67 : Past Day 1 : Seibijō
「おばあちゃんはね、おばあちゃんのおばあちゃんから教わったんだよ。で、そのおばあちゃんは、たぶん、そのまたおばあちゃんに教わったんじゃないかな。私もおばあちゃんになったらね、孫に教えてあげるんだよー」
長い長い物語の途中に、自分たちはいる。
そう思わせる、連綿たる人類の来し方行く末を思わせるサアヤの物語に、ヒナノは深い理解を示す。
「そうやって文化は受け継がれていく、というわけですね」
文系には馴染みやすい考え方だ。
「おぱあちゃんの時代はね、埼玉も神奈川も、東京だって、まだまだ田んぼや畑がたくさんあったんだよ。畑のあぜ道に座って、食べられる草と、食べられない草を選んで摘むの」
ちなみに現在、サアヤの語る文化は「食べられる雑草」の文化だ。
その時点で、ヒナノよりもマフユにとっての親和性が増す。
「めっちゃ気が合いそうだ。サアヤのばあちゃん、こんど紹介してくれよ」
いまにも草に食いつきそうな底辺女子たち。
高嶺のヒナノは気味悪そうにぼやく。
「しかし、雑草でしょう……」
「食べるだけじゃないんだよ。むかしの人は、まわりにある植物を、いろんなことに利用したんだ。薬になったり、染料になったり、繊維を取り出して笠とか服にもなったんだよ」
「食う以外に興味はないんだが」
「わたくしも、美しい花や香り以外には、あまり」
マフユが注目するのは田畑だろうし、ヒナノはキュー植物園のような学術的場所にしか目を止めない。
しかしサアヤは、べつのところを見る。道端だ。
「草は、いろんなことに利用できるんだ。山奥より、人里に近い場所のほうが、種類が豊かなんだって聞いたことあるよ」
自然状態では、競争に強い植物だけが生き残る。
だが人里に近ければ、人が自分たちに都合のわるい植物を排除し、都合のいい植物を選んで残す、という「干渉」が働く。
里山が「豊か」といわれるゆえんだ。
その意味では、本来この場所は完全な「自然状態」であり、それほど都合のいい植物が見つかるはずはないのだが。
「あ、これミゾソバだ。こっちはサルトリイバラ。みんな食べられるよー。ふしぎだなー」
朴訥に不思議がるサアヤの言葉の意味を、
「ふしぎ、ですか」
ヒナノだけが、深く読み解いている。
人間にとって都合のいい「自然」とは、ある意味「半自然」の状態である──。
「もう、また変なの食べたの!? フユっち、ぽんぽん痛い痛いなっちゃうよ」
サアヤが声を荒げている。
口の周りを変な紫色に染めたマフユは、悪びれもせず、
「サアヤが薬つくってくれるから平気だろ」
「ゲンノショウコあったから、下痢止めくらいならつくれるけどー」
ぶつぶつ言いながら、集めた薬草の束を眺めるサアヤ。
ゲンノショウコはフクロソウ科の多年草で、『本草綱目啓蒙』に、下痢止めとして強い効能があると紹介されている。あまりにも効き目が強いので「医者いらず」とも呼ばれているという。
主成分はタンニンで、タンパク質などと結合する強い収斂作用が、下痢に効くと考えられる。
「血が出ていますよ」
ヒナノがマフユの腕を指さすと、
「ああ、かすり傷だ。嘗めときゃ治る」
ほんとに嘗めるマフユ。
「だめだめ、イタドリとチドメグサあったから、はいここ座って!」
サアヤの両手は、食べ物だか薬草だかわからない植物でいっぱいだ。
「やくそう、って道具屋で安く売ってるよな」
ゲーム画面を見るたびに、どんな味がするのかしか気にならないマフユ。
「10ゴールドもかからないよ、草だから」
サアヤの見解もまた、どこかズレている。
──湿った日陰に、どこにでもよく生える雑草、チドメグサ。
セリ科の植物で、血を凝固させる成分を含む。花や果実の構造から、かなり原始的な種と考えられている。
イタドリは「痛み取り」が語源とされ、その若葉を揉んで傷口に貼ると痛みが取れるという。平安初期の『本草和名』にも、その名が記されている。
手で揉んでペースト状にし、傷口にすり込んでいく。あとは草の葉を巻いて止血帯とする。現状、この程度の手当てしかできないが、ないよりはいい。
「さんきゅ。サアヤがいると助かるな」
マフユはサアヤさえいればいい。
「私のまえで怪我したままなんて許さないよ!」
サアヤの周囲にはつねに笑顔だ。
「男子は無事でしょうかね」
西のほうに視線を転じ、ヒナノが言った。
「あいつら無茶すっからな。いまごろ、ひとりやふたりは死んでるかもな」
どこか楽しそうに言うマフユ。
「ちょ、縁起でもないこと言わないで!」
死は、サアヤにとってタブーだ。
──そんなこんなで、女子の採集も、どうやら最終局面にいたっている。
両手いっぱいに植物を抱えて、サアヤはご満悦だった。
マフユも葉っぱにくるんだ魚を、何匹かは生で食いつつ、サアヤの編んだ草籠に放り込んで持ち帰れば、じゅうぶんな獲物といえる。
ヒナノだけはきわめて荷物が少ないが、彼女にしては協力しているつもりだ。
おおむね、ミッション・コンプリート、といっていいだろう。
衆議は一決し、帰途につく。
反対方向へ進もうとするサアヤの襟首をつかんで引きもどし、歩き出す女子3名。
「もしさー、いや、そんなことないと思うけど、もしもだよー? この世界からもどれない、ってなったらどうする?」
ぱしゃぱしゃと、せせらぎの水面を踏みながら、サアヤが話題を振った。
「悲劇的な話ですが、ひとつの思考実験としては、ありえますね」
ヒナノが、しかたなさそうに応じる。
「そしたらさ、夫婦が3つできるね!」
ぴくり、と女たちの動きが止まった。
平気で厄介な話題を振ってくるのが、天然サアヤさんのすごいところである。
「あたしとサアヤが結婚な!」
わけのわからないことを言うマフユ。
「どうやって子孫を残すつもりですか、あなたは……」
ヒナノの判断基準は、つとめてキリスト教的だ。
「いらねーだろ、そんなん。どうせ滅ぶんだから、人なんざ、みんな」
劣らず破滅的なのが、マフユである。
ふつうに考えれば、3カップルで子孫繁栄はむずかしい。
とはいえ「思考実験」であるかぎり、最善の仮定を推し進めるべきだ。
「この手のラブ・シミュレーションはさ、まずは率直にならないとね。ヒナノンはリョーちん狙いでしょ?」
「ば、バカな……」
「じゃケーたん?」
「社会的要請があればともかく、現状では考えづらいですね」
「チュー……」
「冗談ではありません!」
「本気すぎ……。南無」
祈るサアヤ。
知ってはいたが、チューヤがヒナノからどれだけきらわれているか、というよりも「相手にされていない」かを再確認する結果となった。
チューヤの気持ちを知っているだけに、サアヤとしては、彼のために祈ってやらずにはいられない。
「だけどさ、冷静に見て、リョーちんはポイント高いよね。状況を考えるとなおさら、どう考えても優先順位1位なんだよ、リョーちんは」
全員、その点は率直に認めざるをえないところだろう。
ヒナノとしても、ここまでストレートだと、照れるのもばからしいような気がした。
「まあ原始時代だからな。どう考えてもリョージの世界だ」
マフユはうなずき、
「生き残る確率という意味で考えれば、まちがいないでしょうね」
ヒナノも認めた。
──無人島。過酷な自然。食べ物はない。
パンイチで島を走る男がひとり。
世界がどうなっても、最後まで生き抜くタイプ。戦士、狩人、サバイバー。
リョージが槍を手に、野生動物を追いかけている姿を、遠くから見つめるのはヒナノ。
彼女の傍らには火が焚かれていて、いつ彼が食べ物を持ち帰ってもいいようになっている。ふりかえれば雨を凌ぐ小屋と、ふしぎに柔らかいベッドがある。
ああ、わたくしは幸福を手に入れた。
彼とふたりなら、こんな島でも生きていける。
いいえ、むしろ彼と×××……。
「という夢を、毎晩とは言わないけど、けっこうな頻度で見てるでしょ、ヒナノン」
いやらしく笑って言うサアヤに、
「な、なにをバカな」
さすがに赤面し、否定するヒナノ。
「だいじょぶ、みんな見てるから。いや、フユっちはちょっと方向ちがうかな」
小首をかしげるサアヤ。
ふと背後を顧みると、いわゆるコイバナにまったく興味のないマフユが、路傍を眺めている。
なにを考えているのだろう、と見つめる先、道端に発見したカエル。
どうやら彼女は、それを食おうかどうしようか悩んでいるらしい……。
「わたくしは、そんなふしだらな夢は見ません」
首を振るヒナノ。おそらくそうなのかもしれないが、
「ふしだらかどうかは、展開によるんだよ。もちろん大事なのは相方、キャストだよね。入り組んだ迷宮で困ったぞバージョンだと、チューヤも意外に役立つんだよ。あんなやつでも一応、得意分野はあるからね」
「たしかに、人間GPSとか乗換案内とか呼ばれていましたね」
ヒナノは、さして興味もなさそうに言った。
「近未来サイバースペースで、ロボットとコンピュータに囲まれたような世界だと、ケーたんは神みたいに大活躍するよ。ゆうても天才だから、あの汚れた少年は」
「それは存じています。たしかに役に立つでしょうね、あの頭脳は」
飛び抜けた天才になると、さすがのヒナノも評価せざるを得ない。
「だけど無人島でサバイバルなシチュエーションとなると、もうリョーちんにかなう男はいないよ。というか、たいていの場合で、リョーちんが最有力だよね。強いし、信頼できるし、料理までできるんだから」
「まあ、あなたがそう思うのは、ご自由……」
あえて認めるまでもない、とばかりに口ごもるヒナノ。
「遠慮しないで、ご同意申し上げていいよ。じっさい野性的な魅力の塊だもん、リョーちんは。しかも優しいし。たしかにちょっと危ないときもあるけど、そんな戦闘民族な部分も含めて、魅力的。いわばオトコとして、満点だよ。あれをゲットだぜ、って想像するのは心地よいと思うよ、たしかに。オンナとして、それはもう、しょうがないよ」
ぽむぽむと、訳知り顔でヒナノの肩を叩くサアヤ。
げんなりとした表情でため息を漏らし、首を振るヒナノ。
「あなたの想像力は、いったいどうなっているのですか」
それが女子一般とは、とうてい認めたくない。
「うまいこと都合のいいオトコを、自分だけに夢中になるように惚れさすには、どのような魔法陣の準備をしたらよろしいか、という点について、あらゆる観点から日々、研究と研鑽をつづけている魔女サークルというのが、どこのご近所にもあると思うんだけど」
「……ありません。あったとしても、参加しません」
あきれる以前に空恐ろしさを感じる。
「いやー、勉強になるよ? 私も、たまにしか参加しないけど、あれはすごいね。あの魔法の薬を使えば、ヒナノンもリョーちんの心をゲットだぜ!」
「く、薬?」
思わず問い返すヒナノ。
にょ、といやらしい笑いを浮かべるサアヤ。彼女の属性は基本的に魔女だ。
「ほしい?」
「ほ、ほしくなど、ありませんが、しかし需要はありそうな薬ですね、というくらいの推測はつきます。もちろん、わたくしはそのような、神の摂理に反するような魔術にかかわりたくはありませんが」
「ふーん、そっかー。私はあの香水のおかげで、みんなから好かれて好かれてどうしようもないんだけど」
冗談なのかどうなのか、天然のサアヤだけに読むのがむずかしい。
チューヤ、ケート、マフユから熱烈に愛され、ヒナノ、リョージからも一定の好意を得ている。
鍋部でもっとも愛されているのは、まちがいなくサアヤだ。
「たしかに、あなたはみんなから好かれているようですが……香水?」
「ほしい?」
にょ、と再び問うサアヤ。
「……いりません。そんな怪しげな、雑誌の裏の広告に出ていそうなもの」
決然と拒絶する。
「怪しげな広告が載ってるような雑誌を読むんだね、ヒナノンも」
意外そうに問い返すと、
「広告ならフィガロにも載っています」
もちろん、そんな怪しげな広告は載っていないが。
「ひがろ?」
「フランスの高級誌です。……さあ、くだらない話はやめにしましょう。あなたには、決まったお相手がいるのですから」
「あーね……まあ、でもあれは、家族みたいなもんだから」
鉄道に乗ってアホヅラさらしている家族を思い浮かべると、さすがのサアヤをもってしても、ややげんなりした。
「でも、あなた、彼のことが好きなんでしょう?」
意趣返しのように問うヒナノ。
「にゃはは。ヒナノン、訊き方がストレートだねえ。なんか男の子とコイバナしてるみたいだよ。ま、そしたらストレートに答えるけど、たしかに好きなんだろうね。世界でもトップレベルに。だけどさ、私はお父さんもお母さんも大好きなんだよ、世界でいちばんね」
「ご両親と比較すべきではないと思いますが」
どうやら、あまり楽しそうな展開ではない。
「そうだね、比較できないもん。どっちが上とか、ないから。てことは、いちばん好きってことだよね、みんな。あ、調子に乗るからチューヤにはナイショね」
「言ったところで複雑だと思いますよ……」
小悪魔と天然の中間に立つサアヤを、どう評価すべきかむずかしいところだった。
──世界でもトップレベルに好きだよ、家族と同じに。
これは男子として、微妙だろう。
文字通り「家族愛」の一部に組み込まれている「一員」にすぎない。とうてい燃え上がるような「恋愛」とはほど遠い。
もっとも、結婚してしまえば「家族」である。
燃え上がる情熱など、それほど長期間維持できるものではない。
そういう意味では、お似合いのカップルと言えないこともない。
ふと顔をあげれば、見えてきた。
還るべき場所が。
その事実は彼女らに、強い安心感を与えた──。




