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「レベル99……神霊アッラーフ、英霊ゴータマブッダ、そして破壊神シヴァ。なるほど、信者数が背景か」


 まずケートが見極め、


「アブラハムの宗教、仏教、そしてヒンドゥー。そう、そういうことになる」


 うなずく校長。

 ──校長の自然な誘導によって、部屋の片側にヒナノ、サアヤ、ケートが集まる。

 反対側に、チューヤ、リョージ、マフユ。

 ある意味、これが「現在の地球」であるとすれば、この6人にはレペゼン地球の可能性がある。


 ──比較宗教学では、世界の宗教を3つに分けて考える。

 アブラハムの宗教、インドの宗教、そして東アジアの宗教だ。


「アブラハム?」


 アブラ売りのサアヤの問いに、


「おおむねキリスト教とイスラームのことですね」


 ヒナノがざっくりと答える。

 ──世界の中心に「西洋」が屹立していた19世紀初期までは、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、異教、という4分割が一般的だった。

 しかし、これら一神教をひとつにまとめ、インドと中国を中心に拡大した宗教を、それぞれ独立した対象として置くのが、昨今の比較宗教学である。


「インドだけで独立してるんだな」


 感心するチューヤに、


「あの国は恐ろしいんだぞ、言っておくが」


 ケートが代わりに胸を張る。

 ほとんどインド一国で信者を独占するヒンドゥー教は、独特かつ深淵な教義、祭祀、歴史をもつ、アーリア民族による多神教である。

 この奥行きに魅せられたヨーロッパの独裁者によって用いられた「右マンジ」は、いまでは忌むべき集団の象徴として、使用禁止の憂き目に遭っている。


 一方、東アジアの宗教として独立項を形成するグループについては、やや雑多な印象の取り扱いとなる。

 大乗仏教、儒教、道教、神道はもちろん、それ以外の新興宗教を多く含むからだ。


 アブラハムの宗教も、異端と呼ばれるいくつかの宗派を内包はするものの、東アジアの宗教ほど異なる成立過程はもたない。

 それでも、ひとつの焦点となるのが「道」という概念であろう。

 ドウ、トウ、タオ、ダオなど、東アジアで頻繁に用いられるくくりは、中国、日本、韓国、ヴェトナムなどの国々で主流を占める。


「日本って宗教的な国だっけ?」


 首をかしげるサアヤに、


「どこぞの調査機関によると、日本は世界に数か国しかない無宗教国家のひとつだ」


 なぜかチューヤが胸を張る。

 ──定義がむずかしい問題なので信憑性は別として、無宗教が多数派を占める国は、中国、日本、北朝鮮、チェコ、エストニア、韓国などとされる。

 ただし日本については、「キリスト教で結婚し、仏教で葬式をして、神社にお参りをする」国民が、どれかひとつを選ぶことができない結果であって、必ずしも「無神論」というわけではない、という注釈もある。


「汎神論ってやつだな。世の中、カミサマだらけってやつだ」


 リョージの思想はスピノザに近い。


「健全じゃないかな。神様はどこかにいると思っているが、特定の宗教という権威にはくみしない。正解だと思うよ」


 うなずくチューヤ。


「ふるえて眠れよ、お嬢。ボクたちは、あんたに皮肉を言っているんだぜ」


 ケートの冷たい視線が、泰然たるヒナノの視線に絡む。


「少数派が、絶対多数に噛みつきたがるのは、よくあることです」


 ヒナノの表情は小ゆるぎもしない。

 この部室では便宜上、彼女のほうが少数派になっているが、世界的には疑う余地もなく、ヒナノが多数派を占めている。

 アブラハムの宗教は事実、約半数の世界人類によって信仰されているのだ。

 つまり世界の高みに立つ彼女の目には、ふるえて眠るべきはケートたちのほう、ということになる。


「どこかのだれかが言ってたな。この世界の主人公は、お嬢だって」


「的確ですね。改宗の申し出があれば、うかがいますよ」


 ヒナノは不敵に笑った。駘蕩たる本流。

 ケートは不快げに舌打ちをする。


 アブラハムの宗教に次ぐ勢力こそ、世界人口の15%を占めるヒンドゥー教徒である。

 ケートにとっては、自分たちが強いことは知っていても、立ちはだかる敵の層が厚すぎて戦う気にもならない相手、それがアブラハムの唯一神だ。


「でも、ここは日本だからねー。ナンマンダブ、ナンマンダブ」


 めずらしくサアヤが昭和以外の話題で主張した。

 日本では葬式仏教と堕しているが、世界的にはヒンドゥーに次ぐ勢力を誇っており、7%の人類が、この2500年まえに実在したゴータマ・シッダルタという哲学者の思想を信奉している。


 ヒナノ、ケート、サアヤ。

 彼らの背景をなすアブラハムの宗教、インドの宗教、そして仏教によって、人類の3分の2の心がつかまえられている。

 この事実は、きわめて重要だ。


 一方、その反対側に立つ、チューヤ、リョージ、マフユ。

 彼らは、部活では員数の「半分」を占めているが、世界史においてはあくまで少数派にすぎない。


「……なんか俺たちって、そう考えるとマイノリティ?」


 どう考えてもマイノリティのチューヤ。


「そもそも自分の宗教なんて、考えたこともないけどな」


 肩をすくめるリョージ。


「あたしはカミサマなんて信じねえよ」


 吐き捨てるマフユ。

 ──マフユの意見を無宗教の一種ととらえれば、世界人口の3分の1のスタンスと重なる。いかなる宗教にも関与せずに生活する生き方だ。

 一方、神道のチューヤ、道教のリョージは、いわゆる「その他の宗教」に分類され、ひっくるめても全人類の1%に満たない、という統計もある。

 ただし「中国の民族宗教」というざっくりとしたくくりかたをすれば、数%の勢力を保持する可能性もある。


 道教は、東アジアの宗教のひとつとして、仏教の陰に隠れることが多いが、多数の如来、菩薩、天などを配置する汎神論的な思想は、むしろ道教やそれ以前の民間宗教の側から、仏教に感染していったものだ。

 インドに生まれた仏教は、その生誕の地では滅びたが、道教化することによって、東アジアの宗教として生まれ変わった、ともいえる。

 その意味では、サアヤ、リョージ、チューヤはひとつの流れの上にある。


 とくに日本が得意とする「習合(シンクレティズム)」は、東アジアの特徴ともなっており、個々の信仰として認識するのが困難な場合も多い。

 比較宗教学的に言えば、本命ヒナノ(アブラハムの宗教)、対抗ケート(インドの宗教)、枠連サアヤ・リョージ・チューヤ(東アジアの宗教)、大穴マフユ(その他)、という見方もできる。

 ライトヒロインは世界史の主人公として屹立し、ダークヒロインは特異な立ち位置から存在感を発揮する──。


「問題は、そこだ。チューヤ、リョージ、一歩こっちに寄れ。──ここだ、ここに越えられない断崖絶壁がある」


 ケートが、5対1という構図をつくる。おそらく()()()

 ひとりぽっちのマフユ。

 マフユと、彼女以外。

 事実、そういう分類もあり得る。


 そもそもマフユの背後にあるのは、宗教ではない。

 悪魔崇拝を宗教と定義したとしても、そこに含まれるかは微妙だ。

 ひとつの神話体系に基づきはするものの、形を借りただけで勢力自体は「闇社会」の原理に支配されており、たまたまロキというトリックスターがそのヘゲモニーをとった、という()()()()()()にすぎない。

 いくつかの広域暴力団が看板の名前を争うような、あるいは総書記の肩書を奪い合う椅子取りゲームのような、ただの「悪魔の権力闘争」であって、それ以上でも以下でもないのだ。


「イジメっ子かよ。らしいことすんな、くそチビ」


 嗤うマフユ。


「そーだよー、ケーたん、フユっちと仲良くしてあげてよー」


 平和な仏教徒は言ったが、


「断る!」


 同時にそっぽを向くケートとマフユ。


「どっちかっつーと、マフユによくイジメられんの俺なんだけど」


 毎度、エサを奪われたチューヤが訴えると、


「チューヤはもうちょっとイジメられて強くなったほうがいいよ」


 冷酷なサアヤ。


「なんでだよ!」


 地団太。


「チューヤはじゅうぶん強いだろ。タフネスって意味じゃ、オレより強いかもな」


 優しいリョージはフォローにはいるが、


「ダイコク先生のご加護だね。たしかに、なんか最近、殺しても死なない感あるよね」


 満足げにうなずくサアヤ。


「サアヤが回復さ(あまやか)せすぎてんだろ」


 マフユの言葉に、


「いや、そもそも悪魔使いは、最後まで()()()()()()()商売にならないもんなの」


 持論を展開するチューヤ。


「ナカマの召喚を維持さえできれば、つねに立て直せる可能性が残る、ってチートな話か」


 言い方はともかく、ケートは素直に尊敬している。


「ゴキブリのようにしぶとい戦い方をする印象ですね」


 言い方はともかく、ヒナノは無関心だ。


「ゴキブリって! お嬢なんだから自重して!」


 最近、ヒナノから精神的に追い詰められることが快感になりつつある、などとはもちろんチューヤは認めない、認めるわけにはいかない。


「評価してるんだろ、あれでも」


 最後の肉を食うケート。


「殺しても死なないタイプか、いいね、サンドバッグにちょうどいい」


 とっくに食い終わったマフユは、いやな笑いで食後のストレス解消先を探す。


「ちょっと、そこで指をボキボキ鳴らすのやめてもらえます!?」


 条件反射的に距離をとるチューヤ。

 ──いつもの鍋部。

 一瞬、場が静まった機会をとらえて、


「もうひとつ、おもしろい視点を付け加えよう」


 校長が言った。

 一同の視線を集め、校長はテイネに指示して、悪魔召喚プログラム「邪教の味方」を立ち上げる。


 邪教テイネがデフォルトでワークするフィールド。

 チューヤには見慣れた景色だが、他のタイプの面々にとっては物珍しい。

 視線を受けていることに気づき、チューヤはなぜか、いやな予感がした。

 この手の予感は、たいてい当たる。


「悪魔相関プログラム、タイプS専用プラグイン、邪教。ワークスペース展開。ネットワーク接続。自動バックアップ復元。システム・オール・グリーン! ──あァくまが集えば、邪教の味方が、よーうこそォ」


 いつもの口上で、テイネが悪魔合体のプロトコルを投影する。

 魔法陣、邪教、合体……。


 忌まわしい言葉の羅列に、目を背けるヒナノ。

 彼女がチューヤを嫌悪しているのは、この冒瀆的な世界観に断固として同意できないからだ。

 その永遠の対立軸を煽るように、校長は言った。


「きみは当然、悪魔使いとして究極の目的を目指すだろう。原初神も例外ではない。私はきみのプログラム上で合成されることに同意し、そのデータフローによって魂のポテンシャルが引き上げられることを待っている」


「いや、目指さないけど……。まあ、悪魔合体が、その悪魔にとっては自分の魂の流通量を増やすことにつながる、わるくない取引らしいってのは理解してる」


 人間がデータフローによってその価値を判断される時代、当然、悪魔の魂もより多く流通することで、価値を積み増す。

 アクマダモンことダイダラボッチも、レベルが許せばいずれ合体され、チューヤの戦陣を飾る日もくるだろう。

 ……レベルが許せば?


「理屈のうえでは、きみは原初神を含め、あらゆる神々を支配下に置ける。みずからそれをつくることによってだ。思い出さないかね? ()()()()()()()()()()()()のだ。原初神()()()()()()()も」


 ぴくり、とヒナノの頬が跳ねた。

 また厄介な話をはじめるつもりか──。



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