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 フェードインしてくる、どこぞで聞いたことのあるBGM。


「──いまでは、わっちも邪教さん。悪魔使いにあげるのは、もちろん邪教の味方オリジナル。なぜなら彼もまた、特別な存在……には見えんせん、あんさんあいかわらずシケたツラしてんすなー」


 このテキトーな廓言葉。


「……邪教!? な、なんでおまえ」


 目前のヘルの動きは、完全に静止している。

 チューヤに致命傷を与えたことで、心から満足の表情だ。

 だが、戦闘が終了したから止まっている、というわけではないらしい。


 先週、代理教師の攻撃で殺されかけたときと、まったく同じだ。

 今回は、()()()()()()()()ことが、前回との微妙な(?)ちがいではあるが。


「なんでもクソも、あんさんが呼んだからでありんせんか。……こほん、悪魔が集えば邪教の味方が、よぉうこそ」


 定番のあいさつをして、邪教テイネはくるりとまわった。

 チューヤは、胸のポケットに入れておいたスマホを取り出すイメージをした。

 彼は魂の時間にいるので、現実の肉体はピクリとも動かない。

 それでも情報だけは取り出すことができる。現世のチューヤがもっていたスマホは、先刻のヘルの一撃で、完全に砕けていた。


 やはり、スマホから出てきたというわけではないらしい。

 では、どこから現れたのか?

 チューヤは、周囲をきょろきょろと見まわす。

 こいつが出てくる以上、近くに鍋があるにちがいない。


「なにを探しなんす?」


「鍋」


 すると邪教は、ふふーんと高飛車に構え、


「だから言ったでありんせんか。わっちの売ってやった鍋、素直に使っていれば、こんなことにならずに済んだんざんす」


「そ、そうなの? あの鍋、どういう動力よ」


「ピラミッドパワーでありんす」


 テキトーなこと言うんじゃねーよ、という視線を受け、テイネはコホンと咳払いをして、


「とまれ、デジタルに頼りすぎると、そうなるざんす。反省しとくんなまし」


「で、鍋どこよ?」


「邪教がつねに鍋とともにあるなど、誤解も甚だしいでありんす。──その懐の時計を、よく見るざんすよ」


 邪教に言われ、愛用の鉄道時計を見る。

 瞬間、愕然とした。


「な、なんだこりゃ。これ、俺の時計じゃねえ!」


 絶叫するチューヤ。

 手触りその他、祖父の形見と寸分ちがわないが、こんな仕様はあり得ない。


「や、それはあんさんの時計ざんすよ。ちょいとした女神のいたずらで、ムーン・フェイズが追加されてるだけで」


 おしゃれな時計などにはよくついている、月齢を表示する機能が、なぜか時計の6時部分、スモールセコンドの上に表現されている。


「だからそういうの追加されてるから俺のじゃねーっての! 杉田さん、なんも言ってなかったし」


「脅されて言えなかったんじゃーありんせん? もしくは、()()()()()介入したのかも。()()()()は、必要ならなんでもするし、できるざんす。時を紡ぐ、運命のモイライ3姉妹でありんすよし」


 チューヤの脳裏には、銀座を逍遥したときに出会い、すれちがった女神たちの残影。


「か、勝手に魔改造とか……時を止めて?」


「先刻、会ったばかりでありんせんか、銀座3姉妹。言うてなんしたぇ、あんさんのこと。たぶん、あんさんにやらせたい仕事があらはるんでっしゃろ」


 廓言葉にテキトーな関西弁を交えた時点で、だいぶ怪しいが、


「あのドロドロ3姉妹から、なんも引き受けたおぼえありませんけど! というか、仲間たち全員、連れ去られた被害者ですけど!?」


「ドロドロでありんすか。ま、言いえて妙ざんすな。姉は泥沼、妹は泥酔、まんなか次女は泥の虫、という川柳で知られる姉妹ざんすから」


 くふふ、と笑うテイネ。

 いやな表現だな、とチューヤは心から思った。

 妹の泥酔っぷりには接した。

 姉の泥沼というのは、いきなり「好き」とか言い出すところだろう。会う人会う人、そんなことをしていれば、そりゃドロドロ修羅場にも沈み込もう。

 次女の「泥の虫」とは? お菓子に関係あるのだろうか。


「サアヤが、そのお菓子に釣られていったんだけど」


「ええもう、いろいろ考えてるのは、お菓子大好きお姉さんのほうでありんしょ。とにかく、その時計は、おかげさんで、あんさんに必要な機能を全部、そろえたざんすよ。よっく見なんし」


 見た目は、スモールセコンドに月齢の影が浮き上がって見えるだけで、それ以外に変わった部分はない。


「……竜頭か?」


 しばらくいじってから、竜頭に違和感をおぼえた。


「まだ押したらダメなんし。時が動き出しますぇ」


「押せるの?」


 この止まった時間のなかでは、肉体は微塵も動かせないルールのはずだ。

 それ以前に、19セイコーの竜頭は、まわしてねじを巻くか、引いてまわして時刻を調節する以外に、機能はない。

 本来「押す」ことはない時計なのだ。


「そもそも、あんさんが押したから、邪教プラグインが起動したざんす。こちら側では、もちろん物理的には指一本、動かせまへん。時を止めて攻撃するとか、そういう少年漫画は別のところで読みなんし。物理空間の時間と魂の時間は、まったく別やよって」


「わかってるよ。むしろ魂の時間を使って落ち着けるってだけで、チートだと思えるくらいの現実感はもってるつもりだ」


 一般的なRPGでは、行動を選択するまで時間が止まってくれる。

 本来、そんなことはあり得ないが、ゆえにこそゲームのなかでは、だれもが勇者になれる。


 リアルタイムで戦場を支配する必要に迫られた悪魔使いにとって、魂だけの時間の停止であっても、非常にありがたい。

 しかもこの時間には、()()()()()()()()


「……竜頭を押す仕様って、懐中時計によくあるケースの開閉装置だよな」


 いわゆるハンターケースに使用される開閉ボタンだが、19セイコーに風防面を開閉する仕様はない。


「そう。開閉の代わりに、邪教が起動するってわけざんすね。蓋ではなく、魂の開放、って呼んでくれてもよいかもねむ。時を止めて合体する、っていう仕様は運命の女神の協力なくして、成立しなかったよし。こんど銀座行ったら、お礼を言っておきなんし」


「そうするよ。しかし、すげえ進化してんだな、この時計……」


()()()()()()時間を知るには、もう機械式しかござんせん。何百年も先まで使える信頼性は、電池やクオーツには無理ざんす。──そんな電子機器がなくても、じゅうぶんに戦える状態に、あんさんはならなあかんよし。だれのためかは存じんせん」


「……自分のためでしょ」


 何者かに、いいように使われるコマネズミのような自分が脳裏に浮かんだが、ただちに振り払った。


「ちょっと見せるざます。……ははあ、奢ったなあ! ジャーキヨウンじゃありんせんか、このムーヴメント。うわあ、本物を見るのははじめてだあ! 世が世なら王侯貴族しか使えなめし」


「なめしじゃねえよ。なんなんだ、それ」


「わかりやすく言えば、トゥールビヨンとミニッツ・リピーターとパーペチュアル・カレンダーを足して、3をかけたみたいなもんざます」


 テイネの鉄道時計を見る目は、マネーのマークになっている。

 よほどの値打ちものらしく、盗まれないように気をつけなければならない、とチューヤは強く思った。


 トゥールビヨンは、懐中時計がさまざまな姿勢をとることによって、発生する進度のズレをキャンセルする機構のことだ。

 高級時計で知られるフランスの時計師ブレゲが開発した。

 21世紀にはいり、量産技術が確立されて10万円を切る価格のものもできる一方、さらに複雑な立体回転機構などをもつものなど、多様化が進んでいる。


 ミニッツ・リピーターは、平たく言えば、ただ音で時間を知らせるだけの機構なのだが、機械式時計の複雑三大機構のなかではもっとも複雑といわれる。

 電池式でつくれば数万円か、場合によっては数千円で買えるが、機械式高級時計では数百万から一千万円以上もする。


 パーペチュアル・カレンダーは、いわゆる永久カレンダーだ。

 手動での操作不要で、月ごとの日数差はもちろん、うるう年の修正もしてくれる。

 ただし鉄道時計に日付の機能はないので、おそらく異世界の弾力的な月齢に対応した部分を指しているものと思われる。


 ──要するに、高級機構の塊だ。


「ほう、つまりお高いんだな?」


「……この時計、10万マッカインで買い取るざますよ?」


「100万でも売るか、あほたれ」


 じっさい冷静に見れば、1000万くらいの価値はある。

 それを10万で買おうとするテイネの性根は、ほんとうに腐っている。


 高級時計といえば、パテック・フィリップ、オーデマ・ピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタン、といったメーカーが知られている。

 かのナポレオンも顧客だったといわれる、ヴァシュロン・コンスタンタン。その有名なモットーは、Faire mieux si possible ce qui est toujours possible(可能ならさらに上を。そして、それはつねに可能だ)。

 史上最も最高級の時計は、パテック・フィリップのヘンリー・グレーブス・スーパーコンプリケーションで、24億7000万円といわれる。

 いずれも、完全な美術品といっていい。


 より高級に、複雑さはいくらでも追加できる。

 が、時計は美術品ではない、と考える人もいる。


 観賞するためにケースに保管するだけなら、強さは必要ない。

 だが鉄道時計は、毎日、使用するために持ち歩く。

 つねに強度が必要だ。

 そこで、時計マイスターたちによって開発されたジャーキヨウンは、日常に邪教を使い倒すべく設計された、時の女神の側に立った最高級ムーブメントである、といわれる。


「これさえあれば、どんな環境でも時間を止められるざますよ」


「指一本動かせないけどな」


「そりゃそうざます。時間を止めて合体できるだけでもチートだと理解しんなまし」


「なましてるよ。とにかく……」


 チューヤはとりあえず腰を下ろし、新たな情報に備えた。

 魂の状態では、座るというイメージだけで、椅子が出現する。


「それで、このムーン・フェイズの意味は?」


「それ、いちばん大事でありんす。邪教月齢ルールは、この物語最大の重大設定といってよろし」


「おお……」


「いや、ちょっと言い過ぎんした。開発者がジャバザコクにいんすから、会っておきなんし。邪教システム中興の祖、ジャミラコワイといえば、だれもが知る人ざんす」


「ジャズなナンバーか?」


「芸名の由来は知りんせん。どうせ行くんざんしょ、ジャバザコク」


 どうやら、行かないわけにいかないらしい……。



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