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暗くなるまえに、おそろしい社内から抜け出せたのは、僥倖であったかもしれない。
人類社会は宇宙の法則によって支配されている。
当然、地域ごとの「時制」の影響を強く受け、「夜」は境界の悪魔たちにとって非常に動きやすい時間帯となる。
それを使役するチューヤにとっても有利になる部分はあるが、仲間たちの事情を考え合わせれば差し引きはマイナスだろう。
さすがFBIと称えるしかない手際で、ミカはチューヤたち一行を社外まで導いた。
圧倒的な身体能力と潜入・離脱技術は、彼らが一流の「スパイ」であることの証左である。
生き返ったネットワーク端末から、何事かやりとりする捜査官を、やや離れた場所から眺める高校生たち。
近くの公園に陣取ると、一般市民は彼らを避けて通る程度には、違和感のある組み合わせだったかもしれない。
「で、どうなってるんスか、この会社は」
チューヤの問いに、
「ソンブレロ社の出先機関として選ばれた。不幸な話だが、この国にはそれを受け入れなければならない、実質的な責任もある」
ミカの説明は、だいぶ先走った部分が大きい。
チューヤたちのポテンシャルを過大評価しすぎているのか、あるいは相互理解がまだじゅうぶんではないのか。
その両方であろうと理解し、いまさらながら自己紹介からはじめる。そもそも最初に交換しなければならない情報だったが、さっきまでは脱出が最優先だった。
手短に互いの立ち位置を明かすと、あらためてケートが問うた。
「日本企業を買収して、アメリカの企業はなにをたくらんでいる?」
「そもそも大規模な〝調達〟を必要としているのは、デメトリクス社を中心とする企業体コングロマリットだ」
ぴくり、とケートの肩が揺れた。
インド系IT企業デメトリクス。悪魔の定量化を成し遂げ、それを内在化させるプログラムまで到達した。
実験的な量産体制が確保されつつあるというが、まるで18禁であるかのように、高校生たち自身はまだ具体的な内容まで踏み込めていない。
「ナミおばさんが、死人を生き返らせるとか、なんかそういう研究してたせいで狙われたりしたのかなあ?」
若干不安そうなサアヤのつぶやきも、もちろん重要な意味をはらんでいる。
あらためてふりかえると、生医研の建物自体が「死臭」を放ち、腐敗した骸に巣くう菌類によって燐光を放っているようにも見えた。
それは要するに、巨大な「棺桶」だった。
──死者とは、伝統的に利用されてきた「資源」である。
古くは、人体の道具としての利用からはじまった。
たとえば人骨を使った楽器。チベットの骨笛や南米のケーナなどは、ヒトの大腿骨からできている。
人骨でできたキセルもある。頭蓋骨の盃などは、戦国時代のエピソードとしても有名だ。
ラマ教の一派がカパーラと呼ぶ宗教儀式に用いる、どくろ杯もある。カトマンズの露店でも売っているというが、もちろん偽物だ……ほとんどは。
焼却後の人灰が肥料になってきた歴史は当然に類推可能だが、日本の火葬場でそのようなリサイクルをしている、という報告は現時点ではない。
とりあえずナチスによって虐殺された人の灰が、肥料として使われた例はある。
ローマの骸骨教会には、頭蓋骨を含む人骨のアートがある。
パリの地下墓地は、まさに骨を主題としたアートだ。
日本での人骨利用として最大の効果を発揮しているのは、仏舎利と呼ばれるホトケの骨を使った宣伝だろう。真偽はともかく。
「そもそも生きるということ自体が、日常的な消耗・欠損の補給・補修なのだ。捕食という補給の延長線上に、医療という欠損の補修がある。──地下で聞いた、悪魔たちの会話だ。なるほど、含蓄があるな」
アメリカ人は危険な皮肉を使う。
あのまま地下にいれば、ミカは食われるか、人体実験の素材になっていただろう。
──当然、人体は医薬品としても珍重された。
カニバリズムは古来からあって、治療のためはもとより、生きるために食うことは、現在進行形で考えられる。
中国は人喰いの歴史と言ってもいい。
人体のあらゆる部品は、医薬品として効能がある(と述べている本がある)。
『本草綱目』では、骨、爪、毛はもとより、精液、耳垢、大便、尿に至るまで利用価値があることを述べている。
西洋の錬金術においても、血液や精液が重要な役割を果たしている。
ミイラが重要な薬になっていた歴史は、近代ヨーロッパの一時代を形成する。
日本にも、脳や肝臓、人肉、胎児などを医薬品として、明治、大正時代まで、墓を暴いてそれらを盗んだという事件が記録されている。
漢方では、胎盤を薬として用いる伝統がある。現在でも胎盤ドリンクは商品だ。
頭髪はカツラとして利用されてきた。女性の毛はある種の筆にちょうどいいという。
ナチス、日本軍、アメリカなどによる生体実験の記録、事件も多数報告されている。
アメリカ軍によって実施された史上最大の被ばく実験は、よく知られている。
「ともかく、北千住のオヤジさんに連絡しておいてくれよ。かわいい高校生に助けてもらった、約束を守れ、って」
ケートの言葉に、ミカは意外に素直にうなずいて、父親に電話を入れた。
アメリカ人は「家族愛」をなによりも大切にする。電話口に向けた物言いは、やけに皮肉っぽかったが。
これでケートの仕事も進むだろう。
「……ああ、だいじょうぶ。落ち着いたら寄るよ、ダディ。……心配いらない、五体満足だ。ははは、バラバラになっても、つなげて生き返らせることができるらしいよ? ……冗談。せめてウォンバリーに流れれば、パーツとして生き延びるって道もあったかもな」
父娘とは思えない殺伐たる会話だが、あまりにも多くの示唆を含んでいる。
ハッとして顔を見合わせるケートとサアヤ。
ウォンバリー。日本では「シキュウ同盟」と呼ばれる。
「それ、なんか聞いたことあるな。たしかマフユが先生に……」
「シキュウ同盟の仕事は、精子や卵子の提供だけじゃない。むしろ取り扱いとしては、移植用の腎臓や心臓のほうが、かなり額が大きいはずだ」
「臓器売買……」
チューヤの脳裏によぎったのは、マフユではなく、なぜかリョージだった。
先週日曜に聞いた、リョージの死んだカノジョの話。
そのカノジョの「パーツは」まだ生きているのだという──。
私の死んだ息子の腎臓が生きている、という思考法そのものは、アニミズム的といっていい。
通説、現代法は人格を有する「人」に対して、排他的支配を認めない。つまり、生きた人間の身体全体またはその一部(すなわち臓器)は、物ではない、としている。
ただし別の学説では、身体は有体物であるから一種の物である、とする。
判例や学説はしばしば見解を異にし、一筋縄でいかない問題のむずかしさを現前させる。
とはいえ事実上、多くの国で、臓器の提供は自由である。法的な制限はない。
臓器の贈与契約は、公序良俗に反しないかぎり有効、と考えられる。
この時点で、すでに臓器の所有権は前提とされている。
人体は医療資源である。
人体は単なる物ではなく、リサイクル可能な資源として、宝の山になってしまった──。
「そういう世界に過ごしている事実を、肝に銘じるべきだろうな」
つぶやくケート。
「問題は、異世界線が接近してきたからそうなった、というわけではないこと。最初から、われわれはそういう世界に暮らしている。だからこそ、これほど迅速に対応できたのだとも言える。──ソンブレロ社の業務停止も視野に、司法長官に掛け合うつもりだ。世界をもっと安全にすると、きみたちに約束する」
力強く言明するミカを、チューヤたちは素直に「カッコイイ」と思った。
世界規模の医薬品コングロマリットの事業停止は、インパクトが大きい。
当然、司法省だけの問題では済まない。貿易と衛生の担当部局、ステークホルダーが複雑に絡み合って、どんな結論を導くのかはわからない。
だが彼女は、高校生たちに向け最善を尽くすことを約束した。
おとなとして、最高にカッコいい。
現に運用されている制度から、悲惨な現実だけを取り除くように努力する。
現実は認めたうえで、運用を改善していく。
はじめから全否定する論理は、現実的ではない。
「本気になれば、世界は変えられる」
ミカはそういう教育を受けてきた。
チューヤはカルチャーショックを受けたが、ケートにとっては「当然の話」にすぎない。
問題は、相手も本気だ、ということだろう──。
そもそも彼ら自身が、みずから最善の「現実的選択肢」を模索している。
助けを待っているひとがいて、お金を受け取って、彼らを助けること。
事象として日々、蓄積・更新されている最新医療の恩恵を否定することはむずかしい。
原則論、原理主義を使ってしか否定できない、とも言える。
逆に彼ら自身も、功利主義的人体観に凝り固まっている、という見方もできる。生命功利主義に基づいて、人体をパーツとして最適化する。
アメリカの人体部品産業は、多量の部品を供給・販売している。この部品ひとつで、生きることのできる人間の顔を見つめながら、そのことを否定できるか?
人体が医療資源であることは事実の指摘として正しいが、このような言い方は一般に好まれない。
他の商品と同様、人体も大量生産され、リサイクルも可能となってきた。資源ゴミ、という分類があるが、人体はこのなかでもっとも価値のあるゴミである。
人体の有効利用を考え、リサイクルの思想を推し進める。アメリカの臓器提供を呼び掛けるスローガンのひとつに「リサイクル・ユアセルフ」がある。
すばらしい社会……。
「なんか、いやーな世界の、遠ーい話だと思ってたけど、そんなことないみたいね」
心の底から残念そうにつぶやくサアヤ。
むしろ問題は、彼女自身がそうとうに食い込んでいる「組織」の話だ。
「組織の常連ぽいじゃん、サアヤは」
「それ私じゃないから! チューヤだっていやでしょ、ニシオギのアクマツカイって呼ばれるの!」
たしかに、その名で呼ばれていいのは異世界線のチューヤだけだ、とこちら側のチューヤは思っている。
だが、俺のものは俺のもの、おまえのものも俺のもの、という立場でむかってくる相手に対して、謙譲の美徳に意味はない、むしろ害となる。
強い者、金をもつ者が、必要なモノを獲る。
なんとなれば「人体」は、公共資源であるからだ。
死体は国家の財産であり、臓器は人類共通の資源なのだという人々が、ここにはたくさんいる、らしい。
アメリカでは、いったん提供された臓器は会社のもの、とされる。
一方、中国は国家資源説をとっており、死刑囚を銃殺してから、その臓器を摘出し、利用することは合法的であると認めている。死刑囚は社会に害悪を成したので、臓器提供は社会に対する最後の償いである、と。
臓器提供を適切に配分するためには、特定の国家にかぎらず、公共資源説をとるべきだ、と酔っぱらったときにナミが語っていたことをチューヤは思い出した。
だから、私たちは会社ではない、公益法人なんだよ、と。
彼女は冗談めかして笑ったが、いまや、まったく皮肉な状況になっている。
外資の買収を受け、公益に資するどころか、市場グローバリズムの尖兵になっている。
自分たちは、この加害者であると同時に被害者の女性を、どうやって助けるかを考えなければならない立場にある。
「それで、実験台になったひとの被害を回復する手段は、あるんですかね?」
一同の視線を受けて、肩をすくめるミカ。
「金銭的にという意味ならイエス、原状復帰という意味ならケースバイケース」
「境界的な意味で、肉体がどんどん死んでいく状態にあるみたいなんですよ。それを境界的な意味で生き返らせてあげているホストのひとが、いるとかいないとか」
「ほんとのところは、まだよくわかんないけどね!」
どうやら複雑な事情らしい、と察するミカ。
彼女は首を振り、
「調べてみるとしか言えない。とにかく一度、ここから離れよう。……どうする?」
一転、行動の指針を決定するべき主体となった高校生たち。
顔を見合わせ、何事かの視線を交わす。
半透明のネコがゴロリと横になり、このさきはおまえが決めろ、おまえの自由に、おまえの人生を、百万回でも生きるんだ。
そうチューヤの耳には聞こえた、気がした。
まったくおそろしいトキソプラズマだ、いや、あるいは最初からこのネコはほんとうの意味で自分を導いていたのではないか?
重要なシナリオ分岐であることを自覚しつつ、チューヤはケートたちに向き直って順に言った。
「ケート、サアヤを送ってあげて。……バイトの時間だよ、サアヤ。……ミカさん、捜査をつづけましょう」
チューヤが人間たちの行動を決定するなどおこがましいのだが、このときはだれも逆らわなかった。
ネコはにやりと笑い、フッとその姿を消した。
仲間たちではなく、自分自身を選んだ。
手を取り合うのではなく、みずからの足で進むと。
また一歩、重要な選択肢のさきへ──。




