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古今の日本人を惹きつけてきた、歴史ミステリー。
なかでも日本史を代表する謎のひとつ、邪馬台国論争。
「まさか関東地方の、それも東京の真下だとは」
「お釈迦様でも気づくまい」
乗っかるケートとリョージ。
「死んだはずだよ、卑弥呼さん~♪」
陽気に歌うサアヤ。
「英霊のヒミコが支配する駅は高輪ゲートウェイだけどな、ゲーム的には」
ゲーム脳はチューヤ。
事実、卑弥呼は邪馬台国を支配した女王であり、鬼道につかえ、巫女として国の進路を占ったという。
古来「占い」は重要な契機であり、時の政治や経済、軍事に多くの示唆を与えてきたし、かつ、それは現在進行形でもある。
翻って考える。
では、どうやって「占い師」は、その答えを得てきたのか?
統一的な答えなどあるはずもないが、ここにはその答えのひとつがある。
ふりかえれば、集落には広さに不釣り合いなくらい、なぜか「無数」にも見える家が建ち並んでいる。
そのときケートは、ようやくここでの答えに逢着した。
「──家か」
「むしろ気づくの遅すぎざんす」
にやり、と不気味に笑うテイネ。
「サアヤ、おまえが読んだの、これか」
ケートが、サアヤのまえにある竪穴式住居の入り口に掲げられた、わら半紙のような粗末な紙に書かれた文字を読んだ。
[邪馬台国は、どこにあったのか]
サアヤは、その「表札」を読んだだけ、ということになる。
あらためてよく見れば、無数に建ち並ぶすべての竪穴住居の入り口、ひとつひとつが「問」を掲げていた。
それらは多様な文脈における「謎」であり、ともに「答」を探求しようと誘っているようだった。
件の看板をめくってお宅訪問、という仕様になっているが、つまり、これらの家の住人は、その答えを教えてくれる、ということなのだろうか──。
一同、吸い寄せられるように、手近の竪穴式住居に近づいていく。
「なになに、光秀はなぜ信長を殺したのか?」
「奇数の完全数は存在するか……ほう」
「トリノの聖骸布はキリストを包んだか……」
「猪木と馬場、強いのは。……マジかよ!?」
「この世でもっともおいしいメニュー。おい教えんでいいから食わせろ」
「恐竜はどんな色? ピンクー!」
あらゆる学問、分野で大きな「謎」とされる事柄が、それぞれの竪穴式住居の看板に貼られている。
その答えを知るためなら、どんな犠牲もいとわない、という人間が一定数いるだろう「謎」ばかりだ。
知的探求心にとって、ここは魅力的すぎる。
数学の袋小路に迷い込んだケートが、ふと目を止めた問い。
大統一理論──。
その言葉のあまりの魅力に、ケートの身体がふらふらと吸い寄せられている。
この世のすべてを説明できる理論。その答えを知るためなら、すべてをかなぐり捨ててかまわない、という数学者、物理学者は多いだろう。
いまにも建物にはいろうとしているケートの背後から、テイネが鋭く言った。
「待ちなんし! ひとつ、忠告しときんす。家のなかには、絶対に入ってはいけないざんすよ」
「どういうことだよ」
不興げにふりかえるケート。
「出られなくなってもいいなら、あえて止めはしんせんが」
言い放つテイネ。
「壮大なフリかな」
芸人魂に駆られるサアヤ。
「はいれと言わんばかりだ」
マフユも反骨精神の塊である。
「うずうずすんな、リアクション芸人かおまえらは!」
チューヤが突っ込みの役を担う。
「出られない、というのは?」
ヒナノの問いに、
「文字通りざんす。好奇心には、代償がつきものざんす。二度と出られなくなってもいいなら、はいってみればよかろうもん?」
恐るべき代償を支払いつづけているシステム、邪教の言葉には重みがある。
「知りたいことの答えを知れる。代わりに、出られない。……なるほど。答えと心中するくらい知りたい謎なら、好奇心と手を取り合って喜んで地獄に落ちるやつも、そりゃ、いくらでもいるだろうよ」
引きつった表情で、ケートは竪穴式住居からすこし距離をとった。
なんて罠だ。
それも、恐ろしく魅力的な、望んで堕ちたい罠──。
残りの寿命が短いことがわかっているなら、あえて踏み込んでもいい。
だが、いまこの瞬間が、そのときだろうか?
全員の表情に、異なる色が浮かびはじめていることに、チューヤは気づいた。
──ここは、危険な場所だ。その魅力のゆえに。
だれにでも、知りたいことのひとつやふたつはある。
その答えがすべて、このジャバザコクには隠されている、とすれば。
知らずに済ませるわけにはいかない。
ほとんど吸い寄せられるように、全員が手近の住居の看板に目を凝らす。
「この国は、すべての謎の答えを持っている。人類がここまでたどり着いた叡智のすべてを、地底人たちは大地の中に蓄積していったでありんす」
一同の興味は、もはやテイネから離れつつあるが、優しいサアヤがとりあえず反応してやった。
「地底人なんていたんだ?」
すくなくともこれまでのところ、人影らしきものを見かけたことはない。
おかげで、めんどうな戦闘を回避できている。
「もちろん、あんさん方の考える地底人という概念とは、大きく異なるざんしょ。ほとんどが、魂のみの存在と考えてよかろうもん。おおむね地底は死者の国であること、お忘れなくりまくりすてぃ」
「死んでも知りたいこと、っていう執念が埋もれた墓場ってわけだな」
さもありなん、という表情でうなずくケート。
──だれより知りたいことがある。
その気持ちは、よくわかる。
「言いえて妙ざんす。どうしても知りたいことがあれば、命を懸けて、このなかにはいるのもよござんしょ。が、けっして生きて出ることはできんせん。さらに言えば、魂になって出ることもできんせん。……つぎに、それを知りたいと新しい魂がやってくるまで、このなかで、解けた謎に浸って待ちつづける。それがこのジャバザコクのルールざんす」
理解をもって、指針は得られたようだった。
状況は把握されている。
あとは、各人がどのように判断するかだ。
「恐ろしい国だな」
混沌たる自由を愛するリョージにとって、黙って待つほどの苦痛はない。
「似たような国は、世界中にありんすよ。ヒトのカルマは、この国にかぎりんせん。むしろ、より罪深い国はいくらでもある。知りたくて知りたくて、それを知るために魂を売り払う。──パリの地下が本当に恐ろしいことは、そっちのねーさんもよくご存じでありんしょ?」
振られてヒナノはうなずいた。
「地盤沈下の話はよく聞きますが……ええ、神の教えに背を向けても、なにかを探求しようという人物が多いことは事実です」
「結果、まともに成仏もできねーってか。悲惨だねえ」
だれより成仏に遠いマフユが言うと、なかなか皮肉に響く。
「けれど、美しくもありんす。叡智の国と考えれば。つねにある謎を解き、新たな地平を切り開いて、ここまでたどり着いたのが人類ざんす。人間の好奇心というものが、あんさん方をここまで連れてきてくれんした。この事実を忘れてはなりんせん」
恐竜を見せてくれ! 5分でもその世界を見せてくれたら、女房子供を売り払っても悔いはない。
そう考える古生物学者も、いないわけではない。
そのくらい、ヒトの知的好奇心とは、業の深いものなのだ。
「だけどさ、知ったら出られなくなるとか、それは、開けちゃいけない玉手箱をあげる、みたいなもんだよね! ひどすー!」
率直な見解のサアヤ。
テイネはうなずきながら、いたずらっぽく笑って、
「けれど、もしかしたら『ボーナス』出るかもしれんせんよ」
「……ボーナス?」
ひどく魅力的に響いた言葉に、一同、問い返す。
「運命の女神の手助けをしたんざんしょ? だったら、知りたい答えのひとつやふたつ、教えてくれてもバチは当たらなかろうもん。……ほんとうに知りたい答えがあるなら、それをみずからに確認する意味だけでも、この国のこと、よく調べておいたほうが将来のためにもなるんじゃありんせんかね」
テイネごときに偉そうに教訓を宣わられる筋合いはない、という表情が多かったが、そこに一理ないわけでもない。
「ともかく、どんな謎があるかだけでも確認しておこう。われわれ全員に関係しそうな謎があれば、知らせてくれ。判断はそれからだ」
戦いではない、新しいルールのゲームに放り込まれたことを、あらためて噛みしめる。
すべての謎の答え。
ここには、それがある……。




