を急速に冷やして冬眠状態にすると、ある程度、長い手術にも耐えられるらしいぞ」


「生き返れたの、それ!?」


「まあ、ある程度の成果は出たらしい」


「ある程度やめて! ……サアヤ、無茶じゃないの?」


 全員の視線を浴びて、チューヤはその罠の深さを思い知った。

 形だけでも抵抗を試みる彼に、形だけでも思いやる部員たち。

 残念そうに、ほろりと泣いたふりをするサアヤ。


「チューヤがどうしてもやらないって言うなら、しかたないから私が」


「なんだと、サアヤにやらせるくらいならあたしが」


「いやオレが」


「ボクが」


「……わたくしが」


 しかたなさそうにヒナノまでが乗っかる姿を見たら、お笑い担当のチューヤとしては、言わないわけにはいかなかった。

 お約束の力とは、絶大なのだ。


「い、いや、お、俺が……」


「どうぞどうぞ」


「…………」


 最初からそういうことになっているのだ、とあきらめるしかない。

 途中から一定程度、チューヤは覚悟を決めていた。

 この場合、そうするしかないのだ。サアヤが死ぬのを黙って見ているなどということは、断じてできない。

 それに基本、自分は長生きできないと知っている。

 だからこそ、生きているときにできることを全部やる、そのために()()()()()()()()()()だ。

 せいぜい、いいタイミングで死ねれば本望──。


 そのとき、部屋に冷たい気配が染み込んできた。

 ──境界化。

 ナミを中心に、暗黒の気配が広がりつつある。

 イッキは新しいオフダを部屋に貼っていくが、すぐに変色していく。


 このタイミング、この場所で逝くことに意味がある。

 サアヤはそう判断した。


「境界なら身体、守りやすいから。チューヤ、生き返らせやすいから」


「わかったわかった。さっさと殺ってくれ。きょうは、死ぬにはいい日だ」


 両手を開いて、かっこつけるチューヤだが、彼が思っているほどの効果があったかはわからない。

 現状、HPは最大だが、どうやって死ぬのだろう?

 一瞬、脳裏を不安がよぎる。


 一般に、蘇生は必ず成功するとはかぎらない。

 死んでから時間がたつほど、生き返るのがむずかしいことも、よく知られている。

 しかしこの世界のルールとして、デッドになればもどってこられないが、ダイイングならもどることができる。

 そして、そのダイイングの状態でしかはいりこめない、生と死の境界があるという。


 異世界線との「横の」境界ではなく、地上と地下、生存と死亡を隔てる「縦の」境界。

 くらやみ坂シナリオに通じる、その坂を登れば生者の世界、下れば死者の世界。

 デッドとダイイングが決定的に物語を変える要素である以上、生と死の分水嶺に挑戦することは必須であった。


 ほんとうに死んだら、ぜったいに生き返らない。

 これはルールだが、その()()()()()ことはできるだろう。


「それじゃこれ飲んで」


 サアヤからわたされた薬草を、黙って受け取った。

 なるほど、毒殺というわけか。

 いやそうな顔で、はむはむと咀嚼するチューヤ。

 良薬口に苦し、という言葉はあるが、


「毒薬なのにまずいぞ、これ」


「いい、チューヤ? 夜明けまでに帰ってきてね。それまでは、必ず守るから。魂、身体にもどすから。ひとは死んでも、生き返るんだから! でも、それより遅くなると、わかんない。もどれるかどうか、わかんないよ。だから、夜明けまでだよ! いい? ぜったいだよ!」


「ああ、わかったよ。俺のちゃんぽん麺、残しといてくれよな」


 これから死にゆくものを見つめるマフユの目には、それなりに親しげな気配がある。


「心配するな。ちゃんと食っといてやる」


「それでは、よろしくて? ──悪魔使いの邪悪な心臓に、一度、聖なる鉄槌を下して差し上げたかったのよ」


 境界化したのをいいことに、やおら、ヒナノの腕から即死魔法が炸裂した。

 即死魔法とは、ぴったりHPを0にする、という概念を取り扱う魔術回路だ。必要以上に肉体を破壊せず、生き返らせやすい死に方としても知られる。

 とはいえ悪魔使いはニュートラルであり、一撃必殺系の破魔や呪殺は効果的というほどでもないのだが、油断していたところを後方から一撃されたのだからたまらない。

 HPが0になる。

 彼は瀕死となって、横たわる。


「躊躇なかったね、ヒナノン……」


 うながしたとはいえ、サアヤもすこしあきれた。


「他意はありません。必ず生き返らせます。でしょう?」


「うん、ま、しかたないね。チューヤにはいい薬だよ」


「劇薬っぽいけどな。……おい、毛布とボンベ」


 最初から計画されていたかのように、てきぱきと動く仲間たち。

 このまま蘇生魔法をかけられなければ、時間の経過とともに生き返る可能性は減っていく。その時間を最大限に引き延ばすのが「冷却」だ。


「フユっち、お願い」


「しかたないな。全身、しもやけにしてやんよ」


 マフユの凍結スキル。

 手加減しているのだろうが、一気に全身が青白くなる。

 科学的知見によれば、これで脳と肺を守れる。

 心臓は、停止には強い臓器なので、一晩や二晩なら問題なくもつだろう。

 とくにチューヤの心臓は、やたら強力に動きつづけることで知られている。


「やれやれ、死人の世話は大変だ」


 それでも長くはもたない。

 彼が臨死でいられる時間は──。


「具体的には、どのくらいですの?」


「わかんないけど、一晩くらいなら」


「冬の海で溺れて数時間、死んでいた人間が生き返ったという話は、たまに聞くな」


 ふつうに心臓が止まったら5分以内に蘇生させる必要があるが、心停止に弱い器官を冷却などの方法で保護しておけば、1時間以上はだいじょうぶ、ということになっている。

 この「だいじょうぶ」は、後遺症なしで蘇生できる、という意味だ。


「脳に直接、酸素を供給してやる。最大限、もつだろう」


 ケートの「学者」としての才能が発揮される場面だった。

 チューヤの死体を中心に、最善の方法が試されていく。

 どう死ぬか、それが問題だ。




 ふわり、と浮き上がる身体。

 有名な幽体離脱というやつだ、と理解した。

 自分の身体が部屋の中央に横たわり、その周囲を人々が取り囲んでいるのが見える。


「いいやつだったな」


「死んだらみんないいやつなのさ」


「なんまいだ」


 お通夜の雰囲気を醸し出す面々に、


「ちょっと! ひとが死んだときにふざけるとか、最低ですよ!」


 命がけで突っ込むが、どうやら声は届いていないらしい。

 唯一、サアヤだけがアホ毛をぷるんと揺らし、チューヤの方向を振り仰ぐ。


「たぶんそのへんにいると思うけど、チューヤ聞いてる?」


 霊魂となったチューヤは、サアヤのまえに立ち、アカンベーをした。

 一瞬、不愉快そうな表情をしたような気はするが、どうやらサアヤにも見えていないらしい。

 手を触れようとすると、すり抜ける。

 境界化しているのだから、幽霊として見えてもいいはずだが、生霊は別の取り扱いなのかもしれない。

 ふと、唯一感触がある部分に気づいた。

 アホ毛だ。触ると揺れる。

 くるくるくるくる、とまわしてやった。


「……なにふざけてんだ、サアヤ」


 ケートの問いに、


「ふざけてないし! チューヤ、ここにいるんだよ!」


「ほう。死人のくせに、あたしのサアヤにイタズラするとは、なかなか冒険者じゃないか。二度と生き返れないようにしてやろうか?」


「まあ待て、当人の突っ込む声も聞こえないことだし、ここはひとつ話を進めよう」


 リョージが冷静に割ってはいった。

 うながされ、サアヤが説明する。


「姿が見えないってことは、別の次元に立っているってことだよ。ナノマシンを調整すれば見えるかもしれないけど、いまはもっと大事なことがあるから。……いい? チューヤは神道だから、たぶん黙っていれば、そのまま神道の〝あの世〟に導かれるとは思うんだ」


「なるほど」


 答えるチューヤの声は届いていないが、代わりにアホ毛をまわしてやった。


「けど時間ないから、自分で探して突き進んで」


 ぱしっ、とチューヤの手を気持ちで振り払うサアヤ。


「探すって、どうやって?」


 サアヤのアホ毛をいじって「?」マークをつくる。

 霊界電話以外にも、いろいろと交流の方法はありそうだ。


「魂の糸が、空に向かって伸びてるはずだよ。それをたどって。自分の糸が見えづらかったら、他人の見やすい糸をたどって。もちろんナミおばさんにつながる、神道の糸だよ」


「ほうほう……おおお! すごいぞ、これは!」


 チューヤの身体は、その意図に従って浮き上がり、一気にビルの上空へと抜けた。


「……行ったみたい」


 なんとなく虚空を見上げるサアヤ。倣う一同。

 ミッション「あの世」開始だ。



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