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27


「どうなってやがんだよ、おい……」


 チューヤはつぶやくが、またしても身動きできない。

 ──体育館の様相は、先ほどと一変していた。


 床には世界地図が描かれており、その各所に人形のように立ち尽くす、チューヤたち6人。

 とくに魂の時間というわけではなく、ただ動きを縛られた状態だ。

 そのことは、ほっぺたがかゆいのに掻けないので顔面を引きつらせる、という行為くらいは可能である現実からも読み取れる。

 いま、彼らを支配しているのは……すごろくのサイコロと盤面だ。


「まったく、手癖のわるい部下を持ったものだ……」


 パイプ椅子に座ったひとりの老人が、手の中のサイコロをもてあそびながら言った。

 どうやら、サイコロのもともとの持ち主は、体育館の演台の片側に腰を下ろす、その小柄な老人らしかった。


 先ほどはガチョウに乗って飛びまわっていたが、それは仮の姿で、現在は頭にシェフらしい帽子をかぶり、割烹着のようなものを着た老人の姿をしている(あるいはそれが仮の姿かもしれない)。

 彼の足元にはたしかに一匹のガチョウがいて、首につけたリードがペットであることを示している。

 その服装から察するに、いつ食われるか知れたものではない雰囲気だ。


「部下をかばうわけではないが、そちらの管理が杜撰なのであろう……モーン」


 老人の向かいに陣取るのは、毎度おなじみアクマダモン。

 着ぐるみを脱ぐつもりはないようだが、テーブルの端にある紅茶を手に取り、どうやって飲んだものかとしばらく思案に暮れる。


「面目次第もございません……」


 傍らで深々と頭を下げるのは、木枯らしの紋吉。

 アモンの本体が成田先生のなかに住むのか、それとも着ぐるみなのかは、いまだに謎である。

 ともかく現状、アモンはおとなしくしている。

 紋吉は紅茶のティーポットを手に取り、ガチョウの飼い主である老人の手元のカップに注いだ。


「おい、校長! どうなってんだよ!」


 耐えきれず、苦情ののろしを上げるリョージ。

 彼は世界地図の上、中国あたりに立っていた。


 空間はあきらかに「境界化」していて、床面に描かれた「世界地図」にも強い魔力回路の連結を感じる。

 視点を持ち上げると、天井が鏡のようになっていて、そのゆがんだ球面には、自分たちの立つ世界地図が地球儀らしく鏡像として投影されていた。


 校長は答えず、着ぐるみのなかに紅茶を入れて飲もうとし、失敗して、あちち! と悲鳴を漏らしている。

 向かい側に座る老人はそのようすを侮蔑的に眺め、それからゆっくりと、手にしていたサイコロを演台の上に転がした。


「……4か。よろしい。()()()()()西()()進め」


 老人の言葉に合わせて、ぴくり、と動いたのはマフユだった。

 アフリカ大陸の上に立っていたマフユの身体が、指示を受けて、ぴょんぴょんと跳ねながら、西へ。


「おい、なんだこれ……くそが、どうなってやがる」


 完全にマフユの意思を離れ、肉体が操られている。

 まさに「駒」だ。

 彼らはすごろくの駒にされている、と考えてよさそうだった。


 マフユはアフリカの首狩り族ふうな姿となり、薄茶色に汚れている。

 槍を手にぴょんぴょん跳ねると、それはもうマサイ族以外の何者でもない。

 マサイ・ジャンプのイメージを押しつけられている時点で、どこか現世的ではあるが。


「似合うな、おまえ」


 思わず笑うリョージ。


「汚れ感が自然すぎる、というか生まれつきだろ」


 嘲笑を通り越して感心するケート。


「てめえら殺すぞ」


 マフユは怒り心頭だ。

 ──アフリカに発した人類の道は、アラビア半島を経由して、あるいは停滞し、旧世界各地へと発散していく。

 茶色い瞳のサアヤ、緑の瞳のリョージが、中央アジアからインド亜大陸へと拡散している。


「またこのコスプレー?」


 原始人コスに、サアヤは速やかになじんでいる。


「地味に寒冷地仕様になってるな、一応」


 ちょっと首を動かす程度なら許されているようだ、と気づくチューヤ。


「いいかげん飽きましたわ」


 投げやりなヒナノ。

 演台では、サイコロを受け取ったアクマダモンが、ぽいっ、とそれを投げた。

 ……3。


「まだ淘汰されるわけにはいくまい。すこし()()()()()()


 リョージがピクリと反応し、中国大陸から中央アジア方面へと引き返していく。

 ──世界は氷期のまっただなか、寒冷化に適応できない人類は速やかに淘汰された。


「どうやら状況がまだわかっていないようだな、物分かりのわるい駒どもは」


 短く嘆息するガチョウの飼い主に、


「プレビューでも見せてあげようではないか。あれでも、私のかわいい生徒諸君だ」


 そう言って、アクマダモンがパチンと指を鳴らした。

 音がくぐもっているのは、着ぐるみのなかで校長が指を鳴らしたからだ。


 すると天井の鏡像が、ゆっくりと景色をもどしはじめた。

 似たような映像を、チューヤたちはジャバザコクからもどるときにも見たことがある。

 これは()()()()()だ──。



 チューヤたちは阿呆のように天井を見上げた。

 親切にも、視線を集中すると、地表に光る生命の詳細を見て取ることができた。


 ──中生代終了を告げる恐竜絶滅後、人類の祖先が進化を開始した。

 6000万年まえ、人類につながる霊長類の祖先、プルガトリウスが誕生した。このときはまだ小型のリスのようなものだった。


 4000万年まえ、樹上生活を始めた祖先アダピスの姿は、まだやや大型のリスに近い。

 1500万年まえ、類人猿と別れる直前、テナガザルに近い化石霊長類プリオピテクスが発見されている。

 1000万年まえ、小型の類人猿から大型の類人猿へ、ドリオピテクスへと進化した。


 ──神々のゲームは、中新世後期から鮮新世はじめ(700~400万年まえ)ごろに、最初の盛り上がりを見せた。

 この時期は、アフリカの類人猿第三世代にあたり、人類学にとってもきわめてホットなターゲットとされる。

 サヘラントロプス、オローリン、アルディピテクス、そして初期アウストラロピテクスにつながる、重要な化石類人猿がそろうからだ。

 現在に残るゴリラ、チンパンジー、ヒヒも、このあたりで分岐している。


 これを見た神々は、よしとされた。

 チンパンジーの名は、ギリシャの牧羊神パンからもらったものだ。

 最初、神々はこのパンの能力に、高い期待をかけた。


 現在、チンパンジーの研究者が報告してくれている通り、その高い能力は他の類人猿より一頭地を抜いている。

 雄たちのくりひろげる複雑な政治劇、雌たちの食事と育児における駆け引きなどは、「政治をするサル」「仲直り戦術」といった報告で知られるようになった。

 人間の手で教育を施せば、課題によっては人間を上まわる知性を示す。


 しかし結局、このサルの子孫が原爆を生み出すことはなかった。

 別の系統から、さまざまな大型類人猿、アルディピテクス、アウストラロピテクス、ホモ・エレクトゥスといった、社会構造を持つサルが誕生していった。

 激しい環境変動にさらされた、アフリカ。

 森林と草原の狭間。

 そこは、選ばれたサルが二足で立ち上がり、彼方を見晴るかすために用意された場所だった──。


 400万年まえ、猿人はついに木の上から降り、アウストラロピテクスとなった。

 背骨が頭を垂直に支え、脳の巨大化を支えた。

 類人猿第四世代。

 ──ゲームは佳境を迎えていた。


 アウストラロピテクス。

 もっとも有名なのは「ルーシー」だろう。

 初期のアナメンシスとアファレンシスの化石は、ほとんど離れていない場所で見つかっているが、地層の年代には大きなちがいがある。

 直立二足歩行という壁を乗り越えたからといって、いきなりオリンピックが開催されたわけではない。

 歯、指、目、骨格など、細かい改良と変更がくりかえされる。

 そして、脳。


 180万年まえ、原人ホモ・エレクトゥスが誕生する。

 さまざまな道具をつくり、すくなくとも単発的に火を使った。その確実な証拠は69万年まえにある。

 類人猿第四世代後期、更新世となり、ホモ属の時代となった。

 現存する類人猿のすべてが登場し、ユーラシア大陸とアフリカ全域に広がる。

 神々によって、最後の種がまかれる。


 ホモ・ハビリス。

 ホモ・ルドルフェンシス。

 ホモ・エルガスター。

 ホモ・ハイデルベルゲンシス。

 ホモ・エレクトゥス。

 ホモ・ネアンデルターレンシス。

 ホモ・サピエンス──。


 脳の容量が多少異なる程度で、ホモ属には、さほどのちがいがない。

 ほぼ同じ身長で、同じ歩き方をし、両手に石を持っていた。

 おそらく交配も可能だったろう。

 現にホモ・サピエンスには、ネアンデルタール人やデニソワ人のDNAが数パーセント含まれている。


 20~15万年まえ、新人ホモ・サピエンスがアフリカに登場する。

 現代人とまったく同じ骨格を持つが──。



「……ひとつまえのゲームは、これで終わりだ。すでにつぎのゲームがはじまっている。ここから先は、きみたちも見たはずだ。ジャバザコクでな」


 シェフ帽の老人が言い、


「阿蘇・トバから、私たちは新しいゲームをはじめたのだよ」


 校長が受けた。

 ──ぞくり、として演台を見上げるチューヤたち。

 それでは、彼らもまた……。


「原初神、なのか……」


 であれば、これは()()()()()()だ。

 一同の脳裏に、すこしずつ状況が理解されはじめる。

 あのジャバザコクでのイベントのつづきを、自分たちは「駒」として追体験させられている、ということなのか……。


 原始家族。

 シミュレートされた地球の上を、女たちが進む。

 ヒナノは美しいロハニとなって、西へともどる。

 アホ毛をぶんまわすアジア顔のサアヤが、マンジュとなって東へと向かう。

 西のほうでは、全身をいい感じに日焼けさせたマフユが、槍を持ってピョンピョンと跳ねている。


「おまえ、明日からそのカッコで学校こいよ」


 笑うケートに、


「殺すぞ、クソチビ。てめえこそ、生まれた瞬間に死ぬ脆弱なコドモだったんだな」


 反撃のマフユ。


「か、科学の子と言え」


 インドの片隅にうずくまるケートの駒は、この時点ではもっとも光が弱い。

 ──人類である以上、ときおりは「天才」が誕生したはずだ。


 しかしまだ社会基盤や、もちろん科学などあろうはずもなく、ただ変なことをはじめる弱い子どもとして、無駄に死んでいったことが多かったにちがいない。

 一定の科学、医療水準に達していなければ、生き残れなかった子ども。

 高度に進化した大脳を持つケートだが、進化の過程でその能力がいかんなく発揮されるようになるには、人類社会のかなりの進歩・発展を待たなければならない。


 それまで先史社会で役に立ったのは、戦士の体格を持ち、力強く集団を統率するリョージの確固たる肉体。

 そして、有象無象のひとりとして社会を構築する員数、優秀ではないが劣等でもない無数のチューヤが供給しうる、単純労働力だった。

 そういう時代が何万年もつづいた。


「意外に似合うぞ、お嬢。これを機にソバージュ(野性的)にしたらどうだ」


「ヒステリックに反応するわたくしが見たいなら、残念ですね、もう慣れましたわ」


 つまらなそうに鼻を鳴らすケートは、インド亜大陸からヨーロッパ大陸へ向かう、青い目の変種だ。

 その先に立つ金色の瞳はギリシャから、ネアンデルタール人を駆逐しながらヨーロッパを支配した、世界の中枢を担う唯一神の系譜、ミトコンドリア・イヴの娘アースラ──。

 アフリカで生まれた人類は、こうして世界へと拡散した。


「チューヤは四倍体だから、ある程度の科学がないと生き残れなかったんじゃないのか」


 ケートの指摘に、


「お母さんが分娩に苦労したってだけでしょ。産褥で亡くなるのは、昔はよくあったらしいよ」


 サアヤが答える。


「生まれてみれば健康優良児」


 笑顔のチューヤを、


「0歳すぎればただのガキ、か」


 マフユが腐す。


 ──ナスリーン、ロハニ、マンジュ、エウロパなど、いわゆる「イヴの子孫」の系譜が、トバによる絶滅後、地域的にどう回復し、拡散したか、精密な人口動態がシミュレーションされている。

 その精緻な計算結果と、頭上に展開する魔術回路の映像は、かなりの部分までリンクしている。

 だからといって、それを頭から信じろと言われると……言いようのない反感が生じるのは、おそらく「神々」への叛旗だろう。


 いまや拘束を解かれ、歩きまわれるようになった6人。

 静かに演台を見上げる。


「もういいよ、校長。人類は()()()()来たんだろ」


 足踏みするチューヤ。


「だれがつくったとか、そういうのはともかくな」


 軽く腕をまわすリョージ。


「鍵と鍵穴理論、か。論文にまとめて学会にでも殴り込めよ、校長」


 肩をすくめるケート。


「だれも受け入れないでしょうけれどね。不確定要素が多すぎます」


 片足に体重をかけ首を振るヒナノ。


「火山が噴火するから逃げろ、って予言者とか出現しちゃったもんね。まじめな学者さんは相手してくんないよねー」


 両手を広げおおらかに笑うサアヤ。


「月刊『ヌー』にでも売り込めよ、クソチビが大喜びで読むだろ」


 うんこ座りして舌打ちするマフユ。


 彼らの「神々」に対する姿勢は、どうやら「敬意」ではないようだった。

 しょせん陰謀論満載の妄言。事実かどうかなど二の次で、ただおもしろければいい。

 そういう根拠とか理屈は無用の『ヌー』と、このゲームは同列だ。


 むしろ下手な理屈などないほうが、なにも考えずに楽しめる。

 楽しめたのに……校長たちは、その遊戯を台無しにした。

 高校生たちは、そのように判断しているかのようだった。


「考古学趣味のある父は、学会にもよく顔を出していますが、その手の雑誌で適当なことを吹いている会員は、すべからくだまされやすい大衆の興味につけこむ山師だ、と断罪していましたよ」


 当然、まじめな考古学会は、火星人がやってきて文明を植えつけた「可能性」とか、核兵器を用いた超古代文明が「あったのだろうか」などと、口癖のように吹く一部の「頭のおかしい会員」を、苦々しく思っている。


「お金を稼ぐ必要があるからねえ、学者さんたちも」


 サアヤすら皮肉を弄する段階だ。


「ああいうのを学者とは呼びません。彼らを大々的に取り上げるような不真面目な雑誌を、どうして殿方は好むのでしょうね」


 ヒナノの冷たい視線を、


「陰謀論とプロレスは相性がいいんだぞ、なあリョージ」


 ケートは飄々として受け流す。

 期せずして巻き込まれたリョージは、


「たしかに、週プロと『ヌー』を買う層はかぶるらしいな」


「いいじゃん、ケートは、天からやってきた宇宙人が、俺たちを最終進化させたんだーって派閥でさ」


 さわやかに言い放つチューヤ。


「やかましい。そこまでバカじゃないわ」


 憮然とするケート。


「いやいや、男子はいつまでたってもバカだねえ」


 やれやれと肩をすくめる女子たち。

 ──ほとんどの場合、それらの「おもしろい話」は、()()()()()()()()()の話だ。

 そして民衆にとって、すべては「おもしろければいい」のである。


 世の中をおもしろくするのは、しばしば、この手の山師であったりもする。

 この詐欺的行為によって無視できない実害が発生でもしないかぎり、世の中「おもしろければいい」。


「というわけでさ、校長。どうでもいいよ、あんたらの遊びは」


 チューヤの言葉が、決定的に破壊した。

 神々の遊びは終わり、体育館に投影されていた世界地図と地球儀は霧散する。

 謎の老人はガチョウを連れて去り、いつのまにか紋吉も姿を消していた。

 残されたのは、ステージ中央のアクマダモン、ただひとり。


 物語は、つぎのマス目へと進む──。



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