表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パンデモニカ / PanDemonicA  作者: フジキヒデキ
ダンス・ウィズ・キョンシー
286/384

90 : Day -35 : Shakujii-Kōen


 部室。

 料理をするリョージ、壁際にとぐろを巻いて寝ているマフユ。

 サアヤは宿題をやっていて、その向かいではケートがへたくそな字で、わら半紙に何事かを書いている。

 それをじっとのぞき込んでいるのが、彼に仕事を依頼したチューヤだ。


「なんでボクが、こんなものを解かにゃならんのだ?」


 あいかわらず変な姿勢で、左手で巻き込むように下手な字を書く。

 わら半紙という問題用紙がめずらしくて、そのざらざらした質感をしばらく楽しんだ。

 かつては上質紙と呼ばれた白く滑らかなコピー用紙のほうが、現在は安くなってしまったため、わら半紙が教育現場で使われることはついぞなくなった。

 しかし、この独特な手触りの灰色の紙を愛する層は存在し、現在も、用途をかぎって細々とつくられ、使われつづけている。


「へー。やっぱり、見る人が見るとわかるんだな。いやー、オカルト部のブブ子部長には、世話になってるようななってないような気がするからさー」


 一応、いまのところ彼女を敵にまわさないほうがいい、という直感に従っている。

 事実、相手もチューヤに対して友好的にふるまっている。

 この関係が永続性を保つと考えるのは早計だが、当面ゆるい連帯はあっていいはずだ。


「なんだよ、まだあんなヤベーやつと付き合ってんのかよ、おまえ」


 寝ていたマフユが、片目を開ける。


「おまえに言われたくないんですけど! ……で、なんの魔法陣なの? これ」


 ケートという飛び抜けた天才の「知恵」は、あらゆる魔術回路を設計できる。

 みずから引いた図面をわたしながら、ケートはあきれたように、


「知らんで仕事をさせるなよ。……その記号は、拡張虚数。オカルトの世界では冥途定数とも呼んだりするらしいが」


 イマジナリー数である「i」に、「e」を乗せたような図形。

 イマジネーション・インフェルノ。

 この数式を描ける人間は、まだ世界にそれほどいない。


「いつものことだけどさ、俺にもわかるように説明してくれると助かるんだけど」


「あらゆる数学より難易度の高いミッションだぞ、それは。まあ……ともかく、なんか地面に生きたものを埋めたんだろ? で、そいつが死なないように、生体エネルギーがすくないロスで循環するような永久機関っぽい回路だな。ただし元気に生きられない程度には、ギリギリの量で」


「……もういいです。それ以上聞きたくありません」


 ブブ子がこの回路をどういう目的で使うのかは、詮索しないことにした。

 オカルト部に届けてくるよ、と言って部室を出て行くチューヤの代わりに、最後にやってきたヒナノ。


 一瞬、サアヤと視線が絡む。

 今朝の出会いを、ここで早速、話題にすべきかどうか。


「よーし、できたぞー。きょうは、あっさりめでお願いしたい」


「わーい。きょうは水炊きだねー」


 基本中の基本、鍋はここにもどってくる。

 まるで物語が折り返したことを意味するかのような、原点回帰。

 水炊き!


「なんだよ、パンチねーなー」


 がっつり肉が食いたい、ガテン系男子のような食欲のマフユとしては、やや不満だ。

 一方、ダイエットにも最適のあっさり鶏肉とお豆腐の水炊きは、それ以外の女子には評判がいい。


「わたくしの鶏肉、ご利用いただけたのね」


「高級すぎて使いづらいんだけど、まあ、勘弁してくれ」


 鍋を煮立たせている間に、チューヤももどってきた。

 チッと舌打ちするマフユ。

 チューヤの被害妄想は敏感だ。


「なにそれ、もしかして俺がもどってきたことに対する舌打ち!?」


「うるせえな。おまえが鍋を食わないなら取り消してやる」


「なんでだよ!? 食うよ! 俺の鍋!」


 6人がいつもの自分の席に陣取る。

 鶏がいい具合に煮えたタイミングで、野菜と豆腐を投入する。

 軽く煮込んで、ポン酢でいただく。


「もぐもぐ……そーいやキミら、きのうはプロレスして遊んでたらしいじゃん」


「なんで知ってんの、ケーたん」


 同じタイミングで咀嚼しながら問い返すサアヤ。


「遊んでたとは失敬だな。生きるとは戦うことだぞ」


「生きる! いい言葉だな。ところでチューヤ、王子の問題は解決したのか」


 リョージの問いに、チューヤはうなずいて、


「ああ、一応、関係者の探偵さんとはコンタクトとったよ」


「そいつ、狙われてんぞ」


 目線を鍋に固定したまま、めずらしくマフユが言葉を発した。


「は? なにそれ、なんで知ってんの、マフユ」


「身内のゴタゴタの話は、勝手に耳にはいってくんだよ」


 それ以上、説明する気はないらしく、その巨大な口はかたくなに放り込まれたエサを喰う。


「身内っちゃ、お嬢はどうなってんの、ガブんちょの問題とか」


「そーいえば先週、リョーちんとおデートだったよねー」


 ヒナノは静かに鶏肉を食みながら、


「……代々木上原ですね。今週中には片づけるつもりです。そんなことより、いまは別の問題があります」


 首元のルビーの指輪をいじると、かーばーん、とかわいらしいモンスターが出現する。


「まだ飼ってたのか、そいつ」


「祖母の大切な形見なので」


「ケーたんだって、頭にウニ乗っけてんじゃん」


「ハルキゲニアだ、失敬なやつめ」


「頭にイヌころ乗っけてるやつにだけは言われたくないよな」


「バウギャハウガガウバウン」


 サアヤの頭上、ガーディアンのケルベロスが吠える。


「ちゃんぴょんベルト巻いてるやつにもね! って言ってるよ」


「高校生にもなって、ちゃんぴょんかよ」


「だってチューヤ、アホだもん。アホのちゃんぴょんだよ」


「そうか、じゃあアホのちゃんぴょんベルト、見せてもらわないとな」


「アホのちゃんぴょんベルト、見せろよォ」


「ないわ! これ腰痛ベルトだから! アホちゃう!」


 マフユも加わり、どこぞの新喜劇のようなやり取り。

 ほほえましく見守るリョージ。


「……おまえら、息ぴったりだな」


「お嬢のせいだぞ」


「あなた方には、あまりかかわりたくありません。こちらを見ないでいただける? これでも、わたくし忙しい身なので」


「みんな忙しいよー」


「だいたいお嬢、ガブんちょ以外に、まだ厄介な問題、抱えてんのかよ。ゴタゴタが多すぎるぞ、神学機構は」


「いえ、神学機構とは関係ありません。よろしければ」


 ちらり、と視線を走らせるのはリョージのほうだが、リョージの視線はチューヤに向かっている。

 ヒナノは一瞬、いやそうにチューヤを一瞥してから、言を継ぐのを諦めた。


「どんまい、チューヤ」


 により、と笑うサアヤ。


「はあ? なんのことっスかね、サアヤさん」


 憮然として野菜を食うチューヤ。


「ケートは問題ないのか?」


 リョージの振りに、


「問題だらけだ。また貸してくれよ、チューヤ」


 ケートが視線を転じる。


「ご用命ですよ、サアヤさん」


「おい、だから勝手にあたしのサアヤをレンタルすんじゃねーって言ってるだろ」


「貴様が口を出すな、蛇。それに今回はチューヤ、キミを借りたい」


 そこで一瞬、座が静まった。

 新しい流れができようとしている。


「チューヤの力なら、オレたちも借りたいよな、お嬢」


「……まあ、あなたがそう言うなら」


「だが断る、あたしの用が終わってからにしろ」


 リョージ、ヒナノ、マフユまで参加して、いつのまにか話題は「チューヤの用途」になっていた。

 慣れない状況に、ぽかんと口を開けるチューヤ。


「はあ? なに言ってんの、きみたち」


「ふーん。めずらしく人気者だね、チューヤのくせに」


 サアヤが冷たい目線で、稀有な流れを見守っている。


「しかたない。ジャンケンで決めよう」


「べつにいいだろ、全員に付き合えよ。一週間は7日あんだし」


「それもそうだな。じゃ明日はボクな」


 それほど熱心に奪い合うつもりもないようだ。

 このあたりの展開、チューヤには分相応といえる。


「んじゃオレたちは水曜にすっか、お嬢」


「あなたがそれでよいなら」


 リョージとヒナノの合意形成を、絡むのも面倒げにマフユが引き受ける。


「ま、あたしは何曜でもいいけどよ、結果さえ出してくれりゃな」


「しょーがないな。じゃあ順番ね」


 サアヤがまとめて、ひとまずチューヤ活用計画が成立した。

 そこに本人の意思はない。


「ちょっと勝手に決めないで! だいたい、どういう話なのよ、それぞれ!」


「私は話したよね。ナミおばさんの問題、どうにかしなきゃ」


「ああ、それは聞いたけど……俺がホストクラブ行くとか変でしょ?」


 ぴくり、と肩眉をあげるケート。なかなか聞き捨てならない単語だ。


「ホストクラブ? なんの話だよ」


「そういや今朝、お嬢がホストに送られてきたって、噂んなってたな。どういうことよ?」


 ヒナノは一瞬、首をかしげてから、すぐに落ち着き払って説明した。


「ホスト? ああ、彼は神学機構の方ですよ。カテドラルで偶然、会ったのです」


「だってさ。だから見まちがいだって言ったろ、サアヤ」


「安心こくな! チューヤのくせに」


 ヒナノはしばらく考えてから、事実を告げておいたほうがいいと判断した。


「神学機構に所属するといっても、仕事は別にあるはずですが、詳しいことは存じません。ちなみにガブリエルは翻訳家ですし、弟の保護者的な役割を担ってくださっているミカエル氏は、国連職員ですよ」


「……じゃ、そのなんとか機構のひとが、ホストクラブに勤務しててもおかしくないね」


 ヒナノはしばらくその職業について己が倫理観にかけていたが、必要以上に踏み込むことを避けて断じた。


「たとえ、どのような職業であろうとも、そこには目的があります。神学機構の重要な存在理由にかかわる、ね」


「各界の職業人、有力者を集めて、あらゆる方向から世界を取り仕切る、と。神学機構らしいやり口だな」


「ホスト調査も必要みたいね……」


 チューヤは脳内のスケジュール帳を整理する。

 さしあたり月曜、これからサアヤに付き合ってホストクラブ。

 明日はケートに付き合って、どこに連れていかれるか知らないが、なんかあるらしい。

 水曜はリョージとヒナノ。鍋食ってから出かけるのかな?

 木曜はマフユか。そーいや先週、中野でヤバそうなやつ見かけたっけ、もしかしてアレかな……。

 金曜以降は自由時間、でいいのかな!?

 適当すぎる計画表だったが、チューヤごときには分相応だ。




「で、どうなってんだ?」


 ケートの問いが鍋のうえを漂っていく。


「どうって、なにが?」


 鍋をつつきながら、高校生たちは高校生らしからぬ会話をつづける。


「脳みそ湯豆腐にして食った事件だよ」


「ちょっとケーたん! お食事中ですよ!」


「あーね。特捜が立ち上がったと思うよ、桜田門のお膝元だし」


 警視庁管内に設置された特別捜査本部。

 マスコミが「発生特捜」と呼ぶ事件だ。


「ネタ流してくれってよ」


「あのときのケートの知り合いの記者さん? うーん、言ってもただの息子だし」


「断絶の危機を迎えてる親子だよね」


「ほっといてください」


「いまごろ捜査会議の真っ最中かな、お父さん」


 鑑識からの結果報告をもとに、捜査方針や分担などが決められる。本庁の刑事と所轄の刑事が二人一組でコンビを組み、担当する捜査を受け持つ。

 地取り、鑑取り、証拠品分析、電話解析、ビデオ解析などが主となる。


「靴をすり減らしてナンボの仕事だと思うよ、下っ端だからな、オヤジ」


 そのとき、めずらしくマフユが口を開いた。

 自分のまえに食えるエサがなくなったことが、おもな理由だが。


「いや、おまえのオヤジは、けっこうな大物だぜ」


「……なに言ってんだよ、マフユ。おまえ、俺のオヤジ知ってたか?」


「知るわけねーだろ」


「じゃなんで」


「ロキ兄がさ、おまえのオヤジがどうこうって、けっこう重視してるみたいな話してた。いまも、たぶん会いに行ってんじゃねーかな。そんなこと言ってたぜ」


「……どういうことだよ」


 ほんの一瞬だけ、不安げに視線を揺らすチューヤ。

 物語は錯綜している。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ