50 : Day -47 : Ebisu
恵比寿駅のやや南、ガーディアンプレイス・タワーの1階フロア。
怪しげな高校生6人を、あえて押しとめようとする警備員はいない。
都心にもかかわらず、わざとのように異常な静寂が支配するなか、並ぶエレベーターのうち、業務用と書かれた一基に乗り込む。
ポケットから携帯端末を取り出したケートは、エレベーターの基盤にハーネスを接続すると、なにやらハッキングをかける。
すると、エレベータの液晶表示が「地下13階」を表示。
もちろんガーディアンプレイスに、そんな階層は存在しない──はずだ。
高速で降下するエレベータ。
開いた先には、薄暗い通路。
非常灯のおかげで、歩くには支障ない。
6人は連れ立って、新しいのか古いのか、よくわからない地下道を進む。
「恵比寿白金台幹線、か。よく知ってたな、ケート」
最初に口を開いたのはリョージ。
「え、ってことはリョージも知ってたの」
ふりかえって問うチューヤに、
「オヤジの資料に書いてあった。東京には、公然たる秘密の地下が、いっぱいあるって」
リョージの答えは明確。
「そうだ。調べれば、だれでもわかる。一応、国の予算でつくられてるわけだからな。──おまえんちの足元にもあるだろ、チューヤ、どでかい地下通路」
リョージからチューヤに視線を移し、ケートは言った。
「ああ、和田弥生幹線のこと?」
地元のことだけに、それについてはチューヤも知っている。
──地下13階からさらに下、巨大なトンネルが貫通している。
中野区から杉並区にかけて走る、日本最大の下水道だ。
非常用の地下貯水池でもあり、台風など大量の水が一挙に流れ込んだときに、その被害を最小化する。
春日部の「地下神殿」を見てもわかる通り、この手の施設は中期的な経済効果が高いことが判明している。
すべからく、各地の都市部につぎつぎと掘り抜かれているのだ。
公然たる秘密の地下道が、ひっそりと、着実に。
「関係者以外、立ち入り禁止だろ? さすがに、このエレベータのことは知らんし」
「調べればわかる、と言ったろ。知ろうとしなきゃ、なんにもわからんさ。非常用と銘打って、政府や自治体は、無数の地下施設をあちこちにぶち抜いているぞ」
「桜田門小菅ルートは、夢じゃないんだ……」
便乗的に、遠くを見るチューヤ。
小菅イベントのときにも言及していたが、かつて東京には囚人移送専用の地下鉄をつくる、という突飛な計画があった。
現在もささやかれる、犯罪者輸送用特別地下鉄、という都市伝説の原点だ。
リョージは父親の仕事を想起しながら、
「陰謀論はともかく、ちゃんと実用的な地下道も多いよな」
「というか、ほとんどそうでしょ」
「ここが、そのひとつ、というわけですか?」
女子たちの理解も、ようやく追いついてきた。
一同の情報共有を待って、ケートがまとめる。
「途中まではな。……さあ、出すがいい、おまえが集めた伝説のアイテム、エビスのトライアンフ、シロカネダイのトライアンフ、そしてメグロのトライアンフを」
チューヤを指さし、RPGのマスターよろしく宣告するケート。
「なに、その中2病気質満載のアイテム」
わくわくと自重が半々の表情で、チューヤは懐のアイテムを取り出す。
「ふははは! これこそ、ビグーダ・トライアングルを抜けるのに必要な鍵なのじゃ。中心には、魔王の城、鬼岩城がある。進め、勇者よ! ……ってな。ビグーダは、エビスのビ、メグロのグ、シロカネダイのダらしい。クリスから聞いたときは、ボクもセンスを疑ったよ。どこにでもいるんだな、中2って」
あえてそのセンスに乗っかったケートだが、大半のメンバーのきょとんとした表情を見るまでもなく、自分がみごとにスベっていることを認めざるを得なかった。
しかし、まだゲームははじまったばかり、いや、はじまってもいない。
周囲はすでに完全な「境界」と化している。
いつ敵に襲われてもおかしくはないが、現状、その気配は微塵もない。
特殊な神殿的シチュエーションだ。
「トークンねえ」
3本の印鑑を、手の中でこねくりまわしてみるチューヤ。
ロマンチックな言い方をすれば、それは文明前と文明後を切り分けるトークン。
──トライシクルよろしく、三角形に組み合わせてみる。
美しい三角形……ではなく、ただの粘土ブロックでしかない。
「なんのありがたみもないな……」
チューヤが矯めつ眇めつしていると、ひょい、と横から伸びてきた手がそれを手に取る。
「ほーんと、ただのガラクタにしか見えないよね」
雑に扱うサアヤの手から、
「古いものなら、うちの父が趣味で集めています。もしかしたら高額で買い取るかもしれませんよ」
受け取って眺めるヒナノの魅力的な提案に、
「おいくら万円?」
思わず俗悪な庶民根性を見せるチューヤ。
「売るな、バカタレ。そもそも重要アイテムは、売れないことになっている」
ケートの表現は的確だが、
「ゲーム脳自重」
というのが、一般的社会の反応だろう。
「いや、ゲームみたいなもんさ。ここまでくるとな」
ケートは言いながら、通路のある地点で足を止めた。
全員、足を止める。
静止する意味は、よくわかった。
ナノマシンがオートマチックにアナライズするダンジョン。
ガーディアンプレイス・裏口。
新しいダンジョンへようこそ、という意味だ。
やがて、だれからともなく進みはじめる。
言うまでもなく、ここはゴールではない。
「で、なんでそんないろいろ知ってんの、ケート?」
たいして意味のない質問を投げて、間を持たせようとするチューヤ。
「だれでもわかると言ったろ。調べればな」
ケートの答えも、表面をなぞるように投げっぱなしだ。
互いに、ちらり、と視線を向け合う部員たち。
リョージ、ヒナノ、マフユ、そのすべての陣営が、この東京の広大な地下に、なんらかの関係を持っている。
だれもが深みを持ちながら、まだ表面をなぞらせることしか許さない段階。
「ただ、存在を知ってはいても、いまいちよくわからん場所が多い」
地下を掘るリョージの父は、多くの「存在」を知る立場にある。
「その準備ができている人間しか、受け入れない場所ですね」
ヒナノは昨今、急速に「準備を整え」ている。
「ここは見ておく必要がある、とクリスも言ってた」
おそらくインド勢力経由で、ケートはこの日本国の秘密にたどり着いた。
「さっさと行こうぜ、よくわからんが、なんかあんだろ」
マフユの態度を見るかぎり、その「存在」については、闇勢力も無視できないもののようだ。
──チューヤは見まわした。
全員、なんらかの意志を受けている。
サアヤはともかく、ケートを筆頭に、その背景は「怪しげ」な面々ばかりだ。
それぞれ個人は親しめる人間性なのだが、背後の「勢力」までは理解が及ばない。
「なんか、おっかねえ……」
おびえるチューヤの周囲で、状況は自動的に展開している。
よく見れば、周囲の境界化は、かなり込み入っていた。
現世側の新しい壁と、異世界線の崩れた壁がモザイクを描き、特殊な「境界」の空気を醸し出す。
全体としては、エレベータ周辺はまだ近代的な「トンネル」の雰囲気が強かったが、先へ進むにつれて粗野な「隧道」になり、その先にはほとんど自然のままの「洞窟」が広がっているかのようだ。
「ガーディアンが騒いでいますね」
「カジノじゃねーのかよ、恵比寿の地下にあんのは」
「もちろんカジノだ。バカどもの目くらましには、ちょうどいい」
「ケーたん、どこぞの大佐みたいだよ」
「『ラーマーヤナ』ではインドラの矢とでも呼ばれているのかな」
部員たちの軽口からも、先ほどまでの軽快さは消えていた。
──そこは、ほとんどの人にとって「目的地」であり、「入り口」ではない。
ガーディアンプレイスは「カジノ」という役割を持って、東京の地下に設置されている。
そのさらに「下」を探ろうとする者の裏をかくかのように。
だが物事には、だいたい「その先」がある。
だれも注目しない地下エリアに、重要な契機が隠されている、ということまで、この高校生たちはどうやら見極めた。
新たなダンジョンは、それほど長く進むまでもなく、最初の「門」をさらす。
洞窟の先、道は左右に分かれている。
分岐点の壁一面に、なにやら不思議な記号が浮かんでいた。
中心には、三角形を基調にした、原始的な刻み文字(それを文字と呼んでいいのなら)。
謎解きの開始だ。




