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49 : Day -47 : Meguro


 目黒川沿いを、北へ。

 目的地は、恵比寿。


「で、トークンてなに?」


 迫る冬の気配が色濃い、枯れた桜並木を進む道すがら、チューヤは訳知り顔のケートに尋ねた。


「銀行のパスワードとかの機械じゃない?」


 代わりに答えるサアヤをふりかえりながら、


「それもそうだが、語源はシュメールにある」


 ケートは言った。

 さすが月刊『ヌー』と親しいだけあって、平気でシュメールという単語が出てくるところは陰謀論者らしい。


 トークンは、もともとシュメール人が財物の管理に使った計算具のことだ。

 1センチ前後の大きさの粘土製で、財ごとに中空の粘土球で保管した。

 刻み目やへこみなどで、さまざまな財を表したという。


 紀元前3500年ごろ。

 これらの印が、楔形文字に発展していったと考えられている。


 ここを「文明のスタート」とする考え方は根強い。

 人類の定住開始から5000年。

 正体不明のシュメール人により、先住民であるウバイド人は駆逐された。

 その叡智は、世界に拡散したという──。


 ややこしい話はともかく、チューヤはケートの働きを評価する。


「つまりケートは、リョージを助ける役割を俺たちに丸投げした代わりに、いろいろ重要なことを調べておいてくれたわけだね? マフユとちがって」


「あ? あたしがなんだって?」


 気だるげに歩きながら、憮然として言うマフユ。


「じゃ、おまえなんか役立つことやってたの?」


「あたりまえだ。ちゃんと寝てた」


「あのな!」


 低偏差値どものバカ騒ぎをしり目に、ヒナノは冷静に言った。


「そもそも彼は、わたくしたちの助けなど、必要とはしていなかったようですがね」


 リョージを助ける。

 その役割を果たしたと言えるのか?

 否。


「それな。他人の助けを必要としない、的な」


「リョーちん、そーいうとこあるよね!」


 役立たずのくせに、むしろそれゆえ、チューヤとサアヤは逆切れ気味だ。


「いや、そんなことはないぞ。仲間は大事だ、ともに戦い、友情、勝利を目指そう!」


「昔の少年漫画みたいなこと言うな」


「それでチューヤたちは、なんでオレの居場所がわかったの?」


「男子としてはあまり言いたくないんだが、占いだよ」


「えー、男子なのに占いとか信じてるんだー、恥っずかしー」


 代わりに突っ込んでおくサアヤ。


「心配すんな、占いは昔から時代を動かしてきた。堂々とその言葉に耳を傾けている政治家もいるくらいだぞ」


 根拠のありそうな口ぶりで言うリョージ。


「昔は堂々としていたかもしれないが、現在はこっそりとだな。──()()()、だろ?」


 訳知り顔はケートも同じだ。


「なにその怪しげな通り名」


「チューヤがお伺いを立てたのは、私が教えてあげた()()()()だよね?」


 サアヤの言葉に、無言でうなずくチューヤ。

 一同の視線はぐるりとめぐってケートにもどる。


「そいつは西側の魔女だ。駐米大使も入り浸ってたらしい。……だな、リョージ」


 リョージの表情は、さして興味もなさそうだ。


「オレに振るってことは、調べはついてんだろ。まあ日本とアメリカは同盟国だからな」


 やりとりの真意を理解しているのは、どうやらヒナノだけだ。

 理解の追いつかない一同の視線を後目に、ケートはさらに深みへ掘り下げる。


「どんな占いだったかは知らんが、結局、アメリカは抜き差しならない、引き返せない戦いの道に踏み出した」


「あなたが遅刻してきたのは、その話を仕入れるためですか。どんな抜け駆けを画策しているのです?」


 鋭く問いを挟むヒナノ。


「人聞きがわるいな。だからこうして共有してるだろ。ボクたちの道行きは、すくなくとも途中までは同じはずだぜ。……どっかの蛇を除いてな」


 マフユもマフユで、なにやら底が知れない。

 正確には彼女のバックが、だが。


「あたしは寝てたって言ったろ。知ったこっちゃねーよ」


「島国で小さくまとまっていればいい、という時代は200年もまえに終わってはいますが」


「安心しろ。反撃のとき来たる、だ。西側にいるもんは、東側にだっている。とくに()()()は、日本の道行きに大きく関与したらしいぜ。なあ、リョージ」


「……ああ。三月さんげつ会のオエライが、芝にお百度を踏んだって話は、ちらっと聞いたな」


 三月会は、日本の与党に強くコミットする政治結社だ。

 その中核は建設族であり、畢竟、リョージの父とも遠くつながっている。


「政治家も、たまには正しいことをする、ってことかな。すくなくとも日本政府の判断は、いまのところ当たりを引いてる」


「正解かどうかは、まだわかりませんよ」


「まあな。しかし相対的に、被害は最小化されている。結末はともかく」


 異世界線の〝侵食〟は世界中で同時進行していて、その被害はおおむね第三世界で大きいようだ。

 先進国のなかでは、なぜかアメリカが突出して大きな被害を出している。

 日本とEUのダメージは、現在までのところ、もっとも少ない。


「よくわからんが、その話と、これから行く場所と、どう関係があんのよ」


 なんにも理解していない一般ピープル、チューヤの疑問は浅薄である。


「そうだよ。占いがしたいなら、お店に行けばいいじゃん」


 自分の未来を占いに丸投げしても悔いのないタイプのサアヤのアホっぷりも、いつも通りだ。


「イチゲンさんお断りなんだろ。正面から行ってもダメなら、裏口から、ってな」


「そもそも、この道を目指しているのは、われわれだけではないようですしね」


 ケートとヒナノの見解が、深いところで通底した。

 目指している、というよりも、導かれている、といったほうが正解のような気がする。

 やおら、チューヤの悪魔相関プログラムに割り込みのアラート。

 召喚枠に奇妙な干渉を受けている。

 3枠がグレイアウトして、自分のストックにアクセスできない。


「……うるさいな」


 片頭痛持ちの人のように眉根を寄せ、チューヤは脳内で騒ぐ悪魔相関プログラムのノーティスを消す。


「運命の女神が、仕事をしろ、とでもせっついているのでしょう」


 的確な忖度。


「ゾッとするね……」


 チューヤはかすれた声でつぶやいた。




 新茶屋坂通りに出て、右へ。

 一同は情報交換をつづけながら、恵比寿を目指す


「それで、これからどうなるんだ? 話すことあるんだろ、ケート」


 あらためてチューヤに振られ、ケートは軽くため息交じりに、


「もったいつけるつもりはないが、最初から模範解答が与えられると期待するのは、マスプロ教育の弊害ってやつじゃないか」


 チューヤは素直に考え込み、五秒で結論を出した。


「一生懸命考えたけどわからないから教えてください」


「ふん。……だいたい白金台のエリアには、ハナからキナ臭いもんは漂っていた。()()()()が西洋人御用達なら、()()()は東洋の神秘ってやつだ。ニッポンジンのための占い館の神秘を、これから解き明かそうってわけさ」


「話には聞いていましたが、やはり国家運営の裏にもオカルトは絡んでいるのですね」


「EUはその点、理解が深いよな。ヒトラーもオカルト業界では有名人だし」


「邪教は好みません」


 ヒナノの唇が「邪教」という言葉を紡ぐとき、それにもっとも近い悪魔使いに向けられる嫌悪と侮蔑の視線を、チューヤはいつもながら気づかぬふりで受け流した。

 キリスト教にとって、占いなど忌まわしい神への冒瀆であり、よってチューヤとヒナノの相性は生まれたときから最悪なのだ。


「えーと、それじゃ、これから港の母のところに行くの?」


「キミはバカか。正面から行っても相手にしてもらえんよ。その手の占い師は、イチゲンさんお断りだからな」


 それについてはチューヤにも経験がある。

 マフユが裏から手をまわしてくれたおかげで、どうにか足立の母に占ってもらうことができた。


「それじゃ、どうすんの?」


 アホの子らしく、ぽかーんと問いかけることしかできない。

 ケートはやれやれと首を振り、


「これから自分たちが向かおうとしている場所に、どんなもんが待ち受けているのか、あらかじめ調べてから動こうという用心深さを、キミたちに期待するのは無理ってことかな」


「だって調べようがないもの」


「調べてくれる頼れる仲間がいるからな」


「人生なんて行き当たりばったりなんだよ。敵が来たらぶっ倒せばいいのさ」


「時間を無駄にしたくありません。手短に説明なさい」


 せっつかれることに飽きたかのように、ケートは言った。


「手品のタネだよ。()()()()()()()()()が、どうやって未来を当てるのか。その秘密を暴く」


「ほんとうに未来が知れるとしたら、隠されるだけの価値はあるでしょうね」


「未来だけじゃない、相性にしろ失せ物にしろ、港の母にわからないもんはないらしいぜ。その分、料金も高いけどな」


「ほんとに当たるなら、その価値はありそうだが」


「国家の進路を頼るのも当然か」


「運命の女神が導くのも……?」


 期せずしてチューヤに視線が集まる。


「鬼女だけどね」


 悪魔使いの脳に再起動する、悪魔相関プログラム。

 運命の三鬼女が、仲間たちをさらってまでチューヤをここまで導いたことに、どんな意味があるのか。

 類推する材料は少なくない──。



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