39 : Day -48 : Shirokanedai
深夜の2時をまわっているというのに、この盛況はなんだ。
あきらかに異常な雰囲気のなか、白金台の「隠れ家的」レストラン『ラトリエ・ドゥ・ジャン・ポール・サガワ』は、絶賛営業中だった。
「おフランスな雰囲気だねえ」
「たしかに、ここにお嬢がいることに、毛ほどの違和感もないが」
チューヤたちが並んで見上げる建物自体、違和感だらけだった。
白金の台地に屹立する、瀟洒な一軒家。
「そういや、この店の話、したな」
つぶやくケート。
ケートが広尾の祖父母と食べに行くのに、近所のレストラン教えてくれよ、とヒナノに問うたところ、まず選択肢として提示されたが、ほどなくみずから却下されたという。
ウェイティングスペースが2階にあり、使い勝手がわるい、と彼女は言っていた。
ただし1階のホールはガラス越しに庭が見え、天井の一部もガラス張りで見栄えは良い、という。
「なるほど。お嬢ともなると、見るところがちがうね」
カウンターとテーブル席がいくつか見える。
いまは満席のようだ。
「なんでもいいから食わせろ、この野郎」
眠気よりも食い気が勝るらしい、ずかずかと入口へ向かうマフユを、一同はすこし頼もしそうに眺めた。
「いらっしゃいませ。現在、満席となっております──」
影のように現れた、表情に乏しいギャルソンが、かしこまって言った。
暗に「帰れよ」と言われている気がしたが、そういうわけにもいかない。
こじゃれた店内。
見まわせば、紳士淑女がステーキを食べている。
だれも、なにも、疑問を抱いているようすはない。
ここに狂気の影はなかった。
ただの日常として、人々はこの景色を受け入れている。
「いや、じつは人を探し」
チューヤの言葉を遮るように、ケートが人差し指を立てて言った。
「待たせてもらうよ。上にウェイティングスペースあるだろ」
ギャルソンに否やはない。静かに2階へと誘導される。
シックな小部屋のような空間に人影はなく、4人はそれぞれの椅子に陣取る。
「どういうことだよ、ケート」
「まあ待て、思い出したんだよ。この店──」
ヒナノによれば、地元ではそこそこ有名なフレンチ。
──彼女は言った。
昼のコース料金は8000円からと、リーズナブルです。白金台という立地上、適正価格かもしれません。まあ、あなたにお金の話をしても、しかたありませんね。
わたくしどもは、アラカルトにいたしました。スペシャリテのトリュフ料理を頼むためです。前菜がやや力不足ですが、タルタルステーキ、野菜のタジン、牛ほほ肉の白ワイン煮、ピエド・コション、まあまあのお味でした。
同行のムッシュもアラカルトで、アミューズの人参のムースにジャガイモの重ね焼き、ムール貝のロワイヤルは価格を考えるとまずまずだそうです。
色々なトマトのデリラントは5種のトマトが盛り付けられておすすめですね。シャーベット、チーズ焼き、イカスミ巻き、フリット、マイクロトマトを散らしたコンソメ、ひとつひとつの料理は凡庸ですが……。
「ちっともわからん」
「ボクもだ」
肩をすくめる男たち。
基本的に男というものは、その手の美食とやらにはあまり興味がない。
一方、女たちにとっては、興味の方向はやや異なるが、「食」というものに対する嗜好は強い。
壁のメニューをガン見していたサアヤは、各単品それぞれ1500~4500円ほどだと理解する。
単品料金でふつーに飯食えるやん、と女子トークで盛り上がっている。
グラスワインは1000円からと安め。グラスシャンパンも2000円と、さほどではない。ボトルは1万円から。
酒豪ヒナノなら、値段より銘柄に注目するかもしれない。
ちなみに夜の値段は、コースで2.5万から。
この場のだれもが、ケートが支払うに決まっている、と信じて疑っていない。
「そうか、いや、しかし」
ふいに顔を挙げたケートが、やや眉根を寄せて言った。
「え、どしたの。まさかケート、割り勘にしようとか言い出すつもりじゃ……」
戦々恐々として、自分の財布を押さえるチューヤ。
ケートは、そんな小市民に冷たい視線を向ける。
「むしろ最初から払わせる気でいることに驚いたが、そうじゃないよ、バカタレ。思い出したのは、この店について海外のサイトに載っていたおもしろい記事だ」
それは、世界で初めて「人肉食を提供するレストラン」と、海外でフェイクニュースになった話題の店だった。
店主の佐川が、フランスで名高い事件と同一の姓だったことも理由かもしれない。
フランス人とのハーフで、淡々と美食をつくりつづけるだけだ、という理想主義者の一面とともに、狂気をも秘めている、という。
「おい、いきなり爆弾ぶっこんでくんなよ」
財布を貫く機関銃を警戒していたところ、脳天から焼夷弾を食らったような顔で、チューヤが言った。
「だからフェイクニュースと言ったろ。ほんとに人肉なんて、あるわけないさ……」
口ではそう言いながらも、彼らの店内に向ける視線の質は、あきらかに変わっている。
──楽しげに食事をする、紳士淑女たち。
彼らの口元に、疑問を持つ方法が見つかった。
彼らは肉を食っている。
その肉は、どこからやってきたか。
牛の肉だ、決まっている。
彼らは牛を殺し、その肉体を切り裂き、生焼けで食っている。
もちろん彼ら自身ではなく、自分以外のだれかに、それをやらせ、対価を支払っているのだが。
なんだろう、この違和感は。
いわく言い難い独特の気配のなかをすべるように、ギャルソンがやってきた。
なにか大きな力を感じさせながら、黒服の男は言った。
「申し訳ございません。本日、終了となります──」
要するに彼は、店の方針として、彼らに退店を求めにきたようだった。
当然、肯んじ得ない。
「はあ? ウェイティングルームまで上げといて、なにをいまさら」
「申し訳ございません。当店はドレスコードが……」
「だから、いまさらって。この制服のどこがわるいの? 勝手に理由をとってつけないで」
苦言を呈するサアヤ。
「いえ、シェフ・ド・キュイジーヌが……」
「キュウもジュウもねえ。さっさと食いもんを出せ」
空腹の蛇に理屈は通じない。
「年齢制限がありまして、成人の確認を……」
「ほう、まさかこのボクが子どもにでも見えると?」
だれより車の運転のうまい小学生、として通用するケートの皮肉。
「どうか、ご理解のほどを……」
「もういいよ、店員さん。俺たちはお嬢を、南小路ヒナノさんを助けにきたんだ。ここにいることはわかってる、さっさと出してくれ」
先刻のマフユをまねて、ビシッと強い口調のチューヤ。
やるときはやる、と周囲の尊敬を集めてもいいんじゃないかな、とこっそりふりかえってみたが、だれにも感動を与えたようすはなかった。
チューヤが視線をもどすと、再び頭を下げるギャルソンの背後から、強い声がかかる。
「おもろいやないか、そいつら、わしとこ連れてこんかい」
下卑た大阪弁。
物語が、再び転がりはじめる──。




