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「遅かりし由良乃介ぇ」


 演劇風に大仰な所作で立ち上がり、ふりかえるケート。

 リョージは苦笑しながら、まずはサアヤに視線を向け、


「いいのか? 女の子がこんな時間に」


「私、きのうは男子だったのかな?」


「連日の遅いご帰宅には、ご家族もご心配なされよう? と」


 ケートは腕組みして、軽く首を振った。

「だから女子は帰れと、さっきから100万回ほど言ってる」


「まあ、これは男の戦いだからな。サアヤ、今回は遠慮しとけ」


「えー? 見たいのにー」


 リョージとケートは真正面から向かい合い、


「議論の結果ならあとで聞かせてやる。ボクが勝つに決まっているが」


「だからウサギとカメの話は決着ついたろ」


「どちらかが諦めないかぎり、決着などというものはつかんのだ」


「はいはい、そうでした。場合によってはオレの負けでもいいけど?」


 ケートは憤慨してベンチに片足を載せ、腕をまくる。


「なんだと? 調子に乗るなよ、リョージ。貧民のくせに、いい気になって見下しやがって」


「いや、いまの言動、あきらかに見下してるのはおまえだろ」


「黙れデカブツ! 身体の大きさが戦力の決定的差ではないことを教えてやる」


「はいはい、わかったよ。ちょっと待ってろ、駐輪場にバイク置いてくるから」


 背を向けるリョージに、ケートはぶつぶつと苦言を呈する。


「岡持ちとか、つけてくるんじゃないよ。まったく緊張感に欠けるやつだな」


「……さ、行くぞサアヤ。駐輪場まで案内してくれ」


「ぶー。あとでちゃんと教えてよねー」


 リョージに連れられて、サアヤが公園の外に導かれていく。

 ボソッと割り込むチューヤ。


「でもさ、じっさい、負けたじゃん、ケート」


「TKOだ! キミが止めたから、しかたなくその結果を受け入れただけだ」


「おまえらが目線で、そろそろ止めろって言うから」


「読み過ぎるくらい空気を読める、そのキミの感覚を買ったんだ。()()()()()()()()()()、だが」


 ケートがチューヤを立会人に選んだ理由が、このあたりにある。

 再戦するにおいても、チューヤを選んだ意図を汲むとわかりやすい。


「まあ、負けたっていってもさ、リョージだって言ってたじゃん。この差は純粋に体格だけだって。同じウエイトとタッパがあれば、勝ったのはケートだったって」


「黙れ! ビジネスの世界は結果がすべてなんだ。喧嘩だってそうだ。敗者の言い訳ほど醜いものはない」


 ケートは、ぱたぱたと足を踏み鳴らしながら、自分のなかに折り合いを見つけようとしている。


「わかってるよ。ケートは一度も言い訳してないし、かっこいいと思うよ」

 チューヤもその点、素直に認めている。


「諦めないかぎり完全に負けたわけではない。つぎに勝った者が勝者なのだ。ビジネスでも一度失敗しようが……」


「ビジネスの話はいいよ。諦めてないから、まだ試合は終了してないんだろ」


 ケートはゆっくりと首をまわし、けだるそうにベンチに腰掛けるチューヤをねめつける。


「第二試合が開始されるんだ。さっさと立て。キミを再び審判に指名してやる」


「めんどくさい男っすね……ほんと、昭和の青春って感じ」


「あのころのボクとはちがう」


「昭和? あ、いや、向こうもだいぶ、ちがうと思うんだけど」


 チューヤの脳裏に、遅まきながら組みなおされる時系列。


「ボクシングや護身術にも磨きをかけた」


「向こうは、それ以上の力を身につけているかもしれないよ?」


 チューヤの言葉を、ケートは当然のように聞きとがめた。


「なにを言っている、チューヤ。……なにか知っているのか?」


「い、いや。俺はべつに……」


「ふん。とにかく、やつとはいずれ決着をつけなきゃならないんだ」


 意外にあっさりと引き下がり、ケートは再び公園の外に視線をもどした。

 チューヤは考える。

 リョージとケートは、仲はいいとは思うが、ときどきこぶしで決着をつける、というわがままを言い出すケートに付き合って、ガチンコ対決イベントが催されることがある。


 それは、いい。

 どっちも、ある程度は事情を理解してやっている。


 リベンジを挑む以上、ケートもそれなりに身体を鍛えるなりしているのだろう。

 じっさい怠け者のチューヤの目から見ても、ケートの五体はかなり絞り込まれている。まともに喧嘩をしたら、体格に勝るチューヤもまったく勝てる自信はない。

 リョージに言われるまでもなく、同じウエイトで戦えば、ケートはトップクラスの実力を持っている。

 だからこそ、はるかにウエイトのちがうリョージに対しても、真っ向からタイマンを挑んで、それなりの勝負をする。


 だが、いまのリョージは、きのうまでのリョージとはちがう。

 まさか、同級生との喧嘩で悪魔の力を使う、などという大人げないことを、リョージがするはずもない、とはわかっているが。


「待たせたな。ケート」


 空手でもどってきたリョージは、軽く腕をまわしながら、上着を脱いだ。


「ふん。吐き気のする因縁に決着をつけてやる。覚悟はいいな?」


「どうしてもやるのか?」


「いまさら命乞いか」


 ゆらり、と体躯を沈める両者。

 こうなったら、もう気が済むまでやらせるしかない。

 チューヤはふたりのあいだに立ち、派手なリアクションで言った。


「んじゃ、いくよ。……コホン。

 リョージィイ、バーサァス、ケイィートォオ! ラーンドワーン! ……ッファイッ!」


「たく、ふざけやがって」


 苦笑いとともに、間合いをつけるリョージ。

 一方、ケートは最初から、禁断の世界に足を踏み入れる。


「見せてやるよ、リョージ。人間を超えた力ってやつをな。……エグゼ!」


「……なに!?」


 チューヤとリョージは、同時に目を見開く。

 自分たちがその技を使っていいものかどうか迷うそばから、本来、そんな武器を持っているはずのない側のケートが、悪魔の力を起動してきたのだ。

 これは、どんなサプライズイベントだろう?


「くらえ、ニードルゥウ、ストライィーク!」


 ケートの上半身に浮き上がる針山のようなトゲの塊が、ぶわっ、と膨張したつぎの瞬間、一点から弾けてリョージに襲いかかる。


「ヴェノムカッター!」


 反射的に起動されたリョージの悪魔の力が、直撃の瞬間に発動して、襲い来る針の衝撃波を弾き返す。

 それを見たケートは一瞬、驚いた表情を見せるが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、


()()()()な、そういうことかよ」


「そーいうことって、どういうことだよ、ケート。おまえ、なんでその力を」


「デメトリクス社の恩恵は、すでに()()()()の世界線も侵食してるってわけだ」


 ケートから聞くべきことは、かなり多そうだった。




「キミらが飲んだのは、これだろ?」


 ケートがポケットから取り出したのは、1個のカプセル。

 黙ってうなずくリョージとチューヤ。

 ケートは、カプセルをぐっと握りこみながら、


「こいつをつくっている会社、デメトリクス社は、うちの父親も出資してるベンチャーキャピタルなんだよ」


「つくってる会社が、あるのか」


 半ば阿呆のように、チューヤとリョージは声を合わせた。

 冷静に考えるまでもなく、だれかがつくったから、そのモノはそこにある。

 当然のことなのだが、チューヤたちはなんとなく、それは異世界線のほうから流れてきたモノだと思っていた。

 だがモノが流れてくるということは、技術も流れてきているということだ。

 であれば、こちら側でもそれを製造することはできる。


「悪魔相関プログラムを内蔵したDNAチップ、ナノマシンってやつだよな」


 チューヤの言葉に、ケートはうなずいた。


「そうだ。ARMS(アームス)といわれる長大なプログラムで、全人類の適性に合わせた発現が可能となった。天才の熱狂がつくりあげたとしか思えない、変態的なプログラムだよ。個々人の才能に合わせた、あらゆる実行(exe)が可能となっている」


 リョージは脳内にナノマシンを起動しつつ、自己のパラメータを確認する。


「オレはAタイプらしいんだが」


「そうか、おまえらしいよ。ボクはAMの重複型だ」


「それって、AB型みたいなもんか?」


「血液型みたいに言うな。アビリティもマジックも同時に身に着けられる、天才型の賢者タイプだよ」


「で、俺は少数派のSタイプ、召喚士さまと」


 チューヤも胸を張って言ってみたが、現状さほど響かなかった。

 ケートはカプセルをポケットにもどし、改めて身を低く構える。


「とにかく、お互い悪魔の力を持っているなら、条件は互角だ。──決着をつけようぜ、リョージ!」


 ふりまわしたケートの腕から放たれる疾風は、彼が悪魔の力をそうとう使いこなせることを意味している。

 一方、跳躍して躱すリョージの運動能力も、悪魔の力によって強化されていた。


「待て、やるのはいいが、まず理由を説明してくれ。なんでオレたちが喧嘩しなきゃならないんだ? まさか、まだウサギとかカメとか言ってるんじゃないだろうな」


「それどころじゃなくなったよ、残念ながらな。……ルイとかいうやつと、手を切れ」


 両手に強力な魔力の弾丸をためながら、ケートは静かに言った。

 リョージはゆっくりと顔を上げ、


「どういうことだ? あの人はただの」


「ただの酔っ払いだ、とでも言うつもりじゃないだろうな。……ミッテルの機密情報を盗んだ産業スパイだぞ、あいつは」


「産業、スパイ?」


「ボクの名を騙って葛西の事務所に侵入した」


 そのとき、再び新たな声が夜の公園に響く。


「それは本当に、私だったのかね?」


 一斉に声の方向をふりかえると、昨夜と同じ姿の自称政府系コンサルタント・ルイが、サアヤに連れられてやってきていた。


「サアヤ?」


 呼ばわれて、言い訳がましく説明するサアヤ。


「や、公園の近くで偶然、会ったのよね。で、みんなの話になって、青春の激突を展開してますぜって教えてあげたら、ぜひとも見たいって」


「ルイさん!」


「どうなってんだ、これ」


 状況の理解が追いついていないリョージとチューヤを無視して、かなりインサイダー側にいるケートが鋭く声を発する。


「ここで会ったが百年目だ、クリス……!」


「あいっさー」


 軽い声を上げながら、さらに新たなる登場人物。

 ケートの呼び声に呼応して、緑の帽子をかぶった朗らかな青年がひとり、空中を舞うようにして姿を現した。

 直後、彼は有無を言わさぬ勢いでルイの間近まで突撃する。


殺風檄(デスバースト)!」


暗黒陣(ダークネスウォール)!」


 クリスとルイ。ふたつの強大な力が交錯する。

 その力はほとんど一点に集中していて、間近にいたサアヤの髪の毛をわずかに揺らす程度の衝撃しか、外部には漏らしていない。

 だが見る者が見れば、両者の間に交わされた魔力のエネルギーが、どれほど強大で激烈なものだったかがわかる。

 最終盤のスキルを交錯させ、直近で視線を交わすルイとクリス。


「さすが、ルシ……いえ、コンサルタントのルイ氏。眉毛ひとつも動かしませんね」


「そちらこそ、クリシュ……ミスター・クリスでよろしいのかな?」


 クリスは身軽に距離を置き、ちらりとケートのほうに視線を転じつつ、


「所属はインドのミッテル・コンツェルンですが、日本法人では大株主である西原家の御曹司と、親しく付き合わせていただいておりますよ」


「なるほど、道理で、葛西あたりでお見かけした記憶があった。私のほうの自己紹介は必要かな?」


「いいえ……ですが」


 ふたりの会話は、しかしそこまでだった。

 チューヤはハッとして、襟元に忍び寄る寒気に全身を震わせる。

 同じ体験をしたサアヤも、震えあがって押し寄せる恐怖に唇を嚙んだ。


「世界線が」


「揺れている」


「またかよ……っ」


 ぶん……!


 景色が二重になり、それからもとにもどる。

 あちら側とこちら側の世界線が重なり、第三の状態へ。

 それは足元から押し寄せ、新たなる状態に更新された世界は、まずチューヤたちを地の底に飲み込むことから始める、と決めたようだった。


 ぱっくり。


 地面に開く口。

 支えを失ったチューヤ、リョージ、ケートの三人が、どちらの世界でも揺るがない重力というエネルギーに引っ張られて、消えていく。


「おっと、危ない」


 急激に広がる暗黒の口に巻き込まれ、落下しかけたサアヤの手を取るルイ。

 クリスは一瞬、ケートを助けに行くべきか逡巡したが、すぐに諦めたらしく、肩をすくめて黒い穴から距離をとった。

 同じくサアヤの手を取り、そこから離れようとするルイに、


「離して」


「なに?」


「みんな助けないと、私はいっしょにいないと!」


「しかし……」


 一瞬の隙にルイの手を振り払うと、開かれた大口に向かって身を躍らせるサアヤ。

 つぎの瞬間、大口はぱっくりと閉ざされ、周辺にはいつもの善福寺公園の景色だけが広がる。

 ──ルイは静かに、クリスに視線を転じる。


「……どういうことだね、クリス」


 クリスは肩をすくめ、

「世界は、われわれの力だけで動いているわけではない。それは、あなたもご承知のとおりだ」


「私は、きみたちのコスモスを認めないが」


「われわれも、あなたのカオスを否定する」


 交わされる視線の先は、あまりにも複雑系だ。

 ただ、両者が合意していることもある。


「しかし、世の中には別の秩序、別の混沌もある」


「そういうことですね」


 ふたりは同時に、閉ざされた黒い穴に視線を落とす。


「彼らが世界を理解するか、それともそのまえにすべてを放棄することになるか」


「楽しみですか?」


「いいや。それほどでもないな」


 ルイとクリスは、最後にそれだけの会話を交わし、緩やかに別方向へと歩き出す。

 東京の地下には、まだコスモスでもカオスでもない(あるいはその一部でありながら、そのものではない)世界が、広がっている──。



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