33 : Day -49 : Ebisu
ケートのカネの力は、じっさいすごかった。
スタンバイしていたヘリはただちに舞い上がり、ガーディアン・プレイスの屋上へリポートに着陸するまで、5分とかからなかった。
歩いても行ける距離なので、そもそもエレベーターで上がればいい場所に、わざわざヘリを使うこと自体がおかしな行為なのだが、金持ちの道楽に突っ込む民間企業戦士はいなかった。
「グッドラック!」
米兵のように親指を立て、パイロットの姿が高く舞い上がる。
高級複合マンションの屋上にヘリが下りれば、何人かは集まってきてもよさそうなものだが、周囲は不気味に静まり返っている。
そもそも、よくヘリが着陸できたな、というくらい、まさに濃厚な「境界線上」の雰囲気がある。
ここから先は、悪魔も召喚しほうだいだ。
「で、どんな占いだったんだ?」
ケートの問いに、チューヤは並んで歩きながら、
「エビスの血」
それを頼りに、恵比寿にきた。
ふたりは話しながら、やや歩調をゆるめる。後方で、マフユの歩みが遅い。
だいぶ体調がわるいようだが、慮ってやることを当人は望むまい。
「リョージとお嬢は?」
「聞いて」
占い師のようなゼスチャーで言うチューヤ。
しかたなく問いかけるケート。
「……お嬢は?」
「シロガネの肉」
「リョージは?」
「メグロの骨」
「なんだそりゃ?」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦じゃよ!」
「……なるほど、占いらしい」
ケートは半ば呆れ気味に言いつつ、屋上と内部を隔てるドアに手をかけた。
この期に及んで──ロックされている。
当然と言えば当然なのだが、足先がにぶった。
「どうすんの?」
「心配すんな。──サラスヴァティを連れてきたぜ、エベッさんよ」
瞬間、ケートの背後に、インド神話の川の女神が浮き上がった。
名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅
サラスヴァティ/天女/62/紀元前/古代インド/リグ・ヴェーダ/天空橋
「また新しいガーディアンかよ。着実に強くなる気、満々っすねケートくん」
チューヤは、ケートとサラスヴァティのコンビネーションに見惚れる。
インド神話とケートの親和性は、文句なしに高い。
「作戦参謀だよ。ここにいるのは恵比寿だろ? だったら、お仲間のやり口は、弁天さまがよくご存じだ」
ケートはにやりと笑った。
「……そういうことか」
この瞬間、チューヤも「七福神」シナリオを了解した。
日本で縁起物として珍重される七福神は、世界中から集めてきた神様の集合体だ。
恵比寿は日本出身で、コトシロヌシを原型とした説が有力である。
一方、弁財天はインドの川の女神サラスヴァティが原型となっている。
──有力な魔法使いであるサラスヴァティの介入により、ケートの目のまえ、かちり、と扉は開いた。
「ごくろうさん」
音もなく扉が開く。
最新設備の高級住宅。
どこを見まわしても、ぴかぴかと光っていて清潔だ。そのぶん、ひどく冷たい感じもする。
気持ち足音を抑えて、3人はビルにはいりこんだ。
チューヤのナノマシンが、的確なオートマッピングで現状を摘出する。
新たなダンジョンを、めずらしい組み合わせの2人の仲間とともに。
そこは奇妙な、雰囲気のある部屋だった。
棚には遺跡から掘り出してきたばかりのような古物が並ぶ。
骨董品趣味と呼ぶには古すぎる遺物だ。
部屋の中央には、巨大なソファに太った老人がひとり。
見方によれば「福々しい」が、なぜかチューヤたちは全員それを「禍々しい」と感じた。
ここが「境界」であるからか、彼らは違和感なく受け入れられていた。
お互いが「その世界」に、どっぷりと漬かっている。いまさらカマトトぶってもしょうがない。
「やれやれ、招待したおぼえはないが」
薄暗い部屋の奥、はじめて聞いた老人の声は陰鬱でかすれている。
「あなたの孫、いえ、曾孫さんを探しているんですが」
チューヤの言葉を、老人はいっさい顧慮しない。
「すばらしいコレクションだろう。弥生時代のものだよ。みんな知っているかな。弥生という名称は、東京にある地名なんだよ。当時は本郷区弥生町と呼ばれていたかな」
老人は、自身よりもさらに古いものを愛好する癖の持ち主のようだった。
現在は文京区弥生と呼ばれる場所から発見された土器にちなみ、弥生時代と名付けられた。弥生式土器の使われた時代、という意味だ。
「こんな部屋にいたら、そりゃ呪われるだろうな」
アマヒコくんの話を聞くまでもなく、ケートは薄気味のわるい部屋を眺めてぼやくように言った。
「サアヤを迎えにきた。出してもらおうか?」
斜め後方から、ややぐったりしつつも、単刀直入に切り出すマフユ。
「…………」
老人は口を開かない。
「ここにいることは、だいたいわかってるんですよ」
ハッタリ気味に鎌をかける。
「親戚として保護している、なんて言い逃れできると思うなよ。こちとら警察のほうから来てんだ、なあチューヤ」
たしかに、警察「のほう」から来た可能性は、ないこともない。
「え、ええ? あ、お、おう。警察沙汰だぞ、こんにゃろ」
腕まくりをするゼスチャーが滑稽だった。
説得力のない高校生たちの三文芝居に、老人はまったく興味がないようだ。
静かに壁に並んだモニターのほうを見ている。
──その部屋は3面が骨董品に囲まれているが、残り一面には十数枚もの画面が、どうやらカジノらしい監視カメラの映像を映し出している。
日本でもカジノ法案が通過し、合法的に運営できるが、画面の「あちら側」のカジノは、あきらかに「こちら側」とは異なる。
「おい、じいさん。さっさと……」
ゆらりと歩き出そうとするマフユの横に立って、チューヤは彼女を支えた。
「おまえはおとなしくしてろ。しばらくは任せてくれ」
ちっ、と舌打ちして引き下がるマフユ。
代わりにまえに出たケートが言った。
「ギャンブルが好きなのか? だったら勝負しようか?」
ぴくり、と老人の眉が動いたのを、ケートは見逃さなかった。
「若いな。意味もわかっていない。運否天賦。軽々しく口にすべきではない」
興味がないように、わざと表情をそらすが、ケートは見抜いている。
この老人ほど、ギャンブルに依存している人間が、ほかにいるだろうか。
そうでなければ、カジノの生中継を何十画面も見つづけて暮らしているなど、どう考えても頭がおかしい。
いや、いずれに転んだところで、この老人はだいぶ頭がおかしいことはまちがいないのだが。
「いいじゃないか、勝負しよう。互いの意志がぶつかったとき、どちらかが折れなければならないとしたら、いちばんシンプルな方法だ。運否天賦とやらで、決めようじゃないか」
ケートの誘いは、甘い甘い水のように、老いた虫を誘った。
あまりにも早く、耐えきれなくなった老人、蛭子の目が見開かれる。
その表情が、にたあ、と歪んだ。
「わしと、運を、競おうと?」
「……まずいぜ、ケート。サアヤもそうだけど、この一族は、やたら運がいい」
サアヤのパラメータ「運」は、いつでも最優先で上昇している。
「そうかな。運が良くても、実力のあるやつには負けるんだろう?」
ケートという天才は、いつもどこかに根拠のない自信がある。
アマヒコくんは、たしかにリョージの実力に対して完敗した。
「そうだけど、でもこれはギャンブルだろ。ギャンブルになったら……」
ギャンブラーの目で、高校生たちをねめつける蛭子。
「そう、ギャンブルだ。おまえらが勝てば、望みを聞こう。しかし、わしが勝ったらどうする?」
「いくら欲しいんだ? 金ならくれてやる」
「金などいらんが、まあいいだろう。有り金を全部置いて、ここから立ち去れ。けっして口を開くことなく。それが条件だ、いいか?」
「いいだろう」
ケートが応じた瞬間の老人の嬉しそうな笑みを、チューヤは不気味に思った──。




