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「そのまえに、月齢って、なによ?」
なんとなく話題をもどすチューヤ。
──月齢ルールとは、つぎのようなものだ。
境界では、歩くごとに刻々と「月齢」が変化する。特殊な時間の流れに放り込まれていて、エキゾタイトの「反応」が変化する周期のことだという。
この「バイオリズム」が、属性──ダーク、ライト、コスモス、カオス──に対して、微妙な影響を与える。
たとえば満月時に、ライトの悪魔を合体させた場合、パラメータにプラス補正がかかりやすい。新月時ならダークだ。
「合体した悪魔のレベルが、ちょっと上がった状態でスタートする可能性が高まる、ってことざんす」
最大10%の範囲で、初期レベルが上乗せ補正されるかもしれない、という。
「かなり基本的なルールだね。それ、いまさら教えんの」
チューヤが、やや恨みがましく言った瞬間、
「マスプロ教育の弊害が! いつでも、どこでも、だれにでも、正解を教えてもらえるなんて思うな! 答えは自分で見つけるもんなんだよ、このゴクツブシがァ!」
ぱーん!
と平手打ちを食らって吹っ飛ぶチューヤ。
「お、おやじにも……」
「ああ!?」
「す、すません、勉強になりました。……たしかに地味においしいね、月齢補正」
ナカマたち全員、月齢の影響を受けるが、それは敵も同じことだ。
「なんす。やよし、もっと大事な問題は、ボス戦にはいるタイミングざんす」
最大でもたかが10%程度、という見方もできるが、敵味方、相互に反対の属性であれば、相対的には20%の補正を受けることになる。
これは小さくない影響だ。
「悪魔使いとしては、踏まえておかなければならない戦術的要件ですな」
チューヤはあらためて時計を見る。
ダーク・コスモスの死神ヘルに対して、月齢は現状──13夜、ギボス・ムーン。
まるで計ったように、敵の力が10%の減殺を受けている。
いや、おそらく時の女神が計ってくれたに相違ない。
「ライト・カオスの悪魔でそろえれば、こっちが相対的に20%有利ってことか」
「なんす。とくにボス戦では有用な戦略ざんすね。ま、ニュートラルでそろえれば月齢はほぼ関係ありんせんから、ザコ戦とかは、そっちのほうが楽かもねむ」
「そう考えると強いな、ニュートラル」
「このルールは大事ざんすよ。とくにジャバザコク行ったときには、心して進んだほうがいいざんす」
「だからさ、なによそのジャバなんとか」
物理的な世界で地図を広げることはいっさいできないが、代わりに記憶を空間に投影できるのが、魂の時間の便利なところだ。
チューヤも見たことのある、リョージの父親が絡んでいるという新宿・恵比寿ルートの図面。
その恵比寿側から先の東側エリアが、黒塗りで表現されている。
ここがジャバザコクである、という──。
「入口になっているガーディアン・プレイスに行けばわかりなんしが、その先にはガーディアンが入れないざんすよ。だから、あの姉妹が下僕に使うとしたら、悪魔使いしかなかったのかもねむ」
ひとりかもねむ、のように言う、エセ柿本人麻呂。
「その、ほかに選択の余地がなかったから、しかたなくあんたを指名した、みたいな言い方はやめろ」
憮然とするチューヤ。
テイネは軽く肩をすくめ、
「地質図は見たざんしょ? 正規品なら出てるはず、恵比寿から白金に広がる地底の王国、ジャバザコクが」
「いや渋谷と新宿しか見てないし。恵比寿にもあんのかよ」
「地下なんて東京中にあるに決まってんし。なかでも地球最大の地下帝国ざんすよ、ジャバザコクは。カッパドキアとか目じゃないかもねむ」
「その、かもねむ、やめろ。腹立つ。しかし、先は長そうだな。室井さん、このゲーム、クリアできません……」
天を仰ぐチューヤ。
その口走った名前に、テイネはやや邪悪な笑みを浮かべ、
「室井? ああ、あいつ。くくく……あいつに会いたかったら、南千住行くといいざんす」
「三茶じゃないの?」
「あちら側のあいつの話。あの姿見たら……くくく……笑っちゃうざんすね」
下品な笑いをするテイネを見て、これはきっと笑える話ではないんだろうな、とチューヤは思った。思いはしたが、基本的に笑顔の相手とは腹を割って話せる。
「わるいけどさ、俺あちら側に行く予定とか、あんまりないんだけど」
「はあ? いまさら手遅れざんす。境界ってのは、しょせん中間地点なんし。便利な空間ではありんすが、こんな辺境をいくらウロチョロしたところで、問題の根本に、たいした影響はありんせん。
悪魔はこちら側を攻めてくるし、反撃するなら、あんさんみずからあちら側へ行かなきゃいけなんし。当然ざんしょ?」
「…………」
心からお断りしたいが、そういうわけにもいかない、いろいろな宿命やしがらみ、借り、義理と人情というものを背負わされている。
「だいぶ無駄っ話をしちまったざんす。さっさと合体しなんし」
テイネが止まった時間に視線を送り、軽く両手を開く。
意識をもどしたチューヤは、一瞬考えてから、すぐに嘆息する。
「わるいけど俺、もう死んでんだよね」
中空に浮かぶ「HP 0」という冷酷な表示。
これは、彼がすでに死亡していることを意味する。
「死んだら墓へ!」
「あいよ! って余計なお世話だ。ま、そんなわけで、もう意味ないだろ、合体とか」
邪教は、やれやれと深く息を吐き、首を振る。
「あんさん、トーシロざんすか」
「わるいけど、そうみたいね!」
「じゃ、サルでもわかるように、教えるざんす。悪魔使いは、死んだらその魂を契約している悪魔どもに食われて、二度と復活しないざんす」
「絶望的な話を、どうもありがとう!」
「で、その最後の魂のやり取りをするための時間が、最終ターンに残されているざんす」
「……最終ターン?」
ものすごく重要なキーワードが、最後の最後にやってきた、と自覚した。
悪魔使いにとって、最重要かつ最終的な要諦。
「あんさんが仮に死亡した、このターンざんす。ルール上、ナノマシンに感染した悪魔使いは、そのターン終了までは、完全には死ねない。
もちろん行動は不能なんしか、悪魔使いのバヤイ、完全に死ぬまえに、契約した悪魔たちとのあいだで処理すべきことが、もろもろあるざんしょ?」
「死後処理の話かよ。魂くれてやるとか、そういうこと?」
「このまま死ねば、そうなるざんすね。ターン内でリカバリできなければ、永遠にサヨウナリー。人も悪魔も、死んだら生き返らないでありんす。瀕死のうちに、やることやんなまし」
人も悪魔も、死んだら生き返らない。
このルールだけは絶対なのだが、チューヤの「HP」は「0」であり、完全な死を意味する「-」ではない。
つまり現状、蘇生可能な仮死状態なのである。
そして悪魔使いは、その仮死状態のあいだに1ターンだけ、悪魔を再編成して使役するチャンスがある、という。
「……リカバリ? できんのか」
「ざんす。悪魔を合体して、必要な陣容を再構築しんなまし」
ふりかえれば、ナカマたちが見ている。
このチューヤという悪魔使いは、ナカマを犠牲にすることなく、みずから死を選んだ。
こやつのためなら、働ける。
レシピを求める雰囲気が伝わってきた。
悪魔使いは死んでも、同一ターン内でリカバリが可能。ゲーム的な処理だとばかり思っていたが、邪教システム内では可能のようだ。
もちろん失敗すれば、こんどこそ本当に死ぬが。
「そのまえにできることが……ある」
「レシピは浮かんでるざんしょ。並の悪魔使いじゃないこと、証明しなんし」
4体同時召喚というメリット。
ナカマたちの信頼。
そして、悪魔全書。
「悪魔、全書?」
「毎度ありー! こういうところで商売しないと、うちらも営利企業ざますからね」
「だいぶまえから商売っ気たっぷりだったろうよ」
的確な突っ込みを無視して、邪教テイネは強制的に新たなプラグインを追加する。
「金の切れ目が縁の切れ目! 全書からの召喚には、それなりの対価を支払ってもらいんす。まあ命の値段と思えば安いもんざましょ」
「そうか、足りない種族もあるから、補完できるのはありがたい」
通常、悪魔は交渉でナカマにするが、一度ナカマにした悪魔については、対価を支払って邪教システムから召喚できるという。
素材さえそろえば、現在のレベルなら、新たにつくれる悪魔がいくつかある。
「相手の強さ、属性、ナカマのレベル、タイプ、組み合わせ、スキル継承、より強く、みんなで……」
チューヤの脳内で、戦闘のレシピが組み立てられていく。
──これが「悪魔使い」というものだ。
顧みた場所では、バステトが満足げに笑っている。
前回、死体合体を強行して失った信頼を、どうやら完全回復することに成功したようだ。
この悪魔使いになら、使われてやってもいい。
そういう信頼関係を築くことが、一流の悪魔使いの第一条件。
「了解、んじゃ……いくぜ、ナカマたち」
天性の悪魔使いだけが引き当てられる、究極のレシピを紐解いて──。




