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 西荻窪から、いつもの川の手線・右回りに乗り込む。

 乗りなれた地下鉄の、あまり乗らない時間帯。

 大深度を突き進む列車に揺られながら、一同はようやく、もっと早く話し合うべき事柄について話を進める。


「まあ、きのうまでにあったことは、だいたいサアヤから聞いたが」


 マフユの言葉に、チューヤは努めて冷たく言い放つ。


「だったら俺たちが疲れていることも知ってるだろ。あんまり面倒な話を持ってくるんじゃないよ」


「あ? リョージや、あのクソチビには付き合えて、あたしの話には付き合えないってのか? おう?」


 その表情は完全に本職のそれだな、と「威嚇」されたわけでもないのに背筋が凍える、小人物チューヤ。


「ヤクザみたいな脅しやめて……」


「まあ、あたしにこのナノマシンってやつくれたのも、ヤクザみたいなもんだからな」


 皮肉な笑みを浮かべるマフユ。

 その表情には一抹の寂寥がある。


「そう、それだよ。ガーディアンの由来はわかったけど、おまえ、ナノマシンなんかどこで拾い食いしたんだ?」


「拾うか! これでも3秒以上落ちてたものは、なるべく食わんようにしてるんだ。……兄貴分に当たるんだけど、ロキさんって人にもらったんだよ」


 チューヤは深くため息をつく。

 またしてもリンクしてきた……。


「ロキって……赤羽か……?」


「へえ、よく知ってんな。店にも行ったのか?」


「いや、店とかやってることも知らん。ただ赤羽=ロキ、という図式が、なぜか脳裏に刻み込まれているのでな」


「チューヤはゲーム脳なんだよねー」


 言われた側は、たぶんわるいほうの意味だろう、と察したので聞き流すことにした。


「よくわからんが、ともかく今回はロキ兄には関係ない。あたしの個人的な話だ。すこし気持ちわるい話だが、覚悟してくれ。わるいな、サアヤ」


「いいよー、フユっち友達じゃん」


「俺に使う()は」


「黙っとけ」


「はい……」


 マフユは一息ついて、ゆっくりと切り出した。


「これから病院に行く」


「病院の怪談とか、怖すぎ」


「臆病な彼氏だな、サアヤ」


「んもうフユっち、チューヤはべつに彼氏じゃないしぃ」


「だよなー」


 なぜかうれしそうに同意するマフユ。

 女の話はちっとも先に進まんな、と思いながら、


「で、なにがあるんだよ。その病院に」


「ああ。あたしさ、昔ちょっとヤンチャしてたんだよね」


「いまもだろ」


「でさ、一年のとき、退学になりそうなところ助けてくれた人が、いま、産休にはいってるセンセなんだ」


 一年のときから部活の顧問として担当してくれていた女教師・成田が、マフユのかかわった何らかの事件で精力的に動き、彼女を退学の危機から救ったらしいという話は聞いたことがある。


「……いい先生だよな」


 チューヤとしても、鍋部に快く迎えてくれた女教師のイメージは、決してわるくない。


「そうだよ。代理のクソ教師なんか目じゃない。成田センセは、あたしを色眼鏡で見なかった」


「フユっちが唯一、尊敬してる先生なんだよねー」


 マフユはゆっくりとうなずき、


「だから、あの人の望みをかなえたかった。かなえてやりたかった。それだけなんだよ。良かれと思ってやった。あの人のためだった」


「どうしたんだ、落ち着けよマフユ。なにがあった?」


「……それを確かめに行くんだ。ちゃんと働けよ、デビルサマナー」


 マフユの表情が厳しく引き締まる。

 ──成田は、夏休み明けから産休にはいっている。

 顧問は代理教師の矢川がつづけているが、基本的に教師はあまり部活のことにかかわらないので、なんら支障はない。


 最近、妊娠中毒症で入院した、というような話は小耳にはさんでいたが、見舞いに行こうという話がうっすらと出て、なぜかそれなりになっていた。

 その意味では、いま彼女を訪ねるのは、生徒としてまちがった行動でもないように思われる。


「あのさ、なにをどう確かめるって話だよ。わかるように説明してくれ」


「だから、あたしはセンセに助けてもらったから、恩返しをしたかっただけなんだよ」


「それは聞いたよ。おかげで鍋部に合流って話なら、たしか、まえにも部活の井戸端会議のときに聞いた気がする」


 それは、とりとめのない話し方で、マフユの心情の揺れが如実に表れている。


「そんな与太話といっしょにするな。……あれ以来、あたし、センセにいろいろ悩み聞いてもらっててさ、そのお返しってわけでもないけど、あたしもセンセの悩みを聞いてたんだ。で、あたしにもできることがあって、個人的に役に立てることだったから。センセのやってた妊活? ってやつについて、ちょっと手伝ったことあって」


「よかったよな。無事、妊娠できてさ。……手伝った? おまえ男だったのか……痛恨!」


 サアヤをまんなかに一列シートに座っている関係上、チューヤの脳天をどつくのはサアヤの仕事だった。

 わるいな、と()()()()ねぎらいながら、マフユは言葉を継ぐ。


「で、キナ臭い話はここから。というか、生臭い。ほんと、吐き気する話かもしんないから、覚悟して聞いてくれ」


「なんだよおい、勘弁してくれ」


 マフユは一層声のトーンを落とし、

「人工授精とか、体外受精とか、聞いたことあるだろ」


「妊活の最後の手段みたいなところあるよね」


「それで、先生は()()()()()()()()がどうしてもほしいけど、女の夢はなかなかかなわないのよね、って」


 サアヤが意味深な表情をつくって、ため息交じりにつぶやく。


「そうねえ、わかるわあ」


「人生は妥協が肝心だぞ」


「だって身近には、こんなのしかいないんだものねー」


「そうよねー」


 チューヤは憮然として、


「いいから話を進めろ、女子」


「……で、ロキ兄の話、さっきもしたっけ。芸能界にもけっこう通じててさ、芸能プロモーターに何人も知り合いいて、それで、つまり、先生のほしがっている男との子どもを、なんて言うかな……」


 いつもは言わなくてもいいことまで平然と言い放つマフユが、奥歯にものの挟まったような物言いをしている。

 これはレアケースにもほどがある。


「おい、マフユが言いづらそうにしているぞ」


「かなりヤバめの話なんだね。フユっち、がんばって」


「つまり、売買なんだよ、かなり、ヤバめの、ええと、精子の」


 栗の花のキナ臭さに包まれて、電車はつぎの乗換駅へ──。



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