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「よろしい。むしろ、安心した。きみたちが過去に囚われていないことは」
両手を広げ言う校長。
負け惜しみかと思ったが、そうでもないようだ。
着ぐるみのおかげで表情が読めないのはズルいが、校長のハスキーボイスに常ならざる気配は感じない。
「わからないことだけ、教えてくれよ。……あんた、原初神か、校長」
チューヤに問いに、静かに首肯する校長。
「そう呼ばれることもある。たしかに、あのころ世界には、12ほどのなにものかが存在したと記憶しているよ……」
「俺の悪魔相関プログラムもそう言ってたよ」
エリアの悪魔種類を検知するアップデートも、そろそろ普及しつつあった。
「きみたちのことも、よく知っている。よくぞたどり着いた。成長したきみたちを、喜びをもって迎えよう」
着ぐるみの下のしたり顔を想像し、本来愛されるべきキャラを、一同は不快げに眺めた。
「どの立ち位置だよ、校長」
ケートは基本的に偉そうなやつを許さない。
「神々の遊びなんだろ」
リョージには、とくに拘泥もない。
「たわむれもたいがいにしなさい」
憮然とするヒナノに、
「あのハゲ殴っていいだろ」
マフユすら乗っかる。
「今回ばかりは、いいよと言いたい」
チューヤが校長に視線を移すと、
「校長逃げてー」
いつものようにサアヤが煽る。
そうして、いつのまにか生徒たちはステージに上がり、校長を取り囲む位置取り。
下手なことを言うと「囲んで先公半殺し」の恐れすらある。
地質学的な時代を生きてきたとすれば、それも本望なのかもしれないが。
校長はやや上ずった声音で、
「私に腹を立てている場合ではなかろう。私はあくまでも過去であり、狂言まわしなのだ。選ぶのは、きみたち自身である。そうだ、ここから先の道を選ぶのは、きみたちなのだよ」
「なんか、ごまかそうとしてないか?」
指さすリョージに、
「疑えばきりがない。しかし……乗ろう、校長。あんたが狂言まわしに徹するというなら、せいぜいボクたちがプレイしやすいステージづくりに奔走してくれ」
確信犯のケート。
「朝帰りしても学校の行事でしたーって、お父さんとお母さんに言えるようにね!」
即物的サアヤ。
「サアヤさん、たぶんもうだいぶバレてると思うよ……」
肩をすくめるチューヤ。
「それでも学校の太鼓判があれば、周囲は安心することもあるでしょう」
顎に手を当てるヒナノ。
「あたしはどうでもいいけどな。学校なんて。こんなクソ世界も」
ぼやくようなマフユ。
期せずして、6人の視線が互いに絡み合った。
もはや校長などという黒子に興味はない。
彼自身語るに落ちたとおり、たとえ原初を築いたのが彼らだとしても、それはあくまでも「過去」の話だ。
これから先、「未来」を拓くのはチューヤたち自身による。
そのためには、別々の未来を見ている友人たちのほうが、ずっと重要なのだ。
一瞬、マフユに視線が集まる。
最初、あきらかに問題視されるべきキャラクターが彼女であることに、議論の余地はないように思われる。
──世界を滅ぼす。
それ自体は、なにも考えない低能なシナリオライターでも真っ先に思いつける、簡単だが断固たるエンディングだ。
それを世の低能たちに普及して利益を得てきたのが、危機を煽ることで消費を促す多くのビジネスモデルであり、その代表格は宗教である。
そう思考を発展させていけば、全員が「同じ穴の狢」に見えないこともない──。
「なんか、むずかしいね……」
能力の低いチューヤがまじめに考えると、すぐにオーバーヒートする。
そこでアクマダモンが、狂言まわしらしくひっそりと提言した。
「きみたちは、この都市の地下を見たはずだ。思考の契機として、十二分の情報を得たはずだが?」
「東京の地下なんて見たくもないよ、わかりづらい」
そうでもない少女の苦言に、
「サアヤさんは東京でも地下でもないのに迷うでしょ」
保護者が一応、突っ込む。
「境界の話か?」
リョージ。
「あるいは、あちら側か」
ケート。
「あれはストローらしいぜ。肥え太った連中から無駄な精力を吸い取る、な。悪魔のエサだよ」
マフユの発言に、いくつかの意識と事実が合致する。
表現はともかく、豊かな資源(人間)量を持つこちら側から、資源の少ないあちら側が、あらゆるエネルギーを吸い出す手段が「境界化」であり、そこから吸い出される物資の中心となるのが、エキゾタイトだ。
悪魔がもっとも好物とする、生命力を起源とする食料であり、そのエッセンスは鉱物化されて駅を中心とする地下にも蓄積され、あらゆる手段で掘削され、消費されているエキゾチックな生体エネルギー。
東京はもちろん、世界中でこの争奪戦が繰り広げられている。
「エキゾタイトとは、魂の持つ力と説明を受けましたが。その魂が携挙に値するかはともかく、神の御許にこそ集められるべきエネルギーなのでは?」
ガブリエルから聞いた話を、ヒナノはそのまま信じている。
「どういう言葉でそれを表現するかは、信仰に委ねるよ」
ケートの言を継いで、
「悪魔たちは、それを集める手段を構築した。地下に掘削された〝炭鉱〟は、まさに多数の人類が通過し、蓄積した生体エネルギーの澱、エキゾタイトの結晶だ」
と、リョージ。
「それ、東京の地下を穴だらけにしたドワーフの王様から聞いたの?」
チューヤの問いに、
「東京を穴だらけにしてるのは、うちのオヤジも同じだよ」
答えるリョージには、土建屋のプライドが垣間見える。
「ふん、ゼネコンは押しなべて、地下や国民からどうやって資源をチューチューするかってことしか考えていないからな」
ストローを吸うゼスチャーで言うケート。
「そのエキゾなんとかってさ、悪魔を召喚するときに使うんでしょ?」
サアヤの問いに、
「エキゾタイトを消費することになっているが、俺はナミさんがくれたこのお守りで」
答えるのはもちろん悪魔使い。
「ちょうどいいものを持っているな。それだ。それこそが〝契約書〟なのだよ」
アクマダモンが割り込んだ。
「どういうこと?」
三点セットを持ち上げたまま反問するチューヤ。
期せずしてチューヤの「お守り」に焦点が当たる。
──原初神の「遊び」は、なんらかの「支払い」を伴うギャンブルだった。
具体的にはまだよくわかっていないが、おそらく進化させた人類の魂を賭けていた、と考えるのが妥当だろう。
その太古の契約書(の一部)が、ジャバザコクに保管されている。
そこまでの理解を補強すべく、アクマダモンは説明する。
「地球はエネルギーの宝庫であり、ヒトの視点ではほとんど無尽蔵な供給力を持っている」
「それが80億も集まると、さすがに負担だろうけどな」
リョージの思想では、人類は増えすぎた。
「ともかく個人レベルでは、チューヤは無限に悪魔を召喚できるくらいのパスポートを持っているわけだ」
自分にとっては役に立たないので、さして興味もないケート。
「序盤の宝らしいよ、うちの邪教によれば」
お守りを大切に懐にしまうチューヤ。
「その程度の〝無料お食事券〟なら、負担はほとんどない。だが、億の人類が享受すべき利益をまとめれば、当然、それなりに巨大な利権となる」
アクマダモンは、その利権とやらを生み出した張本人だ。
「……その胡乱な契約書をめぐって、有象無象が火花を散らしているわけですね」
全権利は全能なる神に帰属すべきだ、という表情のヒナノ。
「くだらねえ、なにが契約書だ。踏み倒せ、そんなもん」
吐き捨てるマフユ。
契約書通りに利益を分配するか、それとも力ずくでぶんどったものの勝利とするか。
物事はそれほど単純ではない気もするが、マフユはもちろん深く考えて言ったわけではない。
おそらくチューヤたちの背後にいる集団も、同じものを理由にして戦うか、手を握るか、ともかくなんらかの交渉をしているはずだ。
要するに、自分たちは巨大な神あるいは悪魔たちの集団が求める、魂の争奪戦にプレイヤーとして参加させられている、ということなのか。
「校長。あんたは、どういう立場なんだ? なにを求めている?」
ケートの問いに、
「むしろ、それを決めるのは、きみたち自身なのではないかね。私は、その舞台を提供しているだけだ。楽しみにしているんだよ、きみたちの選択をね」
あくまでもボールを投げ返すアクマダモン。
狂言まわしに徹する、という立場を堅守している。
不気味なものは感じるが、このさい受け入れておくしかない。
「あなたが原初神だということは理解しました。その契約にかかわる秘密が、ジャバザコクにあったということですね」
「契約書の一部を保管していたようだな。多くの人間の魂を受け取る権利書だ。それは魅力的なドキュメントだろう、彼らにとっては」
「増えるかどうかわからない家畜の魂に賭けた、ってことか」
「ホモ・サピエンスではなく、ホモ・ネアンデルターレンシスが発展していれば、われわれに賭けた側は負けていた。しかし現在、勝利したホモ・サピエンスの魂を、勝ち馬に賭けた神々が狙っている。横取りする方法もある、と」
怜悧なケートが見透かした。
説明する手間が省けて助かる、という表情にちがいないアクマダモン。
校長は軽く首をかしげるしぐさで、
「あるかもしれんな。そのへんの契約をうまく転がす意志も知恵も、私たちにはないのでね」
「……そうなの? てか、彼らにとっては、って他人事だよね。当事者じゃないの?」
「そうだよ、校長。危うく煙に巻かれるところだった。さすがに老獪だな。原初神を自任するだけのことはある」
言いつつ、ゆらり、と一歩を踏み出したのはケート。
その表情は「多くを知っている」顔で、しかも「もっと知る」決意を隠そうともしない。
対するアクマダモンの表情は、もちろん読めないが、
「……きみか。当然ここにいるわけだな」
声音には辟易の気配が漂っている。
アクマダモンの視線は、ケート──いや、彼の上に向けられている。
「そう、好むと好まざるとにかかわらず、僕はこの場所に来なければならなかった」
その声を発するものが、ケートの頭上にいるからだ。
「帰ったら冷蔵庫の余り物でパスタをつくってやんよ。……なあ、ハルキゲニア」
ピン、と白いピアスを弾くケート。
ケートの頭上、5億年まえの古代生物が、ゆるゆると蠢いている。
全長3センチ。バージェス動物群に属する、古代カンブリア紀の海に生息していた、葉足動物。
つねにケートの脳に寄り添い、互いの知識を深め合っている……らしい。
「やれやれ、きょうもスパゲッティか。もちろん前提として、僕が意図するのは拒絶ではないことは、伝えておかなければならない。
しかし、たとえば記憶にある出来事を順列に並べ立て、君の手にする道具に対するこだわりをあげつらうつもりがない、とまでは言えない。そしてまた、行方不明になっている記憶のかけらを、僕がここで拾って帰ることを望んだとして、それが彼らの望みに合致するか否かを忖度するつもりも、またないことを付け加えておく」
人によってはおしゃれと感じる言いまわし、前置きと挿入文の長さ、そしてパスタ。
やれやれ、と古代生物は、かつて尾部だと思われていた頭部を振った。
「出た、ハルキゲニア節」
ひきつった笑いのチューヤ。
「怒られるよ……」
嘆息するサアヤ。
愚かな聴衆に見向きもせず、まえに出るケートとハルキゲニア。
対峙するアクマダモン。
「ご母堂とは、あまり似ておらぬようだな」
ハルキゲニアは言った。
「不肖の末っ子なもので」
答えるアクマダモン。
「北が上とはかぎらぬよ。しかし、かの地より生み出された慣例を踏襲するとは、ようやく生み出された文明にご執心と察せられる」
わけのわからない会話。
ケートが割り込む。
「どういう意味だ、ハルキゲニア。ご母堂? 校長の母親を知っているのか」
「やれやれ、君たちが名づけたのではないか? すべての大地、パン・ガイア、と」
ぞくり、と全身を震わせるケート。
その意味が他の面々に伝わるまでに、まだもうすこしの時間を要する。
「夏の終わりをもたらした記憶も、もはや遠い」
天を仰ぐアクマダモン。
「春の終わりからきた僕に、これ以上は言わせないでほしい。そろそろ正体を現したらどうかね、創造の巨人よ」
つぎの瞬間、校長を巨大な白い影が包み込んだ──。




