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パンデモニカ / PanDemonicA  作者: フジキヒデキ
ようこそホーンテッドハウスへ
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40


「さあ、ネクスト! そこの細長い女、大食いのおまえだ、さっさと正解を出せ」


 北大路に指さされ、マフユは一瞬不快げな表情を浮かべたが、全員が乗っかっているゲームで自分だけケツまくるようなタイプでもない。


「ちっ。もうなんだっていいよ。そこの水晶ドクロ、どうせそれも偽物なんだろ?」


 響きわたる正解音。

 のたうちまわる筈木。まるでそういう自虐趣味であるかのようだ。


「うわああ、いくらしたと思ってるんだ、それは本物の水晶ドクロでェエエ」


「水晶ドクロは全部が偽物だって、月刊『ヌー』に書いてあったな、そういえば」


「唯一、見つかっているホンモノだって、あんた言ったじゃないかァア!」


 冗談のようなゲームに成り下がってきたな、とチューヤは思った。

 よもや全部、偽物なのではないか? 本物など、ひとつもないのではないか?

 そんな予断が生まれてくるが、一方で、罠のような気もする。

 マフユは瀬戸に向き直ると、問いただした。


「おまえの指示で、女たちが殺され、バラされている。そうだな?」


 瀬戸は軽く肩をすくめると、淡々と答えた。


「だから言ってるだろう。ぼくはバラバラになった女の美しいパーツを集めているだけなんだよ。そのために殺すかどうかを決めるのは、ぼくじゃないんだ。ただ、あまりにも派手にやってるやつのことは、ちょっと厄介に思っている。──門間もんまってやつだ。気持ちわるいオタク野郎でさ」


 おまえが言うな、と突っ込みそうになったが、下には下がいるということかもしれない。


「その門間ってやつを始末すれば、問題は解決するのか?」


「ゼロにはならんだろうが、半減以下だろうな。もう何人バラしたのかわからない。むしろあいつは、さっさと片づけたほうがいいかもしれんな。ほら、電話番号だ」


 瀬戸は、厄介な仲間をひとり、切り捨てることにしたようだ。

 事実、その門間というオタクが問題の大半をつくっているなら、それを排除すれば、さしあたりマフユの目的は達されることになる。


「つぎだ。そこの男、早く選べ。ゲームというのはサクサク進めなければな」


 北大路が煽る。

 リョージのターン。一瞬、空気が変わった。

 指示されたリョージは、しばらく考えてから、自分のもってきたデス・レターを握ったまま固まる猿の手をとった。


「本物だ。これは」


 え、という表情で仲間たちがリョージを見つめる。

 これまでの流れからいって、どう考えても偽物ばかりのパターンだと思われたが、ここへきてさらっと、そのセオリーをひっくり返す。

 一同の視線が集中するそのさきで、響きわたる正解音。


「おめでとう、3つの願い、猿の手に聞いてもらえ」


「あああ……ひでえ、北大路さん、あんたひでえよ、そういうヤバイ呪具だけがホンモノなんて、あんたエゲツなさすぎるよォオ!」


 叫ぶ筈木に向けて、やおら巨大な殺意が突き刺さった。

 ハッとした一同の視線の集まるさき、リョージの手のなか、猿の手が握っていたデス・レターが、勝手に折りたたまれていく。

 そして、その形が鋭いナイフとなった。


 ナイフを握る猿の手、という形。

 デス・レター、執行。


 その切っ先が狙いすますのは、筈木の心臓。

 考えてみれば、最初から彼に死を告げるために、その手紙はリョージによってここまで届けられたのだ。

 死の宣告が突き刺さろうとした、その瞬間、動いたのは芽衣子だった。

 魔女らしい呪文を唱えながら、ふりまわした箒が紙のナイフを打ち返す。


「呪い返し……っ」


 跳ね返されたナイフが、まっすぐに貫こうとしているのは──リョージ。

 彼はまったくわるくないのだが、それでも死を届けるメッセンジャーボーイの役割を担った時点で、呪い返される資格はある、ということのようだ。

 そのナイフが突き刺さる直前、リョージのガーディアンが稼働して、青龍偃月刀と交錯する。バラバラに引き裂かれた、かに思えたデス・レターの紙片が、リョージの身体にまとわりついた。


「ぐわあ、ああっ」


 リョージが悲鳴を漏らすくらいだら、そうとうの激痛なのだろう。

 あわてて駆け寄る回復役。


「ちょ、リョーちん、しっかりして。……まずい、これ」


 サアヤは必死に解呪を試みるが、強力すぎる。

 その呪詛は奇怪な文字となって、リョージの首から胸にかけ、袈裟懸けに死の効果を刻み込んでいる。


「どうなってんだ、サアヤ。リョージは……」


「わかんない、けど、たぶんこれ」


 立ち上がり、芽衣子をふりかえる。

 彼女は静かな表情で、みずからの行為の正当性を訴える。


「愛するひとを呪い殺されるわけにはいかないので、撃ち返したまで」


「くっそ……どうなってんだ、これァ」


 リョージが胸に手を当てると、しびれるような痛みが走る。

 呪いとは、痛いものらしい。


「それがきみの問いか。ふん、答えてやれ、芽衣子」


 淡々とゲームを継続する北大路。

 芽衣子は肩をすくめて、


「あんたは、自分が届けようとした呪いを打ち返され、逆にその呪いに感染した。見たところ、数時間は苦しませて殺す呪詛らしい。どんなに体力があっても、もって24時間というところでしょうね。私にその呪いは解けない。呪った当人に解いてもらいなさい」


 魔女の理屈を理解できるサアヤは、リョージを顧みて、ナノマシン経由で状態を調べる。

 深刻な事態が察せられた。


「まずいよ、リョーちん。あのひとの言ってること、ほんとだよ。早く呪った当人を見つけて倒すか、呪いを解かせないと、リョーちん死んじゃう」


 まだだれも死んでいないことに不満だったらしい北大路は、満足そうに笑いながら言った。


「正解を出したのに死ぬのか、はははは、皮肉な話だな。……さあ、ゲームをつづけるぞ。つぎはおまえだ、人肉食いの少年」


 指さされたチューヤはあわてて、


「食ってねえよ! くそ、いやなこと思い出した……。俺の番か。わかったよ、やってやんよ」


 骨董品の山を眺める。

 と、どこかから見つめられている気がする。

 目が合った気がして、ハッとした。


 なんだ、お面か。……お面?

 なんでお面が、俺を見つめるんだ?

 まさかこれ、呪いの面か……。


 それは古いもので、いわゆる伎楽に用いられる迦楼羅かるらの面。

 伎楽は仏教芸能で、6から7世紀にかけて日本に伝来したとされる。別名「呉歌舞くれのうたまい」で、滅びた芸能である。

 現在では、伎楽の全貌を解き明かすことはむずかしい。正倉院、東大寺、法隆寺などに、数百点の伎楽面群が残っている。


「高級なホンモノか、それとも古いニセモノか? ヒントはナシだ」


 北大路が指を横に振ると、ヒントになりそうなことを言いそうな筈木の唇が真一文字に結ばれた。

 もちろん筈木としては、これが本物であってほしいにちがいない。

 古い面であれば、貴重なものだろう。おそらく高額で取引される。

 ということは、これは偽物か?

 高額で取引されるようなものを、北大路が筈木に売るとは思えないからだ。


 しかし、この面は、どこかおかしい。

 チューヤは、あらためて面をじっと見つめた。さきほどは見つめ返された気がしたが、現在はただの古い面のように見える。

 迦楼羅はガルーダであり、インドが誇る聖なる鳥である。

 であれば、わるいものではないのではないか?


 ガルーダはヴィシュヌの乗り物で、ライバルはバスキ。地上権を支配するバスキと、空中権という宇宙を掌握するガルーダが戦い、ガルーダが勝利する。

 ヒンドゥーとのつながりが強調されるが、ゾロアスターとも強くつながっている。

 日本に伝わったのは、パキスタン、インドの最南端トリバントラムを経由し、インドネシア諸島から、というルートが考えられている。

 いまも、インドのムンバイにはパールシーというゾロアスター教徒が、鳥葬などの文化を守っている。

 ゾロアスター。

 聖なる牛を食べず、卑なる豚も食べず、太陽を中心に、物事に白黒をつける教義。

 伎楽に通じ、新石器時代からの伝統を持つ人々。


「すごくいやな気がするけど、これ、もしかしてホンモノじゃね?」


 お面を手に、問いかけるチューヤ。

 一瞬、嘴の端に肉のようなものがまとわりついて見えたのが、決定打となった。

 この面は夜な夜な、死肉を食らう。

 数々の博物館や宝物殿に収蔵されている伎楽面とは、やや出自は異なるかもしれないが、これは「新発見」のホンモノだ。


 ──響きわたる正解音。

 再び転げまわる筈木。


「こんどは呪いの面かよ、くそー、こっち見んな、おれを見んじゃねェよォオ」


 もはやギャグになっている筈木の恨み節を無視して、


「正解だ。さあ、だれに、なにを問う?」


 ややつまらなそうに北大路に促され、チューヤは一瞬、考えた。

 またしてもシナリオ分岐を意識する。

 そんななか、彼が選んだのは。


「イシフってのは、どこから供給されてるんだ? 知ってるひといたら、教えてくれ」


 しばし沈黙が支配する。

 ほどなく底冷えのする笑いを伴って、北大路が手を挙げた。


「それは、わしへの問いだな。よろしい、教えよう。イシフは哀れなエジプトの奴隷が、東京の下町で強制労働の末に織りつづけている。ロキやわしを含めた、選ばれた数名のディーラーのみが出入りを許された()()()()()()で、その布を卸してもらい捌いている。詳しい話は、門仲もんなか(門前仲町)の閻魔にでも訊くんだな。……よし、つづけるぞ」


 あまりにも単刀直入で少なすぎる情報だったが、それ以上、掘り下げるすべはなかった。


「つづける? ちょっと待ってくれ、北大路さん。もしかしてあんた、われわれにまで」


「娘といえど、例外はない。ここまで全員が正解しているのだ。もう順番はどうでもいい、ふたりで選んで決めろ」


「お父さん、あなたってひとは……。もう許さない、言いつけてやる、お母さんに言いつけてやる」


 北大路は、いらいらしたように一歩を踏み出し、


「だから、おまえたちはダメなんだ。本物の見極めすらつかないから、底辺を這いまわることになる」


「あんたのせいだろうがあァア!」


 筈木の横に立ち、愛人の肩を持つ芽衣子。

 それ自体が不快そうな北大路。

 どうやら親子喧嘩がはじまったようだ。

 いつの世、どこの世界でも、血縁同士の争いは醜く過激である。


「ああもう、いいわよ、だったらこれ、ホンモノよ! 父親でしょ、あんたが、あたしにくれた誕生日プレゼント、ホンモノに決まってるよね!」


 響きわたる不正解音。

 絶叫する娘。

 その愛人の怒号。


「おおお、おまえもか、おまえもなのかァア!」


「信じらんない、娘の誕生日にニセモノ贈るとか!」


「むかしからその始末だ、おまえには失望ばかりしている。本物を見極める目がないから、そんなクズみたいな男に引っかかるのだ」


「彼を破滅させたのはお父さんでしょう!?」


「おまえが望んだからな! おかげで女房も子どもも、ついでに資産まで、きれいさっぱり片づいたじゃないか」


「なんだって、おまえたちはいったい、なんてことを、私の人生を」


「うそよ! あんなひとの言うこと信じたらダメ!」


 ……修羅場だ。

 こういうのを、修羅場という。

 響きわたるジェッディン・デデン。

 向田邦子が描きそうなドロドロした惨状を、これ以上、見るに堪えない。

 半ば唖然とする部外者たちをふりかえり、北大路は静かに言った。


「どうやら、今夜のゲームは終わりのようだ。帰ってもらおうか」


 北大路一家の暗黙の合意があったらしい、急速に晴れていく境界。

 長い夜が明ける──。




 気がつけば、廃墟の地下室に放り出される高校生たち。

 瀬戸の姿は見えないが、境界に残ったのか、それとも別の出口があるのかもしれない。

 ひとまずかび臭い地下から逃れると、リョージがふらりとバランスを崩して地面に手を突いた。


「まずいな。どうしよう」


 チューヤの問いは、天才回復役のサアヤをもってしてもどうしようもない現状を嘆く意味しかない。

 マフユは、めずらしく心配そうな一瞥をリョージに向けたが、それほど気持ちのこもった視線というわけでもなかった。


「おまえら、なんとか助けてやれよ。そいつ死ぬと、うまい鍋が食えなくなるからな」


 さっさと歩きだしかけているマフユに、チューヤが問いを向ける。


「マフユ、おまえどうするんだ」


「あたしは忙しいって、いつも言ってるだろ。とりあえず門間とかいうオタク野郎を消してから、まあ……いろいろある。てめーにも手伝わせてやろうと思ったが、今回は勘弁してやんよ。リョージの世話してやんな」


 言いたいことだけ言って、踵を返すマフユ。

 闇に溶ける細い身体。

 払暁の空気を切り裂いて、太陽が昇るまであと数分という刻限だ。


「死ぬのか、オレ」


 いつものリョージとは思えない弱々しい問いに、きゅっと唇を噛み締めるサアヤ。

 さっき伝えた以上の新しい情報を、いまのサアヤから引き出すことはできない。


「呪ったひとの正体を探るしか……そうだ、占いだよ!」


 すばらしい名案を思いついた、というサアヤの明るい表情に、しばらく考え込んでいたチューヤは、


「そのまえに、成城へ行こう」


「え、どういうこと? 呪ったひとのこと、わかるの?」


「すくなくとも関係者がわかる。……お嬢だよ」


 チューヤの発想の意味を、サアヤはにわかに解しかねている。


「ヒナノン? たしかに、あの北大路ってひととは親戚みたいだけど、呪いとは関係ないんじゃない?」


「北大路一家のほうじゃない。問題は、狙われた筈木ってひとのほうだろ?」


「そうだけど……知ってるの?」


「ああ。筈木ってひとの娘は自殺したらしいけど、会ったことあるんだ。等々力で泣き叫ぶ、バンシーになってたよ。……お嬢の従姉妹だ」


 等々力渓谷で戦った、チューヤの記憶。それは、お嬢とふたり、最初の共同事業。

 そのことについては、サアヤも知らない。


「え……」


「筈木ってひとを、だれが恨んでるか、お嬢に訊いたらわかるんじゃないかな」


 なぜチューヤがヒナノの親戚関係について知っているのか、その点について小一時間問い詰めるのはあとまわしにしよう、とサアヤは決めた。


「なるほど、そうだね! リョーちんのピンチとなったら、ヒナノンなら、全力ヘルプしてくれるもんね!」


「まあ、そうな……」


 微妙な表情で、とにかくリョージに手を貸し、立ち上がるチューヤ。

 始発の日暮里舎人ライナーに飛び乗り、目指すは──。



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