表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/384

25


 すたすたと、女がやってきた。

 非常に化粧が厚く、個性的な顔立ちをしている、年齢不詳の女、という印象。

 どこかで見たことがあるような気もするが、思い出せない。

 一度見た列車なら忘れないのだが……。


 彼女はまっすぐにリョージに近づくと、必要以上に近い間合いに立って、リョージを見上げる。

 つぎの瞬間、


「好き」


 と言って、彼の肩に顔を埋めた。

 ぽかーん、とする同級生たち。


「え? あの、はじめて……」


「好きぃ。結婚して」


 女はリョージの身体を抱きしめ、甘えた声で求婚した。


「リョーちんがまたやってるよ……」


「また……?」


「モテるんだからしょうがないよ、なーリョージ」


 視線の先、どうしたらいいのかわからないリョージの足元が、ずぶずぶと埋まっていく。

 なぜもっと早く気づかなかったのか、気づいてもなぜ行動しなかったのか、できなかったのか、このような結果を逃れる手段はあったのではないか。

 さまざまなことを考えるのも、すべては後の祭り。


 リョージの身体がさっぱりと見えなくなって、一同はどこか毒気を抜かれたように、茫然としていた。

 そうしている間に、つぎの女がやってきた。




 彼女はあたりまえのようにやってきて、あたりまえのようにヒナノの横に立った。


「おーとーこーなんて、バブリーシャスー♪」


 少女は歌いながら、赤ワインのボトルを乾杯するように掲げる。


「あ、あなたは」


「やあ少年、久しぶり」


 ちらりとチューヤを顧みる少女は、銀座の女神、アトロポスだ。


「きょう会ったばかりですけど」


「正確には、きのうだね。時の女神に、時をまちがえたらダメよ」


「だれですか、あなた。わたくし、存じませんわ」


「まあまあ、とりあえず一杯いかが?」


 かぐわしいワインの芳香。

 アトロポスは、自分の持っていたグラスになみなみと注ぐと、もうひとつのグラスをヒナノにわたした。

 本能的に受け取ってしまうヒナノは、ヨーロッパでは「酒豪」と呼ばれているらしい。


「お、お酒はダメだよ、ヒナノン」


「あたりまえです。わたくし、法令は遵守いたします」


「残念、ここは境界だから、日本国の法律は通用しないんだなー。……うちの姉が、ごめんねー」


 ごくごくとワインを傾け、うまそうに喉を鳴らすアトロポス。


「姉? もしかして、さっきの」


「クロト姉さんは、とても惚れっぽいの。許してあげてね。たぶん彼、初対面だから」


「そ、そうなのですか」


 どこか安堵し、半ば心を許す。

 その手のグラスに、アトロポスがどぼどぼとワインを注ぐ。

 ヒナノは慌ててグラスのバランスを取りながら、


「ル・パンですか」


「そそ。こいつめは、とんでもないものを盗んでいきましたぞ。私の心です!」


 アトロポスは楽しそうに言って、超高級ワインをごくごくと飲み干す。


「品のない飲み方ですね。こういうものは、もっと品よく傾けるものです」


 ヒナノはグラスをまわし、手慣れた所作でテイスティングする。

 ボルドー・ポムロール地区のシンデレラワインとして有名な、高額ワインだ。


「いいねー、まあ男のことなんか忘れて、ぱーっと飲もうじゃないの」


「いえ、わたくしは……」


「まあまあ、こっちにいいラウンジあるから」


 見る間に、姿を消すヒナノとアトロポス。

 唖然として、言葉も出ない。




 つぎにやってきた、甘ったるい空気。


「やれやれ、姉さんもアトロポスも、困ったものね」


 ハッとして声のほうをふりかえれば、もう予想通りとしか言いようがない。

 きのう、杉田時計店で見た、お菓子のにおいを漂わせる時の女神、おそらくは、


「ラキシスよ。あなたもいかが?」


 ジェリービーンのたっぷりはいった袋を差し出すと、お菓子大好き女の子は本能的に受け取り、頬張った。


「おいしー。チューヤも食べる?」


「甘いのはいいや、俺。……てか、なに落ち着いてお菓子を食ってるのかね!? ちょっとあなた、ええと、ラキシスさん? あなたの姉と妹さん、もしかして、というかあきらかに、俺の友達ふたりを連れ去ってるんですけど!? どういう事情があるかわからないですが、とにかく仲間を返してもらって、それから……」


「あら、このオレオもおいしい。特殊製法かしら。もぐもぐ……」


「ちょっとサアヤ、餌付けされるの早すぎだよ!」


 サアヤとラキシスは並んで、ばくばくとお菓子を食べつづける。

 ──なにかがおかしい。

 こんなアホみたいな展開、それも予定調和のように流れていく、この一連の「運命」のごときシーンのつながりは、最初から用意されていた映画のフィルムのようだ。

 運命の女神は、予定を調和させる──。


「私たちを、失望させないでね」


 ラキシスはそう言いながら、消えた。

 ……サアヤを連れて。




 ぽつねんと、チューヤ。

 せきをしても、ひとり。


 広大な地下空間。なにもない空間に、自分だけが立ち尽くしている。

 だれかの名を呼ぼうとして、思いとどまる。

 味方が来るとはかぎらない。むしろ、つぎに用意されているのは、


「いやな予感がする、というか、いやな予感しかしない……」


 ふりかえった視線の先から降ってきた、巨大な氷の柱。

 ぎりぎりで回避し、地面を転がる。


「邪魔な人間が、片づけてくれる!」


名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

ヘル/死神/30/中世/北欧/散文エッダ/大塚駅前


 北欧神話の冥界の女王。その名から英語のHELL(冥界・地獄)が派生したとされる。

 一説には、中世の伝説でブリュンヒルデと呼ばれており、「燃え盛るヘル」を意味するその名は、ヴァルキリーたちの首領の名でもあるという。

 また古代においては、豊穣とも関連づけられていた。


「ヘル、か。まずい、かな」


 これは運命の戦いである、と押しつけられたような気がする。

 逆らいようもなく、強い力で。


「いけるのか、俺の力だけで」


 いくしかない。

 とりあえず現有戦力の最強をかき集めるが、顔ぶれを見て思った最初の感想は、古式ゆかしい、だった。

 序盤のパーティをなんとか引っ張って、中盤まで通用するところまで育て上げたが、さすがに現状、力不足を否めない。


 ──退路を探る。

 攻撃を避け、反射的に逃げられそうな道に飛び込んだ瞬間、目のまえにヘルがいる。

 まえに進んでいたつもりが、まったく逆を向いている。


「ヘルか? いや……」


 方向が転じる一瞬、時の女神の顔がよぎった気がした。

 是が非でも戦え、ということらしい。

 ……なるほど、これは強制戦闘で、逃げる選択肢が最初から存在しない。

 当然、ゲームの進行上なら、そういう都合もあるだろう。


「こんなとき、邪教が使えたら」


 先週の日曜日、最終的に問題を解決できたのは、邪教の力だった。

 悪魔合体という戦略を駆使してこそ、悪魔使いはその力を十全に発揮できる。

 邪教を使えない悪魔使いは、片翼をもがれた鳥のようなものだ。


 それでも、ないものは使えない。

 いつもの通り、弾力的に戦域を展開しながら、なんとか戦線を維持するが、じりじりと削られる。

 無理だ、もたない。


 ヘルから、強烈な一撃が飛んでくる。

 死ぬ──。


 その瞬間、視線が泳いだ。

 横に立つバステトが、()()()()の? という顔で見つめている。

 どうせ、()()()()んでしょ? という顔にも見える。


 チューヤはピクリと指を動かし、それからポケットに入れた。

 バステトは驚いたように、チューヤを見つめる。

 ──この男はイヌガミを犠牲にし、その死体からバステトを合成した。

 それ自体、悪魔使いならよくやることであり、非難されるべき点はそれほど多くない。


 だが、それは二流の悪魔使いのやることだ。

 悪魔の信頼を集める本物の悪魔使いは、可能なかぎり悪魔を犠牲にしない。


 それでも自分の命が危険にさらされたら、さすがに別だろう。

 ──私は、こんどはおまえのために死ねばいいのか。

 バステトのなかの狗神が、そう言っているような気がした。

 チューヤは薄く笑って、バステトから視線をそらした。


 助けてくれなくてもいい。

 こんなふうに、悪魔を犠牲にしなければならないとしたら、しょせん俺はここで死ぬ。

 なら、さっさと死んで解放してやろう──。


 悪魔は最期まで、()()を見つめた。

 両眼を見開いて、悪魔使いが、悪魔を犠牲にすることなく、みずから致命傷を受けるさまを。


 強烈な一撃が、チューヤを貫いた。

 致命傷。

 チューヤは自覚した。自分の「死」を。

 その一瞬、彼の目が見たものは。


「じいちゃん……?」


 祖父が、じっとチューヤを見つめている。

 最高の仕事をする、貨物の運転士。

 鉄道員の幽霊を召喚して、仕事をさせる、というヘルの選択が、チューヤにもたらした連想。


 祖父は手元のなにかを見て、指差喚呼している。

 三途の川で、こっちへ来るな、とでも言われるのかと思ったが、よもやの指差喚呼とは。

 どこまで行ってもぽっぽ屋だな、じいちゃん……。


 一瞬、祖父と視線が合う。

 そして考える。ぽっぽ屋が最大に尊重するものは、なにか。

 安全はもちろんだが、時間だ。

 時間──鉄道、時計。


 無意識で動いた身体が探ったのは、オーバーホールしたばかりの懐中時計。

 祖父の形見であるこの時計が、自分の形見になって、だれかの手に受け継がれていく、という順序を想起したからかもしれない。


 かちり、と違和感のある音。

 瞬間、時が止まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ