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パンデモニカ / PanDemonicA  作者: フジキヒデキ
マスクマン・シンドローム
202/384

06


「あの、うちの学校、プロレス部があるんですよ!」


 あわてたように話題を振るチューヤ。


「そう、さすがは国津だ。相撲が国技は認めるが、国の格技はレスリングだ。国格技事堂へ行こう!」


 何事かを考えながらも、表面上の「ノリ」を大事にする大黒。


「さすが議会のルチャリブレ、心に響きます!」


 にわかプロレスファンの浅薄な物言いに、


「プロレスは楽しいぞ少年、べつにレスラーになる必要はないが、健全な精神は健全な肉体に宿るのだ」


 堂々たる宣揚。


「プロレスである必要はない、と?」


 すかさず突っ込む若造に、


「それはそう。正直そう。柔道でもボクシングでも陸上競技でもかまわない。身体を鍛えるのだ、少年よ」


 忌憚ないレスラーの見解。


「すいません俺、鍋部なんですが」


 告白する高校生に、


「なんだね、それは」


 理解が及ばない大人。


「鍋を極める部! キッチンの格闘技、それが鍋部!」


 極めているのはリョージだが。


「そうか、きみは調理部だったのか。──たしか文科系で、金属化学について研究していると聞いていたのだが」


 その大黒の言葉に、ようやくチューヤは違和感をおぼえた。

 たしかにそういうプライベートメッセージを飛ばしたが、鍋部に対する素の反応を見た直後だけに、いきなり細かいところまで思い出してくれたとは思えない。


 ちらりと背後を見ると、秘書らしい男の唇がかすかに動いている。

 大黒の耳には、目立たないがイヤホン。

 なるほど、と理解する。

 このふたりは、ふたりでひとつなんだ、と。


 ダイコク先生は、とても丁寧な選挙活動をする。

 陳情に行った一人一人を、みんなおぼえてくれている。

 大事な話はもちろん、どうでもいい話まで、よく頭にはいっている。

 細かいところまで、とても気配りのできる、いい先生。

 ──そんなすばらしい評判は、あそこにいる秘書がつくったものにちがいない。


「昔は、比較文化人類民俗化学セラミック部、とか呼ばれていた時期もあるみたいですよ。()()の話では」


 一応、伝統ある部活らしい。


「邪教と下郎なら、うちの団体のメンバーだ」


 大黒が反応したのは、邪教、という言葉。

 意味が錯綜しているが、意外なところで結びついている、とチューヤも感じた。


 もちろんなんの関係もない、というのが通常の考え方だ。

 プロレスラーの「邪教」と「下郎」、そして「無道」は、単にそのリングネームでダイコク先生たちが出演するプロレス興行に出演しているにすぎない。


「そういえば、つぎのイベントは来週でした?」


 チューヤが脳内のプロレスページをめくる。


「おう、そうだ。大田区体育館で、ぼくと握手!」


 つねに客を意識した応答。


「ぜひ、うかがいマッスル!」


 軽く約束してしまうが、もちろんチケットがとれるとはかぎらない。

 リョージに頼んでみよう……。


「お嬢さんも、ぜひ」


 さわやかな笑顔で、最初から無視されている同行者のサアヤに気を遣うところも忘れないのは、さすがの都議会議員だ。

 思わず頬を染め、はい、と素直に答えるサアヤに、チューヤはいらいらした口調で、


「なんだよ女! こっち見んな!」


 即座に現実に引きもどされ、言い返すサアヤ。


「いいでしょ見たって! 減るもんじゃなし。私はチューヤなんか見てないから。そっちの筋肉ムキムキな、かっこいいマッチョメン見てるから!」


「見んな! おまえが見ると減る、俺のダイコク先生見んな!」


「チューヤのくせに! ダイコクさまはみんなのものだし!」


 おもしろい高校生のやり取りを、しばらく眺めていた大黒は、


「じつに若々しくてよろしい。ぜひ、こんど事務所のほうに遊びにきてくれ。地元の人たちと、しょっちゅうミーティングもしてるから」


「事務所って、腰痛部の収録もしてるんですよね。見たいなあ」


 速攻食いつくチューヤ。


「ああ、新宿の狭い雑居ビルの一角だが。火曜と木曜の午後は、だいたいいると思うよ。これ、名刺だ。選挙権を持ったら、ぜひ投票してくれよな!」


 火曜と木曜、という言葉に眉根を寄せるサアヤ。


「必ずや! ダイコク先生を都知事まで押し上げマッスル!」


 杉並区民でも都知事選には参加できる。投票権は来年だが。

 そのとき、大黒の視線が背後に走ったことに、チューヤは気づいた。

 ふりかえるまでもなく、腕時計を気にする秘書がいる。


「……そうそう、この館を出て最初に出会った人に伝えるように言われていた。()()()()()()()、だそうだ」


 ふと、思い出したように言う大黒。


「……はい?」


 ふつうに考えれば、足立の母からの伝言、ということになる。


「なかなか会ってもらえる占い師じゃないからね。指針は大切にしなさい。では……サウダージ、イェア!」


 ごく自然な動きで、会話を切り上げる大黒。

 これだけ相手をしてもらえれば、チューヤたちも満足する以外ない。


「押忍! あざーっしたあ!」


 というチューヤの体育会系な絶叫に見送られ、公用車で走り去る都議会議員。

 占いが公用と言えるのかどうかは、議会の追及から免れないかもしれない。


「……はじめて直に見たけど、かっこいい人だね」


 素直な感想を漏らすサアヤ。


「だから言ったろ。ダイコク先生は、だれでも好きにならずにはいられないんだよ」


 リョージ仕込みのプロレスファンとしては、にわかのそしりも免れないが。

 自然な動きで、腰のベルトに手をやる。

 ()()()()()()の加護は健在だ。




「出てこい、ケル!」


 突然、チューヤは声を張った。

 ピシッ! とサアヤのアホ毛をしばきあげると、その頭上に、あくびをするポメラニアン。

 この本性が地獄の番犬ケルベロスであることを、最近、彼ら自身すら忘れがちである。


「なによ、チューヤ。うちのケルになんか用?」


 一応、ガーディアンの飼い主はサアヤだ。。


「ケダモノといえば魔獣でしょ、魔獣といえばケルベロスでしょ」


 大黒からの情報を早速活用する。


「なにその三段論法!? ……なんか言うことある、ケル?」


 頭上に問うサアヤに、


「うぁえおくふぉしふぇいろ」


 眠そうに答える犬。


「……ねえよクソして寝ろ、か」


 あいかわらず口のわるいケダモノだ、とげんなりするチューヤ。


「よくわかったね、チューヤ」


 一応感心しておくサアヤ。

 いちいち通訳しなくていいのは助かる。


「付き合い長いから、なんとなくな。……ふむ、となると」


 チューヤは視線を転じ、その彼方を見晴るかす。

 行く先を決めるのは、いつでもチューヤの仕事だ。




「けど、あんな強そうなプロレスラーも、占いとかするんだね」


 まっすぐ引き返す、川の手線左回りに揺られながら言うサアヤ。


「政治家にも、けっこう多いらしいぞ。オカルトチックなものに頼ろうとする人」


 古来、多くのうさんくさい霊能者、僧侶といった類に、国政が壟断されてきたことは、歴史が証明している。


「オカルトかー」


 サアヤの所業も、たいがいオカルト傾向が強い。


「そもそもこの川の手線だって、ダイコク先生たちがつくったといっても過言ではないからな。いや過言だった」


 川の手線を掘ったのはマスクマン、という都市伝説が存在することは事実だ。

 もっとも、そのマスクの意味が、かなりうさん臭い。


 ある種の政治団体、秘密結社、財界、学会、さらに宗教界や闇社会まで。

 すべてが混然一体となって、東京地下の変革を支持した。

 深奥の正体をマスクで巧妙に隠しながら。

 この事実は、銘記しておかなければならない。

 川の手線は、一種の「共同謀議」であった。


 もちろん公共事業だから、表向きの顔、宣伝も無数にあった。

 じっさい役に立つインフラであって、川の手線による経済効果は十二分に建設コストに見合う、とされている。

 東京の混雑をどうにかしたいと日々つぶやいていた、マスクマン。


「人はみな3Dに動きたがります。高層ビルはすべてそうです。2Dの道路網では、それができません。上につなぐのもいいですが、当面は下のほうがいいでしょう」


 渋滞が名物になっているロサンゼルスをはじめ、世界中で3D連結構想の予算が通っている。

 悪魔の姦計が背景にあるかどうか。


 それを指摘する者が、陰謀論者と言われるのはまだマシだ。

 オカルト信者と決めつけられて、議論の場にも出してもらえない。

 そんな事実のほうが、問題だろう。


「川の手線かあ。考えてみればこれ、すごい地下鉄なんだよねえ」


 言ってから、後悔した。

 チューヤの目が輝いている。

 やばい、こいつに鉄を語らせたら……。


「いまごろ理解したかね、サアヤくん。その通り、川の手線はすごいのだ」


 まるで自分の手柄のように、鉄ヲタは胸を張った。

 東京23区の外縁を、各私鉄の駅地下と接続しながら、一周約85キロで結ぶ。

 ほとんど大深度の地下を、たった5年で。


 新しい地下鉄がどれだけ困難かは、世界の例を見てもあきらかだ。

 地下に埋設されている電気ケーブルやガス管、通信網を移設するために、ロサンゼルス市は4500万ドルを注ぎ込んだ。

 ビバリーヒルズ市と同学区は、2010年、高校の真下を通るトンネルの掘削を阻止するための訴訟を起こした。工事は何年も延期している。

 大型トンネルプロジェクトは、安定した資金調達がむずかしく、騒音に対する苦情にも対処しなくてはならない。


「その点、東京は理想的だった」


 と、川の手線を推進したマスクマンは語っていた。

 大深度法によって掘削の自由度が飛躍的に増した。

 訴訟社会アメリカのようなリスクを最初から回避できる。


 データが詳細だ。

 ずさんなアメリカでは、どこに何が埋まっているかさえ、よくわからない部分が多い。

 管理された日本の地下、とくに東京は、張り巡らされた血管の一本一本まで明確だ。


 技術力がすばらしい。

 いまもシアトルの地下では、北米最大のトンネリングマシンが、動かなくなったカッターヘッドを抱えて立ち往生したまま、地学的遺産となっているというのに。


 ロンドンは法律(渋滞税)によって、ローテクな「相乗り」を推奨した。

 パリのトラムは中心部を走らないが、スタイリッシュかつクールに、外延部を延伸している。


 各都市がアイデアを絞って、渋滞緩和に努力するその解決策のひとつ。

 道路、地下鉄、ハイパーループ。

 掘削技術の向上によって「すべての問題が解決する」と言ったのは、アメリカのカリスマ的実業家だった。

 世界経済の大立者が、背後に動いている。



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