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05 : Day -35 : Kami-Nakazato


 六本木一丁目から乗り換えなしで1本。

 南北線沿線に、六本木ホストの家は集まっているのかもしれない、と思った。


 さすがに泥酔して寝ている女性を連れて電車に乗るのは気が引けたので、竹園の指示された住所へタクシーで向かった。

 上中里。

 タクシーを降りた瞬間だった。


「……また!?」


 境界化。

 有無を言わさず周囲の景色が変わり、こちら側から何者かを奪わずには済まさない、という殺伐たる空気に満たされる。


「最近多いね、こんな感じ」


 うんざりしたようにつぶやくサアヤ。


「いよいよ接近してるってことかな。もしくは俺たちの行動が引き寄せてる可能性も……」


「そのとおりだね」


 ゆらり、と背後から声。

 ハッとしてふりかえると、ここまで連れてきた竹園の嫁が、おそるべき姿に変じつつある。


「え、なにこれ、悪魔……?」


「悪魔はやつだろうがよ!」


 彼女はチューヤの背後を指さして叫んだ。

 つぎの瞬間、襲いかかってきた敵と戦闘になる。

 姿は天使らしい。

 あらためてふりかえると、竹園の嫁の姿は仏教的だ。

 アナライザを起動する。


名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

ヴィカラーラ/神将/17/6世紀/インド/マールカンデーヤ・プラーナ/上中里

バキエル/星天使/15/16世紀/ドイツ/隠秘哲学/西ヶ原


 周囲を見まわすと、みごとな坂になっている。

 上は天国、下は地獄。

 坂はいつも、そういうイメージで語られることが多い。


「魂は、なべて主にささげられるべきもの。邪教の者よ、その手につかんだ汚れた魂、清め携挙してくれようぞ」


「黙れ、血塗られた傲慢な信徒よ。……武器をとれ!」


 インド系の血がはいっているらしい濃い顔のララの声に、ぴくりと反応するチューヤ。

 彼女が仏教の神将ヴィカラーラだとすれば、その派生には多くの因縁が絡むことになる。

 神将として最弱であるヴィカラーラは、ヒンドゥーにおいては最強の女神ドゥルガーだ。

 その武器を封じられ、一介の神将に落としたということ自体、仏教とヒンドゥーの関係性をよく表している。

 他の宗教の神を取り込むに際して、最高のものを最低の位置に貶める、という方法はよく用いられる。


 その神将と対峙するのが──バキエル。

 最近よく耳にする星天使の一群に列せられている。

 神学機構御用達の携挙の道しるべ。

 東京の各地にある12の坂で、上と下にわかれ、アブラハムの宗教と仏教は、互いの勢力を競っているらしい。


「人の子よ、よく考えよ。そのような悪鬼について、輝かしい未来が拓けようか? 正しき道に目覚めよ、ともにその異教徒を滅し、天国に昇る魂の位階を引き上げるのだ」


 バキエルの言葉は、どうやらチューヤに向けられている。

 ──シナリオ分岐だ。

 たぶんバキエルに加勢すれば、神学機構の一員として迎えられるきっかけになりそうな気がする。

 だが……現状、その道はない。


「わるいけど、あんたには消えてもらうぜ、星天使さんよ。──来い、悪魔たち!」


 瞬時に最強の布陣を敷き、バキエルに対峙する。

 背後でうなずくサアヤ。

 仏教徒としては当然の輪廻を選択した、ということになるだろう。

 ララはにやりと笑い、みずからはバックアップにまわることに決め込む。

 だいたい飲みすぎてだるい、という理由かもしれない。


 バキエルは憎々しげに、邪悪な力を行使する背教者どもを睥睨する。

 神の使徒として、許しがたい邪教徒どもに天罰を加えるべく、正義の剣を抜いた。

 そして選択された未来へ──。




「どういうことなんですか、ええと……ララさん」


 ヴィカラーラに憑かれた気配など、もはやみじんも見せず、竹園の嫁はチューヤの肩を借りて、上中里の自宅マンションへと帰着した。

 ごくごくと水を飲み、そのままベッドへ。


 お持ち帰りの展開としては早いかもしれないが、彼女はめんどうなしがらみつきだ。

 ことにチューヤのような、人間的にヘタレの童貞としては、さきへ進む選択肢が微塵もない。

 そもそもここにはサアヤがいる。

 そのサアヤがむしろ、契機になってくれたのは運命の皮肉というものだろう。

 当初、とっとと帰れ、と言いたげなララの希望に応じて、まあ最低限の役割は果たしたよなと踵を返すチューヤを、彼女はふと呼び止めた。

 ララの視線がとらえていたのは、サアヤだった。


「その娘に免じて、教えてやろう。まずは誓え、死がふたりを分かつまで、愛すると」


 ノリのいいサアヤはてれてれと笑い、


「いやー、そんなこと決まってるけど、約束するよね、チューヤ」


 愛玩動物に免じて話を進めてくれているようだ、と察したチューヤは、しかたなくうなずいた。


「この場合、約束すると言う以外にないので約束します」


 サアヤはやや不満げだったが、ララはうなずいて言った。


「舎利学館は、12神将のうち3体を己が()()()()として使役している。この国で食われた人間の魂の4分の1が、学館にはいるということだ。私はその窓口の1つ。おまえの選択が、学館を利した」


「ち、ちょっと待ってよ。あなたは舎利学館の手先のひとりってこと?」


「あの店は、学館なくして存続できない。ナンバー1、セイの最大のパトロンは、学館の教祖の愛人だからな」


 さっき店で高額なシャンパンを入れた中年女。

 あれが学館の教祖の愛人、ということか。


「……そうなんだ。Show-jaって店の名前からして、たしかに仏教ぽいけど」


「店そのものに、宗教色はない。どの宗教のホストもいるし、無宗教だって多い」


「だよね。ヒナノンを送ってきてたホストさんは、神学機構ってところのひとなんだろうし」


 サアヤの少ない経験からしても、あのホストクラブは雑多な空気に満ちていた。

 あくまでもトップが仏教系というだけで、あらゆる宗教・無宗教がしのぎを削っているのだ。


「見たところ、とても宗教的には思えない邪悪な感じのひともいたもんな。さしづめマフユの系統か。まあホストクラブだし、聖なる場所ってわけにいかないのは当然だ」


 チューヤの認識に、ララはうなずき、


「うちの旦那も、自分は原初的なアニミズムだと公言している。それが八百万の神々を意味するかはわからないが、そんなことはどうでもいい。店の経営が学館の金に支えられていることは事実だ」


「その……学館って、なんなんだ? いや仏教系の新興宗教とか、そういうことじゃなく──たとえば神学機構みたいに、仏教を統一する力ではないよな?」


「あたりまえだ! あんなものは、仏教でもなんでもない。腐った教祖と幹部たちの集金機構だ」


 仏教は仏教で、内部にさまざまな派閥、問題を抱えている。

 その事実を知れば知るほど、内省的にならざるを得ない。あらゆる宗教でくりかえされてきたことだが、他の宗教との直接闘争よりも、内部闘争による被害のほうが、宗教それ自体にとっては最大のダメージになる。


「でも、ララさんは……」


「そうだ、学館のために魂を集めている。自分の魂を売ったんだよ、あたしは。あの店は、畜生の店だ。なにが癒しの精舎だ。竹園精舎……チクエンショージャ、みんな言ってる、チクショーだなって」


 ブッダが教えを垂れた竹林精舎と祇園精舎を足した、品のいい店名であるはずなのに、みずからそこまで腐すのはなぜか。

 ──竹園と話してみてわかったが、彼はとても温厚で、気品があり、もともとかなり家柄がいい。


「いいひとそうですけどね、竹園さんは」


「貴族の余裕ってやつだろうな。祇園精舎の鐘の音……。世が世なら、あいつはクシャトリアだ」


 めずらしく自分の旦那を誇るような口調だったが、ララはすぐ自虐的に笑い捨てた。


「祇園の祇って、たしかひとの名前だったよね」


 めずらしく仏教知識を披歴するサアヤに、


「ゴータマさんの実家を滅ぼした、コーサラ国の王子の名前らしいな」


 チューヤは、悪魔全書から引っ張ってきただけの知識をひけらかした。

 ゴータマさん、コーサラ国、という単語を受けたララの表情に、ドゥルガーの影が宿る。

 ──インドの系譜は、長く激しく、そして深い。

 ブッダの出自は、力は弱いが当時名門と呼ばれたシャカ族であった。

 その国を滅ぼしたのがコーサラという強大国で、結局は滅ぼされたが、その王族や国民にブッダの教えは受け継がれた。

 竹園の実家は、家族に学館の信者が出て、全財産をだまし取られ、むしり取られて没落した、という。


「当人は、恨んではいない、と言ってるがね。おかしなやつだ、あいつは」


 口調には半ばの呆れと、わずかの誇りが垣間見える。

 その廃墟から、竹園が立ち上げたのがホストクラブだった。

 人々に癒しを。2500年まえ、ブッダというひとりの男がやった精神革命を、現代日本で愛と絆の癒しに変えた男。


「ひとに歴史あり、ですな」


「10年まえまではね、だいぶ激しくやっていたんだ。ヤクザとも互角にわたりあった、武闘派ホストクラブだった」


「絆を合言葉にしてるのに、一皮むくと、けっこう血なまぐさいね」


「きれいごとだけじゃ、この業界はやってけないってことさ」


 ブッダの教え。絆。

 すべての生き物はつながっていて、助け合い、もたれあって存続している。

 ひとは死ねば微粒子となり、その全体のなかにもどっていく。


「あるとき、店に教祖がやってきたよ。愛人を連れてね。ちょうど川の手線の計画が、バカみたいな速度で議会を通過してたころだ。数年後に世界は大変革に陥る。そのとき、自分たちのためにはたらくか、はたらくなら命を助けてやろうって。教祖の愛人に手を出した、本来なら皆殺しだって。バカバカしい、理由にもなんにもなってない」


「警察に……って話じゃないか」


 インドの古代史が、東京の近代史に混ざった。

 ブッダは古いインドの宗教から、新しい非ヴェーダ系の「哲学」を生み出した。

 同じように、竹園は東京に女たちを癒す祇園精舎を築いた。

 同じ仏教という枠組みのなかで、またぞろ利害関係がぶつかりはじめ、調整の必要に迫られた。


「教団が本気になれば、たぶん皆殺しにもできたと思う。店の仲間たちの命だからって、うちのは受け入れた。教団の金と、代わりに支払うもの……」


「神将が集める魂の流れか」


「あたしの身体が、ちょうどいい憑代だったらしいよ。この身体が悪魔に変わるところ、見せなくて済んだけどね」


 10本の腕と、3つの目、原色の皮膚、トラに乗るドゥルガーという戦いの女神の姿を、神将というフレームにどこまで押し込めているのかはわからない。

 すくなくとも彼女がタイプRで、神将の力を受け入れたら、あとは自動的に戦い、勝利してその結果を学館に送る機械のような役割を果たしている、という事実は揺るがない。


「東京の12の坂道で、そういう戦いが日々、繰り広げられているってことか」


「学館の神将は3体。だけどやつらは、他の宗派がもってる流れも、自分たちに引き寄せようとしている。そもそもたった4分の1で我慢できるようなやつらじゃないから。教団のものになるくらいなら、神学機構とかいうところに流してもいいとすら思うけど」


 漠然と察していた、アブラハムの宗教と仏教との「魂のぶんどり合戦」。

 だがそれは、あくまでも「大きな対立構図」にすぎない。

 神学機構の内部に、小さな対立構図があるように、仏教側にもそれはある。

 基本的には、従来型の仏教勢力と、新興である舎利学館との角逐という図式とみてよさそうだ。

 むしろ舎利学館という存在が、壮大な「利害調整」の歯車として機能している可能性も……。


「なんだかんだ、仏教と神学機構が折り合いをつけているのは、学館の存在も大きいって聞いたことある」


「共通の敵って考え方だね。……ああ、疲れた。もう寝かせておくれ。明日もまた、魂を刈り取って送らなければ」


 チューヤはぞっとして、ララの影にひそむ戦女神の姿を見つめた。

 ひとそれぞれ、それなりの事情と歴史がある。

 それらを知ったうえで、自分にできることを探さなければならない──。



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