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32 : Day -59


 才能とは、まさにこういうことか……。

 チューヤの耳に、どこからかそんな声が聞こえた気がした。


「俺自身は強くない。だけどみんなの強さを最大限に引き上げて、戦うことができるってわかった」


 大きな流れのなか、チューヤは自分がその最大の潮流に乗っていることを感じる。


「ザコどもがぁ、とっとと片づけてくれるぅうあぁあ!」


 強力な一撃で、院長は先陣を切るケットシーを狙ったが、その標的はするりと切っ先を抜けてくる。

 どんな攻撃も、当たらなければ意味がない。院長先生とかいうえらい人には、それがわからんのです、とでも言わんばかりに。


「悪魔の力を食って、単体の力を伸ばした、それがおまえの戦略だったな、ハゲモノ。だけど、個体の戦力を高めるより、ばらばらの戦力を4つ、最適の位置と力で戦わせることができたら、個体の力がどれだけ上まわっていても、トータルの力で負けることもあるってことを……教えてやる!」


 チューヤの意識は悪魔たちと連結し、悪魔の見たもの、さらにその意識ごと、的確に伝達されてくる。

 この連携があるから、レベルの足りない状態で高位の悪魔を呼ぶと、逆に意識を乗っ取られてしまうこともある、とチューヤは理解した。

 だから悪魔使いは、支配関係を明確にしたうえで、戦場に最適の采配を下す。そうして()()使()()()()()の勝利を目指す。

 チューヤのやろうとしていることも、後半は同じだが、前半にわずかな意識のちがいがある。


 彼は悪魔を支配するが、同時に共感もする。

 悪魔の意識、視界、情報、感情の動きさえも把握して、一個の共同体のように動かす、という高度な支配状態が、そこにある。

 意識高い系、と表現することもできるかもしれない。

 1+1が2ではなくなる、理想的な戦い方。


「ええい、こざかしい! 単体の力が強い者が、本当に強いに決まっているのだ! おのれちょこまかと、弱い者から順に片づけてくれる」


 一瞬で片づくと思っていた戦闘が、予想外に長引いている。

 院長はそれだけで、動きに正確さを欠くほど苛立っている。


「そうだよな、そう動くとしたら、この位置が弱点になるんだ……セベク!」


悉皆しっかい了知! 横っ腹をさらけ出しすぎだぞ、ハゲモノ」


「にゃあ、避けきれなかった、ちょいと痛いにゃ」


「任せて、中回復、執行!」


「防御力、さらにダウン。重ねますわよ」


 攻撃する者、敵の攻撃を引き受ける者、回復する者、戦闘援護する者。

 それぞれを、なるべく早く行動できるターンへ「送る」者。

 それが悪魔使いの最大の役割。

 こうすることで、同じターンに相手の選べる行動の何倍も、こちらが動くことができる。

 召喚の維持と戦闘の効率化。

 戦場を支配する者、それが。


「これが悪魔使い、ってことか」


「そういうことだよ、()()()()()


 ハッとして周囲を見まわす。

 だれもいない。だが、たしかに聞こえた。

 こっちの、チューヤ。

 そう言える人間がいるとすれば、たったひとり。


「むこうの……チューヤ、きみなのか」


 戦闘のなかで、もうひとりのチューヤの声が脳内に滑り込んでくる。


「この場では、混ざっているがね。ドッペルゲンガーではないことを祈るよ。……そら、右だ。相手の行動を予測しろ。四倍体の悪魔使いは、目も耳も手足も4倍、4つの視点から同時に情報がはいってくる。戦場をいちばん把握できるのが、悪魔使いなんだ。最高の戦闘管制者になれ。そうすれば、チューロット、おまえがナンバーワンだ」


 この手の冗談を言うところは、恥ずかしながら俺らしいな、と思った。


「よくわからんが、わかったよ、むこうのチューヤ。そうだな。ここは境界なんだから、きみの声くらいは聞こえてもいいかもな」


「ああ、きみを見ていると、本当に楽しいよ。おれの分まで……そうだ、行け!」


 攻撃が重なる。クロスファイアは、もっとも敵にダメージを与える攻撃方法だ。

 敵が頭を押さえ、叫び声をあげる。

 左右から妖精たちの魔法が畳みかける。


「悪魔は手足だ」


 あちら側からの声に促されるように、チューヤの四肢がシンク(sync)する。

 走り出す魂のプラグイン、ハイパーソウルの同期シーケンス。


「右手、振れ、左足、下がれ」


「そうだ。わかってきたな。()()()()()()()だ。痛みを感じろ。価値を共有しろ。情動に共感しろ。属性を支配しろ。精神の核を撃て。もう一度言う。その()()()()()()()なんだ」


「ああ、そう……その通りだ。悪魔は他人じゃない、俺なんだ」


 チューヤと悪魔たちの動きのシンクロ率が急上昇する。

 それは文字通り戦闘の「最適化」。


「集中しろ、ピクシーの目が見つけた動きは、セベクのあぎとの可動範囲にある」


 異世界線から聞こえる「師匠」の声に、促されるように。


「左だ、セベク! ケットシー、下がれ! リャナンシー、魔法を重ねろ、5秒!」


 レベル10そこそこのナカマで、倍以上も強い敵を倒すためには。


「悪魔使いは()()()()()()でなければならない。もっとも広いエリアを見わたし、もっとも高い位置から、わずかな行動まで統括し、戦闘効率を最適化するんだ」


「踏ん張れセベク、挟撃だケットシー、リャナンシー!」


 チューヤは理解しはじめている。

 そしていまや実行している。


「失敗はしてもいい。蓄積したメタデータは宝になる。……そうか、きみは、おれだったな。なら、これを受け取れるか?」


 アノテーション・オン。

 一瞬、二重化した視界のむこう側、新たなメタデータを付加されたナノマシンが、チューヤに教えてくれる──敵の全ステータス。


「特技、弱点、各種パラメータ、行動のクセまで……これは」


「メタデータはDNAに関連づけられている。他人の戦闘経験は参照できない。言い換えれば、DNAが同じなら参照可能、ということのようだな。

 とにかく経験を積むんだ、こっちのチューヤ。そして最小の戦力でも、目のまえのハゲくらい倒せるってことを教えてくれ。……あのとき、おれにそれができていれば」


「……なに? おい、むこうの俺、どういうことだ」


 考えこもうとするチューヤを、重なった空間から叱咤する声。


「目をそらすな! きみは戦場の支配者だということを、絶対に忘れるな。寸秒でも脳細胞をなまけさせたら負けと思え。

 10の目でとらえた視界を、5つの力点に、最高の効率で配分できてこそ、真の悪魔使い、あるべき四倍体の真骨頂ということを、頭のてっぺんから爪の先まで叩き込め。

 できなければ存在する価値はない、無能は生きるな、死ね!」


 皮膚がひりつく。優しいかと思えば厳しい。

 過酷な極限の戦場を切り抜けてきた者のみが発せる叱咤だとは思うが。

 チューヤはそのとき、腕に触れた棒状のものを反射的につかむと、彼の目にだけ白い筋のように見えるビクトリーロードを突進する。


「これが、ラスト、クリティカル!」


 無防備に開いた攻撃の隙間。

 チューヤの振り下ろした剣が、まっすぐに院長の喉元を刺し貫く。

 それはまさに、必殺の一撃となって敵の生命を打ち滅ぼす。


「ギャアァアァアーッ!」


 断末魔の悲鳴。浴びる返り血。はっきりとした手ごたえ。

 チューヤは戦闘の終了を自覚する。

 自分ひとりで、いや、悪魔使いとしてナカマたちとともに、本当の意味で勝ち取った、はじめての勝利。


 そんな気がした。




 戦闘直後の独特の空気。

 さっきから聞こえてくる声が、徐々に小さくなっていることを自覚する。


「その剣は、きみにあげる。クチナワ、蛇の剣だ。おれにはもう必要ないからな。精神力に感応して硬化する。ふだんはベルトにでもするといい」


「あ、待ってくれ、むこうのおれ。きみは、やっぱり俺なのか」


 虚空に向けて問いかける。

 聞こえる声はどんどん小さくなっている。


「アノテーションできた以上、DNA的には、そういうことだろうな。父さんがくれたーY遺伝子~、母さんがくれたーX遺伝子~、世界線は混じるーきみを乗せてー」


 そういう替え歌が好きなところ、


「……たしかに俺っぽい。むこうのサアヤとか、どうしてる?」


「ああ、サアヤな。彼女も両親に負けず劣らず、いや、それ以上に大事な子だよ。おろそかにするなよ、俺」


「そうなのか、おれ、関係者ともども、みんな元気なのか?」


 しばらく答えがないので、消えてしまったのかと思ったが、


「……まあ、いろいろあるさ。じゃ」


 あまり元気ではなさそうだ、と思いながら呼びかけをつづける。

 だが、もう声は聞こえない。


 あちら側のチューヤは消えた。

 境界化というものの性質上、どういう理屈でその声が聞こえ、また聞こえなくなったのかはわからない。

 いや、考えてみると、本当にそんな声が聞こえたのかどうかも、もう自信がない。

 だが、いま手のなかには妖刀クチナワがあり、薄い光を放って、新しい主人の体温を己が柄に刻み込んでいる。


 そして事実、たしかに聞こえたのだ。

 あちら側のチューヤの声が。

 もしかしたら彼は、この病院で産まれたのかもしれない。

 あるいはもっと別の、決定的ななにかが起こったか。


 いずれ、もっと彼のことがわかってくるだろう。

 いつか出会えることもある。

 そんなことを考えながら、チューヤはゆっくりと踵を返した。


 彼は気づいている。

 というよりも、気づかざるを得ない。

 ボスであるはずの院長を倒したら、本来、この境界化は晴れてもいいはずなのだ。

 だが、この時点で境界の霧は、まだ晴れていない。


 なにか、まずいことが起こっている。

 そんな直観に皮膚をひりつかせながら、チューヤは仲間たちのいるだろう405号室へと走る。



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