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パンデモニカ / PanDemonicA  作者: フジキヒデキ
きょうの占いハンプティダンプティ
129/384

32 : Day -49 : Kita-ayase


 どういう改造をしたらその速度が出るのかわからないが、とにかく環八から254、環七をぶっ飛ばしてたどりついた、北綾瀬。

 警察に見つからなかったのは奇跡に近い。

 途中、チューヤは何度か「オヤジ早く見っけて逮捕しろよ」と思った。


 石神井公園から北綾瀬、所要時間30分は、じつのところ高速地下鉄である川の手線のほうが早い。

 長い駅間を時速130キロでぶっ飛ばす、異常な路線だからだ。


 が、駅から目的地までの時間などを考慮すれば、バイクのほうが早い。

 なにしろ川の手線は大深度なので、もぐるのにも出るのにも時間がかかる。


「か、帰りは電車で帰らせて……」


 息も絶え絶えのチューヤを、原チャリから引きずり下ろすマフユ。


「帰りだ? バカ野郎、生きて帰れると思うなよ」


「どういうことだよぉ」


 マフユは無視して、電話を耳に当てる。


「ああ、あたしだ。いま、北綾瀬に着いた。ロキ兄は?」


 電話の相手が代わったらしく、マフユの口調も変わる。

 どうやらロキと、なにやら話しているらしい。

 ほどなく、彼女が通話を閉じるより先に開いたのは、占い館のドアのほうだった。


 昼間、チューヤを体よくあしらったオバサンが、へつらうような表情で揉み手しながら、マフユを迎え入れる。

 俗物め……と思いながらも、小市民チューヤはなにも言わずマフユのあとにつづく。


 ──室内は、薄暗かった。




 リリスの占い館『デルフォイ』。

 別名「足立の母」。


 入り口には「γνῶθι σεαυτόν」「μηδὲν ἄγαν」「ἐγγύα πάρα δ᾽ ἄτη」という格言が並んでいる。

 汝自身を知れ、多くを求めるな、無理な誓いはするな。


 現在も政治家が占いを頼り、大会社の経営判断まで左右することがあるが、それは太古からあった伝統ともいえる。

 古代ギリシャの時代、デルフォイの巫女の神託を左右するため、各国の大使クラスが神殿の周囲に集結し、多額の献納、寄付金を集めて都合のいい神託を出させる、という一種の情報戦が展開されていたのである。

 ギリシャ最古の神託所であり、ギリシャ神話のなかにも登場している。


 この店を、駅を支配する悪魔の名は、リリス。

 おそらくこの先にいる占い師は、悪魔の力を手にしているにちがいない……。


「ロキの紹介か。あやつめ、偉くなったものだな」


 そこには、水晶玉をまえに、ひとりの女が座っていた。

 背後には、古いものらしい絵画。

 ジョルジュ・ド・ラ・トゥールによる17世紀の作品「女占い師」だ。

 本物はメトロポリタン美術館所蔵なので、もちろん模写ではあろうが、この絵をここに飾るということは、非常な皮肉かつ含蓄に満ちている。


 中央の若い男に、占い師の老婆がコインをもって話しかけている。

 老婆の話術で男の気を引いている間に、まわりにいる3人の娘たちは、男が身につけている貴金属を奪おうとしている──。

 いわゆる「だまし」がテーマであり、ひとりひとりの視線とその表情が状況をうまく表し、奪う側の緊張感さえも伝わってくる。


 ふと、視線を下げたところで、占い師の視線とぶつかる。

 チューヤは、ぎくりと背中を揺らした。


名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

リリス/夜魔/96/紀元前/メソポタミア/ギルガメッシュ叙事詩/北綾瀬


 重厚なローブで、すこしでも頭を下げると目線は見えない。

 表情は能面のよう。濃厚な化粧のせいで年齢不詳。


 ふいに、女の口元が不気味に歪むのを見た。

 一瞬だけ覗いた舌が、蛇のようにチロリと赤く光った──。




 蛇仲間同士でお話を、というわけでもないが、チューヤは最初、黙って部屋の片隅の椅子にちんまりと座っていた。

 占いは、それほど複雑な魔術回路の行使を必要とはしなかった。

 占い師はただ水晶玉に手をかざし、その奥を覗き込むようにしてから、短く答えだけを言った。占い師らしいのか、らしくないのか、経験値の乏しいチューヤにはわからない。


 サアヤの居所を聞いた瞬間から、マフユは動き出していた。

 チューヤが、ヒナノとリョージのことを聞き出すのに、しがみついて止める必要があった。

 それから再びカタコトの、占い師の短い言葉が終わるのを待たず、チューヤの襟首をつかんで飛び出すマフユ。

 答えを引き出せれば、こんなところに用はない。


 一応、全員の居所だけは聞いた。

 それにしても、どうやらマフユにとって、別の蛇の住処は、あまり居心地のいい場所ではないようだ。


「サアヤは恵比寿か。リョージとお嬢は……」


 『デルフォイ』を背に、つぶやくチューヤ。


「うるせえな、そんなんどうでもいいんだよ」


 やはりマフユにとっての優先順位は、サアヤ一択のようだった。


「待てマフユ、先に落合で話を聞いてきたほうがいいと思う」


 ()()()()()の悲劇は、マフユもその目で見て知っている。


「サアヤの親戚ってやつか? あんなやつ、役に立つのかよ。自縛霊に捕まってて、一歩も店から出られないんだろ?」


「まあ、そうだけど、蛭子家の住所は彼に訊くのが早いだろ。それ以外にも、なんか役に立つ話が聞けるかもしれないじゃん」


「しかたねえな、住所がわからんことにはどうしようもない。行くぞ、さっさと乗れ」


 原チャリに引きずり上げ、落合を目指す。

 マフユがめずらしく部活後のイベントに付き合ったのは、まるでこのためであったかのようだ。




 天彦は元気だった。

 自縛霊たちに店に縛りつけられ、機械のようにベンサンを発送している姿を、元気と呼んでよいものならば。

 いじめっ子気質のマフユに締め上げられるまでもなく、天彦は素直に答えた。


「蛭子家ですか、それなら恵比寿駅前の……」


 チューヤは短くサアヤのことを話したが、天彦が従妹のことを心配しているような気配はなかった。

 彼にとってサアヤは、死にたくても死ねなくしてくれた、おせっかいな親戚にすぎない。


 長居はせず、再び引きずられるようにして原チャリに乗せられた。

 目的地は非常にわかりやすく、チューヤほど地理勘のないマフユにも、説明するまでもなかった。

 ──蛭子家の当主は、有名なところに住んでいた。

 まさに駅前ど真んまえ、恵比寿ガーディアン・プレイスのメグロ・セントラル・エステート、最上階ペントハウス。


 大金持ちしか住めない場所に、蛭子家の当代当主が()()()()住んでいる、という。

 じっさい、天彦をはじめとする家族一同は、マンションからやや離れた場所にある一般的なアパート暮らし。

 蛭子家では、当主のみが絶大な力を握っている。それ以外の家族は奴隷に近い。

 そういう認識でいいようだった。


「その爺さんに、サアヤが捕まってるってわけか」


「いや、占いによれば、エビスの血、としか」


 その断片的ワードから、サアヤの血族で恵比寿に住んでいる人、という連想をしたにすぎない。

 しょせん占いといってしまえば、占いなのだ。


「とにかく、なんか知ってんだろ。締め上げてやる」


「待てって。ここ、超高級マンションだぞ。セキュリティもすごいんだから」


 部屋番号を押す。

 しばらくして、召使らしい女の声。

 来意を告げると、しばらく待たされ、


「お話しすることはないそうです。お引き取りください」


「ああ? ざけんじゃねえよ、てめえの孫のことじゃねえのか」


「正確には、ひ孫にあたるらしいぞ」


「どっちだっていいわ。そのクソ爺がなんか知ってることはわかってんだよ! さっさと開けないとヤクザ呼ぶぞ!」


「そのまえに警察呼ばれるぞ」


「なんだっていいから開けろ、このクソ……っ」


 ぷつん、とインターホンが切れる。

 警備員室の動きがあわただしい。


 ──立往生の気配。

 顔を見合わせるチューヤとマフユ。

 この場合、チューヤが問題の解法を導かなければならない役割を担わされている、ということなのだが、彼も万能ではない。

 むしろ彼は、ただの一般市民だ。




「まったく、キミらはほんとに、なんにもできんコンビだな」


 聞きおぼえのある声にふりかえった視線の先、小さな身体に巨大な存在感をまとわせて、ケートが立っていた。

 いまにもマンションに向かって暴れだそうとしているマフユを、必死で押さえていたチューヤにとって、ほとんど救世主に近い。


「ケ、ケートー、待ってたよー、ホントだよー」


「なつくな。……おい蛇、あまり動くと死ぬぞ」


 普段着のケートは、冷たい視線をマフユに転じる。


「あ? 礼は言わねえって言ったろ。脅しも聞かねえ」


 制服のマフユは、そっぽを向いて言った。


「ふん。まあ、死ぬのは勝手だが。……よく見ろ、屋上を」


 指さすケートに従って見上げ、情けない声を漏らすチューヤ。


「高すぎて見えないよ……」


「ナノマシンを起動しろ。あの場所だけ、常設の境界化だ。あきらかにおかしい」


 ケートの指摘が当を得ている事実に、チューヤたちも気づく。


「そ、そうか。なるほど、たしかに。それで、どうすんの?」


「いちばん近いのは六本木のヘリポートだ。行くぞ」


 ふりかえった場所、高級車が一台。

 顔をゆがめるチューヤ。


「おいまさか、おまえ運転すんの」


「だれか呼んでもいいが、急いでるんだろ?」


 飄々と言い放つケートが立ち止まる気配はない。


「六本木なら日比谷線で2駅じゃんかよぉ、それにケート無免許じゃんかよぉ」


 アメリカの免許は、ケートが18歳になって手続きするまで、日本では無効だ。


「さっさと乗れ、野郎ども、モタモタすんな」


 しかしサアヤを助けるためなら、どんな毒も食う覚悟のマフユの行動はすばやい。

 結局、彼らはトントン拍子に、目的地の上空を目指すことになった。



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