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16 : Day -62 : Shakujii-kōen


 石神井公園で降りて、南側に広がる商店街に向かう。

 昭和の香りを残す、古き良き街並みの一角に、その中華料理店はあった。


 まだ待ち合わせ時間まで間があるという理由で、定休日の店内に招き入れられる。

 火曜日にリョージの飯を食える、ということにチューヤたちは無邪気に喜んだ。

 最近、仕込みから任せてもらえるようになってるんだよ。

 そう言いながら、厨房で鍋を振るリョージは、その所作から堂に入ったものだった。

 客のいない閑散とした店内に、寂しくテレビの音が響く。


「ショット(首都)・チューブ(直下)! それは線から面へ。ますます便利に。東京を、まわろう!」


 チューヤは、ぼんやりとテレビを眺めながら、


「東京MX以外に、このCMを全国放送する意味あんのかね」


「国策ってこういうこと、かなかな?」


 首都直下鉄道の社名がリフレインを残しつつ、つぎの番組がはじまる。


「へい、おまち」


「あいよ、あんた!」


 ノリのいいサアヤが立ち上がり、配膳の役を請け負う。


「わー、とってもおいしそー、お店ご夫婦でやってはるんですかー」


 チューヤの棒読みに、苦笑いするリョージ。


「いい嫁じゃないか、大事にしろよチューヤ」


「うわー、返品されたー」


「いやー俺なんかにはもったいないっすー」


「いやいやこちらこそー」


「おい! 嫁を勝手にやり取りすんな!」


 くるくるまわりながら往復していたサアヤの突っ込みで一区切り。

 いつもの部活の景色が、微妙に再現されていた。

 チューヤはチャーハンをほおばりながら、


「それで、そのインサイダーらしき人と、これから会うの?」


「ま、そういうことになってる」


「なんでそんなことになってんのよ」


 咀嚼の速度を止めない範囲で会話をつづける技を、彼らは高校の部活から学んだ。


「きのう、サアヤからいろいろ聞かされただろ。で、そのあとバイトにはいって、たまたまお客さんたちが、石神井公園の話してて。その流れで、ちょっとキナ臭い話になった」


「インサイダートークにもつれこんだわけだね」


 もりもりと片づけられて行く目のまえの中華。


「そもそも、その人は客だったんだっけ? それって偶然か?」


「さすがに偶然だと思うぞ。近所のバーで、手が足りないときに手伝っていて、知り合ったんだけど」


「さすがリョーちん、おっとなー」


「お酒の相手はできないがね。……で、たまたまオヤジの話とかになって」


 リョージは厨房を仕舞って、飲み物を両手に客席へ出てくる。


「ありがとー。……リョーちんの? えーと、たしか」


「大手ゼネコンの孫請けの現場監督。ガテン系からのたたき上げ」


「そーいや、リョージとは昔、そんな話したよな。うちのオヤジもたたき上げのノンキャリだけど、親としての性能はリョージの足元にも及ばないと」


 新たに注がれたジンジャーエールを飲みながら、会話は辺縁から徐々に中心へ。


「親はなくても子は育つさ。……で、川の手線の工事の話とか、楽しそうに聞いてくれてさ」


「ゼネコン、ウッハウハな時代だったよな、二年まえとかか」


「いや、いまでも関連工事はつづいてるんだよ。で、ルイさん、ゼネコンに工事を振った側の関係者ってことで、話が盛り上がってな」


 現在、リョージが「ルイさん」と呼ぶ、その人と待ち合わせている。


「政府系のひとってこと?」


「くわしくは教えてもらえなかったけど、コンサルタントみたいな仕事らしい」


「……それで?」


「お父さんを助けるために、きみの力が必要とされるかもしれないよ」


 その声に、全員がハッとして動きを止めた。

 リョージは慌てて立ち上がり、


「あっ、ルイさん。早いですね。いつもの店でよかったのに」


 ルイさんと呼ばれた男は、手近のカウンター席に手をかけながら、


「未成年と飲み屋で待ち合わせるわけにもいくまいよ。ちょうど腹も減ったところだ。麻婆豆腐と水餃子、頼めるかな?」


「あ、はい。すぐ」


「そのまえに」


「ですね。こちら同級生の……」


 如才なく紹介を済ませる一同。

 予備知識通り、ルイは政府系コンサルタント、と自己紹介をした。


 彼が差し出した名刺には、日本人ならだれでも知っている六菱総研の会社名とともに「斎田瑠偉」と日本名が並んで印刷されているが、どう見ても外国人、すくなくともハーフではあろう顔立ちと、立ち居振る舞い。

 一見して「ギョーカイ人」だが、シックス・ダイヤモンドで世界に知られる六菱グループの看板の下に立っても、いや軍需産業に大きなウエイトを置く六菱系だからこそ、拭い去れないうさん臭さがある。


 一方、ルイに対しては、こちら三人鍋部つながりです、というくだりで、ひと笑いとることには成功した。

 あまり紹介の必要がない感じの流れではあった。

 そもそも、なにをどこまで紹介すべきかの基準を持っていない。


 ルイは、その名の通り日本人離れをした体躯で、黒いスーツと中折れ帽に、いい音のする靴を履いていた。

 褐色の肌、青い目、ウェーブのかかった赤毛、リョージに比肩する高身長、着崩したスーツはおそらく最高級品だ。

 ネクタイを締めれば高級官僚かビジネスマンだが、瞼にかかったウェービーな髪と、地味にパーツを彩るアクセサリーが、カタギらしくない雰囲気を醸し出している。


「老婆心ながら、忠告しておきたいことがあってね。ぜひ、知己を得ておきたかったというのもある。……きみに」


 卓袱しっぽく越し、穿つような視線が、チューヤのうえを這う。

 サアヤに対しては一瞥を向けたきり、と好対照だ。

 ()()()()の人かな、とサアヤは自分の魅力のなさに理由をつけた。


「……石神井公園の話、ですよね」


 チューヤにしては勇気のある切込みだった。

 そもそもそのためにやってきた。

 あの事件は、なんだったのか、その答えを知っている人間がいるとすれば、話を聞かないわけにはいかない。

 すべてが夢だった、などというオチはもう期待していない。


「ああ、だがまずは食事させてもらっていいかな?」


「あ、すいません」


 気が利かない高校生に気を遣わせる気配もなく、ルイは手酌で紹興酒を注ぎながら、


「いや、パワーランチは向こうでは常識ではあるが、食事中は寡黙に、という日本の文化もきらいではないのだ。それに、彼の料理はとてもうまいからね。ゆっくりと味わいたい、という気持ちは」


「よくわかります。すいません」


 テレビ、調理音、咀嚼音。

 なんとなく居心地のわるい時間が過ぎる。


 ──十数分後。

 声をかけるのを遠慮していた高校生たちを焦らすのにも飽きた、と言わんばかり、ルイはナプキンで口元を拭いながら、もう片方の手でポケットからなにかを取り出し、


「きみたちは、これを見たことがあるかな?」


 単刀直入。

 親指と人差し指に立てて挟み、突き出して見せられたそれは──カプセルだった。

 ぎくり、と震えるチューヤとサアヤ。

 リョージは首をひねりながら、


「ウコンのカプセルかな。最近、飲んでるお客さん多いから」


「あれは高いんだぞ。一粒2000円もするんだ。まあ、値段だけに翌日の二日酔いがだいぶ軽減される……って、ちがうわ」


 ルイが似合わぬことをしたが、表情がまったく変わっていないところが逆に恐ろしい。

 リョージは苦笑して、


「ルイさんもノリ突っ込みとかするんですね」


「日本文化に造詣が深いのだよ」


 なんかちがう、と笑いに厳しいサアヤは思ったが、いまはもっとべつに注意を払うべき事柄が、目のまえにごろりと横たわっている。


「それより、そのカプセルなんです? チューヤ夫婦、なに固まってるんだよ。知ってるのか、おまえたち、これ」


「ああ、たぶん……」


「たぶんではない。じっさい、それだ。きみたちはもう飲んでいるようだな」


 ルイは訳知り顔で、チューヤとサアヤを順に見わたした。

 一人蚊帳の外のリョージが重ねて問う。


「なんなんです?」


「きみも、飲めばわかる」


「え……」


 わずかに開かれたリョージの口に、ルイはナイスコントロールでカプセルを投げ込んだ。

 危機管理能力の高いリョージは、そのまま勢いで飲み込むようなことはなかったが、一同の表情を見比べながら数秒、思案した後、黙ってそれを飲み込んだ。

 みずから運命を選び取る。それが彼の生きる道。


「で、なんなんですか、これは」


「きみたちから説明するかね?」


 ルイはちらりとチューヤたちを一瞥する。

 首を振るふたり。それほど詳しいわけではない。

 ルイはリョージに視線をもどし、


「悪魔相関プログラムというのを知っているかね?」


「オレはやらないですけど、そこの友人がハマってるみたいですよ。ゲーム、ですよね」


「こちら側では、まあそうだ。その設定資料を読んでくれればわかるが、初期のプログラムは、ほんの10メガバイトの容量しかなかったんだよ」


 ゲームの話なら、チューヤにも付き合える。


「そういや昔、隣の町で……あ、俺、ニシオギ住みなんですけど、その隣の吉祥寺を舞台に、名作がつくられたんですよね。まあ、前世紀の話ですけど……」


「ゲームの話をするなら、そういうことだ」


「……ゲームの話じゃないんですか?」


 ルイは首を振り、話をもとにもどす。


「いや、悪魔相関プログラムの話だよ。……その後、いろんな人の手が加わって原型がないくらいに変わっているが、基本となるコードは同じだ。

 プログラム自体は、非常に軽い。テキストベースで悪魔を召喚することしか考えていないからね。おかげで危険な事故も続発した。なにも考えず悪魔を呼び出せば、食い散らかされるのが落ちだ。

 そこで、多くの人が手を加え、最終的に到達したのが──DNAチップだ」


 その予備知識は、チューヤたちにもすでにある。

 ナノマシンのチュートリアルを読めば、さらに詳しい。


「悪魔の召喚だけじゃなく、悪魔の()()()()人体に()()()()()ようにした」


「そうだ。ごく小さな記録媒体であるゲノムには、テラオーダーのデータも容易に書き込める。昔のプログラムのように、作り手にも使い手にも要求されるような職人的作業が、不要になったのだ。

 膨大なデータ領域を活用し、全人類に対応するパターンまで組み込んで、安全性はさらに高まっている。適性に合った方法で対応すれば、悪魔はさらに役に立つことがわかった。人は、おおむね4タイプに分類され、その能力を拡張する契機を得た」


「ARMSですね」


 アームズ。

 全人類は、この4種類のいずれかに属し、あるいは兼ねる。

 ルイは再び、チューヤをじっと見つめ、


「きみは、どうやらSタイプのようだね。残念ながら、現在は主流ではなくなっているが。そもそも悪魔の力を直接、自分の身につけたほうが、呼び出すよりもいろいろと便利だとわかったし、類型的にもS型はかなり少ないのだよ」


「少数派なのか、俺」


「もちろんS型にもメリットは多い。とくにきみのような四倍体にとってはね。S型は他のタイプに比べて原理的にハイリスクだが、初期のプログラムに比べれば、安全装置もじゅうぶんに強化されている。悪魔との契約のリスクやコストについて、常にナノマシンが警告してくれるはずだ」


 チューヤはようやく、ルイの目を真正面から見返す勇気を絞り出した。


「……ルイさん、あなたは」


 ルイは静かに瞑目し、それから虚空を見上げ、ゆっくりと語る。


「かつて悪魔の召喚には才能が必要だった。現在は、みんなが特別な才能を持っている、という時代らしい。それぞれに向いた才能を発揮すればいい。だれもが特別なオンリーワンだそうだよ」


 うんうん、と納得顔でうなずくのはサアヤ。

 彼女の耳には、とても心地よく響く言葉だ。

 彼女自身、魔法の才能、ことに回復系の魔法に特化したすぐれた力を持っている。


「好きこそものの上手だよね」


 ルイは、あまりサアヤには目を向けず、つづける。


「その才能を引き出す技術的ブレイクスルーとともに、このカプセルは生み出され、全人類に必携の予防接種のようなものになった──()()()()()()()ね」


 本題にはいった、と一同が理解した。

 別の世界線。

 自分たちが、いま過ごしている世界線とは、異なった場所を流れる、別の川。


「あなたは、どうしてそのことを」


 ごくり、と息を飲むチューヤたち。

 と、このまま進んでもらっては困る、とばかりリョージが割り込んだ。


「待ってくれ。できればオレにもわかるように、説明してくれないか。石神井公園であったことは、聞いてはいるが見てないし、さっき飲んだカプセルも……」


 ルイはゆっくりとふりかえり、リョージの眼底を見つめる。


「それは、きみが必要とする力を、きみに与えるものだ。これからの世界、きみたちの手にしている力は、必要不可欠のものとなる。

 ──敵をまえにしたとき、力が必要ではないか? きみ自身の力もそうだし、きみの友人たちの力も、使えるものなら使うべきだ、その()()()()()に。

 人間たちは()()()()()()、よこしまな悪魔の侵略をはねのけるべきではないかな?」


 仲間を集め、力を合わせて、戦え。

 しかし、なぜ、どの立場から?


「これは悪魔と戦う力なんですか。なぜ悪魔は」


「答えは、当人に聞くのがいいだろう。……来い、セベク」


 それは衝撃的な出来事だった。

 一同は硬直し、緊張し、あるいは戦慄した。


 そこには、ルイの召喚に応じて、セベクが姿を現した──。




 忌むべき敵。殺戮者。

 人間たちを、幼児から大人まで食い散らかした捕食者。


「野郎、ハメやがったのか。……エグゼ!」


「さすがにびっくりぽんだよー、エグゼ」


 椅子を蹴散らしてその場から飛びのき、腰を落として臨戦態勢を整えるチューヤとサアヤ。

 同級生たちの周囲の気配が変わったことを、リョージは敏感に察した。

 彼らが石神井公園で体験したという戦いは、彼らにどうしてもこうせざるを得ない行動を強いるようなものだったのだろう、と。


「落ち着きたまえ。……セベク」


「まことに、申し訳ないことをした」


 ルイに促されるように、巨大なワニはその場に膝をつくと、頭を地面にこすりつけた。

 これもまた、予想を上まわる展開だが、最初の予想外がもたらしたショックをしのぐほどではない。

 どうやら謝罪しているらしい、と理解はできるが、もちろん心底はわからない。


「武装を解除して、話を聞いてやってくれないか」


「どういうことなんですか、これは」


 戸惑いながらも、チューヤたちは当初の戦闘態勢を解く。


「混乱させられていたんだ。何者かの魔法によって、正気を奪われていた。わしは本来、あのような凶暴なケダモノなどでは、断じてない」


 セベクの表情にウソ偽りは感じられない。

 人間はもちろん悪魔たちも、おそらく世界中が、なんらかの意図に操られ、動いているようだった。



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