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それぞれの意見は出そろった。
ケートの知りたいこと。
「ブラックホールの式」。
これがわかれば、宇宙の始まりを理解できる。
マフユの知りたいこと。
「世界の終わり」。
これがわかれば、すっきりして死ねる。
ヒナノの知りたいこと。
「神の素顔」。
もちろん顔面の造形というわけではない。
サアヤの知りたいこと。
「人は死んでも生き返る?」。
彼女にとっては永遠の命題だ。
リョージの知りたいこと。
「この世でいちばん強えやつ」。
いつかぶっ倒してやるために、知っておきたい。
チューヤは、ぱたぱたと足を踏み鳴らし、一同を見まわした。
「……で!? それが、メンバーみんなにとって大事なこと!?」
めずらしくチューヤが正論を吐いたので、一同はなんとなく視線をそらした。
たしかに自分にとっては大事だが、メンバーのことを考えた疑問では、けっしてない。
サアヤが、てへへ、と笑いながら、
「とりま自分の知りたいこと? で、もちろんみんなにとって大事な疑問があれば、それを解決するのが優先ってことで。チューヤだってあるでしょ、知りたいこと」
「うーん、そうだな、知りたいことといえば……謎なのは、東海道本線に下りしか走らないという線路が……」
その言葉に、やはりチューヤはバカだったんだな、と全員安心して視線をもどした。
「結局、キミもボクたちと同類ってわけさ」
薄笑うケート。
「なんでよ! まあ、たしかに答えは、下り専用の迂回路線だけど……」
なにが、たしかに、なのかはだれにもさっぱりわからない。
「チューヤはほんとに、なんの疑問も持たない幸せな人生だね」
サアヤの目が生ぬるい。
「えへへ、それほどでも……ハッ! バカにすんなよ、サアヤのくせに!」
「なによチューヤのくせに!」
ぽこすか殴り合うふたり。
「幸せな夫婦め。──それで、オレたちの疑問を解いてくれる運命の女神やら鬼女ってやつらは、まだもどってこんのか?」
いまにも期待の剥がれ落ちそうなリョージ。
「そもそも、ほんとにくれんのかよ、その『ボーナス』ってやつ」
マフユは最初から懐疑的だ。
言われてみれば、テイネがなんとなく希望を持たせるような言い方をしただけで、じっさい願いが聞き届けられるという保証は、微塵もない。
と、黙って事態を眺めていたヒナノが、手近の竪穴式住居を顧みて言った。
「D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?」
聞きなれない言語を聞かされ、一同、ヒナノに視線を集める。
他人の視線を浴びることに慣れているヒナノは、平然と一同の視線を受け止め、悠揚迫らずふりかえりながら言った。
「この奥の三軒の家、それぞれの問いには、重みがありますわ」
われわれはどこから来たのか、われわれとは何者か、われわれはどこへ行くのか。
それは、ゴーギャンの画題にもなっている、哲学的な問い。
「ふーん。こんな家、あったんだ」
サアヤがヒナノの横を通り過ぎ、半円に向かい合うように建てられた竪穴式住居を、ぐるりと見まわす。
「ケチな連中だな。似たような問題なら、わざわざ3つにわけなくてもいいだろ」
マフユにとっては、そんな問い、十把一絡げにどうでもいい。
「ふーん。つまり過去を知る家、現在を知る家、未来を知る家、ってことか」
ケートが話に乗ってきた。
「そういうむずかしいこと考えるの好きなやつ、いるんだな、やっぱり」
肉体派のリョージは、あまり興味もなさそうだ。
「この3つから選ぶとしたら、やっぱり知っときたいのは現在、ってことでFA?」
チューヤの問題提起に、一同ふと考え込んだ。
自由選択だと趣味に走るのはやむをえないが、3択であれば意見は一致するかもしれない。
サアヤが乗っかって、右手を挙げた。
「現在を知りたい人ー?」
挙げたのはチューヤだけだ。
「それでは、過去を知りたい方は?」
ヒナノとともに、リョージが手を挙げる。
「お嬢ほど深い意味はないが、自分たちがどっから来たか、ってのは興味ある」
リョージの見解に、ヒナノも満足そうだ。
「未来に決まってるだろ、バカどもが。てか、なんで蛇女が手ェ挙げてんだよ!?」
ケートは、マフユだけが自分と同意見であることが、ひどく不快である。
「ああ? うるせえな、人類の滅びた未来を見て、悦に入りたいからに決まってんだろうが」
理由はともかく、彼女には彼女の信念があるのだった。
「もうさ、こうなったら、てきとーにどっかはいってみる?」
「そんなあなたの生き方は、真似したくありませんわ」
「サアヤに乗る。もうどれでもいいからはいってみようぜ」
「はいっちゃダメだと言われてるだろうが」
「フリだろ、どう考えても……」
「大阪か!」
決定できず、ぐずぐずしているうちに、時間だけが経過する。
と、そのとき状況は、ようやく変化の兆しを見せはじめた。
──小さな人間のようなものが、足元を駆け抜けた。
ハッとして視線を落とす一同。
「おい、そっち行ったぞ、リョージ」
「うお、すばやい!」
「動くぞ、こいつ」
「ふざけてる場合か、チューヤそっちだ!」
交錯する声。
視線は足元を駆け抜ける3つの小さな影を追う。
「テイネか? いや……鬼女!?」
チューヤのナノマシンが示唆するのは、クロト、ラキシス、アトロポス。
一方、ヒナノがふりかえったのは、鬼女たちが逃げた先ではない。
その反対方向、ざわめきは、ジャバザコク中心のほうから押し寄せている。
「御用だ、御用だ」
「出合え、出合え」
「ピョー、ヒョロロロ~」
江戸時代の捕り物を思わせる雰囲気から察するに、大泥棒が国の重要文化財を盗み出し、それに気づいた衛兵が逃げた悪漢を追いかけている、という連想が働く。
ふりかえれば、小人たちの姿は、もうどこにもない。
「なに、これ? ねえ、どうなってるの?」
「知らんけど、なんかヤバそうだな」
「ここから出たほうがよいのでは?」
「出口は……あっちか」
方向感覚に優れるチューヤが見つめる先は、斜めにジャバザコクを突っ切る最短ルート。
つまり敵が多い方向だ。
「向こうはヤバイだろ」
「逆方向に抜け道ないかな」
「見知らぬ場所で逃げまわるのはリスクが高いぞ」
「だって、どうしようもないじゃん!」
「泥棒したきゃ下調べをしてから来るもんだ」
「それ言い訳になると思う!?」
「あ、小人め、わるいことしたの、おまえか!」
と、そのときサアヤが張り上げた声に、近くにいた数名が反応する。
竪穴式住居のまえの柱に躓いて、ずっこけたらしい小人がひとり、じたばたともがいている。
周囲を取り巻くサアヤたち。
「そいつ確保して差し出そうぜ」
「そうですね、冤罪で吊るされるよりは」
「というか、この国に勝手にはいってる時点で、不法入国とかなんじゃないの?」
「どっちに転んでもリスクしかないな。実力行使で抜けるか?」
一瞬、チューヤに視線が集まる。
大きな流れを決定するとき、なぜかチューヤの判断が求められることが多い。
──シナリオ分岐かよ!
チューヤに猛烈なストレスがかかる。
この選択で、重大な物語の展開が決まる、ような気がする。
判断材料が必要だ。
もちろん時間はない。
この一瞬で、すべてを決めるのだ。
すばやく視線をめぐらす。
視線の一番奥、サアヤが小人を追い詰めている。真犯人を差し出して温情判断を願う、という選択肢なら彼女を手伝うべきだ。
ケートは最短の退路に対して逃亡を推奨する。
このまま全員で出口の方向に殺到し、実力行使で逃げ出す。
正しそうな判断だ。
リョージは敵の押し寄せてくるらしい方向を見つめて、ポキポキと腕を鳴らしている。
どちらに転んでも、彼は戦うだろう。
マフユは、どうやらなにも考えていない。
地上で跳ねるカエルのような小人を、えい、それ、やあ、とがんばって捕まえようとしているサアヤを、生暖かく見守っている。
ヒナノは、いろいろ考えているようだが、その内容はチューヤにはよくわからない。
彼女の判断を待つような時間も、あるとはかぎらない。
もし、あと一瞬、彼が速い判断を下していれば、別のシナリオがあったかもしれない。
だが、彼はヘタレだった。判断が遅かった。
すくなくとも、決定的な動きが状況を押し流すまで、判断を下せなかった。
手近にあった竪穴住居のなかへ、
「ひゃあぁ」
と、どこかで聞いたような素っ頓狂な悲鳴をあげて、サアヤの身体が転がり落ちていく。
「サアヤ!」
躊躇はない。
マフユが自分の立ち位置も確保せず、その長い腕を伸ばしてサアヤの腕をつかむ。
そのまま竪穴住居の闇に消えようとするマフユのもう片方の腕を、全力疾走で飛び込んだチューヤがつかまえる。
こうなった場合、もう、これしか選択肢がないのだ。
「チューヤ!」
チューヤの判断を待ち、その動きを追っていたケートが、ただちに動いた。
引き込まれるチューヤの腕をつかんで、もう片方の腕で空を掻く。
応じたのはリョージだ。
「つかめ、ケート!」
ケートの腕を追い、互いに握り合う。
男の友情、などという悠長な感傷に浸っている場合では、もちろんない。
リョージは両足を踏ん張り、引き上げようとするが、彼の力をもってしても、竪穴式住居の吸引力にあらがうことができない。
そのまま闇の向こうへ消えようとするリョージと、ヒナノの視線が絡む。
彼がそのとき、なにを言おうとしたのか、ヒナノは忖度しない。
彼女はただちに腕を伸ばし、リョージの腕をつかんで、そのまま身を任せた。
もはや、状況は転がりだしたのだ。
彼らは、その竪穴式住居に、吸い込まれるしかなかった──。




