68 : Past Day 1 : Rokugōdote
拠点、ベース・キャンプ。
6人は互いの生還と成果を祝う間もなく、やらなければならない「仕事」が目白押しだ。
それは何万年かまえの人類のようすと重なるだろう。
文明の利器のないキャンプでは、やるべきことが多いのだ。
「まったくもって、フリントストーンになってきたな」
忙しげに立ち働く野生の仲間たちを眺め、ケートが自嘲気味に言った。
「わかりづらいよ、ケーたん。日本人ならギャートルズと言わなきゃ」
サアヤによる昭和の見解も、
「どっちもわからん」
令和のチューヤにはついて行けない。
いずれも原始時代を舞台としたコメディで、前者はアメリカのテレビアニメ(60年放送開始)、後者は日本のギャグマンガ(65年連載開始)である。
「どっちでもよろしい。それで、火は?」
ヒナノの鋭い口調に促され、
「サバイバルの基本だね! 仕事をしろ、男子!」
ビシッ、と男子を指さすサアヤ。
「太陽はだいぶ落ちたぞ。虫眼鏡もない」
両手を挙げるチューヤ。
「しかたない、ヒナノン! 火炎魔法だ!」
指を向ける先を転じるサアヤ。
「……だそうですよ、カーバンクル」
首元からルビーの指輪を取り出すのが、彼女なりのエスプリではあるが、
「それも使えんこともないぞ、お嬢。硬度7以上の宝石は、ぶつければ火花を起こせる」
ケートの言葉に、いやな表情をするヒナノ。
ケートの目には、天然のダイヤも工業用ダイヤも等価なのだろう。
腹立たしいのが、その見解が人為的ではなく天然だという点だ。
リョージは笑いながら、
「ふつうに起こそうぜ。ほれ、木」
「あー、それ知ってるー、こするやつだー」
「よっしゃ、任せろリョージ」
チューヤが男らしくしゃしゃり出る。
彼らが「バカ夫婦」である点に、留意が必要だ。
丸太にまたがり、棒を立て、こする。一生懸命こする。バカ亭主がんばる。
一同、眺めている。楽しそうに、呆れて、無関心に、笑いながら、侮蔑的に。
数分ほど、努力するチューヤ。手が痛くなる。
手のひらのまんなかあたりに「火起こしマメ」ができる。
現代人の貧弱な手らしい。
古代人のグローブのような手なら、それでも可能だったであろうことが、現代人にはむずかしい。
ひとしきり努力を重ねてから、立ち上がるチューヤ。
現代人らしく、空気を読んでいる。
「なんなの!? 言いたいことあるなら、言ったら!?」
「いや、おかげで木くずが調達できた。……女子、焚き付けの枯草あるか? ああ、それでいい」
その間に、別の道具をつくっていたケートが、チューヤと場所を替わった。
弓に見立てた木に結んだ紐を、軸となる棒に巻き付け、接点の周囲に木くずを振る。
巻き付けた弓を前後に引けば、自動的に高速で棒が回転する。
これを弓ぎり式という。
一般に火起こしは、手もみ式、弓ぎり式、舞ぎり式、という方法が知られており、道具を加工できる時間と知識さえあれば、後者のほうがより容易に火を起こすことができる。
いずれの方法も、回転の摩擦で着火する原理は同じだ。
「前期旧石器時代から、中期くらいへの進歩といったところでしょうか」
「いやー、短期間に成長したなー、人類」
「つまりサルに近いんだね、チューヤは!」
発展した人類ケートの手のなか、じわじわと煙が立つ。
中心の黒い粉に火だねができていることを確認し、焚き付けのなかにゆっくりと移し入れる。
そっと息を吹きかける。ほどなく、ボッ、と燃える。
それを見て、まずはリョージが動き出す。
「じゃケート、火のほう頼むな。オレは鍋の準備する」
「あいよ。おい女子、そこらへん焚火に使うから、石で囲っといて」
「りょーかーい。はいはい、仕事仕事」
「邪魔だよチューヤン」
てきぱきと動き出す仲間たち。
ぽつねんと、チューヤ。役立たず、というレッテルの貼付を感じる。
「……きみたち! ちょっと! これは、一歩まちがうとイジメだよ、イジメ!」
地団太を踏みながらも、ともかく作業に参加する。
高校生たちの原始キャンプは、夜の部へと移行する。
「うまいじゃないか、リョージ」
ケートは感心して、リョージの手元を眺める。
「肉をバラせずして、中華屋でバイトできようか」
それがリョージの理屈だが、
「いや、できると思うけど……」
チューヤ的には、そう思われる。
「よし、解体終了。葉っぱで巻いといてくれ」
リョージがつぎつぎと、肉塊を切り分けてくる。
「合点!」
合わせて動き出す仲間たち。
いくつかの肉をブロックに分け、大きめの葉でくるむチューヤ。
ケートは、ほどほどに手伝っているが、さっきから風向きと空のようすを気にしている。
「ちょっと、ケートも働いてくれるかな!?」
「ボクは頭脳労働が専門なんだ。食料生産などというサルでもできることは、下々の者らに任せるよ」
「あんたね! きらわれるよ!」
「お嬢だって、どうせ、たいして役には立ってないだろ」
「聞こえてますよ」
背後から、ヒナノの静かな声。
ハッとしてふりかえる男子たち。
寝床用の枯れ木や草などを調達していた女子たちのご帰還だ。
「よう、やってんな。うまそうじゃねーか」
じゅるり、とよだれを垂らすマフユ。
「このありさまを見て、真っ先にそう言えるおまえはすげーよ、マフユ」
チューヤは、川で洗った手を振り振り言った。
──露出した岩盤の平らな部分をまな板に、先ほどまで展開されていたリョージの解体ショー。
そこには、イノシシの外側と内側が、赤と黄色、黒と茶色のコントラストとなって、目にも鮮やかである。
サアヤやヒナノなどは女子らしく一度は目をそむけたが、マフユの価値観ではもちろん「食い物」である。
「解剖学的な視点から見れば、興味深いだろ。……臓物は捨てるぞ、リョージ」
ケートが、リョージの解体したパーツを手に言う。
「ああ、いいぜ。状況が長期化しそうなら、もつ煮って手もあるが、さしあたりモツは保存しづらいからな」
リョージは内臓の処理を終え、各部の食肉化に進んでいる。
「ぐろーい! グロはんたーい」
両手で顔を覆いながらも、サアヤはその隙間から目を見開いてリョージの解体を見つめている。
「おまえは、お肉が最初からプラスチックのトレーにパックされて生まれてくる、とでも思ってるタイプか?」
「そういうわけじゃないけどさー、ちょっとリアルすぎかなーって」
「どうよ、お嬢、ほれ、内臓!」
ケートがにやにや笑って、ヒナノに意地悪している。
「わたくし、世界の真実から目を背けるつもりはありません」
ヒナノは、いつも通り気丈にふるまう。
おもしろくなくなって、川にモツを投げ捨てるケート。
マフユは不興げに、
「なんだよ、食わないのかそれ」
「イノシシのうんこが食いたけりゃ拾って食え」
「いや、ちゃんと洗えば食えるけどな」
「当面、おいしいところだけ食べる! ぼたん鍋だよ、今夜は!」
パチン、と指を弾くサアヤ。
傍らには、女子が集めてきた山菜と魚介の山。
食欲をそそる光景だ。
「わお。自然の滋味豊か!」
「海鮮鍋かー。そっちもいいなー」
「どうする? ぼたん鍋で考えてたんだけど、塩漬けにしとけばもつし、海鮮にするか?」
素材の山をまえに、リョージが言った。
「うーん、山の幸、海の幸、たいへんありがたい」
「おいしそう……どっちも」
「両方つくれよ! てか、早く食わせろ!」
「まさか原始時代に、グルメなぜいたくに頭を悩ませるとは思いもよらなかったよ」
「一般的なコースでは、先に魚料理を出して、メインディッシュが肉料理、というパターンが多いですが」
「原始時代にフルコースかよ」
その間にも、リョージは手際よく、与えられた素材を生かす料理をつくっている。
今夜のところは「シェフにおまかせ」でよかろうと決まった。
「いいねえ。毎日リョージの鍋が食えるとか、ある意味パラダイス」
「否めないね! リョーちんの嫁は幸福だ!」
嫁、という言葉にカチンとくるチューヤは、童貞らしい。
「ふざけんな女子、やらないぞ! リョージは俺たちのもんだから」
「なんだと男子! おまえこそふざけんな!」
チューヤとサアヤが、あいかわらずわけのわからない夫婦喧嘩をはじめたのを捨て置き、一同は淡々と夕食の準備を進める。
「リョージ、魚はどうするよ?」
「鮮度を生かして寿司にしたいくらいだけど、明日のお楽しみだな。とりあえずさばくから、軽く海水に浸しといてくれ」
「おっけー」
「野菜、と呼んでもいいのでしょうか。こちらの山菜などは、どうしますか?」
「うん、とりあえず水にさらしといてくれるかな。柔らかくなったら、どう煮てもおいしく食べられるから。あ、果物系は別でね」
「わかりましたわ」
働く仲間たち。
目指すは原始のグルメ。
料理人の周りで、コマネズミのように動きまわる下僕たち。
どさり、と赤い肉の塊が地面に落ちる。
サアヤがそれを指さし、
「おっことしたよ! おっことぬしさま!」
急いで拾うチューヤ。
「ややこしいこと言うな、さっさと串でも打て」
ケートが道具を加工し、リョージがさばいた肉を、運んで下処理するチューヤ。
男の料理ということで、きょうのところは、女子は軽いお手伝いだ。
「落としたのですか……」
いやそうな表情で、ヘマな下働きを見つめるヒナノ。
「3秒ルールだよヒナノン、だいじょぶだいじょぶ!」
サアヤは肉に串を刺しながら、泥を払うしぐさ。
「原始時代だぞ。3秒が3分でも食うだろ」
自分のミスを軽く見せたいチューヤ。
「安心しろ、3日でも食う」
その点、マフユは頼もしい。
「それは食うなバカ胃袋め」
ため息を漏らすケート。
常温で地面に3日あった肉を食うのは、どの時代でも危険だろう。
そしてどの世界でも、イノシシがいるかぎり、その肉は貴重なたんぱく源だ。
イノシシについては、さまざまな神話が各地に語り継がれている。
狩猟民の分布、修験道との関係、縄文の信仰など……。
「なぜ肉を食うのか。そこに肉があるからだ!」
「まあ、食わないと死ぬから食う、というのは、地球の生命として正しいと思われ」
食事とは、本来、こうあるべきものなのかもしれない。
男子は狩猟、女子は木の実などの採集。
これが人類の、かつての役割分担だった……。




