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「というわけで、オレはA型、アビリティタイプ。悪魔の力、身につけた、カオスなヒーローになったってわけかい」


 どこか釈然としない気持ちを抱きつつも、リョージは自分の肉体に加えられた改変を、さほど不快には思っていない。


「私はM型、マジックタイプだって。魔女っ子ヒロイン?」


 サアヤが、ほっぺたに人差し指を当てて小首をかしげる。

 どんなときでも明るさを失わない彼女は、ある意味すごい、と男たちは内心で感心している。


「……で、俺はS型、サモナータイプ。文字通り、悪魔召喚プログラムを、エグゼる、ってわけ」


 ふつーの高校生が、ふつーすぎるまとめをして、三人は見つめ合った。

 ようやく同じ地平に立った、という一体感が彼らを新たに結びつけている。

 Sはともかく、AとMには、じつはそれほどの差はない。体質によって、両者は「混ざる」からだ。

 一方、Sは混ざらない。より正確に言えば、混ざってしまったら()()()()()


 血液型で、A型とB型は混ざってAB型になるが、O型はO型でしかないのと似ている。

 じっさい、悪魔と「血の盟約」を交わす最大の材料である血液、その基本的な分類であるABO血液型と、ARMSの体系は酷似している。


 AとBに混ざっているOは「発現しない」ため、Oとしての意味はない。

 そもそもOは、オーではなくゼロの意味であるため、他の数字が混ざった時点で完全に別物となる。

 ARMSでいえば、AにSが混ざった場合、Sとしての能力は発現せず、Aのスキル枠だけが埋まる、という悲しい状況に見舞われることになる。

 ちがいといえば、ABOではAとBが1:1で混ざるが、ARMSではAとMが弾力的な割合で混ざる、ということくらいだ。


 人口適性比率で言うと、じつはARMSはそれぞれ4分の1ずつ、と概算されている。

 にもかかわらず、悪魔を召喚できる人間は全人口の1割にも満たない。なぜか。

 S適性が、AやR、Mに混ざってしまって、発現できない状態にあるからである。


 とはいえ、十人に一人は悪魔を召喚できる。

 グローバル化によって混血の進む以前、人類がまだ純粋だった時代には、もっと多かったと考えられるが、世界にこの手の文化が広く存在するのも、この人類に共通する召喚適性のおかげだろう──。


「ナノマシンのチュートリアル、ちゃんと読んでる?」


 なんとなく、流れでそれぞれに脳内の概説をざっと読んでみた三人。


「たまに、暇なとき」


「チューヤはずっと暇だったじゃん」


「引きこもりは引きこもりで忙しいの!」


「まあ、頼むぜ、召喚士。平和的に物語を進めようや」


 かく言うリョージ自身、平和には縁遠い強い力を、セベクから受け継いでいる。

 それを実戦で使うべきタイミングは、果たしていつなのか。

 いまでしょう?


「そのなんとかいうゲームって、駅に悪魔がいるんだろ? 駅へ行くだけでいいのか?」


 リョージの問いに、チューヤはうなずいて、


「ゲームはな。歩数計と連動して召喚率が決定されたりするけど」


「リアルにゲームの延長を楽しめるなんて、うらやましいかぎりだよ、チューヤくん」


 ぽんぽんとチューヤの肩をたたく。

 その意味を理解し、チューヤは憮然として苦言を漏らす。


「……ほんとに俺がやんのォ? べつにナノマシン持ってるやつなら、だれでもできるってルイさん言ってたじゃん」


「いちばん平和的な展開になりやすいのが召喚士、って話もな」


 サアヤはふりかえり、平日の夜に沈む街を眺める。


「結局、ルイさんのこともよくわからなかったよね」


 チューヤは肩をすくめ、


「具体的にいまどうすることができるか、っていう現実問題さえクリアできれば、リアリティ路線の女子としては満足なんじゃないの」


「だって、あの人がラスボスとかだったりしたら、どうすんのよ」


「そういうありがち設定やめろ」


 結局、話し合ってどうこうなる問題でもない。

 三人は並んで改札を抜け、まずは西武池袋線石神井公園駅の1番線ホームの先端にたどり着く。

 まだ終電までは1時間以上あるが、客の数はまばらだ。

 背後からの視線を受け、チューヤは決意を固める。


「やるよ、やりゃいいんでしょ。……エグゼ」


 魔術回路が起動する。

 ()()する悪魔たちに接触し、意思疎通を図り、なにかを問いかけたいのであれば、こちらから出向くべきだろう、とルイは言った。


 チューヤは、ルイからもらった採血用穿刺器具を取り出す。

 理科の実験でも使ったことはある。ほんのわずかの血を取りたいとき、便利な器具だ。

 保護キャップを外し、中指に当てて押す。

 痛みはほとんどない。絞り出してやれば、血の滴がプックリと浮き上がる。


 技術的には、外気にナノマシンが干渉する「場」をつくる、という意味だ。

 血中に含まれるナノマシンの分子が、一種の電磁場を形成する。

 たとえるなら、いつもはWi─Fi接続するが、セキュリティエリア内など特殊なケースにおいてケーブル類を差し込む必要がある、というシチュエーションに似ている。


 血の鍵をもって、閉ざされた空間の軸をずらす。

 親指に浮き上がった血の塊で、左上から右上へ、左下、上、右下、そして左上にもどす。

 描かれた五芒星に血液の分子が残像を刻む。


「なにも……起こらないけど?」


「これから起こすんだろ。行こうぜ、チューヤ」


 なぜかリョージに率いられるように、チューヤたちは踵を返し、ホームを歩きだす。

 黄色い線に沿って、ホームの端から端へ。

 たどり着くと、すぐに再び踵を返して、こんどは反対側のホームの黄色い線に乗る。

 ただホームを歩いているだけ。だが、一歩進むごとに、チューヤは感じている。

 これは、地獄の扉を開く行為だ、と。


「リョージ、これ」


「ルイさんの言ったとおりだな。まさか、こんなオカルトな話があるなんて」


「どんな話だよ」


「この目で見届けようぜ。……さあ、着いた」


 2面4線を持つ石神井公園駅のプラットホームに配置された、すべての黄色い線上を踏みしめた。


「まだあるよね、下も」


「ああ、そうか。川の手線が乗り入れてたよな」


 半国営強制ごり押し乗換駅として、川の手線の直上にあるすべての駅は、ホーム内にそのまま地下改札へつづくルートがぶち抜かれている。

 乗り慣れた超高速エスカレーターで、地下40メートルへ。

 大深度法により、いくつかの手順を省いてつくることが可能になった地下鉄、川の手線。


 何百回も歩いたホームが、いまは別世界の空気に塗り替えられつつある。

 まずは左回りのホームの黄色い線を、すべて踏む。

 それから右回りのホームへ移動し、歩き始めたころから、あきらかに異常性を増す空気。


「引き返す、って選択肢ないのかな?」


「毒を食らわば」


「サルまね!」


 友達を見捨てて帰るような鍋部員は、だれひとりいない(はずだ)。

 結局、彼らは最後の黄色い線を踏み切った。

 あとは、その先のホームの端に立って、目のまえの空間に陣を描くだけだ。

 こんどは最初と逆に。


 血を滲ませたチューヤの指が、虚空に走る。

 右下から左下、右上、下、左上、そして右下へもどる、空中の赤い線。

 逆さの五芒星が描けた──瞬間。


 なにかのスイッチがはいる。

 赤い五芒星が輝きを増し、回転しながら巨大化する。

 それは4メートルほどまで大きさを増すと、動きを止め、しばらく微動する。


 周囲に流れる魔力の流れは増大している。

 かちり、とドアが開くような音。魔法陣の中心がスコーンと黒く抜けたかと思うと、周囲の5つの三角形が、外側に向けて開いていく。

 地獄の窯の底が開くように。

 重く、沈鬱な声が響く。


「我を、呼び出せしは、貴様か」


 ほの暗い川の底から、その地獄の騎士は、ゆっくりと姿を現す。



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