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全員が三々五々、竪穴住居の街へと散らばっていった。
仲間たちのため、自分のため、知るべき謎と答えを探して。
「乗り過ごしても料金を払わなくていい方法はあるか? なぜ平地に不自然なスイッチバックがあるのか? って俺、その答え知ってっから!」
チューヤは自分で突っ込みながら、竪穴住居の林をふらふらと歩きまわっている。
──ここは「すべてを知る」場所、考古学者、人類学者にとってのパラダイスであり、地獄でもある。
ピラミッドの謎。
ナスカの地上絵の謎。
コスタリカの石球の謎。
マチュピチュ、モヘンジョダロ、アトランティス、イースター島、ストーンヘンジ……とにかく知りたい、真相を知りたい。
歴史の「謎」を解きたければ、その答えを知っている竪穴式住居を訪ねればよい。
「対価」を支払う覚悟ができたなら。
生きては出られない、という対価を。
こうして、それを知った新しい人が、それを知りたいつぎの人に答えを告げる準備をする。
生きてここにたどり着いた住人は、自分の仕事を果たすことにより、つぎつぎと入れ替わっていく。
成仏したければ、答えを教えるしかない。
答えを聞いたら、もうそこに縛られるしかない。
そしてつぎに、答えを知りたいとやってきた人に「知るという呪い」を引きわたしたら、どこへ行くのだろう……。
「よく考えたら、なんて場所だよ」
まったく、人類の因業な知性の部分に、ぴったりフィットじゃないか……。
東京にジャバザコクがあるということは、パリやロンドン、ニューヨークにも似たような地下の国があるのだろう。
そうして知性の罠に捕らえられた「知りたがり」たちの魂が、どれだけこの世界に渦巻いていることだろう。
チューヤはゾッとして、自分の肘を抱いた。
と、その斜め後方から、
「さあ、行きなんし」
やけに近くから聞こえる声。
ふりかえるまでもなく、肩のうえの小人に問い返す。
「なんだよ。観光ルートか?」
「悪魔使いには悪魔使いの道があるざんす。ジャバザコクにきたら、ジャバとザゴグに挨拶せずしてすまなかろうもん」
「だれだよ、ジャバとザゴグ」
「はああ!? ジャバ知らなくて、よく悪魔相関プログラムとか使えんね!? ジャバ・テクノロジは、もっとも重要な悪魔専用プログラム言語でしょうが!」
子どもがまだ食ってる途中でしょうが! の勢いで叫ぶテイネ。
「知らんがな」
その熱量を共有できないチューヤの反応は鈍い。
「構文がD++に似ててね」
「そういう話はケートとしてくれ。てことはつまり、ジャバってのは」
「狭義では悪魔相関プログラムの重要なプログラム言語。広義ではジャバザコクの由来になった巨人」
アイコンらしくかわいこぶって、人差し指を振るテイネ。
もちろんチューヤは、その程度で籠絡されない。
「その巨人がつくったのか? この国と、悪魔相関プログラムを」
「ひとりやふたりの力で、これほど膨大なソースコードが書けるはずがなかろうもん! ただ、その重要なキーパーソンは、ここにいるはずざんす」
「ふーん。なんて人?」
湧きつつある興味を意識的に抑え、興味ないふりを装う。
「わっち若干ブルっちまいんす。しかし邪教の味方として、この機会に、ぜひともご挨拶をしておく必要がありんすよ。悪魔相関プログラムの育ての親と言ってもいい、ジャミラコワイ師匠に!」
どーん! とSEつきで宣言するテイネ。
同じ地平に立っている自信はないが、チューヤはとにかく重要な固有名詞「ジャミラコワイ」師匠の名を脳髄に刻み込んだ。
「ジャバザゴグのジャミラコワイさん?」
反芻する。
「かの巨人を、ゴグマゴグとして恐れ忌み嫌った西の果てとちがって、東の果てでは、国つ神として崇められていた時期もあったはずざんす」
日本人には、敵を味方と言いくるめるテクニックが、昔から愛用されていた。
「ほーん。いろいろあったんだな」
そのときチューヤは、視界の端に軽いノイズを感じた。
サスペンド状態にある悪魔相関プログラムが、こっそりと動作を開始している。
ちょうどWi-fiの強いエリアにはいり、契約の電波を見つけて自動的に接続している感覚だ。
かすかに耳朶を打つBGMはアシッドジャズ。
その発生源は、路傍の──樽。
「そこに立つな」
樽のなかから、声がした。
ハッとして動きを止めるチューヤ。
「あの、えっと、俺」
「影になる」
樽のなかから、再び声。
チューヤは周囲を見まわしてみるが、地下なので当然、太陽は見えない。
境界によくあるシチュエーションだが、ちょうど洞窟全体が光っているような感じで、無影灯の明かりに近い。
それでも、間近に立ったら邪魔になるのかもしれない、と忖度した。
そう、ここにいるのは、偉大な哲学者なのだ(と思われる)。
かつてディオゲネスは、なんでも望みをかなえてやるとアレキサンダー大王に言われて、こう答えたという。
──そこをどいてくれ、影になる。
かの大王に、「もし私がアレキサンダーでなかったら、ディオゲネスになりたい」と言わしめたエピソードだ。
やがて、その名高い犬儒派を思わせる人物が、ゆっくりと樽から姿を現した──瞬間。
「このバカチンが、頭を下げんかァ」
テイネに、真横から激しく後頭部をしばかれ、地面に倒れ伏すチューヤ。
土下座するチューヤのうえに乗り、揉み手をしてへらへら笑うテイネ。
ジャミラコワイ師匠は、お館さまのつぎにおっかない、という。
チューヤは、土下座したまま、樽から這い出してきた人物にアナライズをかける。
未知の敵であれば「アンノウン」のはずだが、相手は意図的に情報をオープンしているらしい。
すべてのデータが流れ込んできた。
名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅
ヒトコトヌシ/国つ神/70/8世紀/日本/記紀/入谷
記紀における言葉の神。やまびこが神格化されたもの。
葛城山に祀られるとされ、『古事記』では、葛城山を訪れた雄略天皇の一行がヒトコトヌシと遭遇した話が記されている。
わるいことも善いことも一言で言い放つ神で、発する言葉は真実となり、人々を支配するといわれる。
一言で、すべてを語る──。
「なるほど」
その強さに恐れを抱きつつ、チューヤは得心した。
外見は、頭から緑色の木の葉のようなものをかぶっていて、いわば古いほうのヒッピー。
顔面も言の葉(?)で覆われ、その下の素顔はわからない。
一言では語り尽くせぬモンスター、彼の名はジャミラコワイであるという。
アシッドジャズの流れる樽のなか、彼はその視線をチューヤ、あるいはその上に立つテイネに向けた……らしい。
「…………」
「げへへ、どうも、お初にお目にかかりんす、わっちは石狩川で産湯を使い、姓は邪教、名はテイネ、おひけえなすって、ごきげんよう」
「キャラ変わりすぎだろ。卑屈な邪教なんて見たくねーぞ」
下から苦言を呈するチューヤを、さらに踏んづけるテイネ。
「邪教……?」
ジャミラコワイの声を聴くたび、心がうずくように締めつけられる。
ゆらゆらと、樽が揺れはじめる。
びくびくしながらそのようすを見つめていると、ほどなく、ごろりと樽が横倒しになった。
慌てて手助けしようとしたが、薄汚れた男は、みずからの意志でそうしたようで、ゆっくりと樽から這い出てきた。
「おお、師匠の全身を拝めるとは、眼福の至り」
目をキラキラと輝かせるテイネ。
「なんも拝めねえんだけど」
頭を踏まれて地面しか見えないチューヤ。
樽から出てきても、ジャミラコワイの全身は木の葉のコートのようなもので覆われ、皮膚らしき部分はいっさい見えない。
いや、唯一、炯々たる眼光の周囲、わずかに皮膚らしい色が見えなくもない。
そのどす黒い色を、皮膚と呼んでいいものならば。
「笑いに来たか」
ずいっ、と伸びてくる腕。
じっさいには触れられてはいないのだが、霊的な回路が伸びてきて、精神に直接、接触する感覚があった。
魔術回路による超近接型Wi-Fiとでも呼べるかもしれない。
プラットフォームを共有しているので、変換処理系を噛ませることなく通信が可能だ。
そもそも悪魔相関プログラムは、多くの部分を彼によって産み育てられたという。
「あ……あなた、は……」
乾いた土に浸みこむように、ジャミラコワイの意思が伝わってくる。
その忌まわしい、呪いの言葉が……。
時が止まる。
魂の時間だ。
もちろん時間の流れそのものが止まることはない。
プランク時間を極限として、正確には、極度に圧縮された時間を生きているだけだ。
「これもジャバ、あれもジャバ、きっとジャバ、みんなジャバ、ざんす」
ホームグラウンドに帰ったテイネが、リズミカルに歌う。
「ああ、どうやらそうらしいな──」
チューヤは意識を集中し、魂の流れを感じる。
──邪教プラグインの実装には、多くのジャバ・アプレットが関与している。
いや、クライアント側のほとんどの操作は、ジャバ・スクリプトの呼び出しを前提としている、と言ってもいい。
バックアップ用の変換エンジンも実装されているようだが、ジャバ以上にリッチなコンテンツを提供、処理するのはむずかしいだろう。
「ジャバは重いとか、都市伝説ざんすよ」
テイネがやや上ずった声で言う。
ジャバには一時、そのような風評被害もあったらしい。
いろいろな過去を乗り越えて、現在のジャバがある。
「なるほど、そういうことかよ。ジャバすごいな、ジャバ」
チューヤの魂もつられて躍り出す。
魂の時間においては、とくに脳細胞が活性化される。
知らなかったことを知る、という純粋な喜びに満たされる。
プラグラム上に、ヒトコトヌシの姿が浮き上がる。
魂の時間では見慣れた景色だが、あきらかにチューヤのレベルを逸脱した高位悪魔だ。
「……テトラソミーか」
瞬時にチューヤの四体同時召喚という特性を見抜くジャミラコワイ。
あちらには、すべてのパラメータが筒抜けだ。
過去の記憶まで、あらゆる部分が見透かされているような気さえする。
本来はチューヤが悪魔のステータスを見極める場なのだが、今回にかぎっては完全に立場が逆だった。
「悪魔相関プログラムの権威のひとりざんすからね。逆らわないほうがよかろうもん」
テイネの言葉に、
「逆らうつもりなんかねえよ。……え、室井さん?」
チューヤは一瞬、きょとんとした。
脳内に、突如として湧き出してきた名前。
意外なところで意外な名前を引っ張り出したのは、どうやらジャミラコワイからの干渉らしい。
「きゃつらは醜い」
自分以上に。
短い言葉に意を込めながら、ジャミラコワイは皮を脱いだ。
魂の時間なので物理的な変化はもちろんないが、おそらく現実もそれと同じなのだろう。
木の葉によって包まれた上半身が、むき出しになる──。
「ひいぃいぃ……」
素っ頓狂な声をあげて、テイネが這って逃げ出した。
チューヤも追いかけたかったが、足がすくんで動かない。
まさに蛇に睨まれた蛙とは、こういうことだろう。
その上半身は、完全に「とろけて」いた。




