91
数時間まえ、生きる「道」を模索しながらも、6人は白金台の迷路で方途を失っていた。
「ともかく、答えがわかってよかったじゃないか。こうして8.7万年まえ、人類は絶滅したんだよ」
最後の知的好奇心を満足させるように、ケートが言った。
「われわれは、どこから来たのか」
ヒナノのかすれた声に、
「絶滅してたら、オレたち、存在しなくねえか?」
リョージの「そもそも」論。
「……そいつは蛇から進化したんだろうよ」
考えることを放棄したらしいケートが、マフユを指さして言った。
「ありそうで笑える!」
ケンカになるまえに割り込むサアヤのGJに、
「サアヤが笑ってくれるなら、あたしはミミズでもオケラでも満足だよ」
マフユがめずらしく温厚に応じる。単に疲れているだけかもしれない。
「あはは、それじゃチューヤはモグラかな」
このときのサアヤは、まだ笑える元気を絞り出せていた。
「俺を巻き込むな! てか、なんでだよ!」
一応、突っ込み役を果たすチューヤ。
「だって、いつも暗いところに引きこもってるじゃん」
サアヤの的確な指摘に、
「だったら、ハダカデバネズミだろ」
さらに的確なことを言うケート。
「なにその変な生き物!?」
声を合わせるチューヤとサアヤ。
「ハダカデバネズミすごいんだぞ。引きこもりのくせに、意外と社会性があって、なかなか死なない」
死ぬまで地中で暮らし、老化に対して耐性があり、ガンにも強い、ということで世界中で研究されている画期的な生物だ。
「決定! チューヤの前世はハダカデバネズミ! チューチュー!」
「なんだと! じゃあサアヤは触角があるから、便所コオロギな!」
「むきー、なんで触覚イコール便所コオロギなんだよ!」
じたばたと叩き合うバカ夫婦。いつもの景色だ。
「お嬢は天使っぽいから、鳥から進化したのかもな」
リョージの言葉に、
「……ばかばかしい」
ふわりと髪を掻きながら、まんざらでもなさそうなヒナノ。
「リョージはサルだな」
なんとなく言うマフユに、
「正解。ウッキー!」
冗談めかしてサルの真似をするリョージ。
ハダカデバネズミのチューヤは、うらやましそうに、
「マシ! いちばんマシ!」
「くだらない話はそのくらいにしておきなさい。……なにか来ますよ」
バカ話にはつねに距離を置くヒナノが、当然のように真っ先に気づいた。
その動物が、最後の「水先案内人」となった──。
「いや、なんかライオン見つけてさ」
魔女に向け、チューヤが挙手して言った。
クロトは一瞬目を見開き、それからゆっくりと「答え」を染み入らせた。
──当然、謎は解かれなければならない。
彼らは本来、全員が生き残れるはずがなかった。
白金台には「結界」が張られていたからだ。
いずれジャバザコクとなるエリアには、太古から地形的な罠が仕掛けられていた。
そのまま進みやすい方向に進めば、おそらくその存在にすら気づかず通過していただろうし、もし内部にはいりこむ「門」を見つけられたとしても、生きることをあきらめて進むような「道」しか用意されていなかった。
このさい水先案内人(動物)は、是が非でも必要だった。
門までは、サアヤの直感に従ってイヌを追った。
つぎに見つけたネコを、新たな道標とした。
彼らのまえに、つぎつぎと登場してくる太古の動物たちが示す、暗喩。
「人類」が「動物」と接点を結び、ともに暮らしてきた長い長い年月。
このことには、なんらかの意味がある。
彼らは、全時代を力強く貫く通奏低音に、意識するしないを問わず、ともかく気づき、その直感に従ったのだ。
彼ら「人類」の潜在能力に瞠目し、魔女は大きく首肯する。
「ライオンか……くくく、なるほど」
疑う余地はない、彼らは「人類」の道をトレースした。
「やっぱり、あれライオンだった?」
チューヤの理解は、まだ道半ばだ。
「ホラアナライオンは、この噴火で滅びるよ。大型のネコ科は、人類が再び持ち込むまで、この列島にはいなくなる」
簡潔に答えるクロト。
他の生物を絶滅させるのは人類の専売特許のようにも思われるが、長い歴史上、言うまでもなく自然こそが多数の動植物を生み出し、そして滅ぼしてきた。
新生代第四紀更新世を生きたホラアナライオンも、約1万3000年まえに絶滅するが、こちらには人類が関与した可能性が高い。
「──そろそろ、あんたの番だろ。教えてくれ。あんたの知ってること。そして帰してくれ。オレたちを、もとの世界に」
リョージが一歩を踏み出す。
「……たしかに。死んでいれば終わりだったけど、生きているなら、まだ取り返しがつくよ。まったく、予想の斜め上だよ、あんたたち」
うなずき、深く吐息する魔女。
クロトは後方に体重をあずけ、6人の「無事帰還(暫定)」を眺めやる。
この道を、彼らは選んだのだ。
「で、どうなってんだよ、呪いのねーちゃん」
言い募るチューヤ。
「お姉さまと呼べ。……ふん、大方の予想通りだよ。これがジャバザコクだ」
かき混ぜていた鍋を顧みて、指し示すクロト。
竪穴式住居の奥一面には、壁からツタのようなものが伸びてぶら下がり、鍋のなかへと沈んでいる。
サーバになっているワークステーションと、それにつながる通信ケーブルの束のようにも見える。
そこには複雑に錯綜した魔術回路が展開し、それぞれのプロトコルに、魔女の細長い指がつぎつぎと指示を与えている、といったところか。
「ジャバザコクの家にはいったら、生きては出られないんだろ?」
リョージの問いに、
「そうだよ。その人間が知りたいことは、まちがいなく教えてくれる。ただし、そこから出ることはできない。それがルールだ」
クロトの答えは予想通りだ。
「じゃ、俺たちも出られないのか?」
確認するのも腹立たしい仮定だ。
「本来なら、あんたらは永久にこの世界に暮らして、死んでいく運命なんだよ」
クロトの答えは酷薄だが、
「ジャバザコクのルールによれば、か」
リョージに、そんなものに従うつもりはさらさらない。
「好んでこの家にはいったわけじゃないんですけどね。てか、あんたのせいでしょ」
チューヤにしても同じことだ。
「うるさい。だからもどしてやるよ、くそ。使い捨ての駒のくせに、態度がでかいぞ」
ぶつぶつ言うクロト。
「あんたね! そういえば、俺を利用してジャバザコクに侵入したんですよね!? そういうの、やめてもらえます!?」
この件については、たしかにチューヤに被害者の向きが強い。
そうこうしている間に、仲間たちも、意識をとりもどしつつある。
「おう、目ェ覚めたか、ケート」
リョージの眼下、
「なんだ、ここは天国か。いやリョージがいるってことは、ちがうな」
宿命のライバル・ケートが目を覚ます。
「ケホッ、ケホ……っく、わたくしは、どう……」
天国に行けるとすればヒナノかもしれないが、
「ぶへっくしょ! 息苦しいよォ、水ゥ」
仏教圏のサアヤの場合は「極楽」と表現したほうが近いだろう。
つぎつぎと目を覚ます仲間たち。
家探しをつづけていたマフユが見つけた食器類をひったくり、チューヤは目を覚ました順に、甲斐甲斐しく水分を供給してやる。
そろそろ、竪穴式住居に残されていた設備の意味を、魔女に問いただしてもいいころだ。
リョージはクロトを見つめ、問う。
「説明してくんねーかな、恋愛体質のおねーさんよ」
「うふふ、あんたがあたしのモノになるなら」
蠱惑的な笑みを浮かべるクロト。
「いいかげんにしろよ、あんた。リョージは俺の、てか、みんなのもんだから」
チューヤの言い分に、
「いや、そういう話じゃなく」
乗れないリョージ。
「そうだ、説明しろ、鬼女クロト!」
いまいち締まりに欠けつつも、びしっ、と相手を指さして格好つけるチューヤ。
クロトは、しばらくいまいましそうに状況を眺めていたが、すぐにあきらめて、
「まあ、説明だけはしといてやるよ。……ここは、ジャバザコク。かつて」
と、クロトが長い物語をはじめようとした瞬間、チューヤのナノマシンが、突如としてボス・アラートを発した。
ハッとして目のまえを見るが、クロトがボス化した気配はない。
背後に強烈なプレッシャー。
クロトの表情がゆがむ。
反射的にふりかえり、チューヤは家から飛び出した──。




