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「ガツンといってくるぜ、チューヤ」
「むこうはダッド選手がさきか。頼むよ」
鳴り響くゴング。
リョージとダッドのガチマッチ。
「さあ、両選手、リング中央でにらみ合います。ええ……神の親ですか」
適当なアナウンサーに、
「名前くらいおぼえろよ、実況!」
サアヤが突っ込む。
境界的には、かなり低位のランキング戦。
チューヤたちどころか、ダッドの知名度もほとんどない。
かろうじてタニオが知られている程度だ。だからこそ、タニオではなくダッドがさきに出たということなのだろう。
ラリアートを躱す、華麗にステップ、場外に出る、鉄柵にぶつける。
エルボーを打ち下ろす。チョップ、キック、地味な技の応酬だが、一撃が重いことは見ていてもわかる。
汗が弾け、唾が飛び、鮮血が舞う。
理想的なプロレスが展開されていて、リョージも、ほんとうに楽しそうに戦っている。
「目的を忘れてないだろうな、リョージ……」
打ち合い、真っ赤に染まる胸、力比べから吊り上げ、絞める、ネックロックを回転しながら外し、浴びせ蹴り。
マンハッタンドロップから地下鉄蹴り。
急角度の投げから全体重をかけたボディプレス。
ロープの反動を利用した打ち合い、平手打ち、水平チョップ、その腕をつかんで持ち上げ、パイルドライバー。
スワンダイブから延髄切り、腕をとってDDT、カウント2で返す、流れるような動き。
リングのエプロンを使って腕ひしぎ。
「すぐにロープになるのでギブアップまでは持ち込めませんが、ダメージを与えるには効果的ですね」
一応、仕事をする実況。
「一瞬でぶち折ってしまえばいいんだが、半端なやつらだな」
適当に返す解説。
腕をとってアームロック、グラウンドからロープに逃れる。
ロープの反動で低空ドロップキック、マンハッタンからバックブリーカーで流れを止める。
フロントスリーパーから持ち上げて、場外へブレーンバスター。
「ちょっとおもしろくなってきましたね」
やや盛り上がる実況。
「やっぱ血が流れないとね!」
解説もポテチを置いた。
ダッドをとらえてコーナーへ、引きずるように持ち上げて、垂直落下パワースラム。
一連の高度な流れは、一部のファンの心をつかみつつある。
それを見せられている別の一部の人間の心中は、とても穏やかではいられない。
「おいチューキチ、どこへ行く」
むんず、とパンツのゴムをつかむサアヤ。
「あんなん無理だろ! 俺、死ぬよ!?」
パンツを残してでも逃げたいチューヤの悲鳴。
身体を抱えて膝十字、ひねって返しながらロープへ這う。
首、腰、膝、破壊的な関節技が連続する。
「さすが神の親、うまいぜ、ダッドさん」
楽しげに笑うリョージ。
「よしダッド、俺によこせ」
セコンドからタニオ。
タッチする相手の動きに合わせて、リョージもセコンドに引く。
「いけるか、チューヤ」
「無理無理無理!」
「いってこい大霊界!」
サアヤに蹴られてリング上へ。
「このまえ、レスリング部でプロレスごっこやったろ。あれを思い出せ」
リョージの声を背に受け、
「たしかに、いろいろ教わったけども」
チューヤはぶつぶつつぶやきながら、悪魔を召喚した。
筋肉ムキムキの鬼神。その影に隠れるチューヤ。
瞬間、しーんとする会場。
すたすたと歩み寄る審判。
「で、貴様はなにをしている?」
「なにって、これが悪魔使いの戦い方……」
「タッグマッチだと言ってるだろうが! 悪魔を召喚して戦うのは反則だ!」
「えー。ゲームだと、それはいいことになってる場合が多いよー」
「ダメに決まってるでしょ! 教育的指導!」
審判が手をくるくるまわしてチューヤを指さした。
「だって、みんなガーディアンはつけてるじゃんかー」
「おまえもそのベルトに守られてるだろうが! それにだれもスキルは使っていない!」
「あ、そうか」
一応、チューヤのガーディアンはアイテム補正によるオオクニヌシだ。
ガーディアンによるパラメータ補正と自動効果スキルまではいいが、それ以外のスキル使用は、悪魔召喚も含めて禁止ということだった。
「悪魔使い同士の戦いもあるが、今回はそうではない。あくまでプロレスという体のロケーターだ」
セコンドからの丹下の声に、
「最初から言え! わかったよ。悪魔は呼ばない」
不承不承うなずくチューヤ。
「チューヤ! とにかく、勝負はオレがなんとかするから、おまえはフォール負けしないようにだけ、気をつけて戦ってくれ」
「わかった。俺が死ぬまえに決着つけてくれよ、リョージ」
ともかく、いまはチューヤのターンだ。
プロレスのタッグマッチというシステムにも、この「ターン制」は非常になじむ。
ぶつかる。
一瞬、技が軽い、ように思えた。が、すぐにつづけて重いのがガンガンくる。
「もう、なにやってんのチューヤ! そんなやつ、リョーちんより弱っちいでしょが!」
サアヤの野次に、
「無茶言うなサアヤ、相手もプロだ」
首を振るリョージ。
「リョーちんは互角以上に戦ってたじゃん!」
「リョージと比べるなばかたれ!」
リングからチューヤの悲鳴。
会場には、ブーイングするほどの盛り上がりもないが、数少ない観客からすら、苛立ったように空き缶を投げてくる者もいる。
さすがにこれは「プロレス」とは言えない。
「ちょこまかと逃げるんじゃねえよ、それでもプロレスマンか!」
「ちがうよ! けど、そうだよな……!」
逃げているうちに、自分のまちがいに気づいた。
腰痛ベルトに触れる。
逃げるな、戦え。
ダイコク先生の声が聞こえる。
猛然と突進してくる相手の真正面から受け止め、吹っ飛ばされる。
瞬間、ロープの反動を利用してドロップキック。
複雑な技は知らないし、できもしない。
ただ、シンプルな技だけを返していく。
走り込んで蹴り、投げられて受け身、関節技に悲鳴を上げながら、とにかく受け止めて、立ち向かう。
ぼこすか殴られ、蹴られ、締め上げられるが、チューヤもなかなか倒れない。
「くそガキが、しぶてえ野郎だ」
「はぁ、はぁ、はぁ……っく、悪魔使いは、死んだらダメなんでね……はぁ、はぁ」
戦場を維持するためには、倒れてはならない。それが悪魔使いの最優先事項であり、パラメータも体力が優先的に上昇する傾向がある。
なかなか死なない、というのがこの場合、チューヤ唯一のアドバンテージといっていい。
10発殴られて、1発返す。
5発蹴られて、1発蹴り返す。
3回投げられて、1回捕まえてふりまわす。
だんだんわかってきた。
さんざん見ていたおかげもあるが、これがプロレスってもんだ。
「おもしろ……くはねえ(やってると)けど、はぁ、はぁ、ハマる気持ちは、はぁ、わかるぜ……はぁ」
「そうだろうが、こぞう、プロレス研究会で待ってるぜ、って言いたいところだが、てめえに未来はねえ!」
一転、ラフファイトに転じるタニオ。
審判の視界の陰でサミング、指取り、得意のコーナーマットを凶器に変える。
ダメージが深い。激痛が走るが、負けてはいられない。
「ダイコク先生は……不死身なんだ」
「……なに」
一瞬、その感触に違和感をおぼえて距離をとるタニオ。
同じ団体に属する仲間の雰囲気を、彼はたしかに感じていた。
オオクニヌシは、日本神話の国つ神として、イナバノシロウサギの説話などで有名だ。
ウサギの回復に役立つ情報を与えたことはもちろん、彼自身、兄弟たちに何度も殺されながら、そのたびに蘇っている。
神話史上、稀に見る「不死身の男」といっていい。
「回復した、いくぞ!」
短時間に呼吸を整えるチューヤ。
「ちっ、厄介なガーディアンだぜ」
舌打ちし迎え撃つタニオ。
フルネルソンからエルボー。
回転して切り返し、蹴り、ジャンプ、パンチ、キック。
腕を取り、ロープへ抛る。ツームストンを狙ってくるが、回転しながら裏へまわりこむ。
DDT2連発からコーナーに追い詰めて吊り上げる。
「あれくらうとまずいかな」
内心冷や汗のリョージ。
「雪崩式ってやつだね!」
サアヤにも、すこしだけ理解できてきた。
コーナートップからの落差を利用した技を、雪崩式という。
みごとにくらって、吹っ飛ぶチューヤ。
あわてて助けにはいろうとするリョージを、ダッドがカットする。
相手もプロだ、さすがにうまい。
リング中央でボコられるチューヤ。
じっと見つめるサアヤ。その目は、なぜか光り輝いている。
チューヤがやられるのを見るのが楽しいのではなく、必ず逆転するという信頼の輝きだ、とリョージは考えることにした。
「だいじょぶ、チューヤは立ち上がるよ、生きているかぎり。だから百万回殴られても、あいつは負けないんだよ」
「そんなに殴られるまえに、どうにかしてもらえませんかね!?」
リングから叫び返せるだけ、チューヤにもまだ余裕がある。
「しぶてえクソガキだな、とっとと死ねや!」
受け止めるチューヤ。
何発も殴られはするが、たまには対応できる。
「痛えな、こんにゃろおお!」
「そうだチューヤ、やっちまえ!」
意外な戦いの成り行きに、観衆も盛り上がってくる。
「全般的に強いわけではないが」
分析する丹下。
「しぶとい。あいつは、そういうやつだ」
にやりと笑うリョージ。
「ひと昔まえの少年漫画の主人公だね」
昭和の物語ならサアヤにお任せ。
「認めたくはないが、地味に成り上がるカッコわるい系の主人公だな」
「なにその認められたくないタイプの主人公!?」
チューヤは戦う。
死ぬまで。




