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 サアヤの魔法をもってしても、警備員を助けることはできなかった。

 なぜなら、それは「寿命」だったからだ。


「どうして、こんな……」


 唇を噛みしめるサアヤ。

 たとえ見知らぬ他人であっても、人間が死ぬのを黙って見ていることができない。


 チューヤは唇を噛みしめ、目のまえで死んだ警備員の目を閉じてやる。

 さっきまで、かろうじて生きて、貴重な情報をチューヤたちに伝えてくれた。

 彼の心意気を、無駄にすることはできない。


「さすがは悪魔、やることが……」


 えげつない、という言葉を上品に表現するにはどうしたらいいのか考えて、ヒナノはすぐにあきらめた。

 ──問題は、ミルメコレオだ。

 父がライオン、母がアリ。

 父の性質のため穀物が食えず、母の性質のため肉が食えない。生まれてすぐに死んでしまう。

 一種の寓意であって、レベルも3。


 クソ弱いザコであることはまちがいないが、最高レベルまで行きついたミルメコレオは一味ちがうらしい。

 すべての矛盾を内包し、あらゆる寄生虫を使役し、多くの病魔を支配する、という。


「病気を支配する、か」


 ()()()()目のまえの警備員に、チューヤは手を合わせた。

 病気は、寿命を蝕む。

 ケガや病気なら治る、などと朴訥に考えるのは誤っている。

 いずれも容易に「致命傷」となるのだ。


「悪魔の多くは、病魔を象徴していたりもしますからね」


 ヒナノは、ヨーロッパを暗黒時代に落とした病について、多く学び知っている。


「そーいえば前回のレストランにも、変な仮面をかぶってる悪魔みたいの、いたね。こーんなやつ」


 顔のまえで手を動かし、長い棒のようなものを表現するサアヤ。

 ヒナノはうなずいて、


「ペスト仮面ですね。仮面舞踏会のつもりか知りませんが、趣味がわるい」


 17世紀、ペスト患者を専門に診ていた医師が、鳥のくちばしのようなマスクをつけて、感染を予防していた。

 もちろん、そんなものに有意な予防効果はない。直接接触の防止なら、ただの布切れでも同じだ。


 人類をもっとも多く殺した、恐ろしい感染症の1位にあがるのは、天然痘である。

 すでに根絶されているが、史上、おそるべき数の人間を殺している。

 さらに人間の恐ろしいところは、アメリカの先住民を絶滅させるための兵器として、みずからこれを使用したことだ。

 天然痘ウイルスは、そのあまりにもすさまじい威力のため、撲滅された現在においてすら、厳重に管理されている。


 つぎは、インフルエンザ。

 スペイン風邪によって、ほとんど瞬時に数千万から1億の人間が犠牲になったことは、よく知られている。

 これはH1N1亜型というインフルエンザウイルスが原因だった。

 日々変異するので、これといった特効薬はない。


 ペストは、ペスト菌が原因である。

 げっ歯類によって媒介され、当時のヨーロッパの人口を半減させた、などの激烈な破壊力を持っている。

 現在は特効薬があるので、原因がわかれば、それほど危険な病気ではない。


 ついで、マラリア。

 マラリア原虫という「虫」が関係している熱帯病である。

 現在進行形で、一定の犠牲者を出しつづけている危険な病気だ。

 薬はあるが、耐性を持つものが多かったり、間に合わない場合も多い。


 ──相手が「病魔」を使うとなると、非常に厄介だ。

 なにしろ、戦い方がよくわからない。


 警備員の話によれば、このエリアの敵は妖虫も含めて数種類いるが、ミルメコレオを除くすべての悪魔と「会話にならない」のだという。

 洗脳の触媒になっているミルメコレオを倒せば会話できるが、同時に()()()()

 その時点からカウントダウンが進み、タイムリミットは月齢一周。


「月齢? それなら……」


 何週間も先の発症なら、途中、いくらでも治療のしようがありそうだ、とヒナノならずとも思いつくが。


「ああ、お嬢は知らないんだっけ。()()()()()()は、現世とはちがうんだ。ほら、見て」


 チューヤは、ポケットからムーンフェイズつきの鉄道時計を取り出した。

 それを持ってすこし歩いただけで、月齢が進む。


「時間の進み方がちがう、ということですか?」


「月は悪魔の力に、大きな影響を及ぼすらしいんだよ。それで、境界ではその影響を平準化するため、時間軸を分散して二次モーメントが午前二時とか、なんとか……」


 月齢システムの数学的理解は、まだチューヤにもまったくできていない。


「それでは、2階へたどり着くことすらもできない可能性がある、と」


「うまく戦わないと、そうなるだろうね。いや、助かったな。警備員さん、ありがとう」


 チューヤは、あらためて合掌した。


 ──このステージの戦闘条件は、こうだ。

 1、感染を避けるには、ミルメコレオを殺せない。

 2、ミルメコレオだけを残して、他の悪魔を倒す必要がある。

 3、それから会話すれば、しょせんはレベル3の悪魔だ、逃げていく。

 4、だがパーティに別の悪魔が健在でいるうちは、相手も強気である。


 つまり、戦い方が非常にむずかしい。

 まず、全体効果魔法が使えない。

 スキルも同様、勢い余って殺してしまうリスクがつねにある。


 他の悪魔を攻撃しようとするまえに飛び出してきたりもするため、非常に厄介である。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という超絶縛り戦闘を強いられるわけだ。


「いやらしいな、おい」


「弱いってことを最大限に利用してるわけだね」


 そういう戦い方は、ヒナノにはとうていできない。

 いや、その手の繊細な戦闘コントロールは、チューヤにしかできないだろう。


 逆に言えば、ここにマフユたちがいなくてよかった、とも考えられる。

 殺して殺して殺しまくることしか考えない戦闘スタイルのマフユ。

 この場には完全に不向きだ。


「てかさ、ずっと逃げつづけたらいいんじゃない?」


「それだとまえに進めませんが」


「3歩進んで2歩下がるだよ!」


「……却下」


 そんなことでクリアできるくらいなら、この世にゲームクリエイターなどいらない。

 逃げたらマップ画面上は「後退」するため、新たなフィールドを開くことはできないのだ。


 さて、この無理ゲー。

 どうやってクリアしたものか。




 それほど広くないとはいえ、博物館。

 ぐるりと通路をまわった先、2階までダンジョンは広がっている。


 その1階フロアを、ここまで進めたのはすべてチューヤのおかげだ。

 完璧な戦闘コントロール。

 ある種の「修行」に近い戦闘をくりかえして、どうやら道のりの半分を踏破した。


「ぜえ、ぜえ……。精神的に疲れるな、スジ屋になった気分だ」


 鉄ヲタの素養が、どうにか細い線を維持させている。


「いやー、なかなか細かい仕事だねえ」


 そもそも殺さないサアヤは、その意味では気楽だ。

 ヒナノはほとんど戦闘に参加せず、サアヤの負担を減らすため、自分が傷つかないことだけに集中してくれ、と指示されている。

 いまいち不満だが、この種の戦闘における戦略的計画については、チューヤに従っておいたほうが無難であろうこと、残念ながら認めている。


「すー、はー。よし、呼吸もどった。なんかいいね、この空気。元気が出る」


「相手は虫ですからね。酸素濃度が高くないと巨大化できないとか、さっきレクチャーされたではありませんか」


 それを聞いた瞬間、チューヤの頭にピンとなにかが閃いた。

 周囲を見まわし、いくつかの事実の意味を理解する。


「サアヤ、ボンベを閉じてこい」


「え?」


「これまで敵が出現した場所には、必ず設置されていた。なんで、もっと早く気づかなかったんだろう。ボンベからの酸素の供給を断つんだよ」


「あれ、お客様の快適な呼吸のために設置された空気清浄機じゃないの?」


「もっと快適な運営者様のためだよ、ばかたれ、早くしろ」


「はい……」


 チューヤもみずから、再雇用してきたハイピクシーを召喚して、これまで進んできたフロアの各所に設置されているボンベを閉じてくるよう指示する。

 ほどなく、1階への酸素供給はほぼ断たれた。


「お嬢、燃やしてくれ」


「え?」


「なんでもいい。目立たないように炎をつくってくれ。殺傷能力はなくていい。むしろ相手を傷つけないように。ただ、燃やすんだ。ひたすら酸素を使って」


「……なるほど、いいでしょう」


 館内は火気厳禁。

 博物館や美術館にとっては当たりまえの禁忌だが、この虫の博物館にとっては、より重要な意味を持っていた。




 2階。

 1階よりも戦闘は厳しくなったが、同時にこの新たな戦略が奏功した。


 戦闘中でも、チャンスがあれば酸素の供給を止めに行く。

 後方では、ひたすら酸素を消費する。

 虫の動きは、目に見えて緩慢になった。


「よし、いけるぞ。小賢しい悪魔め、このチューヤさまが、そう簡単に屈すると思うなよ」


 悪魔使いは、必ず悪魔の上をいかなければならない。

 そうでなければ悪魔を「使」うことなど、できるわけがないのだ。


 やがて、突き当りの壁。

 一枚のドア。

 異様な空気が漂っている。


 カサカサと、ものすごい数の「虫」たちの音が、なかから響く。

 おそらく、これまで追い散らしてきたミルメコレオたちが、集団になって襲いかかってこようとしているのだろう。


 そうなれば、倒さざるを得ない。

 だが、引き返すわけにもいかない。

 ──直後、


「っとるぁぁあーっ!」


 横の壁をぶち破って、回転しながら吹っ飛んできた男の声に、聞きおぼえがある。

 そこでは、2匹のサルが傷だらけになりながら取っ組み合い、どちらがボスかを決めようと互いの力をぶつけあっていた──。


「り、リョーちん?」


「東郷くん……」


「リョージ、おまえ」


 一見、あきらかに戦闘中のリョージと、もう一匹のサル。

 だが、その表情はあきらかに「楽しそう」。


 心からバトルを楽しんでいるリョージを、助けるなどと言い張って介入したら逆に怒られるだろう、とチューヤは即座に察した。

 そのまえに動き出そうとするヒナノを止めるまでもなく、ほどなく決着がつく。


「ま、まいった! よし、わかった。おまえのガーディアンになる」


 黒毛を逆立てて息を切らせていた巨大なサルの悪魔は、相手の力を認め、言った。


「そうか! おまえがそう言ってくれるなら、頼むぜ!」


 キラッ、と歯を光らせて自分の背中を指さすリョージ。

 どこまでもさわやかだ。

 前職のクーフーリンがやれやれと首を振り、その座は新たなガーディアン、カクエンに入れ替わる。

 リョージはいつでも、リョージの生きざまを貫いていた。


「な、なにやってんの、リョージ……」


「よう、だれかと思えばチューヤじゃないか。サアヤにお嬢も、こんなところでどした?」


 一瞬、笑顔になってから、眉根を寄せ、深く吐息するヒナノ。


「…………」


「あのね、リョーちん。みんな心配して、助けにきたんだよ!」


「なんで?」


「なんでも! ま、私はどうせこんなことじゃないかと思ってたけど、リョーちんそういうところあるから、気をつけて!」


 リョージという男、万にひとつも助けを必要としない。

 そんな雰囲気に満ちている。


「おまえってさ、ほんと昔のロープレの主人公みたいだな」


 日本最古のRPGの主人公は、ひとりで竜王を倒した。

 要するに仲間の助けを必要としないタイプだが、


「ん? そんなことはないぞ。仲間は大事だ。努力、友情、勝利!」


 マッスルポーズで言い放つ。

 その傷だらけの身体に、ごく自然に回復魔法の恩恵を与えるのがサアヤの役割だ。

 ヒナノは、地味に展開されるバックグラウンドの作業を、複雑な面持ちで見つめた。


「だって、いつも自分だけで片づけちゃうじゃん。敵もひとりでぶっ倒すしさ」


 強めにリョージの胸に拳を当てるチューヤ。


「そんなことはないだろ。落合のときはタイマンだっただけで、そのあと、みんなで力を合わせて戦ったじゃないか」


「そうだけどさ、リョーちんは、なんというか雰囲気、どっか()()()()()()()()ところあるよ?」


 サアヤが言った、直後。

 バーン!

 と、激しく開かれたのは、さっきからカサカサと存在感を主張している、ラスボスルームの扉。

 なにを勝手に盛り上がっているんだ、こっちがメインイベントなんだぞ、とでも言いたげに。


「どうなってんだ?」


 一瞬、逆光でよく見えない。

 しかしその熱気からして、扉の向こうの雰囲気は、だいぶ仕上がっている。


「予選は終わりだァ! 本日のォオ、メェエイィン、イヴェエーンッツ!」


 リングアナウンサーらしき絶叫が響きわたる。


「……いやな予感しかしねえ」


 同時に、スポットライトに照らし出され、目のまえに延ばされたじゅうたんを見て、げんなりするチューヤ。


「弱気を助けェ、強きをくじく者ォ! さあ、最弱にして最強を、決めようではないか! 空前絶後のォオ、エターナル・チャンピオォオーォン、そう、その名はァ、ファイナァル、ミルメコレェエオォオ!」


「オォオォオォーッ!」


 地響きのように盛り上がる観衆。

 激しいストンピングは、悲しいかな虫らしいカサカサ音だが、その圧倒的数により耳孔を圧する勢いだ。


 見れば、扉の向こう側はスタジアムになっていて、中央のリングを囲うように観客席がしつらえられ、無数の虫たちが、メインイベントの開始をいまや遅しと待ちわびている。

 それは、ムシのキングを決める丸太のごときフィールド……。


「またこの流れか……」


「しゃおら! セコンド頼むぜ、おまえら!」


 当然のように先頭に立ち、リョージが花道を歩き出す。

 こっそりと付き従う仲間たち。

 そこには四角いリングが口を開け、戦士の登壇をいまや遅しと待ち構えていた──。



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