85 : Day -36 : Keikyū Kamata
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Go! Go! マスオ!
悋気に新妻怒り 本気の責めテラ怖す
飛び散れ養育義務 正直ムカつく
私は(ドジで)のろまな(カメです) スッチーデス
欲しい(浮気)みんなが(してる)
ああ股間を愛が嘗めれば スーパー帰路に会うのさ
緊急です ゴーアラウンド
「なんかこのパターン多いね。リョージとパーティ組む感じ」
チューヤの記憶では、ウテシは俺だ、レチはリョージだ、のイメージが強い。
サアヤは笑顔で、頼れる男を見わたし、
「いいじゃん、リョーちんといっしょなら、そうそうやられる気しないもん」
「ま、そだけど」
前方の敵を殴り倒してもどってきたリョージは、
「いやいやオレこそ、サアヤの回復にはマジ助かってる」
「死ぬ気しないだろ」
言うチューヤに、うなずくリョージ。
「それな。ケートが借りたがるのわかる」
「いつでも貸し出すから言ってくれ」
「おい! 勝手に私をレンタルすんなよ!」
プーピー、と音が鳴っているのを聞きつけ、チューヤたちは方向を転じる。
そこには、見慣れた道具屋台。
いそいそと買い物をするチューヤの姿は、いっぱしの「冒険者」だ。
「チューヤ、意外に使いこなしてるのな、屋台とか」
「三大屋台ね。彼らも付き合ってみれば、いい連中だよ」
「えらそう。チューヤのくせに」
道具を整え、回復し、セーブする。
このRPG要素満載の冒険は、やれば楽しいかもしれないが、見ているだけでは退屈しかねない。
よって、地下闘技場に到達するまでのダンジョンのくだりは、ざっくりと割愛してさしつかえないだろう。
境界とは、目的地に到達するだけでも戦闘を避けがたい、殺伐たる世界観なのである。
「で、なんでこんなことになってんの!?」
半裸に剥かれたチューヤが叫んでいる。
傍らでは、みずから脱いでパンイチになっているリョージ。
盛り上がるマッスル、肉体美がすばらしい。
チューヤは、自分の貧相な身体と比較して、かなりげんなりした。
「にょほー」
サアヤが頬を赤らめて、すばらしい筋肉をじっと見ている。
女子には女子の曲線美があるが、男子には男子の肉体美がある。
チューヤは地団太を踏みながら、
「ちょっと女子、なに見てんの!?」
「見てない見てない」
「指の隙間、めっちゃ開いてますけど!」
「うっさいな。チューヤの裸なんか見飽きたし。私は女を熱くさせるリョーちんを凝視してるだけだし。リョーのちん、ムヒョヒョ……」
「最低でしょあんた!」
ここは地下の一室、プロレスなど格闘技の「控室」然とした空間だ。
やかましいチューヤ夫婦を無視して、リョージは境界で再会した丹下さんと話を進めている。
「で、今回はタッグマッチと」
「観客に魅せるってのはあるが、最初からできるだけ飛ばしていけ。今回の敵は、いかんせんプロだ」
丹下はリョージの身体にベビーオイルを塗りながら言った。
リョージはみずから慣れた所作でバンテージを巻き締める。
「ま、職業プロレスラーだもんな。……ロールは?」
「リミックスマッチに近い。むこうはダッドとかいうやつがベビーフェイスのはずだが、地下格闘の善玉なんて、語彙矛盾も甚だしい」
「本気でやっちまっていいんだな」
「相方があれじゃ、そうせざるを得まいよ」
その視線のさきには、チューヤ。
境界有数のプロモーターだった(自己申告)らしい丹下は、現在は落ちぶれて場末の日雇いコーチで日銭を稼いでいるが、いつかは世界を目指すのだと心に決めている。
リョージとは、いつもの冒険譚の途中に知り合って、ただちに惚れ込んだらしい。
視線に敏感なチューヤにも、その気持ちはわかる。
「ごめんね! 弱くて!」
「そんなん、見ればわかるから。ほら、オイル塗ったげるよ」
ぺしゃぺしゃと油を塗ってやるサアヤ。
チューヤごとき貧弱な身体も一応、スポットライトに映えるように準備するのは、プロレスラーのたしなみであると同時に、固め技に対して抜けをよくする重要な意味もある。
「くそう、なぜこんなことに……」
「ま、試合なら、死にゃしないでしょ。がんばってきんさい」
パン、と幼馴染の肩をたたくサアヤ。憮然とするチューヤ。
「他人事だと思って……」
「ここを勝ち抜かなければ、有明の本番に出場することはできないぞ!」
丹下の言葉を、
「どういうことだよ、リョージ」
聞きとがめ、問いなおすチューヤ。
「ああ、なんかそういうことらしいんだわ」
「だから! どういう!?」
「境界のリングで、勝ち抜けってさ。たしか、いまのオレが底辺のEクラスで、このまえ、ミルコ・レオコップと戦って勝ったことで、ようやくランキング戦に登録されたんだってよ」
「ミルメコレオな! ……なるほど、リョージはリョージで、そんなムネアツのストーリーに身をさらしていたってわけか」
あらゆる部員たちに、それぞれのシナリオがある。
いま、こうしている瞬間も、ケート、ヒナノ、マフユたちは、それぞれの物語を進めているはずだ。
そのなかでも、リョージのたどるストーリーラインは、いつでも少年の心を熱く波打たせるだけの展開が満載だった。
「みんなそうだろ? ケートは最初から確信犯だし、サアヤもバイトはじめたし、マフユは赤羽の地下アイドルとエロいことやってるらしいし、お嬢は複雑な家の事情から考古学的遺物の組織犯罪にまで巻き込まれて、いろいろたいへんらしいからな。みんな、なにかしら背負って生きているんだよ」
「家の事情……そういう相談、あったんだ。お嬢から……」
「ま、そーいうのはオレなんかより、チューヤに相談したほうが役に立つぞ、と言っといたけどな」
そのときヒナノが、ものすごく嫌そうな顔をしたことまでは、心やさしいリョージは言わなかった。
そして残念ながら、そのあたりにまで察しをつけてしまうところが、チューヤの小市民的な忖度の赴くところである。
「おまえらのリングネームが決まった。リョーリヤとチューボッコだ!」
丹下が即席でつくったらしい、両名のリングネームをプリントした粗末なコピー用紙を見せた。
チューヤは広告の裏だった。
リョージのリングネームは、リョーリヤ。
キャッチコピーは、戦慄のアースコック。
「無敵のシェフ! 安かろう! うまかぼう! ふるえるぜビート!」
サアヤの歓声。
リョージはとくに感想もなく、受け入れている。
チューヤのリングネームは、チューボッコ。
キャッチコピーは、怒りのパンピー。
「ウーキー族の恥! 裸のサル! 森林惑星に還れ! ボッコボコられろ!」
ヤジるサアヤ。
「だれが考えたんだそれ! 訴えてやる!」
地団太を踏むチューヤ。
「野次られてナンボだよ。リングってのはそういうもんさ。あとは観客を味方につけるってのは大事かもな。オレも、前回ミルコのおかげで、何匹かの虫たちが固定ファンになってくれてるし、チューヤの野次も──」
「サアヤだったね! そういえば!」
キッ、とふりかえる視線のさき、隠れるサアヤ。
「がんばれよ、リョーリヤ、チューボッコ!」
拳を握る丹下。
「あんたのネーミングセンスは最低だよ! ……ともかくリョージは、勝ち抜いて有明の試合に出るんだな?」
「名を上げといたほうが、いろいろ有利なこともあるらしいからな。それに」
そもそも戦うことは楽しく、もっと強いやつと戦いたいのだ。
「それはいいんだが、俺のこのカッコはなんなの?」
「ひとりでタッグマッチはできないだろ、さすがのオレも」
「だから、なんでタッグマッチになってんのって訊いてんの!」
「……おまえたちの戦いたい相手が、彼らだからだろう?」
丹下が指さすのは、花道の伸びる先、四角いジャングル。
「まさか大田区が、こんな地下開発に投資していたとは知らなかったな」
唖然とするチューヤ。
「ほんとだよ……」
あきれるサアヤ。
だれも皮肉に応じる気力すらない。
大田区総合体育館の境界的地下には、広大な地下闘技場が広がっていた。
トーナメントなりランキング戦なりを勝ち進むことで、物語を進めよう、という使い古された設定らしい。
とくに昭和の少年漫画では、なじみのある展開だ。
その路線を踏襲すること自体は、リョージのキャラクターには非常に適合する。
境界化された地下は「共有化」されていて、だれかを倒せば抜けられるとかいう話ではない。彼らはみずからの意思でここにはいってきたのだから、みずからの意思で出て行けばいいだけだ。
そういう「自由な境界」で、自分の力を試そうという物好きな男たちが、少なからずいる。
スポットライトを浴びて、薄汚れた花道を歩くうちに、この世界のルールというものが身に染みてくる。
地下空間の中心に据えつけられた、四角いリング。
リングサイドの一面には、放送席らしいテーブル席。
4~5人の関係者が放送機材をまえにして、だらだらと中継している。
クオリティはネット中継よりマシに見えるが、映像素材として販売する予定があるのかもしれない。
「さあ、はじまりましたね。悪魔に憑かれた表のレスラーと、売り出し中(?)の高校生タッグ、異色の対決です」
実況アナウンサー。
「ふん。中途半端なプロレスラーと、成り上がろうとあがく強いつもりの高校生か。前座にしてもつまらないな。トイレにでも行ってくるか」
解説のおっさん。
「おい、解説! やる気だせよ!」
サアヤの苦情に、
「まあ、しかたない。裏の格闘界では、彼らはまだ最低ランクだからな」
首を振る丹下。
顧みるまでもなく、客席はガラガラだ。
ポテチを噛む音が鳴り響いている。
ミルメコレオのときは同族で客席が埋まっていたが、ここはまだ開場まもない夕方の闘技場。
最高に盛り上がるのが深夜であることを考えれば、前座の前座ということになる。
当然、格下のチューヤたちの入場が終わるのを待って、もう一方から入場してくるのは──源ダッド恒吉&タニオ・ヒロム。
こちらには、それなりの声援が集まっている。
本来、人気はダッドのほうがはるかに上なのだが、境界的にはオニであるタニオのファンが多いようだ。
タニオ・ヒロム。略してタヒ。「タヒね!」が決め台詞のプロレスラー。
一部に熱狂的ファンがおり、タヒコールが起こることもある。
「ターヒ! ターヒ! ターヒ!」
ヒールに近いコミックレスラーだが、セメントファイトもできる。
リングに上がると、すぐにコーナーマットを外したり、リングの下に武器を隠していたり、ラフファイトも容赦なく、大学のプロレス研究会出身だが、落研で話芸も磨いたという異能のプロレスラー。
「タニオさん、おもしろいよね」
さっき知ったばかりのサアヤも、けっこう気に入っている「キャラ」だった。
「コミックファイトが多いけど、セメントもできるんだぜ、タニオさん」
うなずくリョージ。
「タニオさんとか言うな! タヒーだろ、タヒー!」
なぜかチューヤの盛り上がりがピークだ。
「オレよりハマってんな」
「アホだからね、チューヤは」
「ターヒ! ターヒ! ターヒ!」
一部の熱狂的観客に交じって、タヒコールたけなわのチューヤ。
「てか、オレたち、あのひとらと戦うんだけど」
「ター……ヒ?」
しばらくぽかーんとしてから、自分が観客ではないことに気づく愚かなチューヤ。
そうだ。
オニのタニオに、取り込まれたダッド。
いまは彼らを倒さなければならないのだ──。




