表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/384

09 : Day ago : Sakuradamon


 受電台のポールが、黄色から赤へ。

 ──四谷より。都内在住、男性が変死体を発見。


 110番通報は桜田門、警視庁の「通信指令センター」へ入電される。

 警視庁本庁舎の4階、5階部分までの吹き抜けフロアは、つねに臨戦態勢だ。

 主として23区全域をカバーする受電台が30台並び、各地からの110番通報を受けている。最低件数は、毎日5000件。


 受電台に座る警察官のまえには3台のモニターが並び、通報場所の主な目標物、道路や鉄道、現場付近の地図が表示される。

 固定電話や公衆電話からかけると、すぐに場所を特定できる。それを知らないアマチュア犯罪者が、身代金の要求に公衆電話を使って、簡単に逮捕された事件もあった。


 110番入電中は、各受電台についているポールが黄色に点灯する。

 変死体発見という重要案件の場合、赤に変化する。


 殺害された可能性が濃厚。

 特別捜査本部設置の事案だ。


 情報は即座に指令センター内の無線指令台に送られ、同時に所轄警察署にも送られる。

 受電台の係官が情報を書き込んだデスク画面を転送、事件発生現場管内の警察官に無線で通報内容を伝達、現場付近の地理状況やパトカーの位置を表示するロケーションシステムで、情報を送りつづける。


 担当である所轄警察署の刑事課ないし組織犯罪対策課(強行犯捜査係)、および地域を受け持つ機動捜査隊の私服刑事が、現場に駆け付ける。

 先着した交番勤務やパトカー乗務員が、立ち入り禁止の黄色いテープを張り、現場保存に当たる。

 屋根に赤色灯を光らせた白ナンバーが何台もやってきて、そこから捜査員が降り立つのは、ドラマなどでもよく見かけるシーンだ。


「ご苦労さん」


 敬礼する制服警察官に軽く手を挙げながら、中谷は黄色いテープをくぐった。

 通り雨が地面を濡らした夕刻の闇のなかに、死体を見つけたのは近隣の飲食店従業員だ。


「なんだこりゃ」


 目前でブルーシートをめくった刑事の声が、中谷の耳朶を打つ。

 死体はひとつで、一見きれいだが、頭のほうにまわった捜査員は全員、ぴたりと動きを止めていた。

 それからある者は慌てて外へ駆け出し、ある者は目を背け、あるいは手を合わせる。

 中谷も、流れのなかでその死体を仔細に眺め、いくつかのことを理解した。


 ()()()()()()いる。

 そしてその()()()()()


 背後から、ざわめきが近づいてくる。中谷は静かに場所を譲った。

 所轄が現着してほどなく、本庁からも捜査一課と鑑識スタッフが続々と到着した。

 四谷といえば、本庁の目と鼻の先だ。


「なんで中谷がいるんだよ?」


 顔見知りの捜査一課の刑事に言われ、中谷は軽く肩をすくめた。


「別件の地取りで近くにいたんだ」


 本庁、所轄、機動捜査の私服、鑑識、ジラタイ(本庁自動車警邏隊)、交番勤務の制服らが勢ぞろいして、初動捜査の準備は整った。


「組対の出る幕じゃねえよ。……おい、大塚に一本入れとけ、最優先ってな」


 同僚らしい刑事がうなずいて、いつもの短縮ダイヤルを入れる。

 ──だれが見ても殺人事件。それも猟奇だ。

 死体はただちに豊島区大塚にある監察医務院へ送られ、司法解剖に付される。


「さあ、どうかな」


 中谷は能面のような表情で、ぐるり周囲を見まわし、それからゆっくりと目線を持ち上げる。

 そこには信濃町を代表する宗教団体の本部ビルが、大きくそびえたっていた──。



 被害者は日本人、もしくはアジア系外国人の可能性が高い。

 頭から血を流していると110番通報がはいったのは午後7時21分。


 現着時、頭頂部は離断。頭蓋内容物は除去されていた。

 血液中からは、違法薬物が検出されている。

 チャイニーズマフィア、暴力団、宗教組織が絡んでいることが推測されるため、殺しの一課をはじめ、組対二課および四課、使用薬物の関係から五課も召集された。


「村上が、でけえツラしてやがんな」


 所轄に設置された特別捜査本部で、中谷はつまらなそうに言った。

 本来、自分がそこにいるべきと信じている場所に、いまは同期の別人が立っている。


「まあ、ここは()()()()()ですからね」


 中谷の相棒に抜擢されているのは、最近ようやく交番勤務を卒業した若手。

 殺しの主管は「捜査一課」と相場は決まっている。つまりここは「捜査一課の特別捜査本部」ということになる。

 四課の出る幕は──まだよくわからない。


 一課にはいくつかのグループがあり、各々に管理官(警視)がヘッドとしてつく。

 その下に係長(警部)がおり、その下の主任(警部補)が現場における捜査指揮を行なう、というのが普通だが、事件によっては上役が直接動くこともある。


 たとえば連続殺人事件や猟奇殺人事件となると、課長レベルも現場へ赴く。

 捜査会議にも一層、熱がこもっていた。


 地取り、鑑取り、証拠分析、映像解析などの分担が決められ、第一期(初動から30日間)の捜査が本格的に開始される。

 役割を決められた捜査員たちが、つぎつぎと部屋を出ていく。


 彼らは足を棒にして駆けずりまわり、夜中まで帰ってこない。

 捜査本部には庶務をはじめ数人が詰めていて、それぞれの担当からの報告や調整を引き受ける。


 翌朝、全員が朝8時に集合した。

 捜査一課長、所轄の署長、捜査一課理事官、管理官といった上級スタッフが、数十人の刑事たちに向き合う。


 捜査会議の開始だ。

 捜査員は対外的に捜査一課特別捜査本部員。

 大多数は本庁各課の刑事と所轄の刑事がコンビを組む。


 被害者の身元は、すぐに割れた。

 近くの教団の信者だったことがあるが、いまは脱会しているという。

 宗教団体。

 こうなると、公安の出番も見えてくる。


 ──警察は、もともと「現体制を保守」するものであり、天皇制を含めた体制に対して表立った意見を言う者はない。

 じっさい多くの警察官が、体制を支持しているだろう。


 ときには「共和制でいい」などと言う人間もいるが、考えるだけは自由であり、暴力的な転覆を計画するなど想像すらしていない。むしろそれを取り締まる側だ。

 警察官の思想や宗教は、捜査活動に大きな影響を及ぼす。

 思想については、口頭試問でさまざまに聞かれ判断される。

 宗教については、身上書に記入欄が設けられている。


 真言宗は大歓迎らしい。

 もちろん現体制を批判する右翼や左翼は、敵である。


 ──佐藤武威作(ぶいさく)という人物が中興の祖とされる舎利学館は、日本に隠然たる力を持っている。

 共明党という政党として与党に食い込み、捜査活動に圧力がかけられるのも、学館がらみの事件が多い、というのは現場より上層部に位置する者たちからの見解だ。

 警察のなかにも学館員がいることは、資料的に判明しているが、それを公言するのははばかられる。


 学館の思想は、仏教を基調とした東方思想のリミックスだ。

 ある種、荘子にも近い。

 自然を基本とし、人為を忌み嫌う。


「キナ臭くなってきやがったぜ」


 この手の死体が発見されたのは、今回が最初だ。

 しかし中谷には、すでに多くの「予断」をもたらすだけの情報が集まっている。

 脳みそを()()()にされて死んだ人間は、彼が最初ではないし、最後でもないだろう。

 車にもどると、相棒の若手があんパンを差し出しながら言った。


「あの警部、さっき無線で、すぐ本店もどれって」


 中谷の表情が、不快げにゆがんだ。

 いやな予感がする──。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ