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 しばらく休んで、元気をとりもどしたらしいマフユ。

 力強い足取りで前線に立つと、蛭子に人差し指を突きつけて言った。


「……おい、じじい。ここにサアヤを隠してることはわかってんだ、とっとと出しな!」


 いつのまにハッタリを確信に変えたんだおまえ、と男たちは内心思ったが口には出さなかった。

 どうでもいい話で時間を無駄にした自覚はある。


 だが、意外にどうでもいい話ではなかったらしい。

 蛭子の目には憎悪が宿り、その身体はわなわなとふるえ、視線はチューヤのうえに注がれている。


「よもや、貴様、黒又の、裔とはな……」


「ク、クロマンタ?」


 チューヤにはまだ、はっきりと脈絡がつかみきれていない。


「なるほど、敗北に懲りて賭けを嫌うかよ。さもありなん、か」


 吐き捨てる蛭子の背後に、古い神の姿が浮き上がる。

 それは、未熟に生まれて、捨てられ、憎悪を蓄積したもの。


「知り合いか、チューヤ」


 あわてて首と手を振るチューヤ。


「し、知るわけないでしょ」


 ミシャグジさまがいれば、おもしろいことになりそうな予感はあったが、ここにリョージはいない。

 一瞬、恐ろしい形相で立ち上がった蛭子の身体が、吹っ飛ばされる。

 チューヤたちがハッとして見つめたそこには、新たなガーディアンをまとったマフユ。


「マフユ、えっと、それ、ナガスネヒコ……?」


 チューヤのナノマシンが忙しそうにアナライズする。


名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

ナガスネヒコ/国つ神/44/飛鳥/日本/記紀/虎ノ門ヒルズ


「どうしても力を貸せって言うんでな。なんか近しいもんも感じたし、手を貸してやることにした」


 マフユのうえに、どこぞのマンガのように重なって立つ、なかなかスタイリッシュなナガスネヒコという名の剣士の姿。


 ──ガーディアンのルールをおさらいする。

 ガーディアンは、憑代であるマスターのパラメータを上昇させる効果を基本とするが、これはナノマシンをつけていてもいなくても、無差別に効果がある。古来から「守護霊」は人類を守ってきた。

 ナノマシンがあれば、そこに学習可能な「スキル」が加わる。ガーディアンのスキルを身につけて、悪魔の力を行使する仲間たちの姿を、チューヤも何度も見てきた。


 もうひとつ、学習不能の「特有スキル」というものがある。

 ガーディアンを付け替えた場合には実行不可能となるが、そのガーディアンをつけている状態にかぎり行使可能な能力だ。


 たとえばサアヤの場合、ケルベロスが持つ特有スキル「番犬」は、攻撃回避能力を3倍に上げる。

 基本、どこにでもいる貧弱な女子高生でありながら、これまでの過酷な戦いをくぐり抜けてこられたのは、3倍の速度で「当たらなければ意味がない」を地で行く、地獄の番犬ケルベロスの庇護によるところが大きい。


 また、チューヤのガーディアンであるオオクニヌシの特有スキル「不死身」は、即死攻撃を100%回避する、という卓効を持つ。

 即死攻撃は、HPが「0」を通り越して、突然「-」になる致命的な攻撃のことで、確率は低いが一定の割合で発生する。

 それを100%回避できるということは、悪魔使いにとって戦闘不能になっても「必ず最終ターンが与えられる」という意味だから、ゲームオーバーのリスクがかなり低減される。


 では、ナガスネヒコの特有スキルはなにか。──「分身」だ。

 どこぞのマンガのように、ナガスネヒコが実体化して、本体とともに戦ってくれる。

 その能力は憑代のレベルに依存するものの、使い方によっては戦力が倍加する。

 たとえば現在、マフユに重なって移動しているナガスネヒコは、因縁のある老人をその手で殴りつけている。

 傍目には、マフユが老人を虐待しているようにも見えるが……。


「貴様、ナガスネ。まだ、わしを……」


 憎々しげな視線を持ち上げ、蛭子はマフユを、いやマフユに重なるガーディアン、ナガスネヒコを凝視する。

 ──ナガスネヒコ。

 神武東征シナリオに関係するが、九州から、日本海経由で北陸、東北地方へと進行していった豪族の名として知られる。


 一般に偽書とされる『上記』には、第71代による東征ルートが記されている。

 蝦夷は当時、陸奥の黒川にいたという。

 ナガスネヒコは奈良出身で、新羅の王と組んで侵略を試みたらしい。

 ヤソマガツヒの子孫で、災厄の種、とされている。


 もちろん歴史に親しめばわかるとおり、そこに書かれていることはつねに、逆もまた真である。

 政権を取った側が、旧勢力に立った者を悪役に仕立てた、という考え方は当然すぎるくらい当然なのだ。

 捨てられたヒルコを拾い、陸奥に届けて神格化した。

 ヒルコというカオナシを、ナガスネヒコが拾って育ててやった、という流れも考えられるということだ。


 一種の恩人で、やがて福の神ともなったが、しょせんカオナシはカオナシ、内面の闇が消えたわけではない。

 浄化すれば名のある神にもどっても、現状はお腐れさまに近い。


「ナガスネよ。私はこの国の民を惑わすつもりではない」


 さっきまでの敵意はどこへやら、弱気になって言う蛭子。

 いや、よく見ればしゃべっているのは、マフユ同様、蛭子のうえに浮き上がるガーディアン、コトシロヌシだった。


名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

コトシロヌシ/国つ神/26/飛鳥/日本/記紀/恵比寿


「賭け事の魔窟に変えるつもりであろう」


 問い詰めるような語調のナガスネヒコ。


「これは本質なのだ。すべての人間が、この業を免れることはできない。ならばせめて暴力から離れ、コントロールされた形で、提供してやるべきではないか」


 手前勝手な物言いに、蛭子の正体を知るチューヤは思わず突っ込む。


「イカサマはいいのかよ!」


 最初のギャンブルのときも、おそらくつぎも、コトシロヌシの力が作用して結果は左右されていた。


「飛び抜けた幸運が、勝負にいくばくかの影響を及ぼすことは、自然やむをえぬ」


「その幸運を、親族からも吸いあげて、ねぶり尽くすのは正しいのか?」


 ぐう、と福の神は言葉を飲んだ。

 コトシロヌシは静かに、自分が守護を与える、くたびれた老人を見下ろす。

 この男の上に重ねられた罪を、結果として支えてしまった。

 福の神として、罪は免れぬ。


「弱い者が夕暮れ、さらに弱い者をたたくと、こうなるのかね」


 チューヤが、わかったようなことを言ってみたが、だれも反応はしなかった。

 ──エビスのルーツといわれるヒルコは、もともと親に捨てられた哀れな未熟児だった。

 川に流され、それを拾った原住民に助けられ、祭られて、力をとりもどした姿がヒルガミさまであり、エビスだ。

 すると、この未熟児は調子に乗って、自分たちの支配が正当だと言い出した。


 歴史にはつねに闇の部分がある。

 闇に光を当て、祟り神を福の神に変えてしまおうという思惑も、民衆の側にはあった。

 そうして、たまたま出来上がったエビスという神の裏側には、貴種流離譚に近い物語があり、勘ちがいした征服者のおごりも見て取れる。

 畢竟、調子に乗るなよエビス、となる。


「くそが、こうなったら力ずくだ、福の神!」


 魔力を解放する蛭子。


「なんだよ、結局それかよ」


「無駄な時を過ごした。最初からそうすべきだったな」


「葛藤があったほうが、いろいろ納得する方面もあるでしょ!」


 同時に戦闘態勢にはいる3人。

 だが、ぴたり、と蛭子の身体は動きを止めた。

 そこには、ガーディアンを()()()()人間ではなく、ガーディアンに()()()()()人間がいた。


「この身をささげよう。……それでよいか、邪教」


 コトシロヌシは、静かに蛭子の身体から遊離しつつ、チューヤに向けて言った。


「おやおや、さっすが福の神、潔いざんす」


 気がつくと、チューヤの肩にちょこんと乗っているのは、邪教の味方テイネ。


「なんだおまえ、勝手に出てくるんじゃないよ、リアルなタイムラインに!」


 ほぼ静止した魂の時間ではなく、現状はリアルタイムで進行している。


「わっちの自由でありんしょ。さってな。そしたら、トツカの残骸と、クチナワ、そしてカグツチもといコトシロヌシ。この魔剣合体、レシピに組んでよろしいか?」


 まるで予定調和のように、マフユに重なるナガスネヒコの持っていた十握の剣の破片と、チューヤが手に入れたクチナワの剣を素材として、いけにえ合体のレシピが組まれる。

 いわゆる魔剣合体だ。


 クチナワの剣の先端に絡まりつくように、頁岩の破片が巻き取られる。

 恐怖に目を見開く蛭子の眼前で、魂をつかむような動き。


「バカな、邪教……ヒルガミ、わしを見捨てるのか」


 ぜえぜえと、あえぐ末期らしき老人。


「もともと捨てられていたのだ。もとにもどっただけよ」


 終わりを告げた主従のやり取りは簡潔である。


「ふざけるな、貴様ら、わしの神を勝手に」


 蛭子は怒りの矛先を、邪教とチューヤに向ける。

 たしかに、自分のガーディアンを勝手に合体に使われたら、怒るところではある。

 その叫ぶ老人の口に、黒いエクトプラズムのようなものが詰め込まれる。

 福の神のなかに共存している光の部分が、闇の部分を見下ろして、ため息交じりに首を振っている姿が見える。


「そろそろ、よかろうと。エビスさまもおっしゃってありんす。悪魔使い、決めなんし。やるざんすか、それともお断り?」


「や、やるよ、わけわかんねーけど、やってやんよ!」


「その決断やよし。ほいたら、いくで、ありんすよ」


 一瞬、時間が静止した感覚。

 いつもの邪教合体の雰囲気にまぎれて、クチナワの剣と、蛭子に取り憑いていたガーディアンの影が重なり、混じっていく。


 光が集まり、溶けて消える。

 そこに一本の、剣。


「わが名は、神剣、ヒノカグツチ。今後とも、よろしく」


 そんな声が聞こえた気がする。

 一瞬、手のなかの重みが増す。

 それから、剣は羽のように軽く、チューヤの右手にしっくりと貼りついた。

 ゲーム内でも伝説の武装となっている、最強装備のひとつ、ヒノカグツチだ。


「伝統の名剣ざんす。大事にしなんし」


 邪教の姿が消え、現実感がもどってくる。

 目のまえには、力なく肩を落とす老人が、ひとり。



 エビスは七福神のなかで、唯一の日本オリジナルである。

 しかし、その半分は闇に埋もれている歴史を知る国民は、あまりいない。


 というより、もともと闇から生まれ出たものを、長年かけてクリーンナップして、現在の福々しい笑顔の恵比寿さまに仕立て上げた。

 それが「エベッさん」なのだ。

 日本では、このようなパターンはすくなくない。

 福の神は、しばしば祟り神と紙一重である。


 菅原道真がその代表格であるが、天神さまに祭り上げられるまでは、国家を破滅させる祟り神として、人々をふるえあがらせていた。

 同様のパターンで、崇徳(すとく)天皇や早良(さわら)親王など最凶最悪の祟り神を、くりかえしお祭りすることによって鎮め、神様の地位に放り込んでおく、それによって呪いを回避する、というやり口は、ほとんど日本人的なルーティンワークとさえ言っていい。


 だからエビスが神様としてお祀りされていても、それはそれであたりまえのことだし、けっしてわるいことではない。

 有名な少年漫画のゴールデンパターンにもある通り、最初、敵役として出現してきたキャラが、いつの間にか最高の頼れる仲間になっている、という法則は、目がつぶれるほど読み飽きたことだろう。


 日本国民には、太古の昔から、その手の志向がある。

 だから、黄金のパターンは廃れることなく、現在まで受け継がれている。

 いずれにしても、エビスの根幹に、呪われた生い立ちが絡みついている事実は、永久に変わらない。

 ──その蛭子家は、発田家と姻戚関係にある。


 サアヤの母親が、蛭子家の出身だった。

 とはいえ蛭子家は、実家の実家のようなもので、彼女の父親は分家筋に当たり、本家の集まりに顔を出したことはほとんどないらしい。

 母親ですらそうだから、その娘世代のサアヤには、ほとんど関係のない家と言ってもいい。

 だから彼女が蛭子家直系の天彦を覚えていたのは、ほとんど奇跡的だったと言える。


 目黒区の中心にそびえるタワーマンションは、もともと蛭子家の所有地であった。

 昭和初期までは名門と呼ばれた家系。

 戦争がすべてを台無しにした。

 あらゆるものが奪われた。


 それは「復讐」であったのかもしれない。

 家族のほとんどを「呪い」によって奪われた蛭子家は、最後の「忌み地」だけをその手に残されて、ほとんどすべてを失った。

 あとは滅びを待つばかりだった。


 だが古い地元を知る人々は、そのまま蛭子家を絶やそうとはしなかった。

 「呪い」を管理しつづける「犠牲者」が、どうしても必要だったからだ。

 まるで生贄のように、尊敬はされつつも忌み嫌われ、蛭子家は目黒の一角で細々と生計を得ていた。

 忌み地に建てられた掘立小屋は、いつの間にか神社のように作り替えられ、一時は一種の新興宗教のようにも取り扱われていた時期があったという。


 バブル期、開発計画のなかで、最後まで残された目黒の一等地が、皮肉にも高額で売却された。

 そこは、けっして手をつけてはいけない場所だったから、残されていたのだ。

 たった一か所、そこを買収することが、地上げ屋の最終目標となった。


 ある日、火事が起こった。

 燃え尽きた家からは、黒焦げの肉塊がひとつ、見つかったという。

 家族は全員が逃げ出していたので、死人は出なかったはずだ。

 運が悪ければ死んでいたかもしれないが、さすがのヤクザも、殺してから火をつける、というほどにはリスクを冒さなかった。


 ただ、火をつけただけ。家人は全員が逃げ出していたはず。

 だが、焼け跡からは、人間の遺体がひとつ、出てきたのだという。

 生き残った家人は、知らないと言い張った。

 たまたま家にはいりこんでいた浮浪者の死体だろう、ということになった。

 それが「だれ」なのか、結局、わからなかった。


 だが、近所の人は知っている。

 かの家には「座敷牢」があって、そこがなぜ忌み地と呼ばれたのか、その理由にもなっている呪いを引き受けた()()()が、そこにはいたはずなのだ、と。


 サアヤの母親の祖父、つまりサアヤの曽祖父に当たる、蛭子家最後の戦争を知る世代が、断固として守りつづけた、言い換えれば「背負わされ」つづけてきた土地が、焼き払われた蛭子家の忌み地のなか、タワーマンションへと変貌した。


 そのころには、サアヤの母親の父親、つまり曽祖父の次男である祖父は、実家を出て自分の家族を営んでいた。

 蛭子という名前を嫌ってもいたようで、自分の子どもたちが全員、娘であることを、どこか喜んでいたという。


 蛭子家は、長男が継いだ。

 遺産の大半は、彼が持っていった。

 次男は、かかわるのもいやだ、と言わんばかりだった。


 サアヤの弟が轢き殺されたとき、この祖父は半狂乱になって実家に怒鳴り込んだという。

 おまえたちの呪いが、かかわりを絶ったわしの子孫にまで降りかかっているじゃないか、兄貴、なんとかしろ。

 長男は冷たい表情で、言った。

 知らぬ、ヒルガミさまのなさることに、われわれなどが口を出せるはずもない。そのことは、おまえもよく知っておろうが。


 そうして、再び暗躍を開始した「座敷牢のヒルガミ」が、この近くのどこかに隠れて、サアヤの魂を食い尽くそうとしている──。



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