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 数時間まえ、生きる「道」を模索しながらも、6人は白金台の迷路で方途を失っていた。


「ともかく、()()がわかってよかったじゃないか。こうして8.7万年まえ、人類は絶滅したんだよ」


 最後の知的好奇心を満足させるように、ケートが言った。


「われわれは、どこから来たのか」


 ヒナノのかすれた声に、


「絶滅してたら、オレたち、存在しなくねえか?」


 リョージの「そもそも」論。


「……そいつは蛇から進化したんだろうよ」


 考えることを放棄したらしいケートが、マフユを指さして言った。


「ありそうで笑える!」


 ケンカになるまえに割り込むサアヤのGJに、


「サアヤが笑ってくれるなら、あたしはミミズでもオケラでも満足だよ」


 マフユがめずらしく温厚に応じる。単に疲れているだけかもしれない。


「あはは、それじゃチューヤはモグラかな」


 このときのサアヤは、まだ笑える元気を絞り出せていた。


「俺を巻き込むな! てか、なんでだよ!」


 一応、突っ込み役を果たすチューヤ。


「だって、いつも暗いところに引きこもってるじゃん」


 サアヤの的確な指摘に、


「だったら、ハダカデバネズミだろ」


 さらに的確なことを言うケート。


「なにその変な生き物!?」


 声を合わせるチューヤとサアヤ。


「ハダカデバネズミすごいんだぞ。引きこもりのくせに、意外と社会性があって、()()()()()()()()


 死ぬまで地中で暮らし、老化に対して耐性があり、ガンにも強い、ということで世界中で研究されている画期的な生物だ。


「決定! チューヤの前世はハダカデバネズミ! チューチュー!」


「なんだと! じゃあサアヤは触角があるから、便所コオロギな!」


「むきー、なんで触覚イコール便所コオロギなんだよ!」


 じたばたと叩き合うバカ夫婦。いつもの景色だ。


「お嬢は天使っぽいから、鳥から進化したのかもな」


 リョージの言葉に、


「……ばかばかしい」


 ふわりと髪を掻きながら、まんざらでもなさそうなヒナノ。


「リョージはサルだな」


 なんとなく言うマフユに、


「正解。ウッキー!」


 冗談めかしてサルの真似をするリョージ。

 ハダカデバネズミのチューヤは、うらやましそうに、


「マシ! いちばんマシ!」


「くだらない話はそのくらいにしておきなさい。……なにか来ますよ」


 バカ話にはつねに距離を置くヒナノが、当然のように真っ先に気づいた。

 その動物が、最後の「水先案内人」となった──。




「いや、なんか()()()()見つけてさ」


 魔女に向け、チューヤが挙手して言った。

 クロトは一瞬目を見開き、それからゆっくりと「答え」を染み入らせた。

 ──当然、謎は解かれなければならない。


 彼らは本来、全員が生き残れるはずがなかった。

 白金台には「結界」が張られていたからだ。

 いずれジャバザコクとなるエリアには、太古から地形的な罠が仕掛けられていた。

 そのまま進みやすい方向に進めば、おそらくその存在にすら気づかず通過していただろうし、もし内部にはいりこむ「門」を見つけられたとしても、生きることをあきらめて進むような「道」しか用意されていなかった。


 このさい水先案内人(動物)は、是が非でも必要だった。

 門までは、サアヤの直感に従ってイヌを追った。

 つぎに見つけたネコを、新たな道標とした。

 彼らのまえに、つぎつぎと登場してくる太古の動物たちが示す、暗喩。

 「人類」が「動物」と接点を結び、ともに暮らしてきた長い長い年月。


 このことには、なんらかの意味がある。

 彼らは、全時代を力強く貫く通奏低音に、意識するしないを問わず、ともかく気づき、その直感に従ったのだ。

 彼ら「人類」の潜在能力に瞠目し、魔女は大きく首肯する。


「ライオンか……くくく、なるほど」


 疑う余地はない、彼らは「人類」の道をトレースした。


「やっぱり、あれライオンだった?」


 チューヤの理解は、まだ道半ばだ。


「ホラアナライオンは、この噴火で滅びるよ。大型のネコ科は、人類が再び持ち込むまで、この列島にはいなくなる」


 簡潔に答えるクロト。

 他の生物を絶滅させるのは人類の専売特許のようにも思われるが、長い歴史上、言うまでもなく自然こそが多数の動植物を生み出し、そして滅ぼしてきた。

 新生代第四紀更新世を生きたホラアナライオンも、約1万3000年まえに絶滅するが、こちらには人類が関与した可能性が高い。


「──そろそろ、あんたの番だろ。教えてくれ。あんたの知ってること。そして帰してくれ。オレたちを、もとの世界に」


 リョージが一歩を踏み出す。


「……たしかに。()()()()()()()()()だったけど、生きているなら、まだ取り返しがつくよ。まったく、予想の斜め上だよ、あんたたち」


 うなずき、深く吐息する魔女。

 クロトは後方に体重をあずけ、6人の「無事帰還(暫定)」を眺めやる。

 この道を、彼らは選んだのだ。




「で、どうなってんだよ、呪いのねーちゃん」


 言い募るチューヤ。


「お姉さまと呼べ。……ふん、大方の予想通りだよ。()()()()()()()()()だ」


 かき混ぜていた鍋を顧みて、指し示すクロト。

 竪穴式住居の奥一面には、壁からツタのようなものが伸びてぶら下がり、鍋のなかへと沈んでいる。

 サーバになっているワークステーションと、それにつながる通信ケーブルの束のようにも見える。

 そこには複雑に錯綜した魔術回路が展開し、それぞれのプロトコルに、魔女の細長い指がつぎつぎと指示を与えている、といったところか。


「ジャバザコクの家にはいったら、生きては出られないんだろ?」


 リョージの問いに、


「そうだよ。その人間が知りたいことは、まちがいなく教えてくれる。ただし、そこから出ることはできない。それがルールだ」


 クロトの答えは予想通りだ。


「じゃ、俺たちも出られないのか?」


 確認するのも腹立たしい仮定だ。


「本来なら、あんたらは永久にこの世界に暮らして、死んでいく運命さだめなんだよ」


 クロトの答えは酷薄だが、


「ジャバザコクのルールによれば、か」


 リョージに、そんなものに従うつもりはさらさらない。


「好んでこの家にはいったわけじゃないんですけどね。てか、あんたのせいでしょ」


 チューヤにしても同じことだ。


「うるさい。だからもどしてやるよ、くそ。使い捨ての駒のくせに、態度がでかいぞ」


 ぶつぶつ言うクロト。


「あんたね! そういえば、俺を利用してジャバザコクに侵入したんですよね!? そういうの、やめてもらえます!?」


 この件については、たしかにチューヤに被害者の向きが強い。

 そうこうしている間に、仲間たちも、意識をとりもどしつつある。


「おう、目ェ覚めたか、ケート」


 リョージの眼下、


「なんだ、ここは天国か。いやリョージがいるってことは、ちがうな」


 宿命のライバル・ケートが目を覚ます。


「ケホッ、ケホ……っく、わたくしは、どう……」


 天国に行けるとすればヒナノかもしれないが、


「ぶへっくしょ! 息苦しいよォ、水ゥ」


 仏教圏のサアヤの場合は「極楽」と表現したほうが近いだろう。

 つぎつぎと目を覚ます仲間たち。


 家探しをつづけていたマフユが見つけた食器類をひったくり、チューヤは目を覚ました順に、甲斐甲斐しく水分を供給してやる。

 そろそろ、竪穴式住居に残されていた設備の意味を、魔女に問いただしてもいいころだ。

 リョージはクロトを見つめ、問う。


「説明してくんねーかな、恋愛体質のおねーさんよ」


「うふふ、あんたがあたしのモノになるなら」


 蠱惑的な笑みを浮かべるクロト。


「いいかげんにしろよ、あんた。リョージは俺の、てか、みんなのもんだから」


 チューヤの言い分に、


「いや、そういう話じゃなく」


 乗れないリョージ。


「そうだ、説明しろ、鬼女クロト!」


 いまいち締まりに欠けつつも、びしっ、と相手を指さして格好つけるチューヤ。

 クロトは、しばらくいまいましそうに状況を眺めていたが、すぐにあきらめて、


「まあ、説明だけはしといてやるよ。……ここは、ジャバザコク。かつて」


 と、クロトが長い物語をはじめようとした瞬間、チューヤのナノマシンが、突如としてボス・アラートを発した。

 ハッとして目のまえを見るが、クロトがボス化した気配はない。


 背後に強烈なプレッシャー。

 クロトの表情がゆがむ。


 反射的にふりかえり、チューヤは家から飛び出した──。



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