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 5階はあきらかに、これまでと雰囲気がちがった。

 カルテの情報がなくても、ここがボスエリアだということが察せられる。


 とにかく505に行かなければならない。

 そこに、どんな化け物が待ち受けていようとも。

 覚悟を決めて進む。


 5階の戦況は苛烈を極めた。

 まず、敵の質がちがう。エンカウント率が極度に高まり、この先に行ってはいけません、という意思を実力によって行使してくる。

 だが、その実力そのものが、立ち向かう者たちの意思を強固にすることもある。

 マフユは、初の戦闘参加と思えぬスピードで体得したばかりのスキルを使いこなし、強力な戦力の一助として、戦場の先に立っている。

 歴戦のセベクも、彼女の活躍には感心していた。


「なかなかの女傑。端倪たんげいすべからざるものよ」


「なんだ? 通訳しろ、チューヤ」


 同じ爬虫類の目をしているふたりは、なかなか気が合っているようだ。


「要するに、おまえはすげえってさ。4千年まえのワニが」


「ふん。悪魔使いとしては有能なのだろうが、戦士としてはとても敬意に値せぬ。女やネコばかり連れ歩きよって、軟弱者めが」


 チューヤが戦士として失格であることは言うまでもないが、悪魔使いとしてもなかなか軟弱な選択が目立っている、という見解のようだ。

 セベクが見まわす先には、ピクシー、ケットシー、そしてリャナンシー。


「なんだよ、セベク。おまえだって初期4シーの一角なんだから、そうひねくれるなよ」


 ピクシー、ケットシー、リャナンシーの3シーは、久我山、西荻窪、上石神井に配置されており、序盤に必要不可欠の3シー地帯として、多くの冒険者を支えている。

 そこにセベクというジプシーが加わることによって、序盤鉄板の陣容が完成するのだ。


「セベッシーに改名する?」


「するか!」


 長い歴史を持つワニ神も、現代東京の軽薄さには形無しだ。

 一同は最終ステージ近くに達して、とりあえず回復がてら、会話で呼吸を整えた。

 これが最後の会話になるかもしれない、とは思っていても言わない。


「ほかのシー探す?」


「バンシーとかシーサーとかフナッシーとか?」


 サアヤは小首をかしげ、


「最後のやつ、昔の名前で出ています、って感じだね」


「辺境に暮らす蛮族だしな。区内にそんなダサいやつはいない」


「また無駄に敵を増やす……」


 サアヤは精一杯の妖精知識を動員し、頼れるナカマたちを見まわした。


「えっと、アイルランドとかイングランド、ウェールズ……ケルト系が多いのかな」


「セベクは〝辺境のジプシー〟として、重要なんだぜ」


 あくまでもゲームの話だが、なぜかエジプト系列の神々が、23区の辺縁に配置されている傾向が顕著だった。


「ジプシー? それって馬車に乗って放浪する民族じゃない? 差別用語とか騒がれてなかったっけ」


「言葉狩りには断固として抗議する」


「ジプシーとは、ロマのことであって、エジプトとは関係ないがな」


 セベクがつまらなそうに訂正を入れた。

 もともとエジプトからやってきた人、エジプシャンから、頭音が消失したのがジプシーという言葉だ。

 やがて激動するヨーロッパの歴史のなか、いろいろな事情で、ロマなどと呼ばれ、移動生活を送る者を指すようになっていった。


「東京でも迫害されてるの、ジプシー」


「そういうわけじゃないだろ。ただ配置が特殊なだけで」


 セベクも、自分たちの配置がどういう特徴を持つかくらいは知っている。


「23区のもっとも外側の駅に、ホルス、バステト、アヌビスをはじめとする、エジプトの重要な神々が放擲されている件か」


「逆に考えればさ、エジプト勢が東京を包囲してる、とも言えなくもないこともないじゃん」


「心にもないことを言うな」


 セベクの表情に、まだ言い足りないことを感じ取ったチューヤは、最後の掘り起こしにかかる。


「で、しゃしゃり出てきた以上、なんかネタほりこんでくれるんだろうな、セベッシー」


 セベクは、マフユを見つめていた目線を、ゆっくりと自分たちの進む先にある、505の扉に向ける。


「ふん。わしはただ、そこな女傑の戦いっぷりに感心して、言うだけのこと。おぬしが得意の検索とやらにかければ、すぐに想像はついたであろうが。……我が名はセベク、その意味は、()()()()()()()()()()()()()()


 産院でこの名前は、たしかに含蓄がありすぎる。

 さっきからセベクの鼻がうごめいている理由は、彼の名前に由来する特殊な能力にかかわりがありそうだ。

 チューヤは、妊娠するかしないかを決める者、という言葉を口内でくりかえしながら、


「けっこう普遍的に需要のありそうな名前だな。リア充ひと()()()()()のあとに、お参りされてもいいくらいだ」


「意味はわからんが、神に祈るは人の定めじゃ」


 セベクの成立は、紀元前1991から前1650にかけて。

 そのころからずっと、人間たちの妊娠や出産を見守りつづけてきた神の目に、この産院で引き起こされている事態は、いったいどのように映るのか。


「人類の大長老にご意見をうかがい奉ろう」


 サアヤは素直に、セベクの歴史に感動を示したが、


「人類レベルで言えば、たしかに長老だ。しかし、いまやハルキゲニアとかいう桁ちがいの悪魔もいるようだから、なんともありがたみは薄れる」


 5千年と5億年の差が、越えられない壁として横たわっている。

 もちろんそれは特殊すぎる例で、数千年級の歴史を持つ神が、そうとうな格式の神であることはまちがいない。


「大泉学園を支配するんだよな?」


「さよう。わしの力は弱いのでな。辺境に追いやられた」


「西武沿線を敵にまわすのはよせ。それなりのブランドだろ、大泉学園も」


 学校名としての大泉学園は存在しない(のちに町名由来の学校は設置されている)が、デベロッパーによって開発された学園都市として、西武池袋線の駅名にその名を残している。

 高等教育機関を誘致して街づくりをする、という思惑は成功しなかったが、一帯は高級分譲住宅地として開発され、多くの区立学校も設けられている。


「明るい家族計画について啓蒙するのに最適だな、セベク」


「祈るがよい」


 あまりに話が進まないので、たまりかねてマフユが口をはさんできた。


「くだらん話はいい。それより、先生の妊娠はどうなんだ、ええと、セベクだったか?」


 すると、チューヤたちに付き合ってかぶっていたキャラを脱ぎ捨て、セベクは真剣な面持ちをとりもどす。


「ここで行なわれているのは、まともな妊娠ではない。いわんや、まともな出産などありようはずもない」


「どういうことだ、セベク、なんでわかる?」


「むしろ、なぜわからぬ。……古エッダの女神よ、おぬしの助けようとしている生命は、いかなる薬草をもってしても癒されぬ、呪われし魂の()()()()であるのだ」


 目のまえで、ゆっくりと開かれる、505号室の扉。

 そこには女神、エイルがいた──。




悪魔名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

エイル/女神/15/9世紀/北欧/古エッダ/蓮根


 戦闘は苛烈を極めた。


 女神にとって、チューヤたちは神聖な妊娠・出産を妨害する悪の手先。

 一方チューヤたちにとってみれば、エイルが敵とはかぎらない。

 なぜならエイルは、先生の妊娠と出産を助けようとしているからだ。本当の意味での女神であるかぎり、チューヤたちはその働きを歓迎し、むしろ助けるべきなのだが、必ずしもそう信じていい状況にはない。


 それは、同じような洗脳を受けたセベクの口からも語られた。

 ──かの女神、正気とは思われぬ。


「とはいえ、古い女神さまをぶっ倒すのは、気が引けるんだよな」


「現にわしがこうむっていた、邪悪な上級神の呪いから、かの女も、救ってやらねばならぬ」


 交錯する魔法の弾丸。

 くりかえされる打撃と回復の反復運動。


「それなりに強いしね!」


「呪われているなら、その呪いを吹っ飛ばしてやりゃいいだろうが!」


 人間たちの知恵では、その領域に踏み込むことがむずかしい。

 察しやって、古いエジプトのワニが、その身を乗り出して言った。


「わしがやる。が、そのまえに、まずはおとなしくなってもらわぬことにはな」


「とにかく、話はぶっ倒してからってことか」


 中ボス戦、エイルとの戦闘は長く厳しいものだった。

 問題は彼女が回復魔法に優れた女神であり、いくらダメージを与えても早々に回復しきってしまうことだ。


 ここでも、マフユの「威嚇」が役に立った。

 そもそも単体で集団を相手にすることの不利が、相手方には常にある。

 基本的な行動回数が少ないうえに、行動の順番まで制限されては、じりじりと回復が間に合わなくなってくる。

 その一瞬の隙をついて、攻撃を集中させる。

 結局、最後は数の力で押し切る、という形に持っていくことに成功した。


 横たわる女神のうえに手を差し伸べ、古い呪術によって解呪を試みるセベク。

 古い神を味方にしておくと、いろいろと役に立つことがある、とデビル豪のチュートリアルに書いてあった通りだな、とチューヤは不謹慎なことを思った。


 ほどなく目を開き、身体を起こすエイル。

 その表情は、ひどく憔悴しているが、憑き物が落ちたようにさっぱりもしていた。


「先生はどこだ、エイル」


 真っ先に問いかけるマフユ。

 エイルは、まだうつろなまなざしで茫洋としていたが、


「私が助けようとしていた女は。ああ、あの女の無事を祈っていたというのに。私の大切な薬草を、すべて使ってでも」


「レンコンの話はいい。センセはどこだ」


 エイルの視線は、言うマフユよりも、それに重なったガーディアンに焦点を合わせていた。


「分娩室……この先の分娩室に。インドの蛇神よ、そこは、たしかに、あなたのいるべきところかもしれない」


 ナーガは、男女の交合からエネルギーを生み出し、生命をつくりだすとされる。

 蛇は古来、悪魔の象徴だった。アダムを堕落させたサタンも蛇の姿をしていたし、日本の神話にもヤマタノオロチというモンスターがいる。

 一方で、白蛇さまや龍神というものもおり、人間に恩恵を与えるパターンも少なくはない。


「意味がわからん。とにかく分娩室だな。行くぞ」


 マフユに率いられるように、一同は病室を出る。



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