28 : Day -49 : Higashi-ginza
月曜日、いつもの電車に、いつものメンツがいない。
それは当然のことのようにも思われるが、やはり違和感はある。
チューヤは一応、母校のある石神井公園駅を経由して、そのまま銀座へ向かった。
「遠まわり」を嗜好する彼としてはめずらしく、直行だった。
──東銀座。
いつもと変わらない世界で、アトロポスを呼び出す。
直接知っているのは彼女だけだ。
ナノマシンは通常どおり、稼働している、が。
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淡々と報告する、脳内の悪魔相関プログラム。
あちら側を引き寄せる、いつもの魔法陣が展開しない。
駅から境界へのルートを開くこと。それは既得権だと思っていたのに。
むこうが拒絶すれば、はいれないということだ。
銀座3駅すべてに拒絶され、チューヤは途方に暮れた。
2丁目、銀座マロニエ通りとの交差点で、立ち尽くす。
銀座発祥の碑を眺めながら、思考回路を再編する。
──刑事なら、渋谷の現場にもどる、か。
近所のショップで新しいスマホを調達し、SIMを差し替えて、ネットワークからデータを復元する。
ニュースサイトでは、さすがに渋谷の件が報道されているが、事件の規模に比較して、あまりにも控えめと言わざるを得ない。
ヘッドラインに隠れるように、「穏田」の文字を見つけて開く。
行方不明と異なり、爆発的な現象を伴った穏田の家では、なんらかの事件が発生した模様、として非常線が張られている。
ことごとく死体が見つからないとはいえ、膨大な数の人間が行方不明になっている。
さすがに騒ぎになっておかしくないが、現に起こった爆発のほうに人員を割かざるをえないのが、警察という組織だ。
チューヤは電話アプリを開き、数少ない登録番号から「父親」を呼び出した。
文字どおり「父親」と表示されている。そう書かないと、そうであることを信じられなくなる、とでもいうかのように。
「なんだ」
回線の向こう、父親の開口一番。
「渋谷の非常線、どうなってんの?」
ぶっきらぼうに慣れている息子も単刀直入だ。
しばらく無言。それから、
「情報があるなら言え」
「こっちが訊いてんだけど。……サアヤとか、ほかの友達も何人か、行方不明だ」
チッ、というわずかな舌打ちを、チューヤは聞き逃さない。
「そっちには警備が出張ってる。本庁からも鑑識は出てるが」
「現場じゃ地面の陥没とか言ってるけど」
「爆発物の可能性がある」
「住民に避難、警告してないよね」
「だれも信じちゃいないからな、爆弾なんて」
自嘲気味な声音に、深刻な自家撞着が透けて見える
爆発物処理班をもつ警備部機動隊が出動しているのは当然として、父親は鑑識との連携を重視しているらしい気配が見えた。
彼は、どんなシナリオを想定しているのか? もちろん、なにかを決めつけて捜査するのは、見込み捜査といって推奨されないのだが。
「……警察は、どこまで?」
「…………」
おまえこそ、どこまでだ?
父親からの無言のプレッシャーに、先に音をあげるのはいつでも息子だ。
「俺の尾行が外れたのは、なんで?」
「……バラバラ事件についちゃ、第十方面に資源を集中するって判断だ。一課が大挙して出張ってる」
生粋の一課でありながら、やりすぎ捜査で四課に飛ばされた父親としては、隔靴掻痒だろう。
現在は第六方面で、ヤクザの捜査をしているはずだ。
第十方面は、北区、板橋区、練馬区だが、被害者の勤務先と事件現場を含むエリアであり、赤羽で類似事件も起こっている。
経堂で撮られた監視カメラの映像から、重要参考人のヤサも割れている。
捜査資源を王子から赤羽にかけてのエリアに集中的に投下、という判断は妥当だ。
「あの……デブ野郎が、犯人ってこと?」
マカーブルの投げた人体の断片を拾って、駆け抜けていったキモヲタの姿が脳裏をよぎる。
人体をバラして、理想的なパーツを組み上げる。
既存のアイドルでは満足できない、圧倒的な狂気を宿した、ドルヲタの行きつく果て。
「学校はどうした」
父親からの言葉には、話を切り上げたい、という意図が十二分に汲み取れた。
しばらく考えている間に、通話はむこうから切られた。
通話終了を告げる画面を眺め、呆然とするチューヤ。
これでも父親か……?
一瞬、そんなことを考え、唇を噛んだ。
──渋谷の陥没した家に、俺が殺した、あんたの嫁がいたぜ。
そう言ってやったら、すっきりするのかな。
そんなことを考えて、チューヤは頭を振った。
いまは、そんなくだらない親子の葛藤に、時間をつぶしている場合じゃない。
銀座から渋谷を経由し、転じて向かった先は、綾瀬。
チューヤのこの行動には、理由がある。
行き方に暮れたら、占いだよ!
そんなサアヤの言葉に、よもやすがりつくハメになろうとは。
「ええと、北綾瀬の母、だっけ……?」
駅周辺情報を検索する。
占い館の情報がヒット。GPSと連動する。
──北綾瀬は静かな街だ。
足立区の一角で、治安云々言われる向きもあるが、真夜中はともかく、昼間は静かな下町という印象しかない。
その占い館は、駅からすこし離れた商店街の片隅にあった。
はいろうとして、足を止める。
営業時間もなにも書いていない。だが、真昼間からやっているとも思えない。
この手の店の営業時間は、夕方から夜にかけて、のような気もする。
ドアに手をかけたとき、それは向こうから開いた。
静かな表情のオバサン。
無表情に近い落ち着いた能面のような顔を動かし、彼女は言った。
「ご紹介ですか?」
「え? いや、あの」
「当店は、ご予約とご紹介以外のお客様を、お迎えしておりません」
そのまま、静かに閉ざされようとするドア。
チューヤはあわててドアを押さえ、
「すいません、緊急なんです。どうしても、友達が行方不明で」
「ご予約ですか?」
「だから、あの」
「当店は、ご予約とご紹介以外のお客様を、お迎えしておりません」
ボイスレコーダーのようにくりかえし、女はそのままドアを閉じた。
女とは思えない強い力で。
ドアのガラス部分にかかっていたカーテンが引かれ、内部のようすはわからない。
しばらくその場に立ち尽くしていたチューヤは、目を閉じ何事かを考える。




