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 生体医療工学研究所、最上階。

 社長室の典型的な社長椅子に、ひとりの男が腰をかけていた。


「進化はドラマというよりも、精密に設計されたプログラムだ」


 重々しい椅子をくるりと回転させ、立ち上がる。

 非常に美しい顔立ちは、六本木のホストと紹介されても違和感はない。

 ほとんど後光のようなものが差しているように見えるのは、単に窓からの光の加減だろうか。

 室内には彼の部下に、買収元であるソンブレロ社からも数人が参加している。

 そのうちひとりは、舎利学館本部にも顔を見せていた、ウィルソンだ。


「試行錯誤をくりかえしながら、命令を変更し、プログラム全体の設計を変えていく。われわれは神になる。そうですね、社長。──わがソンブレロ社とともに」


 最後の一言は、小声で付け足された。

 一応、買収元とはいえ、ここは相手先のテリトリーだ。

 あまり大きな顔をして、敵対的買収と思われても損である。

 それをきっかけに、集まっていた科学者たちによる侃々諤々の議論が開始された。

 会議は踊る、そして進んでいく。


「自己複製はウイルスの基本性能のひとつだと思うのだが」


「制御できない自己複製は悲劇的な結末を招く恐れがある」


「容量が大きすぎて、機械的なラインには乗せられないという現実的な理由はあるわけだが」


「容量は問題じゃない。人間の遺伝子さえ増殖するんだ」


「そう、容量の問題じゃないことはたしかだが、情報量が増えるほど相互作用の問題が大きくなる」


「パソコンに多数のアプリを入れた状態でコピーするみたいなものだな」


「予想外の問題が起こりやすい」


「ただでさえ未確認のデータが多い。原因究明以前の問題だ」


 瞬間、階下から警報が鳴り響く。

 異常事態のはずなのに、メンバーの表情には「疲労」以外の色があまりない。


「またか」


「空気感染力のある未知のウイルス。暫定レベル4」


「アメリカ人の皆さん、お待ちかねのゾンビですよ」


「ゲームにして売り出してくれたまえ。──どうするんですか、社長」


「いつもどおりだ。ルーティンをワークせよ」


 生医研は淡々と日常業務を遂行する。




「……ここは?」


 チューヤの問いに、ミカは記憶を掘り起こしながら答える。


「若いころ、両親が住んでいたアパートだったらしい。マミーからよく話を聞いていた」


 FBIとして、調査対象の近くに拠点を構える必要はある。

 近くに大学が多い関係で、学生たちの下宿として提供されている住居が数多くある。

 そのうちの一室を、FBIが民間の個人名義で借り受けている。


「思い出の部屋に経費で住めるとは思わなかった」


 室内には、ほとんど生活感がない。

 事実、最低限の家具がほかは、着替えなどがはいった小型のスーツケースと、FBI支給のパソコンが置いてあるくらいだった。

 そのパソコンを開き、チューヤから画面が見えない位置で、なにやら作業を開始するミカ。

 バックライトの光で浮き上がるミカの白い顔にむけ、なんとなく問いかける。


「その、マミーは、日本にきてないんですか?」


「……死んだよ。アメリカ国内で、ソンブレロ社が最後に動いた案件だった」


 アメリカでも、かの会社はかなり無茶なことをやっていた。大量のゾンビを発生させるような危険な実験も執り行なっていたという。

 ただし本国だけに、無茶をしすぎると反発が大きい。

 現在、無茶は海外でする、という姿勢にスタンスを移行させつつあった。


「そうですか。それはその、ご愁傷さまです」


「そこでソンブレロ社は、人体実験の舞台を、いくつかの拠点国に移した。犠牲者がアメリカ人でなければ、アメリカ国内の納得は得られる。残念ながら、わが国の政治家や経営者には、そういう考え方をする者がいる」


「いえ、わかります。なるほど」


 しばらくパソコンで作業をしていたミカは、指を軽く動かしてチューヤを自分の横へ呼んだ。

 見せたい画面、そこには「ジェノ・バイオ株式会社」とある。


「ゲノム編集ツールを提供……なんですか、これ?」


「日本の遺伝子ベンチャーだが、要するにソンブレロ社の出先機関だ。運営実態は生医研で、われわれはここから調査を開始した」


 注文どおりにデザインされたDNAをつくってくれる会社。

 インターネットから、欲しいDNAの配列を指定し、注文して決済するだけ。


「あらゆる条件で、ご相談お受けします。まずはできるだけ安く! というお客様に」


 ──遺伝子を標的とするgRNAは、すべてデザイン済みです! お好みのフォーマットをご利用ください。同じ研究室でお使いの場合、ニッカーゼタイプがおすすめです。


「ちょっと意味がよくわからんのですが」


「標的遺伝子をノックアウトした、好みの動物の細胞を送ってくれるってことかな。細かい標的までデザイン済みってのは、なかなかポイント高い」


 標的遺伝子が多い場合、ご自身でのgRNA挿入も可能です! そのたびにコンストラクトをご購入する手間を省きます。無料でご利用いただける「gRNA設計ツール」をご利用ください。

 ──宣伝文句の下にはリンクが張られていて、オンラインのツールを自分で使い、細かいオーダーが可能になっている。


「これ。なんの話?」


「好きな遺伝子をもった生物をつくって、送ってくれるって話だよ。まあ細胞レベルだが」


 ヒト、マウス、ラット由来の細胞を取り扱っているが、それ以外の特殊な生物についても、別途見積もりでオーダーは可能なようだ。

 ──本商品は「実験研究用試薬」です。人間への医療・診断・食品用に使用しないよう、十分にご注意ください。


「……つまり、使おうと思えば使えるってことか」


「遺伝子なんて飾りだ。気に入らなければ取り換えればいい」


 そういう時代。ゲノムを紡ぐ。それはもう夢ではなく、現実の産業なのだ。

 自動織機を開発したひとは、それによって織り上げられた美しい着物と同じように、美しく紡がれた新しい生物を愛でることができる。

 2013年、彗星のように現れたこの技術は、翌年には産業化され、世界中の研究者が目的の遺伝子を持った細胞を手にし、みずからの研究のため実験をくりかえしている。

 遺伝子編集はこのさき、2.0、3.0と進展をつづけるだろう。

 ──それは、ある幻想のテクノロジーに、非常によく似ている。


「……てか、これってゲノムの話ですよね? 俺が知りたいのは」


()()()()()。もしそれが()()にかかるとすれば、そういう()()()()()されたということ」


 この画期的な言いまわしは、悪魔相関プログラムの真相を如実に表現している。

 チューヤの脳内にも、即座に「納得インストール」されたことからも、表現の的確さがうかがえる。


 人類は遺伝子を切り貼りして、目的の機能を持った生物(細胞)をつくりだすことに成功しつつある。

 一方、悪魔使いは目的の悪魔をつくりだすために、悪魔の魂を切り貼りしていく。


「それじゃ俺の病気は」


 ミカは、パソコンに接続したUSB経由で、小さな注射針のように見えるメモリに、何事か転送している。

 ほどなく移行を終えた「データの針」をチューヤに向けた。

 ぎくっ、として後退る。

 ミカは肩をすくめ、その針を自分に刺した。


「たぶん、このワクチンが効く。──ほらね」


 コンピュータウイルスとは、まさに言いえて妙だ。

 ネットワーク経由でダウンロードされるワクチンで、端末から除去される。

 ミカを危険な場所に追いやった悪魔のトキソプラズマは、ダウンロードされた悪魔のワクチンで解決された。

 同じものをチューヤにも接種してやると、速やかに消滅する「病気」。

 人類はそうやって数々の伝染病を克服し、ここまでたどり着いた。そしてこれからも永遠に、戦いはつづくのだろう。


「……それじゃ、もしかしたら」


 手短にナミのことについて話すチューヤ。

 ミカは眉根を寄せ、考え込んだ。


「話を聞くかぎり、そのナミというひとは憑依した悪魔の機能を暴走させる、なんらかのウイルスを打たれている可能性がある」


 ただし病気である以上、治療は可能だ。

 破損した悪魔自体のプログラムに修正パッチを当てる、と考えればよい。


「それ、どうやれば……」


「このピンをあげよう。素体になるはずだ。そのさきは、悪魔合体の専門家に問い合わせるがいい」


 ミカはそう言って、自分たちの治療に使った使いまわしのピンをわたし、同時に右手を差し出した。

 勇気ある日本人の若者と、短いあいだだったが、いっしょに仕事ができたことを光栄に思う。

 要するに、もう出て行けよ、という意味だ。

 否応なく、チューヤは納得して理解した。

 彼女に彼女の仕事があるように、ここからさきは自分の仕事なのだ、と。




 日付が変わるころ、チューヤはまっすぐ青山へ向かった。

 帰宅するイッキとナミを迎えて、誘われるまえに首を振る。

 部屋まで行く必要はない。ただちに起動する悪魔相関プログラム。


「……あァくまが集いて」


 その瞬間、魂の時間から抜ける。

 こちら側にテイネを召喚する形になった。

 いつもは勝手に召喚枠を使われているが、今回は彼女の力が必要だ。


「前口上いいから。きょうの目的は合体じゃない」


「なんざんす、悪魔使い。ふざけるのもたいがいにしなんし。悪魔合体せずして、邪教の味方にいかなる存在」


「いいから、彼女をアナライズしてくれ。ステータス、病気か?」


「……ははあ、なるほど。そういうことざんすか。ふむふむ。なるほど」


 物珍しそうにナミをデビルアナライズにかけるテイネ。

 そのステータスはたしかに異常値で、病気と呼んでいいかもしれない。


「最初からこうしていればよかったよ。テイネ、おまえはどうして最初から、自分たちがナミさんを治療できるって言わなかった?」


「知らなんだので。……なるほど、そういうこともありんすか。画期的な知恵をお知らせいただき、感慨無量にたえないざんす」


「……で、どうすりゃいい?」


「お館さまに相談してみるでありんす。……あいあい、了解ざんす」


 テイネの時間は、いつも魂と等価交換だ。

 一瞬のうちに、お館さまとのやり取りを終える。


「早いなおい」


「魂の時間に、そもそも長短の概念はないざんすよ。──つぎの悪魔たちを集めて、素体のピンに合体させろ、ということざんす」


「……魔剣合体の手順か」


 チューヤのヒノカグツチや、有名な伝説の武器の多くは、魔剣合体という特殊な悪魔合体によって、つくりだすことができる。

 同様に、抗ウイルス剤となりうる悪魔合体を、注射針の形で実現すればいいらしい。


「合体に使われた()()()()()を集めて、逆転写合体をするざんす。ただし、それを()()できるかどうかは別ざんす」


「どういうこと?」


「たとえば、詰まった血管を治療するためのステントをつくることはできても、それを手術で体内に埋めることは、われわれにはできないということかもねむ」


「じゃ、だれができるのよ!?」


「……ラファエル」


 神の医者。

 すべてを癒す、四大天使の名だ──。

 考え込みながらも、力強い視線で目のまえの男女を見つめるチューヤ。


「……ナミさん。なんとかなりそうですよ」


 静かに見返すイッキは、ふっと笑みを浮かべ、


「頼むよ」


 方法さえわかれば、あとは()()()()だ。



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