53 : Day -47 : Meguro
目黒駅もしくは白金台駅最寄りの、国立科学博物館附属自然教育園、そのサイトの沿革には、こうある。
自然教育園を含む白金台地は、洪積世(20~50万年まえ)海食によって作られました。
いつ頃から人が住み着いたかは不明ですが、園内から縄文中期(紀元前約2500年)の土器や貝塚が発見されていることから、この時代には人々が住んでいたと考えられます。
もちろん、証拠が出たのがこの時期というだけで、さらに古い時代まで遡れる可能性は、十二分にある。
すくなくとも、目のまえに広がるこの「集落」は、白金台地に巨大な古代王国が存在した可能性を示唆している──。
「また変なところに放り出されたな」
薄暗い世界を眺め、チューヤが言った。
「もう驚く要素は、なにもないね!」
先に落ちたサアヤの口調は、突き抜けてさっぱりしている。
つづいてやってきた他の面々も諦め半分、半ば捨て鉢に、状況を受け入れる覚悟を決めた。
──そこは、広大な地下空間だった。
古代王国が、そのまま地下洞窟に埋まった。
そう考えれば、彼らの見ている景色の半分は理解できる。
いわゆる環濠集落と呼ばれる体裁。
建ち並ぶ家々は、竪穴式の古代様式。
空気はあきらかに境界だが、これまで経験してきたどの境界とも異質だ。
サアヤが建物のひとつを指さし、声を張る。
「竪穴式住居だ!」
一同、古代遺跡のテーマパークにまぎれこんだ観光客の面持ちで、状況の細部にまで注意を向ける。
たしかに、それは「竪穴式住居」と呼ぶ以外に、名付けようもないほど完全に竪穴式住居だ。
大きさは直径5メートルほどの円形で、出入り口は正面にひとつだけ。
菰で覆われていて、内部のようすはまったく見えない。
「サアヤごとき者でも知ってるんだな、縄文時代」
言うチューヤの脳裏では、教科書によくあるイラストが重なっている。
「これね、お父さんもつくってたよ!」
つねに突拍子もないことを言ってくれるサアヤのおかげで、一同の緊張感がほぐれていく点は有用だ。
「……はあ? おまえのオヤジは縄文人か!?」
「埼玉の実家で小学校時代、つくったんだって。社会科で。校庭の片隅に穴を開けて、柱を立てて、屋根を葺いて。すごくちっちゃい竪穴式住居だけど、授業で建てたって言ってた!」
「ほう。昭和の教育も侮りがたいな。いや、すでに平成か」
「うん、だけどね、夜、近所の不良が勝手にはいって、タバコとシンナー吸って火事になりかけたから、しかたなく撤去したんだって。残念だね!」
「ま、そうなるだろうな」
ため息交じりに言うチューヤ。
「盗んだバイクで走り出す昭和のヤンキー漫画そのまんまやな」
苦笑するリョージ。
そんな庶民の会話を無視して、ケートは注意深く周囲を見まわし、言った。
「これがジャバザコクか。まさか、こんなんとはな……」
「ジャバザ? なんだっけ、その宇宙生物みたいの」
ふりかえったリョージが首をかしげる。
「ジャバザハットじゃねーよ。教科書に載ってるだろ、ジャバザコク」
ケートが日本の教科書をきちんと読んでいるか、疑問のわく言動だ。
──日本の旧石器時代の人々は、台地上に住むことが多かったとされる。
周囲はまさに古代の灌漑集落の様相を呈しており、考古学者が見れば、縄文後期から弥生初期と推定するだろう。
無数の竪穴式住居が並んでおり、数千人、あるいはそれ以上の集落規模が想定される。
「それ邪馬台国じゃね?」
「邪馬台国はヤマトのことだろ。ボクが言ってるのはジャバザコクだ」
「だからなによ、ジャバザって!」
「ものを知らんやつらだな。先月の『ヌー』読んでないのか?」
ケートが怪しさ満載の月刊誌『ヌー』から引っ張ってきた情報によると、ジャバザコクは、関東にあったといわれる古代王国である。
よこしまなウマがすわっているクニ(邪馬座国)、らしい。
「てか、おまえの教科書は『ヌー』かよ……」
呆れるというより、げんなりするリョージ。
「まあ、現にこうして連れてこられた以上は、実在云々はいいでしょう。どういうところなのですか、ここは?」
ヒナノの問いに、
「それは……」
言いかけたケートの口が、その形のまま止まる──。
「はいりこめたわね」
チューヤの後ろに立つ女のひとりが、香水のにおいをふんぷんとさせて言った。
「そうですね。本番はここからですが」
甘ったるい息で、隣の女が言った。
「すこし、わくわくしますわね、お姉さま方」
最後に、酒臭い息で小柄な女が言った。
ぎくり、としてふりかえるチューヤの視線の先──ついに現れた、モイライ三姉妹。
銀座で彼女らに初めて出会ったのが、だいぶ昔のことのように思われる。
三人の女は一見、熟女、妙齢、幼女。
「あ、お菓子おねーさん」
「出ましたわね、この酔っ払い」
「いや、結婚はできないっスよ……」
サアヤ、ヒナノ、リョージが、反射的に身を引く。
彼らは、この三人の鬼女たちにさらわれたのだ。
しかし三鬼女は、彼らになんの関心も払わず、みずからの目的のみに邁進する。
「あたしが先に行く。いいね、ラキシス」
「お願いします、お姉さま。アトロポス、バックアップにまわって」
「了解です。ちゃんと仕事してくださいよ、大お姉さま」
身を沈め、動き出すふたり。
最後に残った、お菓子の匂いを振りまく女が、一度だけチューヤをふりかえった。
「私たちの仕事が終わるまで、あなた方は、どうぞこの不可思議で忌まわしい国を堪能なさい」
そして、消えた。
あまりにも説明が少ない──。
「な、なんだ、あれは」
呆然として、事態を眺めることしかできなかったチューヤ。
「なんだもクソも、あんさん利用されたでありんしょ」
答えたのは、いつのまにか、ちょこん、とチューヤの肩に乗った小人、テイネだ。
「……邪教! またおまえ、人の召喚枠を勝手に」
あたりを見まわすチューヤ。
全員の動きを確認する。
魂の時間にはいっていない、ということは、通常のタイムライン上における出現だ。
必然的に、チューヤの召喚枠をテイネが勝手に使用している、ということになる。
いつもの青い衣をしどけなく着崩す邪教の小人は、
「召喚枠なら、目いっぱい使われてるでありんす。よく見なんし」
言われるまで気づかないのもどうかと思われるが、たしかにチューヤの4つの召喚枠は、すべて「稼働中」だった。
悪魔使いにとっては「ただ乗り」されているに等しい。
「なんでだ? どうなってんだよ、俺はだれも……」
「だから、利用されてると言ってるでありんす」
よく見れば、召喚枠にはモイライ三姉妹、クロト、ラキシス、アトロポスの名が、グレイアウトして埋めている。
4枠目には、おまけのように邪教テイネの名がある。
「くそ、悪魔使いに断りもなく……」
干渉しようとしたが、アクセス拒否だ。
そもそも相手のレベルのほうが高いのだから、従ってくれるはずもない。
「ま、使わせてやりんさい。どうせこの国では、戦いなどにはならないでありんす。うんざりするほどの静寂と、探求のしじまだけが広がる国ざんすからね」
ちょいちょい実体化の窓口に使っているテイネは、慣れたものだ。
「おまえら、悪魔使いをなんだと思ってるんだ!?」
腹立ちまぎれに問うチューヤに、
「道具」
三姉妹の代弁者のごとく言い放つテイネ。
下っ端悪魔使いには、返す言葉もない。
そんな悪魔使いと邪教の味方を、5人の仲間たちが取り巻くようにして、訳知り顔の小人を問い詰めるモードだ。
「探求のしじまってのは、どういうことだ。小人」
「ジャバザコクなんでしょ、ここが」
「説明していただきたいですわね」
「知ってること全部吐け。ガキ」
問い詰められるテイネは、やれやれと首を振って、よっこらせとチューヤの頭の上に乗った。
見下ろされるのはまっぴらだ。
「見ての通りざんす。ここは、古代の王国。いや、王というか女王というか巫女というか、まあ、ともかく昔の国でありんす」
「ジャバザコク?」
「そういう名前で呼ばれることもあるかもねむ。ジャバザゴグの住む国だから、でありんしょうね」
ジャバザゴグ(Jabba za gog)。
西の果てにゴグマゴグがいたように、東の果てにはジャバザゴグがいた。
「じゃ、ジャバザゴグ……」
「なんか濁点だらけだな」
「濁った空気ですわ」
戸惑い顔のリョージ、ケート、ヒナノ。
「ジャガバグギゴゲ」
「ジャゲゴグゲロゲーロ」
両手をお化けのように持ち上げ、濁音を楽しむサアヤとマフユ。
「遊ぶな!」
しかたなく突っ込むチューヤ。
いつものように低偏差値がじゃれているのを背にして、ケートが核心へと切り込む。
「境界の住人か。……イケニエの」
テイネは、片眉を上げてちらりとケートを見ながら、
「中途半端な知識は、死を招くざんすよ。ま、聞きなんし。──むかーしむかし、あるところに、ジャバとザゴグという巨人が住んでおったそうな」
「ぼうやー、よいこだー♪」
BGMを提供するサアヤ。
「その歌やめろ」
イライラして黙らせるケート。
「巨人は好奇心が強く、知りたいことを知るために、なんでもしたそうな。そんな巨人たちから貢物を受け取る代わり、女王は、知りたいことをなんでも教えてくれたそうなー。なんで知ってんの? って、そりゃあ鬼道をよくする占い師だったからかもねむー」
テイネのてきとうな説明でも、徐々に理解は進んできた。
やはり、ここは「占い」を担保するための世界にちがいない。
「卑弥呼のことかな」
「ジャバザコクだから、そんなところだろう」
「あー、ジャバザコクって邪馬台国のことなのか」
「いまごろ!?」
「だから、ちがうと言うとろーが」
「漢字で書くと邪馬坐国ざんすよ」
「ニアピンだな」
「『ヌー』正解!」
「邪馬台国には諸説ありますよ。ヤマト政権というベタな説から、邪馬壹国のことだとか、いろいろ」
会話にヒナノが加わると、一気に偏差値が上がる。
「お嬢も怪しげな説を気にしたりするんだね。そういう『ヌー』的な話は、ケートのお得意だと思ってたけど」
「陰謀論には与しません。純粋に学問的興味です」
「邪馬台国は、ほんとはどこにあったのか!?」
人差し指を高く掲げ、センセーショナルにぶち上げるサアヤ。
──白金台にあった!
という説が、ないわけではない。
そもそも邪馬台国に比定される土地は、全国に何百か所もあるのだ。
そのなかで優勢なのが近畿説と北九州説であり、近代の考古学者や作家が中心となって論争を展開し、有名になった。
──その謎が、契機に変わる。




