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ぱん、とリョージが手を打って、注目を集めた。
全員がいろいろ考えこんでいたが、現状、そういう状況ではないことを思い出させる。
「まずは拠点を決めよう」
サバイバルとなったら、がぜんリョージの出番である。
あらためて周囲を見まわす。
一面に雑木林、すこし下がったところに渓流、周囲は渓谷らしく盛り上がっている。
川の流れる先は湿地帯で、その先は海だろうか……。
「あそこでいんじゃね?」
チューヤが指さした先、渓谷からすこし高くなった場所に、ちょうどいい岩陰がある。
「そうだな。んじゃ、そこをキャンプにしよう」
迅速な意志決定はリーダーの資質だ。
──岩陰は、先史時代を通じて定住用の生活拠点になってきた。
この伝統的な場所は、一時的な野営地にもなったし、季節限定の別荘地としても利用されていただろう。
張り出した岩盤によって風雨を凌ぐことができると同時に、開口部が広く通気性が良い、という住居に向いた特性を持っている。
重要なのは、敵に対して見通しが良いことだ。
人類は、その生存のほとんどの期間、生態系の中間くらいにいた。オオカミやトラに食われる、エサだったのだ。
ひとまず安全な場所を確保してから、彼らは「装備」の状況を確認した。
「道具」というのは、いうまでもなく人類にとって非常に重要な意味を持つ。
「はーい、所持品検査ですよー」
リョージの指示で、サアヤが実行委員を承る。
「所持品なんか、なんもねーよ」
浅慮で知られるマフユは即答したが、
「いや、どうやらあるらしいぞ。お嬢、キミの首からかかっている」
ケートの目線は鋭い。
「指輪……。なるほど。それでは、あなたの耳も」
自分の胸にある指輪に触れ、それからケートの耳にあるピアスを指さすヒナノ。
「おお、たしかに、俺もあるぞ、ちゃんぴょんベルト!」
毛皮の腹をめくって、チューヤはうれしそうに声をあげた。
「てことは、ガーディアンは?」
リョージの疑問。
──それらは「ガーディアン補正」を受けた「アイテム」であるはずだ。
各自、あらためて自己のナノマシンに呼びかける。
自分自身に憑くガーディアンの不在はすでに確認したが、所持品に取り憑いた「力」については、まだ未確認だ。
「……グレイアウトだな」
「稼働しないか。アイテム系は?」
ヒナノが自分の指輪に手を当て、カーバンクルの力を呼ぼうとするが、
「反応しませんね」
「しないね。ダイコク先生」
腰のベルトに手を当て、チューヤも嘆息する。
「そりゃ残念だったな」
言うケートの頭上に、トゲトゲ生物。
一同の視線が集中する。
「ケーたん、それ」
サアヤに指さされて、はじめて気づいたように、
「……ん? なんだ、いたのかハルキゲニア」
ケートは頭上のトゲトゲ生物に視線を合わせる。
「存在は無とニアイコールである」
いつものハルキゲニア節が炸裂する。
「てことは、スキルとか使えるの?」
チューヤの問いに、
「よっしゃチューヤ、いっぺん死んでみろ、トゲトゲクラッシャー!」
謎のスキル発動を試みるケートだが、反応はない。
「ここは境界ではないのです。スキルや魔法が発動できないことは自明でしょう」
呆れたように短く嘆息するヒナノ。
「たしかに。つまりケートのガーディアンは」
「私たちがナノマシンを起動したおかげで」
「ただ見えるだけ」
「ってことだね」
「よく意味が解らんが、つまり役には立たないわけか」
一同のケートに対する期待が、一気にしぼんだ。
無駄に不快感を与えられた形のケートは、腹立ちまぎれに言い放つ。
「おまえらのハラマキや指輪だって、なんの意味も価値もないじゃないか!」
「それはそうだが、あくまで道具としては使える。──どうやら各自、ひとつだけアイテムを、この世界に持ち込むことが許されているみたいだな」
ひょい、と背中の袋から「鍋」を取り出すリョージ。
このときばかりは、一同のテンションが一気に上がった。
「おおおーっ!」
「さすがリョージ、鍋部の神」
抱き合うチューヤとケート。
「なぜ鍋など持ってらっしゃるの、あなた」
自制心のあるヒナノも笑顔を隠しきれない。
「あたしはこの部活で、サアヤを除けば、リョージだけは尊敬してんだよ。おまえがいると、食うに困らんからな。さっさとつくれ、鍋」
マフユの機嫌もよい。
「その鍋、合羽橋で1980円だったやつ?」
サアヤの問いに、
「いや、これな。さっき戦っている途中で、異世界線とか……まあ、話すと長くなるけど」
と、リョージは途中まで話そうとしたが、すぐに諦めた。
要するに、奇昆虫館から「異世界線」とやらの謎の世界へ放り出され、なんやかやあったあげく、困っている少女を助けるなどしてもらったのが、この鍋ということだった。
「それ、2週間分くらいのボリュームのあるネタじゃないか?」
「あのときカクエンと戦うまえに、それほど長い物語があったのですね」
チューヤとヒナノは、自分たちの知らない前日譚に思いを馳せる。
「少女を助けるとか、おまえ、もう主人公じゃん」
「だから、いろんな女にストーキングされるんだろ」
ケートとマフユの評価は、リョージ自身に向かう。
「リョーちんは、ほんと、ひとりでなんでもやっちゃうよね」
「わからんけど、効果は、異世界線へ移動できる、って感じらしい。境界専用のアイテムだな」
というわけで、アイテム名「異界の裏鍋」が、各自のナノマシンにプロットされた。
非常に奥深い意味を持つ鍋で、とくにチューヤにとってあまりにも重要なのだが、ここで掘り下げられる状況ではない。
一同の中央に、鍋がドンと鎮座する。
いまのところ、指輪、ピアス、ベルトという、あまり役に立ちそうもないアイテムばかりなだけに、鍋の存在感はひときわ際立っている。
「それよりサアヤは、なんだよその首輪。いや、ちょっとまえから気になってはいたけどさ、触れちゃいけないのかなーとか思って」
5番手、サアヤの首を指さし、チューヤが言った。
「どういう意味だよ!」
いそいそと首輪を外しながら、サアヤは声を荒げた。
「すげー似合うぜ、サアヤ。首輪女子、最高」
じゅるり、とよだれを垂らすマフユ。
「なぜかサアヤだと、しっくりくるな。なぜだろう……」
考え込むリョージ。
「で、どういう由来ですの、その首輪は?」
直截なヒナノ。
「いやあ、ある日、ケルベロスが持ってきたんだよー。これをつければ、おまえはもっと強くなる、だってさー」
あいかわらず意味不明なサアヤに、
「なんだそりゃ」
慣れているチューヤは嘆息するのみ。
「犬を飼う人間は知ってるが、犬に飼われる人間は初めて見たな」
皮肉というよりも半ば感心して評するケート。
「愛されてんだろ、ケルベロスに」
うなずくリョージ。
「世界中から愛されてるよな、サアヤは」
乗っかるマフユ。
「いやー、照れるなー、そうかもー」
デコ上の触角をぴょこぴょこさせながら、笑顔で頭を掻くサアヤに衒いはない。
「で、どういう効果なのよ」
チューヤの問いに、
「それね。さっきおじいちゃんと戦ってわかったけど」
思い出しながら、サアヤは答えた。
──ケルベロスがコトシロヌシ(に取り憑かれた人間)の魂を食い散らかして、エビスを制したときの話だ。
その後、ケルベロスの首輪の影響で、サアヤにはコトシロヌシの加護が与えられている、という。
「どういうこと?」
「運が良くなった!」
「ただでさえいいじゃん、サアヤ……」
福の神に数えられるだけあって、コトシロヌシの「運」パラメータは高い。
サアヤはつねに「幸運」をつかむ、愛されラッキーガールだ。
その運が、コトシロヌシ補正によって、さらに強化されたのだという。
「ふむ。つまりサアヤは、直近に倒した相手の能力を、ガーディアンとして付加できると」
「ケルベロスが喰うかどうかって話じゃね?」
「で、そのケルは?」
「あははー。いないねー!」
言うまでもない。ケルベロスという地獄の番犬が生み出されたのは、紀元前5世紀に栄えた古代ギリシャ文明のころだ。
それまでに土着の伝承を受け入れていた可能性(前古典期)を考慮しても、せいぜい紀元前8世紀程度だろう。
現状、人類創生にかかわる年代と考えられる以上、ケルベロスという概念など、まだ影も形もない。
「ケルベロスもオオクニヌシもカーバンクルもいない過去か」
アイテムはアイテムそれ自体として受け止めるしかない、とチューヤは理解した。
「ハルキゲニアはいるぞ」
ピン、とピアスを弾くケート。
ハルキゲニアは存在する……ん? ……ああ、そういえば新概念の統合はまだとか言ってたっけ。
チューヤは思考と裏腹に、とりあえず突っ込んではおく。
「5億年まえからね! もうそれいいから!」
「いても、境界化しないかぎり、能力としては使えないだろ」
「いないに等しいですね」
という評価は固定している。
当然、全員のガーディアンを含めた境界的な「効果」は消失しているのだ。
「結局、なんの役にも立たんアイテムが多いな」
「ボクを見て言うな。不愉快だぞ」
互いをつねるチューヤとケート。
「そもそも特殊能力とかいうのに頼ろうって考えが甘くねえか?」
マフユがめずらしく正論を吐いた。
「その通りだな、マフユ。さあ、出せよ。期待してるぜ、闇の女王」
リョージが、最後に控える大御所を煽った。
「ふん、バレちゃしょーがねえ」
と、マフユが懐に隠し持っていたのは、なんと、シンプルなサバイバルナイフ。
「ちょ、あいかわらず危ないやつだな、おまえ!」
「銃刀法違反で捕まるぞ」
役立たずコンビが嫉妬の混ざった合の手を入れる。
──日本の法律においては、刃渡り5.5センチ以上の剣、飛出しナイフ、刃渡り15センチ以上の日本刀やなぎなたが該当する。
また、たとえ小さなサバイバルナイフでも、「正当な理由がなく隠して所持」すると、「軽犯罪法」違反となる可能性がある。
もちろん、ふつうに売っているし、気軽に買えるので、登山やキャンプに際しては、よほどゴツいものでもないかぎり問題にはならない。
「いざというとき必要だろうが」
マフユの低い声が、いつもより恐ろしい。
「どういう、いざ、だよ」
恐る恐る問うと、
「ちょん切ってやるとか」
ひへへ、と笑うマフユ。
彼女によると、そのナイフには、とある狂った女の亡霊が取り憑いており、下手な男が近寄ると──。
「もういい! 言うな、それ以上!」
股間を押さえて叫ぶチューヤ。
こうしてワケアリのアイテムが6つ、すべて出そろった。
以下、調達されたオーパーツ(アイテム)を列記する。
チューヤ。オオクニヌシのベルト。
サアヤ。ケルベロスの首輪。
リョージ。異界の裏鍋。
ケート。ハルキゲニアのピアス。
ヒナノ。カーバンクルの指輪。
マフユ。断根のナイフ。
「マフユのアイテム名が怖すぎる件は?」
「触れるな。それは触れるな」
もちろん現在、まだ存在していない女の怨念は、ナイフに取り憑いていないので安心だ。
それぞれのナノマシンにアイテム名をプロットし、あらためて考える。
彼らは、特殊な能力も近代的な文明の利器もない状態で、わずかに使えそうな道具のみを頼りに、これから生き抜かねばならない、という状況について。
「だいじょうぶだ。鍋とナイフは使える。おまえら、よくやった」
リョージは、これからの生存に自信を持って言った。
「なんだよ、ナイフはあたしに使わせろよ」
手を伸ばすマフユに、
「狩猟、解体、料理まで、できんのか?」
リョージの「ナイフは自分が使う」という主張は合理的だ。
「……あとで返せよな」
めんどくさいことをやってくれるなら、リョージに任せるにかぎる。
「ピアスと指輪とベルトは役に立ちそうもないからいらん。各自、持っておくように」
リョージの許可を受け、
「はーい」
いそいそと回収する仲間たち。
「それで、どうしますの?」
指輪を通したネックレスを首にかけながら、ヒナノは問うた。
「とりあえず、まあ……生きる、だろ」
当面、リョージの答えに尽きる。




