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63 : Past Day 1 : Anamori-inari


「へー、蟲姫の初代総長には、そんなエピソードがあったんか。笑っちゃうな」


 げらげら笑いながら、マフユは投げた石で水切りをして、ガッツポーズをした。


「カンタとは、また男らしい名前だと思いますわ」


 ヒナノがリョージの話をするときの表情は、わかりやすく穏やかだ。


「おまえんち、おっばけやーしきー!」


「カンタァ!」


 マフユの振りに応じるサアヤ。

 笑いながら逃げるマフユと、追いかけるサアヤ。

 砂洲に横座りしていたヒナノは、静かにそれを眺める。


「それで、その蟲姫というのは、なんですの?」


 ヒナノの問いに、マフユは呆れたように肩をすくめる。


「なんだよ、そんなことも知らないのか」


「ヒナノンはお嬢さまだから、危ない世界のことはよく知らないんだよー」


「察するところ、なにやら武闘派的な集団のようですが」


「はっはは、武闘派集団か。そりゃいいや。まちがってはいない」


「あのねー、盗んだバイクで走りだすヤンチャな若者たちが、集まって暴走する集団のことだよー」


「暴走族くらいは知っています。彼のお父さまは、その集団のリーダーだったということですね?」


「ま、そうなるな。一時代をつくった伝説の男だ」


「ほんと男子って、どの時代でもおバカさんだよねー」


「いえ、良かれ悪しかれ、時代を築くというのは、なかなかのものだと思いますわ」


「うちのアニキが一目置くぐらいだから、リョージのオヤジはそーとーヤベエよ」


「いまはちゃんと社会復帰して、建設会社でまじめに働いてるんだからエライよー。とにかく男は、マジメがいちばんだよ」


「まあ、そうですね」


「リョージには、あたしも一目置いている」


「もー、フユっちは、ただお鍋が食べたいだけでしょー」


「彼の料理は、たしかにすばらしいと認めます」


「にょ。さては愛だね、愛」


「な、なにをバカな」


「あたしの愛を受け取れ、サアヤぁあ!」


 女子トークは花盛りだ。




「……っくしゃいえっくしょぇおらァ!」


 派手にクシャミを飛ばしつつ、リョージはナイフをふりまわした。


「うわっ、あっぶね! 気をつけろリョージ!」


「あ、すまんすまん」


 鼻をすすり、リョージはマフユから接収したナイフをケートにわたす。

 受け取り、枝を削りはじめるケート。


「女子がウワサでもしてんだろうな、リョージの場合」


「3回分くらいクシャミしたよね、いま」


 1に褒められ、2に憎まれ、3に惚れられ、4に風邪をひく、という俚諺がある。


「風邪じゃなくて幸いだ」


「古代の風邪はタチわるいかもね」


 言いつつ、チューヤはリョージの横に並んで、目のまえの断崖を見上げる。

 見る人が見れば、この地層から、たくさんのことがわかるはずだが。


「沖積層の層理面というのだけはわかるが、年代はまったく」


「見当もつかんか、リョージでも」


「てか、オレに見当つくわけないだろ」


 リョージはあっさりと白旗をあげた。

 ただの高校生に、露頭した地層から年代を割り出せ、というのは困難のようだ。

 見る人が見れば、目前の東京礫層と呼ばれる層序に、多数の情報を読み取るだろうが。


「おまえの大好きな()()()()が、正体を見極めてもらうのを待ってるんじゃないのか」


 煽るケートに、


「べつに好きじゃないが……そうだな、関東ローム層を研究してるグループにオヤジも参加してて、ちょっくら話を聞いたことはある」


 思い出すリョージ。


「伝説の蟲姫の特攻隊長の話か!」


 変に乗っかるチューヤ。


「だからもういいよ、そっちの話は。当人にとってはトラウマ、ってほどでもないが、あんまり語りたがらないぞ。若気の至りって感じで。それより、マジメに土建屋やってる自分を見ろ、とでも言わんばかりのローム層話が、いまは重要だ」


「人に歴史あり、ってね」


 ケートは、ふっ、と削っている木の屑を吹いた。


「第四紀がどうこう言ってたが、ともかく、これはあきらかに関東ローム層だ。チバニアン以降に積み重なった()()()だってよ」


 話題になった地質年代チバニアンは、養老川流域田淵の地磁気逆転地層である。

 更新世中期を指し、これ以降に積み重なった火山砕屑物を含む「ホコリ」を、関東ローム層と呼ぶ。


「ホコリって、姑さんが嫁のまえで、障子のところ指でなぞってフッてやるやつ?」


 チューヤのゼスチャーに、


「どういうイメージだよ。まあ、そうだけど」


 苦笑してうなずくリョージ。

 ──風成二次堆積物と呼ばれ、時期や地域により、性質の異なる赤土として観察される。

 関東ロームのほとんどは粘土化しており、かつては渋谷の地下でもいい粘土が取れた。


「それなら年代がわかってもよさそうだが?」


 問いを重ねるケートに、


「会社の人ならわかるだろうな。パンフレットにも書いてあったし」


 自分の能力の足りなさを認めるリョージ。

 ──ローム層は、建築会社にとって重要である。

 とくに、リョージの父親が勤務するオクテート建設は、より深く効率的に、地下を掘り進むことをモットーとしている。


 会社の制作したパンフレットにも「南関東第四紀層序表」は添付されており、220メートルまでの地層を丹念にたどり、目前の地層と照らし合わせれば、現在のおおよその時点を把握することは可能だ。


「思い出せよ。目のまえの粘土は、何年まえだ?」


「……見おぼえは、ない」


「あたりまえだろ!」


 チューヤは突っ込んだが、これは意外に重要なことだ。

 仮に、現在見た地層を、10年まえにもどって見たとき、それには()()()()()()()()()()()()()。地層は、そう簡単には変わらないからだ。

 しかし、21世紀時点で表層に近く観察しやすい地層と、目のまえにある地層が著しく異なる場合、それが意味することを類推すれば……。


「見たところ、7~8メートルの崩れた崖に地層が露出しているわけだが」


「ローム層は、1万年で1メートル近く積もる、って話は聞いた気がする」


「つまり現時点は、8万年より古いってことか?」


「いや、どうかな。オレの記憶がそこまで確かかも怪しい」


 リョージは首を振った。

 ──関東ロームは、形成された時期と地域で、多摩ローム、下末吉ローム、武蔵野ローム、立川ロームの4層に区別される。多摩層は、さらに戸塚、上倉田、舞岡の層に細分される。

 また、それぞれの層に噴火の時期に合わせた軽石層やスコリアが挟まるため、その知識があればおおよその年代を類推することは可能のはずだ。

 リョージの知識が確かなら、武蔵野ロームの痕跡がないことを理解し、おおよその年代を見極めたかもしれないが。


「オヤジが土建屋ってだけじゃ、期待するのは酷かもな」


 ようやく諦めるケート。


「そう言ってくれると助かるよ。たまたま資料を見たことくらいはあるが」


 リョージは短く嘆息した。

 ──大量のボーリング資料を蓄積している建設会社は、ビッグデータとして学術目的でも使えるよう、それを公開している。

 数万本のデータから浮かび上がる「東京層基底地形」は16~12万年まえの古い地形であり、()()()()()()()()、まるで透視しているように東京の地下世界がよくわかるという。


「渋谷のときに見せてくれた、あの地底への直観をもう一度、って感じなんだが」


 諦めのわるいチューヤが粘着すると、


「オヤジの窮地ってのもあったからな、あんときは本気出した」


 軽く乗るリョージ。


「いまも出せよ!」


 ノリに突っ込むチューヤだが、


「無理だろ。こんなもん理解できたら、もう大学教授だわ。土建屋の息子には無理」


 結論は変わらない。

 土建屋は「現在」のデータを膨大に収集したうえで、その土地にふさわしい建物を打ち建てる。よって、あまり「過去」にはこだわらない、かといえば、そうでもない。大きな都市計画を踏まえて、その土地の来歴を調べることもある。

 もし彼が地質に通じていれば、現在、下住吉ローム層が形成を終え、武蔵野ローム層へと移行、MIS-5aの温暖期にはいり、海水準は30メートルほど低く、テフラは──。

 と、そこに重要な参考データを発見できていただろう。


「努力が足らんな、地質屋」


 ふっ、と削った木の棒を吹きながら、ケートが言った。


「下見て暮らすな、上見て暮らせ、だろ天文屋」


 リョージはふりかえり、そこにいる小さな天才を見つめる。

 そこでチューヤはポンと手を叩き、速やかに他力本願の先を移行した。


「そうだ、ケート、地層がダメなら天体とかで、なんとかならんの?」


 ケートはやれやれと首を振り、まっすぐに削った棒を眺めながら言った。


「ならんこともない。ま、もうちょい待て」


 見上げれば変わらぬ太陽が中天を過ぎ、気だるい午後の温風が吹き過ぎた。



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