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アクマダモンは微動だにしない。
当然だが、まったく表情が読めない。
それは、よちよちとした動きで椅子にもどると、テーブルの上の電話を手に取ろうとして何度か失敗した。
しかたなく歩み寄ったサアヤが受話器を持たせてやると、アクマダモンはモンモン言いながらサアヤの腕をつかみ、内線電話で9を押させた。
その後、モンモン言っているうちに、職員室につながるドアがノックされる。
「はいるモン?」
校長が言うと、がらり、と開かれたドアの向こうから、また懐かしいキャラが姿を現す。
「こ、木枯らしの紋吉!」
楽しそうなのは唯一、サアヤだけだ。
他の面々は、かなりげんなりしている。
木枯らしの紋吉は、アクマダモンの友達という設定で、よく並んで登場することのある、人間型のゆるキャラである。
身体は江戸時代の「旅がらす」をイメージしているが、カラスとフクロウを足して2で割ったような不気味な鳥頭に、くまどりをした歌舞伎俳優の要素まで混ぜ込まれたマスクは、不気味なことこの上ない。
ひゅるり~と下手な口笛に乗って、「歴史を語る」のがデフォルトだ。
アクマダモンと比べても人気の面でたいへん見劣りし、最初は対等な友人という設定だったらしいが、いまではアクマダモンに付き従う下僕、という公式設定に切り替わっている。
仕込み杖をつき、よたよたと歩いて、アクマダモンの横に立つ。
その動きが、あまりにもぎこちない。
ぷるぷるふるえて、息切れや、よっこらしょというくぐもった掛け声まで聞こえては、驚くよりも心配になってくる。
さすがの校長も嘆息し、言った。
「暑かろう。脱ぎたまえ」
「す、すみません」
いそいそと紋吉の着ぐるみを脱ぐ、中の人。
「あーあ」
ため息も出ない。
「なんかグダグダだな」
いつもは優しいリョージも呆れている。
「だーれも知らない知られちゃいけーない~、木枯らし紋吉だれなのか~」
歌うサアヤのまえで、あっさりと知れる正体。
「……やっぱ先生?」
チューヤですら想定の範囲内。
そこには、彼らの本来あるべき顧問教師、成田がいた。
リョージたちが助けに向かったはずだが、こうして木枯らしの紋吉の中の人をやっているということは、首尾よく救出はされている。
ふりかえると、リョージは肩をすくめて首を振る。
もちろん助けて以降、紋吉になった責任まで彼に求めるつもりはない。
なんとなく目を背けるマフユ。
木枯らしの紋吉という姿が痛々しいからばかりではない。
病院でひどい目に遭ったが、ロキの力でどうにか生還はした。しかしその入院の根本原因をつくったのは、マフユだ。
その後、奇跡的な回復を果たしたと聞いているが、下半身に回復不能の古傷を抱えることにもなったという──。
そんな病み上がりの女教師に、校長は、なんということをさせるのだろう。
「ちょっとシライズミゼイさん! ひどいじゃないよのさ!」
苦情を訴えるサアヤに、
「待ちたまえ。彼女は好きでやっているのだ」
アクマダモンの口調を装うことをやめ、校長は答えた。
たしかに、成田はいとおしそうに、紋吉の着ぐるみを撫でている。
正確には、着ぐるみの内側に描かれた魔法陣を。
「どういうこと?」
「私は、きっかけを与えたに過ぎない。彼女がそれを受け入れたのだ。そうすることによって、彼女の欲する姿が、はっきりと見えてくるのだよ。──彼女は、まだ慣れていないのだ。新しいアモンの力にね」
紋吉の着ぐるみの内側に、刻まれる魔法陣。
──それがエジプトの魔神アモンの召喚陣であることを、ナノマシンが教えてくれる。
「えっと、それじゃ校長は、まえから成田センセを?」
「いや、前任者が壊れたのでね。つい先日だ、彼女は新しいアモン……いや、紋吉を襲名してくれることになった」
「……まえの人?」
「無理やりガーディアンにしてみたところで、アモンの強い力にはかなわない。適性がなければ無理なのだよ」
無理をした結果、先代の紋吉は死んだという。
「それじゃ先生は」
「たしかに、彼女にも無理だろう。だが、彼女の背負うものならば、可能だ」
こめかみに指を当てる。
促されてナノマシンを起動するチューヤたち。
……見える。
成田センセの背中に、べったりと張り付く水子の霊が。
「先生、それ」
「私の、亜門くん」
にやあ、と笑う成田。
──彼女も知っている。
自分は新しい生命を育むことはできなかったが、愛する人の「霊」を背負うことができた、と。
その姿は、着ぐるみの魔法陣によって、いまや彼女自身の目にも、はっきりと見えるようになった。
マフユのおかげで、彼の子を授かることはできなかったが、彼の「精」と「名」をもらうことはできた。
まさに、セイメイを。
「それって、満足すべきことなのか……?」
水子の霊を「自分の子」として育むこと。
「ま、まあ当人が満足なら、それで……」
旅ガラスの紋吉は、デフォルトで仕込み杖を突いている。
キャラとしても合っている。
校長はゆっくりと言った。
「彼女には申し訳ないが、アモンとして役に立ってもらいたい」
「いいえ、望むところですわ、校長。世界がどういう道のりをたどり、これからどうなっていくのか、歴史の教師である私にも、とても興味があります」
並び立つアモンと……アクマダモン。
成田は上半身を脱いだだけで、下半身を覆ったままのアモンの着ぐるみを撫でている。
魔法陣は内側全体に張り巡らされているが、とくに頭部のフクロウ頭には強力な魔力が宿っているようだ。
とはいえ校長の秘密は、まだ解き明かされたわけではない。
校長どころか、成田に取り憑いているという悪魔、アモンさえもまだ……コントロールされているわけではないのだ。
「あ、ああ……っ、あああ! ダメよ、アモンくん、ダメ……!」
悲鳴を漏らす成田の身体が吊り上がる。
下半身から上半身へ、再び木枯らしの紋吉に包み込まれる成田。
空間が急速に境界化していく。
「マズイ感じだぜ、チューヤ」
臨戦態勢のリョージ。
「どうすんだ、校長!?」
問題を丸投げすべき相手に直球を放るチューヤ。
「アモンは強い。強すぎるくらいだ。彼女はまだ、それをコントロールできていない。それだけだ。……手伝ってやりなさい。きみたちの顧問だろう?」
アクマダモンは椅子から微動だにしない。
そういう問題ではないような気もするが、成田先生を助ける、という行為には否認しがたいものがある。
つぎの瞬間、校長室の窓を突き破って外に飛び出す木枯らしの紋吉。
一瞬、校長を凝視してから、追いかけるチューヤたち。
先生は、助けなければならない。
逃げるアモンを追跡する。
途中、どうやらアモンが召喚したらしい、麾下の悪魔たちと連続戦闘。
苛烈な戦闘の挙句、最後の戦場は体育館に設定された。
名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅
アモン/魔神/39/紀元前/古代エジプト/ピラミッド・テキスト/西高島平
鳥の頭部を持つ姿と名前の類似性から、エジプト神話に登場する神アムンが悪魔として解釈された存在という説もある。
アクマダモンの仲間。ガワを木枯らしの紋吉という魔術回路で包むことで、コントロールを試みている。中の人は、歴史教師・成田(の体内に埋められた精液が異常受精)。
専門は江戸だが、古代エジプト系の謎を握っている──。
「行くぞ、みんな!」
便宜上、中心に立つチューヤだが、全員、比較的勝手に戦っているのはいつものことだ。
チューヤは遠慮がちに戦端を維持し、全員が能力を発揮できるように、効率のいい悪魔の配置を考え、それなりの役割を果たすことに徹すればいい。
このメンバーは全員、強い。
6人で戦えることを、彼はほんとうに心強く思った。
それでもまったく楽観できないほど、アモンは強い。
しかし、負ける気もしない。
周囲を取り巻く仲間たちは、ほんとうに強いのだ。
彼らと力を合わせて戦う。そのことに一種の陶酔すらおぼえる。
これこそが人類のあるべき姿なのだ、と。
「ガぁあぁうあァア!」
集中攻撃を受けて、アモンが悲鳴をあげる。
そう、人類は手を携え、力を合わせて、巨大な敵を倒すように「進化」してきた。
マンモスも、オオカミも、ライオンも、人類は「協力」と「武装」によって退け、膝下に組み敷いてきた。
悪魔でも同じことだ。
力を合わせた人類に、倒せないものはない──!
チューヤが決定的な攻撃に踏み出した、そのとき。
「コロガレ」
アモンの手から、なにかが飛び出す。
その一瞬に、魂の時間が凝縮される。
敵も含め、全員の動きがピタリと止まる。
この感覚、エジプト神がよく使う──とチューヤは気づいた。
ホルスからこの魂の時間に巻き込まれ、凝縮された判断を下せたこともある。
アモンも、エジプトの神だ。
悠久の時の流れを背景に持つ、もっとも古い神々の一柱。
世界の時間が止まり、その一瞬に、6人の視線が集まる。
もちろんアモンも動いていない。この世界で動きまわったら、それはチートだ。
動けるのは思考と、ある種の特殊なアイテム──。
アモンの手から転がされたサイコロが、床に落ちた。
スローモーションのように、ゆっくりと静止した時間を転がっている。
「え……?」
サイコロはまず、サアヤのまえで一度、大きく跳ねた。
瞬間、「1」のマークが空間に浮かび上がり、サアヤの姿がかき消えた。
「サアヤ! てめえ……っ」
叫ぶケート。しかし反撃することはできない。
魂の時間において、肉体を動かすことはできないのだ。
ただ、魂だけが思考を展開し、その「処理」を進められる。
床に跳ね返ったサイコロが、再び落下する。
カツーン、と音を立てて跳ねてはいるが、あれが「物質」でないことは明白だ。
瞬間、「2」のイメージとともにケートの姿がかき消えた。
「マジか、おい、どうなってんだよ、チュー……」
リョージがチューヤに意見を求めることは、このさい正しいかもしれない。
事実「魂の時間」にもっとも慣れているのは、悪魔使いであるチューヤのはずだ。
しかし、あまりにも斬新すぎる魔術回路への対策を、この凝縮された時間内に立てられるはずもない。
しょせんチューヤは、ただの鉄ヲタなのだ。
カツーン、と再び落下したサイコロの音とともに、リョージが消えた。
サイの目が「3」だったことは、目を閉じていても伝わる。
「ふざけんじゃねえよ、オイ、こんなところで消されてたまるか」
叫ぶマフユが踵を返そうとしても、無駄だ。
どうあがいても、肉体は動かない。
ジャバザコクで体験した感覚に似ている。
おそらく魂に引き寄せられて、ここではないどこかへと吹っ飛ばされるのだろう。
肉体は、ここにあると同時に、あちら側にも存在する。いずれかの側において、量子化された肉体の結果が確定するまでは。
マフユの姿が「4」とともに消える。
「死」のイメージが重なったのは偶然だろう。
彼女はまだ死んではいない。ただ、つねにその可能性はある。
「…………」
ヒナノは足掻かなかった。
ただ、最後にチューヤの横に立っていることが、ひどく不快そうだった。
最後に見る顔が俺でゴメンネ!
とチューヤが軽口をたたくまえに、落下したサイコロの音とともに、ヒナノが消えた。
跳ね返る高さが、すでに最初の数分の一まで下がっている。
チューヤには、ほとんど「溜め」はなく、結論が出た。
「6」の瞬間、彼はこの世から姿を消した──。




