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広大な地下空間には、死体が山となっていた。
かなりの高さから落下して傷ひとつないのも、死体の山がクッションになってくれたという事実が大きい。
「こんなところにモルグがあるなんて、聞いてないぞ」
蠢いて攻撃を開始してくる「動く屍体」を、切れ味鋭い悪魔の力で退けるケート。
「境界の二重世界だよ。こちら側からは人間という餌を、むこう側からはその捕食者を。中間地点で混ぜ合わせて、ハイできあがり」
すばやくセベクたちを呼び出し、群がる死体の群れを排除するチューヤ。
「手慣れたものじゃないか、チューヤ」
「ボスを倒すまでつづくぜ、このイベントは」
周囲を見まわすチューヤのうえから、直撃弾!
「ぐはっ! 致命傷!」
「ナイスキャッチ、チューヤ!」
聞こえてきた声はサアヤ。
うなずき合うリョージとケート。
「見事な軌跡だった」
「愛の力だな」
「なに、そこの男子二名、わかってて見てたの? 俺が潰れるのを!?」
「夫婦の共同作業を邪魔するのもわるいだろ」
「いやー気を遣わせちゃって」
ぱんぱんとスカートのほこりを払いながら、サアヤがパーティに復帰した。
チューヤはその場に座り込んだまま、
「戦力的には現状、考えうるかぎり最強になったわけだ」
「どうかな、新手だぜ」
悪魔の群れが現れた!
7名のパーティ編成。戦うなかでゾンビたちを叩き潰すが、そのなかにいる女の悪魔の表情が、男たちの気を引いた。
「待て。……話せるか?」
悪魔のひとりに話しかける悪魔使い。
それは美しい女性の姿かたちをして、憂いのある悲しげな眼を、チューヤに向けていた──。
「まあ、そうぷんすこするなよ。女の悪魔はピクシー以来、よくあることだろ」
チューヤたちからやや離れたところで、サアヤをなだめる損な役まわりを担わされているのは、リョージ。
「べつにぷんすこしてませんけど! しょせん男子ってそういうものよねー」
サアヤは腕を組んで、そっぽを向く。
「戦力は最大化したほうがいいだろう。チューヤがその、四倍体とかいう才能の持ち主ならな」
「それは、まちがいないみたいよ。そのためにお母さん亡くなったみたいだし」
「現に4体の同時召喚を維持している」
三人の視線の先、チューヤは新たなナカマを獲得しつつあった。
それがじっさい、ものすごい才能のなせる業なのだということを、メンバーはこの世界を知っていくほどに実感することになる。
「……なるほど、きみはその愛した男を探しているんだね」
「ええ。あなたのナカマになれば、彼を探すのを手伝っていただけるのね」
新たなナカマを迎えるための交渉は、佳境を迎えている。
「わかった。俺たちもここから出るのに、きみの力を借りたい。それじゃ、契約成立で」
「あなたに従いましょう。私は鬼女リャナンシー、今後ともよろしく……」
やや離れた場所。
聞こえよがしに声を上げるサアヤ。
「鬼女だってさ。こわー」
「おまえはそう呼ばれないように気をつけろよ」
「手遅れ……痛恨!」
「聞こえないと思うなよチューヤのくせに!」
頭を抱えるチューヤと、投擲コントロールの正確なサアヤの図。
「それで、ここはなんなんだ?」
あらためて周囲を見まわす。
巨大な地下神殿の様相を呈し、大量の死体が山と積まれているのを見るにつけ、とても現世とは思えないが。
「施設自体は、ボクらの世界にもある。地下貯水池だ」
「ああ、そういえば。よくドラマの撮影に使われてるな」
「春日部の巨大な〝地下神殿〟が有名だが、都内にも小規模なものが各地にある」
「あるな……オヤジもよく掘り返してるよ」
ゼネコンの重要な利益源泉。
大都市地下のインフラはいろいろな人の生活と安全を支えている。
善福寺川緑地。
善福寺川に沿う形で広がる都立公園だ。
なかよし広場地下3メートルに、直径60メートル、深さ27メートルの人工池がつくられ、氾濫時の一時的な貯水池として準備されている。
「そこが、これ、なんだよ」
「残飯の国ってわけだな」
無数のゾンビ。生きているあいだは悪魔の餌になるが、魂を失ったただの屍体は、悪魔にとって餌にはなりえない。
そういう賞味期限切れ残飯を、この穴に捨てている、というわけか。
「五千人の死体……レギオン……」
リャナンシーの言葉に、チューヤはぞっとして動きを止める。
そうか。ここは死体と悪霊の巣か。
「ここからすこし南に行ったところ、京王井の頭線に、浜田山、西永福、永福というラインがあってな」
「なにか知ってるのか、チューヤ」
チューヤは遠慮がちに、
「いや、ゲームの話なんだが」
「この忙しいときにゲームかよ」
「待て。そのゲーム、いろいろリンクしている情報が多いと聞く。……で、そのラインがなんなんだ、チューヤ」
人生にとって、なんの役にも立たないゲーム知識、なんてもうだれにも言わせない。
「そのあたりのエリアに設定されてるイベントは、ゾンビ系だ。いわゆるゾンビ製造所があって、とにかく、殺して、食って、ゾンビになって、また殺して、それを永劫機関みたいにくりかえしてる。こいつらを始末するのは並大抵じゃない、という中盤の難所だな」
リャナンシーが胸に両手を当て、悲しげに吐息する。
「ああ、愛しいあの人も……」
「ここがやつらの本拠地じゃないことを祈るばかりだが」
見まわせば、際限もなく群がるゾンビのうねり。
「とにかく、やってやるしかねえよな。地下宮殿、上等」
「よっ、男子仲良し三人組! がんばっちゃって」
「よっしゃ。三人寄ればもんじゅの下呂」
「意味はわからんが、ビビりすぎなんだよ、チューヤ」
「昔あったよな、なんとか三人組って児童文学」
背中を合わせて各方向に睨みを利かせる三人の同級生は、それなりに絵になっていた。
「デブキャラが足りない気はするけど」
「そうなんだよ。美形キャラしか認めない最近の傾向には、疑問を持っている」
「ブサメンも、芸人の社会では優位だけどね」
「あれは別世界」
「そして、ここも別世界」
襲い来るゾンビの群れを退けるリョージとケートの動きは、悪魔の力を借りているとはいえ、それ自体が悪魔を凌駕する強さと鋭さを示した。
「強さがすべてを決めるってわけだ」
「というわけで、決着は生き残ってからつけようぜ、ケート」
「上等。……行くぞ!」
ヒーローたちの戦いが、はじまる。
宮殿は広大で、異常な形で肥大化していた。
人数が多いこともあり、戦闘自体は危なげなく進んでいる。
だが、いかんせん終わりが見えない。体力の消耗だけがつづく。
「勝手に魔法使うなよ!」
「なんでよ、死にそうだったじゃん」
おかげで仲間たちもぴりぴりして、埒もない言い争いがはじまることもある。
「まだ死なないの! MPを温存しておきたいの!」
「うっさいわね。自分の魔法をどう使うかは自分で決めるわよ。生意気よ、チューヤのくせに。わーたーしー、なぜ全体回復ー、わたしの勝手でしょー♪」
チューヤは地団太を踏みながら、聞きわけのない嫁に言い聞かせる。
「全体回復とか、無傷のメンバーには無駄でしょうが。なんのために『まほうせつやく』って命令、出したと思ってるの!」
「私の辞書には『いのちだいじに』しかないの!」
サアヤの思想は、もはや信念に近い。
一方のチューヤも、バンバンと壁をたたいて持説を曲げない。
「悪魔たちはちゃんと言うこと聞いて、節約してるんだよ! あんたそれでも人間? 悪魔にも劣るその反逆精神、恥ずかしくないの?」
もちろんサアヤも、ドンドンと地団太を踏んで言い返す。
「なによ! チューヤこそ悪魔使いなんだから、悪魔に命令出してればじゅうぶんでしょが! 人間さままで操作しようなんて、おこがましいわよ、チューヤのくせに」
「むきー! リーダーは先々のペース配分も考えなきゃいけないの! 勝手にガンガン魔法使われたら、あとでMP不足になって全滅しちゃうでしょうが」
「死んだらMPもクソもないんですけど!」
「そうだけど、だから死なないように計算して戦ってるんだって」
「どうだか!」
はた目には、口角泡を飛ばす彼らが本当に仲がいいのか疑わせるほどだ。
一方、騒がしいふたりを背後に、周囲を探索していた賢明な男子二名。
「喧嘩すんなよ。回復屋台があったぞ」
「……は? なにそれ」
同時にそちらに顔を向ける、犬も食わないふたり。
そこには、代価の支払いによってHPとMPと状態異常を回復してくれる、RPGに欠かせないショップがあった。
「なんだ、客か……」
不愛想なおっさんが、それだけ言って黙ってカウンターに肘をついている。
表向きは薄汚れた屋台。のれんに「回復屋台」と書いてある。
「う、うさんくせえ……」
「だが一応、それなりの営業努力はしているらしいぞ」
見まわすと、屋台の周辺には結界が張られ、この狭いエリア内にかぎっては戦闘禁止ですよ、と密かに主張している。
「で、なにをどれだけ、いくらで回復してくれるんです?」
「出すもの出しな」
不愛想な店員の言葉に、ケートがまえに出て、ブラックカードを差し出す。
受け取ると、ふん、と言いながらリーダーにそれを通す店員。
「……まいど」
カードが返されたつぎの瞬間、ケートの周囲に光の渦が生まれ、ほどなく消えた。
「ど、どうした、ケート」
「……回復した。なるほど、便利なもんだな。おい、これで全員分だ」
再びカードを差し出す。
店員は黙って受け取り、同じ処理を仲間たち全員にくりかえした。
「せめて料金くらい聞けよ、ケート」
「いいんだよ。金なんざ親を掘ったら無限に湧いてくる」
「ごちになりまーす」
サアヤから疲れた表情が抜けて、全ステータスの回復が如実となる。
悪魔たちも一通り回復し、元気をとりもどすパーティ。
とりあえずこの安全地帯で休憩しつつ、作戦を練ることになった。
これからも世話になるかもしれない。
リョージは屋台の店員とも接点を模索する。
「しかし儲かるのかい、オヤジ。こんな屋台やっててさ」
「屋台じゃねえよ」
「……え。どう見ても……というか、その、のれんに書いてるけど」
「若造。よく見な」
大書された漢字四文字「回復屋台」。
字が微妙にちがうとか、小さな文字が加わっているのか、と注視するが、わからない。
「当て字とかじゃわかんないぜ、オヤジ」
「バカ野郎、文字間が5ミリちがうんだよぉお。カイフク・ヤタイじゃねえ。カイフクヤ・ダイだ」
回復屋・台。
これは盲点だった、という顔が4つ並ぶ。
「す、すごいね。ダイ(死)をも回復してくれる、って意味かな?」
寄せる意味で言ったのだが、オヤジは意想外に激高した。
「バカ野郎が! 死を甘く見るんじゃねえ。死んだら終わりなんだ。うちの店のジングルでも、ちゃんと歌ってるだろうが。カイフークヤ、ダイイングマーデ♪ ってな」
屋台の柱に吊るされた、昭和っぽいラジオから流れてくるかすれたメロディは、たしかにそのように歌っている。
「ただのチャルメラじゃないのか……」
「ダイイング(瀕死)までは回復させるけど、デッド(死亡)は無理ってことね」
言葉遊びにも見えるが、その意味は果てしなく重い。
「若造どもが、死を甘く見るんじゃねえぞ。大事なことだから、何度でも言ってやる。死んだら終わりなんだ。やり直しはきかねえ。ちゃんと肝に銘じておけ。死んだらもとにもどることはできない。生まれ変わることならできるかもしれんがな……」
この言葉の含蓄の深さを、彼らはいずれ思い知ることになる。




