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11 : Day -34 : Sendagi


 千駄木の近くには、へび道という生活道路がある。

 くねくね曲がっていることから、もとは川が流れていた暗渠であろうと想像できる。

 あたりには、かつて根津の遊郭が広がり、非常に栄えた。

 明治時代、近くに東京大学ができたことによって、風紀上好ましからぬ、という理由から洲崎へと移転した。

 昔なつかしい下町という雰囲気だが、死者とインテリが集まる場所でもある。


「遊郭……いや大学か。そーいや東大だもんな、ナミさん」


「東大出身者が集まってつくった、日本初のバイオベンチャーだったらしいよ、生医研」


「意外にインテリなんだな、キミんちの親戚も」


「ここでアホ毛ゆらしてる女に同じ血が流れているとは、とても思えんね」


「おい、失礼だぞ、チューヤのくせに!」


 谷根千らしく、あたりは寺に囲まれ、ネコがうろちょろしている。


「おおー、にゃんこ。谷根千さいこー」


 ごろごろと地面でネコとじゃれる17歳高校生男子。

 サアヤとケートは、うんざりして嘆息する。

 捨てて行きたいところだが、そういうわけにもいかない。

 チューヤの脳内では、パラダイスな歌声が響いている。



 ここへ来れば どんな夢も かなうと言うよ

 だれもみな 行きたがるが はるかな世界

 その国の名は ニャンダーラ どこかにあるユートピア

 どうしたら行けるのだろう 教えてほしい



「ニャンダーラ、ニャンダーラ、なんとーかかんとか、イーンディア♪」


 奇妙な踊りを踊るチューヤを、ケートたちはゾッとした表情で眺める。

 狂ったか……。


「なんとかかんとかとはなんだ!」


 ばしーん! とぶんなぐるサアヤ。

 もちろんこの有名な歌は、サアヤが折に触れて歌い聞かせたものである。


「インディアがどうとか歌っていたが」


「三蔵法師のお話だよ。昭和に流行った。中国からインドまで経典を取りに行く話」


「ああ、『西遊記』か。あれはおもしろいよな」


 昭和にかぎらず、何百年もまえから定期的に流行っている、『三国志演義』『水滸伝』と並ぶ中国三大奇書の一角だ。

 『金瓶梅』を含めて四大奇書と呼ぶこともある。


 地面に倒れ、しばらく気絶していたチューヤは、ハッと目を覚まし起き上がる。

 腫れたほっぺたを押さえ、自分がどんな行動をとっていたか思い出そうとするが、心地よい調べと、凶悪なサアヤの鉄拳以外、思い出すことができない。


「なにぶつくさこいてんだ、チューヤ。とにかく行くぞ、時間はかぎられてるんだ」


 さきに立って歩きだすケートを、


「え、ちょっと待って、正面から行くの?」


 呼び止めるチューヤ。


「それ以外にどうするんだよ。とにかく一度、まっとうな方法から試したほうがいいだろ」


「……ダメだ。正面から行ってはダメ、のような気がする」


 ぞっとするような深い目で、なぜか断言する。

 さすがにいぶかしんで、足を止めふりかえるサアヤとケート。

 チューヤの目には、半透明のネコが横の道を走り、裏手へと向かっている姿が見える。そして建物の影に消え去る直前、くるりとふりかえり、待っている。

 ──ネコが道を示したのは、これが最初ではない。


「そうか、そっちが正解なのか」


 そうとも。正面から行くと死ぬぞ。

 そうしておまえは、何度も死んだじゃないか。

 失敗をくりかえして、それでもおまえは、またここまで来たんだな。

 百万回でも生きろ、チューヤ。


 ネコの目が、そう言ってる。

 9つの命を持つネコが、いくたびも死んでは生まれ変わるように。

 百万回でも生きろと、チューヤに告げている。


「そうだ、そのたびに俺は大切なことを知って、ここまで成長してきたんだ!」


「……どうしたんだ? あいつ。さっきからおかしいぞ」


「どこぞの有名な児童文学でも読んだんじゃないの」


 ケートたちは懐疑的だが、チューヤの心の向きはすでに定まっている。

 みずから物語の主人公として、その成長物語という隠れた主題を達しなければならぬ。

 こっちだ、とさきに立って歩きだすチューヤの確信的な態度に、しかたなくしたがうサアヤたち。

 これまでもチューヤの先導で、なんとか困難を乗り越えてきたという経験値はある。

 だが今回は、なにかおかしい、という気がしないでもない。


 チューヤはそのまま建物の裏手にまわりこむと、慎重に周囲を観察した。

 都心の研究所だけあって、広大な敷地があるというわけではない。

 フェンスを越えればすぐに裏口という建物だが、それなりに高層であり、地下もある。

 フェンスに鍵はかかっていない。平日の昼間だし、通常稼働中なのだろう。

 チューヤは幻視するネコのしっぽを追って、フェンスのむこう側へ侵入。

 いまのところまだ「訪問」の体を装うことができるが、呼び出し用のインターホンを押すこともせず、このまま裏口のドアを開けてしまったら、もうそういうわけにはいかないだろう。


「おい、チューヤ。ほんとにだいじょうぶなんだろうな?」


「この道でいいんだ、それが101回目の真実なんだ、そうだよね、ニャンコ」


 チューヤが独り言を抜かしていることがなによりも気になるが、ずんずんさきに進まれては、ついて行かないわけにもいかない。

 裏口を開け、しばらく進む。

 内部は通常のインテリジェントビルで、そもそも警備員がいなかったり、ドアに鍵がかかっていなかったりと、おかしな点はあるが、特段に殺伐たる雰囲気なども感じられない。

 ひと気がなさすぎるのが、奇妙といえば奇妙だが……。


「ここか、この下だね、ニャンコ。秘密は地下にあるのか……!」


 チューヤは、あからさまに「立入禁止」と書かれている、社内の人間すらふつうは立ち入れないエリアに、足を踏み入れた。

 さすがにチューヤの肩を押さえ、いさめようとした瞬間、歩く勢いに合わせて勝手にスライドした床の下、大きな穴が開いた。

 ……おそらく、この床面のロックが壊れているため、立ち入りを禁止されていたのではないか、と思われた。

 そのまま3人は、ごろごろと床を転がって落ちていった。




「で、私たちは、こんな地下室に閉じ込められているわけだね」


 ぶーたれたサアヤの言葉に、慣れた口調で返すチューヤ。


「自分から侵入した立場ではあるけどね」


「出られなくなった時点で、閉じ込められたと表現してもいいよね」


「まあ、そうとも言うかな」


「だれのせい?」


 こたえない幼馴染に強引に踏み込むサアヤと、


「いやあ、そういう話はほら、カドが立つじゃん?」


 押さば引くチューヤ。


「どんなにわるいことが起こっても、だれもわるくなくて、だれひとり責任を取らない体質の、なあなあ社会に暮らすひと?」


「そーいうこと言うと、窓際に飛ばされちゃうよ」


「窓際っていいね、いつでも外に出られるからね、いまよりマシそうだね!」


「もう、そういう皮肉を言ういけない口は、チャックチャック」


「んーっ、んーっ!」


 いつもの夫婦漫才をくりひろげているふたりを無視して、ケートは倉庫のようになっている地下室を慎重に調べている。

 上のスライドドア(?)は、3人を呑み込むと、自動でもとにもどってしまった。

 シンプルな落とし穴といえばいえるが、しっかり立入禁止と書かれていたわけだから、だれかを罠にハメようという意図で設置されていたわけでもないと思われる。

 あえて言うなら、みずから罠にハマろうとするタイプの人間だけが、このエリアに落ちてくる……。


「火中の栗を拾う者のみが、この場にいるか」


「飛んで火に入る夏のチューキチだね」


「んもう、怒ってばっかりいるとシワが増えるよ」


 いちばんわるい人間が、いちばん悪びれない。

 いつものチューヤではないな、という気配が濃厚になりつつあるが、そのアホづらはどう見てもいつものチューヤだ。

 淡々と己が役割を見つけ、果たすケート。

 彼の現状認識は、いつでも最高に正しい。

 奥に見つかったエレベータは、さらに地下へと向かっているようだが、その扉にはビニールテープで「X」が貼られ「使用禁止」とある。

 ……これはフリか?


「わかっていると思うが、チューヤ」


 ふりかえった視線のさき、すでにチューヤは動き出していた。


「決まってる、これは罠だよね、逆の意味で! このエレベータを使えば脱出できる、そうにちがいないよ」


 びりびりとテープを破るチューヤを、あわてて押しとめるケートとサアヤ。


「どうしたんだ、チューヤ、さっきからおかしいぞ」


「え? なんで? だって怪しいじゃん、こんなの。行くなっていうことは、要するに、行けってことでしょ」


「ちがうわ、あほんだら! ……おまえ、変な魔法にかかってないだろうな?」


 ケートの問いに代わって答えたのはサアヤ。


「魔法ってか、呪いみたいなもんにかかってるっぽいよ。それも、けっこう深刻な。……ステータスが〝病気〟になってるから」


 回復役らしい的確な分析だ。

 ナノマシンを経由してデータベースを照会しているが、対応する回復術が見つからない、という。

 病気であることは事実のようで、ポップアップ上「既報・最新」という通知が見て取れた。

 新たに確認された未知の病気、ということか。


「いや、俺は行くよ! この下に進んでこそ、道は開ける。確信があるんだ! 俺が病気だって? そうとも、人間は全員、死に至る病にかかっている。このさきには、それを癒す薬がある、そんなニオイがする!」


 わけのわからないことを言っている、としか思えないわけだが、部分的に心を惹かれる文言がないわけではない。

 死から回復する薬。そんなものがあるとすれば、サアヤは手を出すにちがいない。


「……おい、キミも止めろ、サアヤ」


「うん、だけど、このエレベータの下って」


「ボイラー室かなんかだろ。なんでこんな地下に薬を隠すんだよ。おい、サアヤ、キミまでどうした?」


「だいじょぶ、私は〝病気〟じゃないけど、チューヤが心配だから。ひとりで行かせられないでしょ」


「だれも行かない、という選択肢はないのか? おいおい、本気かよ」


 使用禁止ではあるが故障中というわけではないエレベータは、コンソールを覆っていた段ボールを剥がしてボタンを押すと、従順に稼働した。

 上階からゆっくりと降りてくる。

 あぎとのように開くドア。

 乗り込むと、操作盤は「1」からで、「B1」以下が押せないように外されていた。

 すでに「下」は押してあるので、エレベータが勝手に「上」に上がることはないが、このまま階を押すことなく上階で呼び出されれば、上がっていくだろう。

 そのまえに「下」に行きたい。


「ケート、下だ。下に行かせてくれ」


 しばらく考え込んでいたケートは、毒を食らわば皿まで、と心に決めた。

 コンソールを開いて、隙間からペンを差し込み、そのさきの「B2」ボタンを押す。

 閉じるドア。

 「使用禁止」の階層に向けて、ゆっくりと降りていく……。




「そういえば、こんな怪談話あったよね。ぜったいに降りてはいけない地下駐車場、みたいな」


「そんな地下あったらビルの資産価値下がるだろ」


「怪談話だから!」


 お腹いっぱいのフリに満たされて、開くドア。

 ──暗い。

 エレベータから漏れる光と非常灯の薄明かりで、かろうじて室内の輪郭だけが見て取れる。

 たしかにここはボイラー室で、それ以外に、さしあたり不要な資材や機材の置き場にもなっているようだ。

 それ以外の用途があるとすれば……。


「まだ、奥があるみたいだね。ドアがある」


 エレベータを降りて数歩進むと、背後からの光が急速に弱まっていく。

 ハッとしてふりかえり、慄然とした。


「まずい……っ」


 閉じるドアに指を突っ込もうとするが、間一髪まにあわない。

 操作盤で「開」けばいいのだが、それが……。


「なんだ、これ……」


 あきらかに異常な状況は、絶賛継続中だった。

 操作盤の部分が、めちゃくちゃに破壊され、むこうから降りてくることはできても、こちらから呼び出すことはできない。

 そういう仕様のエレベータ、これはもう、ホラーだ。


「ちょっと! おかしいでしょ、なにこれ!? チューヤのせいだからね!」


「ごめんよ! だけど、安心しろ、だいじょうぶだ。まだ道はある、ほら、あそこにドアがあるじゃないか、うしろへもどることができなくなっても、まえへ進めばいいんだ!」


「チューヤ! たいがいにしろよ! アホみたいに危険を選んでここまで進んできたが、もう勘弁ならん。いったい、どんな病気にかかっているんだ、キミは!」


 瞬間、ありえない方向から声がした──。



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