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ハッとして目を見開く。
……変わっていない。
ここは体育館、時間は──おそらくさっきのつづき。
いや、まちがいない。
さっき見たアモンが、サイコロを振った手を、いま、ゆっくりと下ろしているところだ。
連続した時間軸の上、敵と対峙している状況は変わらない。
ただ、ひとつだけ異なる状況があるとすれば──いくら見まわしても、仲間がいない。
「ずるいよなあ、俺はひとりなのに、おまえらだけが徒党を組んでよお」
アモンが言った。
「ああっ? おまえだって、さんざんナカマ呼びまくったじゃないか! ザコども始末するのだって大変なんだぞ!」
チューヤは反論するが、悪魔は聞く耳を持たない。
「これなら対等だ。正々堂々、一対一で勝負しようじゃないか。そうだ、正々堂々だ。かかってこい、悪魔使い!」
アモンが臨戦態勢を整える。
チューヤは当然のように対抗して悪魔を召喚したが、同時に内心ゾッとしてもいた。
この同じ状況に、仲間たちも放り込まれているのではないか。
いや、そのはずだ。
リョージやマフユなら、ひとりでなんとかするかもしれない。
だが、それ以外の偏ったタイプの面々は、パーティ戦闘を前提としたスタイルで戦う傾向が強い。
こいつ、確実に何人かを仕留めるつもりで……。
「みんなとも、同時に戦っているのか?」
「並行する世界線で、結末だけが重なる。勝って道を拓け、負けたら死ね、ルールは単純だ!」
戦闘は再開された。
チューヤはただ、与えられたルールのもと、戦うしかできない──。
ガァ、ガァ……。
ガチョウの声が聞こえる。
床に横たわり、チューヤは瀕死の視線を、その声のほうに向けた。
サアヤの幻が見える。
「かわいいガチョウだね!」
サアヤが楽しそうに、ガチョウの歩行をマネている。
「北へ行くんだ。ラップランドへ、雁の故郷へ!」
ガチョウがしゃべっているところをみると、これは死の直前に見る走馬灯だろう、とチューヤは理解した。
「おまえには無理だ。だっておまえは、ただの白いガチョウじゃないか」
ガチョウの背後から歩いてくる人影が、そう言った。
「ぼくにだってできる。ガチョウが飛べないなんて、だれが言った!?」
ガチョウが答える。
「どんなに努力しても、ガチョウはガチョウなんだよ、ハンサ」
人影が言う。
「ブラフ? カモン、ブラフ、カモナッ!」
ふりかえり、叫ぶガチョウ。
やおら背後の人影がガチョウに飛び乗り、大空に舞い上がった。
「……ふしぎな旅に出そうな雰囲気だな」
やけに呑気なイメージの走馬灯だ、と思いながら、つぶやくチューヤ。
──ニルスとモルテンならぬ、ブラフとハンサが体育館の宙を舞う。
スウェーデンのノーベル賞作家が書いた名作を、昭和のアニメバージョンでよく知っているサアヤとしては、首をかしげて複雑な表情だ。
「みんなと地球の上さー」
サアヤが歌っている。
「妙だな。……おい、起きろチューヤ」
その声に、チューヤはハッとして起き上がった。
「ケート!? なんで、おまえがここに」
他の面々もいるかと見まわしたが、どうやらサアヤとケートだけのようだ。
「知らんよ。瀕死の状態になったところだから、たぶん走馬灯なんじゃないか?」
言うケートの横に歩み寄るサアヤ。
「カモンニルスって声いいよね、キャロットかわいいし」
サアヤのシルエットからしても、どうやら魂のみの存在だ。
魂の時間に特有のこの景色は、何度も見てきた。
「原作には存在しないがな」
ケートも同様。
「え、まじで!?」
死人にしては、緊張感のかけらもない会話である。
そう、彼らは死んだからこそ、ここにいる。
「オタクな話だね。ってか、みんな死んでるの? 死ぬと世界を飛び越えられるのかな?」
同じ魂の時間を共有するチューヤ。
ここで、サアヤとケートだけがチューヤの世界線に混じったことには、当然に強い意味がある。
そのことを彼は、近いうち「トモダチ」として知ることになる──。
「正気になんしたか」
別の声に、チューヤは視線を向けた。
「……ああ、テイネか。邪教がいるってことは、やっぱり魂の時間だね」
「つまり、アレは魂だけの存在でありんす」
テイネの示唆する先、サアヤとケートが戯れている。
「どういうことだよ? 死ぬと別の世界線へも飛べるのか?」
チューヤの問いに、
「よく見なんし。ふたりともまだ瀕死でありんす。魂の先が切れてはいないざんしょ?」
「……まあ、よく見りゃそうかも。けど、俺が悪魔を召喚して蘇生魔法をかけてやるわけにもいかないんだろ?」
だとしたら、同じことだ。
「この世界線から抜けられなければ、そうざんすね。つぎのターン、大事にしなんし」
「どういうこと? てか、あのガチョウと乗ってる小人、なんなのよ?」
魂の時間を動きまわっている以上、あれも実体のない存在であろう。
「恥ずかしがりの飼い主に代わって、伝えるでありんす。本来、原初の神々にしか許されぬ遊びの道具、盗まれたことは口惜しい。ハンサを使ってとりもどしてほしい、由」
「……ハンサ? どっかで聞いたことあんな」
悪魔全書を起動し、検索をかける。
即座にヒットした。
名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅
ハンサ/霊鳥/6/紀元前/古代インド/ヴェーダ/西大島
白いガチョウの姿をしており、ブラフマーの乗り物とされる。
純粋さや神の知識などを司り、高次元の存在への到達のシンボルとして扱われている。
「おー、なつかしい。序盤に合体素材として、けっこう世話になったな」
レベル1桁で扱える霊鳥は有用だ。
「召喚さえすれば、あとはむこうで勝手にやる、ということでありんす」
説明の少ないテイネ。
まったくわけがわからないが、チューヤはそろそろ考えるのが面倒になっていた。
「そうかい。そんじゃまあ、瀕死の最終ターンこそ悪魔使いの本領発揮ってことで」
邪教のレシピを組み立てる。
悪魔使いはHP0になる攻撃を受けても、最終ターンのみ悪魔を使役しつづけることができる。
今回も、回復役となつかしい低レベル悪魔を合体し、邪教の味方を閉じる。
時間の流れがもどる。
即座に蘇生魔法が執行され、チューヤの体力が回復する。
「しぶてえガキだ! いいかげんにくたばれよ!」
叫ぶアモン。
何度もぶっ殺しているはずなのに、そのたびに立ち上がってくるチューヤに、そうとうイライラしていた。
「はははは、悪魔使いは不滅なんだよ。何度でもよみがえるさ!」
なかなか死なないことだけが取り柄というのは、ある種の少年漫画にも通じる。
どこぞの大佐のように笑い、チューヤは召喚したハンサの動きを目で追った。
レベルが低いので、もちろん戦闘要員としては期待できない。
だが、特殊な役割は果たしてくれそうだ。
その動きはまるで吸い寄せられるようにアモンの懐を目指し、ぬるり、とその懐中から件の「サイコロ」をくわえて抜け出した。
ハッとするアモン。
だが、もう遅い。
時間が止まり、空間が──弾ける。




