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「2年まえには、この部室はセラミック同好会として使われていたモン」
校長は言った。
その話については、チューヤたちも聞いたことがある。
セラミックの一種である土鍋を中心に集まった、同好の士による同好会。
2年まえの時点で部員は2名。当然、正式な部活としての許可は下りない。
「その後、新入生が突然6人もはいってきて、鍋部に昇格したんですよね」
「……民俗化学部だモン。セラミック同好会のまえは、窯業研究会だったかな。ともかく鍋という共通のキーワードは、何十年も受け継がれてきたのだよ……モン」
ちょいちょい素を出しつつ、話を継ぐアクマダモン。
──民俗学における化学製品(陶器)の使用の歴史について研究している、という体裁をおぼえている部員は、もはや少ないかもしれない。
事実、土鍋を造る過程より、鍋料理をつくる過程の化学反応のみを研究している感がある。
それは変化ではなく、伝統だ。
おそらく窯業実験部の時代から受け継がれている部室の遺産「鍋」は、現在も毎日のように使われている。
「ばかばかしさはともかく、部活に歴史あり、ですね」
短く嘆息するヒナノ。
「厳密にいえば、土鍋とセラミックは異なるけどな」
小さく突っ込むケート。
広義のセラミックは窯業一般を意味するので、まちがってはいない。
「やきもの」という観点は同じだ。
陶磁器とまとめて呼ばれることもあり、「土もの」である陶器と、「石もの」である磁器は、主な原料となる成分が異なる。
土鍋は「粘土」を主成分とする「土もの」であり、「岩石」を主成分とする「石もの」は金属的で、ガラスに近い。
純白で美しく、光沢があり、澄んだいい音がする磁器のほうが、一般に高価であるが、要するに美術品としての価値が評価されているに過ぎない。
「使う」という本来あるべき用途に対しては、圧倒的に土鍋が優れているのだ。
「土鍋はすばらしいっスね、たしかに」
リョージが請け合う。
たとえば鋳物のホーロー鍋は、非常にデリケートであることで知られる。
まず、鉄にホーローのメッキを塗っているだけなので、表面がデリケート。鉄のくせに、割れやすい、欠けやすい(表面が)、そして錆びやすい(鉄なので)。
まさに使いづらさ三冠王。
その点、名もなき土鍋は、表面もくそもない、すべてが焼いた粘土だ。
割れや欠けは勲章のようなものだ、と男の傷を誇る男が言うのだからまちがいない。
錆びる? 粘土が錆びるかこの野郎。というわけで、メンテナンスがアホみたいに楽だ。
冷蔵庫保管、食洗器、焦げつき錆びつき変色、どんとこい。
最強の日常使用兵器。
それが土鍋である。
「床に落としても割れないってすげえよな」
「てか落とすなよ。磁器よりは頑丈だが、割れるときは割れる」
「精密検査を受けさせたらどうだ。魔法の道具が溶かし込んであるかもしれんぞ」
いつもの盛り上がりを見せる部活。
鍋のすばらしい点は、この「会話」にもある。
「忘れるところだった。校長、裏鍋の使い方、教えてくれよ。そもそも、なんで鍋なんだって話だが」
チューヤの問いに、校長は一瞥を向けてから、鍋に視線を移して、
「鍋子くん、教えて差し上げなさい」
丸投げし、肉を食う。
「その呼び方、やめなんし」
応じるように、にょろり、と這い出してくる小人。
「鍋子……てか、テイネ。ああ、そうか……おまえに訊いたほうが早いのか。たしかに邪教鍋とか、最初はそういう設定だった気がするけど……おまえ、意外に伝統ある存在だったりすんのか?」
悪魔使いにはおなじみ、邪教の味方。
いつものブカブカの青い衣装にふりまわされながら、テイネはこっそりと肉を食っている。
「とある高校の、とある部室に備えつけの備品に、とある因縁深い土鍋がある、という物語の主人公のご登場ってわけか」
悪魔合体をしないケートも、邪教システムそのものには興味があった。
そもそもデメトリクス・システムそのものが、悪魔召喚プログラムに端を発し、邪教という悪魔合体とともに発展してきたといっても過言ではない。
「なんざんす、わっちに注目する価値がありありなのは、まあ当然としても、部室に土鍋とか、ふつーに考えたら事情がまとわりついて当然の謎設定ざんしょ」
校長の肉をぶんどって食いながら言うテイネ。
「そもそも、この校長が集めたわけだからな、ボクたちを」
視線をもどすケート。
「その表現は正確ではない。きみたちは、あくまでもみずからの意志で、みずからの進路を決めたはずだ……モン」
淡々と肉を食うアクマダモン。
「たとえ、そこにどんな誘導があったにしろ、な。認めよう」
「チューヤの場合はサイコロで決めたよね、テキトーに」
その残念な中学時代を知るサアヤの指摘に、
「サアヤさん、お黙り」
過去を拒絶するチューヤ。
若いころは、いろいろとこじらせて黒い歴史を刻むものだ。
ちょこん、と机のうえに乗って、鍋子……邪教テイネは言った。
「で、なにを教えたらよろしいざんす?」
「……そう。さしあたり、民俗化学部の諸君の立ち位置を明確にするところから、進めてはどうかな」
「それに邪教テイネが関係あんのか?」
「すぐにわかる。……きみたちはもう、きみたちがどこから来たかを知っている」
全員の脳裏に、ジャバザコク以来の記憶。
自分たちが「神々に遊ばれている」という事実がどれだけ不快でも、いまのところ説得力がある。
アクマダモンであることを忘れたかのように、ものを教え導く立場の校長は、ひとつ息をつき話を進める。
「きみたちとは、なにか。つぎは、それを知るべきだろう」
順路として、正しいような気がする。
校長が教壇に立ったら、意外にうまく授業を進めるのかもしれない、とチューヤは思った。
「自分探しの旅でもプロデュースしてくれんのかい?」
煽るケートに、首を振る校長。
「自分? そんなものは、ただ風のまえにチリにも等しい。問題はきみたちだ。自分の背後にある、巨大な集団のことを思い出したまえ。きみたちは、その一部にすぎない」
「社会の歯車たれ、か。マスプロ教育の鑑ですな、校長」
チューヤの皮肉にも動じず、
「事実、個人はそれ自体の価値を、ビッグデータの部分としてしか記述できない。われわれはデータフローとしての自己表現しか顧みられず、地獄の4騎士にデータを提供できない人間の価値は、かぎりなくゼロになっていく。──そんな話を聞いたことはないかね?」
ヒナノを一瞥してから、なぜかマフユに視線を定める校長。
「バロックかよ、てめえ」
彼女はそれだけ言って、肉を食う。
その唇が紡いだ耳慣れない言葉に、まずはケートが反応する。
「ダークウェブ……クソ蛇、おまえ、やっぱり」
「けど、たしかに、絶え間ない流れこそが世界の真実だって、ゴータマさんも言ってたよ」
仏教徒のサアヤの思想は、じつはこのデータフローという考え方に近い。
地獄の4騎士の部分には、ヒナノも鋭く反応した。
「GAFAと黙示録をつなげることに、どんな意味があるのでしょう?」
「行き過ぎてんなあ、人類。いやな気分しかしねえよ」
老子とともに自然に還りたいリョージも、苦虫を噛み潰す。
「…………」
ポカーンとアホづらをさらすチューヤの思想は、いまいち不明だ。
そもそも掘り下げられる価値のあるものをもたない可能性すらある。
しばらく生徒たちを順に眺めてから、校長は言った。
「ことほど左様に、きみたちの背景には巨大なものがまとわりついている。だがそれは、きみたち自身を矮小化するものでは決してない。きみたちは、どこへ行くのか、それを決めることができるのだ。しかし、そのまえに」
「われわれとはなにか知れ、ってか」
「そりゃそうだね。知らないと選びようがないね」
この生徒たちは意外に頭がいい。
それを再確認して、校長はすこし満足げに笑った。
「さて、そこでだ。わかりやすい図式を提示できるのが、邪教というシステムなのだよ。これは『デビル豪』なるゲームの形でも表現されているらしいが」
「あいあい。そこの魯鈍なる悪魔使いの視界を使うでありんすよ」
チューヤが苦言を呈するまえに、テイネが魔術回路を執行すると、室内につぎつぎとデータが投影されていく。
チューヤには見慣れた景色だが、他の面々には物珍しい光景らしい。
「……あれ、もしかしてみんなにも?」
きょろきょろと見まわすチューヤ。
全員の目が、自分の景色と重なっていることを認識する。
ケートは興味深そうに、自分には適用外のプロトコルを見つめ、
「悪魔召喚プログラム。これが、そうか」
「悪魔全書をタップ、ざんす」
テイネが空間を走りまわると、つぎつぎ閲覧可能な悪魔のデータが羅列される。
チューヤの達成率はまだ25%そこそこで、空欄が多い。
そこにマスターデータというプラグインを執行すると、開かれたバックドアから空欄が埋められていく。
グレイアウトしていて「利用不可」ではあるが、データ自体は参照できる状態だ。
「どうなってるの?」
悪魔使いにとっては夢の「達成率100%」が、疑似的に実現される。
まだまだとうてい手の届かない、高レベル悪魔たちの群れ──。
「これは『デビル豪』から引っ張ってきたデータでありんすよ。三茶で悪だくみしてる地獄のプログラマーどもが、こずるい手管を弄してでっちあげた、それなりに正確な悪魔の便覧ざんす」
ケートは胡乱げな視線をテイネから校長に移す。
「……で、こんなデータを見せて、どうしたいんだ? たしかに悪魔の知識は増えるだろうが、悪魔使いではないボクたちには、あまり関係がない」
「しかし、このなかには、きみたちに関係の強い悪魔も多いだろう? この全書は、いわば悪魔という形を借りた、人類の勢力図でもあるのだよ。宗教的な偏りが強くはあるがね」
「宗教か……なるほど」
神や悪魔を多用する業界といえば、当然、宗教である。
現在進行形で、それなりにがっしりと強く、人間の「心」を捕まえ、取り扱っている。
「日本は無宗教国らしいよ?」
ある国際機関は、チェコやエストニア、中国、北朝鮮などと並んで、日本を「無宗教」国家と認定しているが、それは「宗教的ではない」という意味ではない。
無宗教には「宗教そのものを信仰しない」という意味もあるが、「特定の宗教を信仰しない」という意味もある。であれば、キリスト教で結婚し、仏教で葬式をし、八百万の神さまに初詣をする民族も、りっぱな無宗教ということになる。
事実、膨大な数の寺院が、神社とともに存在する国、それが日本だ。
「パン・レリジョンか。なかなかおもしろいことを言う。かつ本質を突いた議論だ」
「レリジョンという言葉にも、大きな違和感はありますが」
文系特進の知性をもってすれば、そこにある欺瞞と便宜的運用の真相は透けて見える。
──神と宗教は密接不可分でありながら、同一線上の概念ではない。
便宜上、宗教として取り扱われるしかないが、それは「思想信条」の一部なのである。
国内的な統計によれば、おおよそ神道系8000万人、仏教系8000万人で、それ以外の信徒を除いても、その時点で国民の総数を超えている。
ひとりが、複数の信仰を持つ。オーバーライドは無宗教ではない。
汎神論の一形態、いわば汎宗教国家、と呼ぶべきなのだ。
「汎神教、とでもいう一派を立ち上げたらどうかね?」
皮肉っぽく言う校長に、
「教団とか聖典とか僧侶とか、そういうんじゃなくてさー、なんて言うかな、これは人間が生まれつきもっている、えーとねー、うーん、そう、気持ちの問題なんだよ!」
仏教徒が弄したがる難解な専門用語を取り除き、サアヤが平易に言い換えた。
解脱とは、すべて内面の考え方、思考ないしそれ自体を超脱したものである。
「ますます、すばらしい。神学において評価10を進呈したい。わが校にそういう科目はないがね」
「みんなで神学機構に転校させてもらうかい?」
皮肉な笑みで戦線を広げるケート。
もちろん多神教など、神学機構にとっては不倶戴天の仇敵だ。
あらゆる一神教の聖典において、偶像崇拝は強烈な厭悪の対象となっている。
『聖書』や『コーラン』に、唯一神以外への崇拝を、口を極めて罵る言葉が縷々、書き連ねてあるとおりだ。
蛇蝎のごとき異民族。仲間にならないなら死ね。
それが唯一神の答えだった。
もちろん近年は平和共存を枕詞にしているが、成立の根源において、また現在進行形ですら、唯一神教は排他的である。
「さて、それでは鍋子くん。悪魔をレベルでソートしてくれたまえ。いや、降順だ」
「あいあーい」
欄外をタップすると、アイウエオ順だった悪魔の名前がレベル順に整列する。
とくに最上位、レベル99の3体が、否応なく目に飛び込む。
名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅
アッラーフ/神霊/99/6世紀/メッカ/コーラン/赤坂見附
ゴータマブッダ/英霊/99/前5世紀/コーサラ国/スッタニパータ/虎ノ門
シヴァ/破壊神/99/紀元前/古代インド/リグ・ヴェーダ/大崎
「ラスボスってやつかい」
好戦的なマフユに、
「もしくは味方の可能性もあるよ」
ニュートラルの懐の広さを示すチューヤ。
「なんと不遜な……」
ヒナノには考えられない。
「原初神の校長はレベル43なのにね」
サアヤの視線を受け、
「残念ながら、これが〝力〟というものなのだ」
校長は首を振る。
──存在の「古さ」という概念ではくくれない、純粋な「強さ」というバロメーター。
文字どおり世界のパワーバランスを決めるのは、集められる信仰の「レベル」だ。
校長は彼らに、全体を俯瞰して考えるよう促している。
重要な道しるべ、課外授業はつづく──。




