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張り巡らされた細い坑道から、チューヤたちは、より広い場所を目指して移動する。
現世にこのような道があるわけはないから、これは異界での作業なのだろう。
「で、リョージのオヤジさんって、なにをつくってるの?」
「表向きは、というかじっさい、いまつくっているのは新宿恵比寿ラインっていう、ただの地下通路だって聞いたけど」
新宿から恵比寿をつなげば、渋谷はちょうどその中間地点ということになる。
「えー? まだ、あのアホみたいな地下を、深くしようってわけー?」
悪夢のような構造の渋谷に、方向感覚のない少女は辟易している。
「アホはおまえだ。現場で工事をしてくださっている人々のおかげで、われわれは便利に暮らせているのだぞ」
「ぶー。チューヤのくせに偉そうー。私的には不便なんですー」
アホな嫁を無視し、チューヤはリョージに向き直る。
「川の手線以降、ゼネコンも大変だな」
「ここ数週間は、新宿の事務所に泊まり込んでるって聞いてるよ」
「新宿なら西武線ですぐ帰れそうなもんだけどな」
「だろ? けど、じっさいは地上の事務所にすら帰らないことが多いとか」
さっきの現場詰所にあった寝袋は、そのためのものにちがいない。
「チューヤのお父さんみたいだね。家どころか捜査本部にもろくにもどらず、現場に張り込んで、ガサ入れと逮捕しか考えてない人だよ」
無理やり割り込むサアヤ。
否定はしないチューヤ。
「言われようはともかく、その通りだ。で、新宿恵比寿ラインって?」
「備蓄倉庫を兼ねた非常用の地下連絡路って話だけど。最終的には横方向にも伸ばして、川の手線につなげたいって言ってた。さすがに壮大すぎて、まだ予備調査の段階だけどな」
「東京を縦横に、川の手線までつなぐの? すでに地上に無数の線が走ってるんだぜ。川の手線すら不要論あったのに、それ意味あんのかな」
「掘るとお金になる、という意味がある」
「なまぐさー! お年寄りみたいなこと言っちゃメッメだよリョーちん!」
「お金の雨が降ってるな、ゼネコンさんのところには。たしか川の手線の関連工事は、まだいろいろやってるだろ。本体工事は終わったけど、出入口を多数、追加してたりとか。計画では倍増するって」
「もちろんそれはあるが、オヤジらは別口でな、大江戸線の拡張工事に近いんだ」
「大江戸線の工事なら延伸計画が通ったろ。光が丘の先」
「外に向かうんじゃない、まんなかを掘り進めるんだよ」
「……それ、何計画?」
「予算がついてるんだから、お国の陰謀だろうな。都のレベルでやれる額じゃないし」
「いや、兆円レベルの建設工事を、都の交通局は取り扱った実績あるよ」
大江戸線は、一般会計防衛予算と比べて、国家の防衛費の3割などと話題になった。
「帝都の防衛ならやむをえない!」
「ってか、核シェルターでも掘ってんの? 湾岸に潜水艦の基地がある、っていう都市伝説はあるけど。シェルターって時代でもないんじゃないかな」
「新宿を中心とした、災害に対して強靭なネットワークを、より多層化する、っていう計画らしいぜ?」
「ああ、まあ大江戸線は、大震災レベルの緊急事態で自衛隊の基本計画に組み込まれるほど、頑丈につくられてるからな。そいつを強化するっていう話は聞いたけど」
「トンネルの維持管理の費用がドカンと計上されてたろ」
「いつまでたっても負債が減らない! って財政健全化至上主義者たちが騒いでたよ。大江戸線の収支はそれなりに優秀なのに」
鉄道に関するデータにだけは、異常に詳しい。
「利益だけの面で見てはならない、防災のためなのだから、国土を強靭化するのだ! という金科玉条のほうが、いまのところ強いよな」
「ウルトラですね。ネオコンに近い思想です」
ヒナノの視線が厳しさを増す。
彼女の誘導したい話題へ、徐々に向かっている。
リョージの背後をたどれば、父親の勤めるゼネコンから族議員へとつながり、ある政治勢力の行動と選択に加担することになるだろう。
政府関係には、もちろんヒナノの側も食い込んでいるが、他の勢力も多かれ少なかれ、つながっている。
あとは力の強い勢力の引っ張る側に、国が傾くということだ。
ここにいま、特殊な備蓄施設として、シェルターの機能も兼ねた、非常用の地下空間をつくっているのだという。
セキュリティの観点から、詳しい情報は公開されていない。
「それで、国防総省とか防衛省とかの文書が混ざっているわけね」
チューヤのつぶやきを、ヒナノは聞き逃さない。
「ただ機密は新宿の〝ブラックマリア〟に集まっていて、渋谷あたりのセキュリティは、それほどじゃないんだけど」
リョージが、ひどくぞんざいに言い放つ。
チューヤは嘆息し、
「またヤバい名前が出てきたなあ……」
黙って聞いていたヒナノが、慎重に割り込んでくる。
「日本はやはり、アメリカの属国ですか」
大きな視点の話が示唆する意味は、小さな存在の高校生たちに漠然と影響している。
この計画に関しては事実、アメリカの影が大きい。
日本政府が、アメリカに対してどういうスタンスで臨むのかは、興味がある。
「ブラックマリア? ああ、たしかにアメリカから、けっこうな数の技術者が来日して、新宿の地下に集まってるみたいだ」
「この工事とは関係ないんだろ?」
「どうかな。新宿恵比寿ラインは、輸送路でもあるって」
「大量のエネルギーを運ぶ実験線の話は、カテドラルにも聞こえています」
ヒナノと視線が合った。
彼女が自分から情報を開示してくるのは珍しい。
「カテドラル?」
「神学機構の日本における本部ですよ。護国寺にあります。携挙のエネルギーを集めるルートの話は、月曜日にしたと思いますが」
「ああ、聞いた」
チューヤはリョージにも、そのときの流れを手短に説明する。
「なるほど。悪魔たちが集めたいものは同じってわけか。あ、すまん、お嬢の場合はカミサマだっけ」
軽く頭を下げるリョージに、
「かまいません」
悠揚迫らず返すヒナノ。
俺が言ったらかまうんだろうな、と思いながらチューヤが口を開く。
「究極的には川の手線も、エキゾタイトの流れを通す道、っていう説はあるよ」
「それは、そうでしょうね。ただ、それだけでは道は足りません。既存の鉄道網を越えて、あらゆる道が双方向的に貫通したほうが、ある種の人々にとって都合がいいのです。あなたの言っていた、検察庁と東京拘置所をつなぐ直通路線も、計画されているのですよ」
「え、あの戦前のトンチキ計画が復活したの? だとしたら、たしかに新宿とか恵比寿とかの騒ぎじゃないかもね」
「そーいや欧陽先生が、〝龍脈〟の話をしていたな」
ぴくり、と肩を揺らすヒナノ。
4大勢力の話はガブリエルから聞いている。その一角のトップが、欧陽氏を名乗る「太上老君」だという。
「多くの勢力が、より多く、自分のところに資源を確保しようとしている。国際政治と同じです。図式としては、おそろしくシンプルですよ」
ヒナノはそこまで言って、ふいと視線をそらした。
自分がその一勢力に与していること、ここにいる他のメンツ、とくにリョージは別の勢力の側に立って、自分と利益相反する可能性が高いこと。
それでも、このような話を彼と戦わせることの意味を、彼女は噛み締めている。
そのとき、悪魔の接近を感知したチューヤの指示で、身をひそめる一同。
悪魔が通り過ぎるのを待って、坑道の先に視線を向ける。
曲がりくねって掘り進まれた通路の先、謎の物体が掘り出され、運び出されているようだ。
「なんだ、あれ……」
チューヤの疑問は、数秒後に解決した。
「エキタン、だってよ」
リョージが、ちょうど近くを通りかかった悪魔の首根っこを捕まえ、締め上げたのだ。
「エキタン?」
その尋問を効率的にも正しいと認め、一同は議論を進める。
「セキタンみたいなもので、炭化したエキゾタイト、っていうニュアンスらしい。とくに駅周辺は、いい鉱脈なんだってよ」
「なるほど……」
地面に転がった鉱石のかけらを手に、ヒナノは静かに考え込む。
「悪魔が駅に宿るのは、そこを通過する人間のエキゾタイトを集めたいから、だよな。その人間から吸い取ったエネルギーが、石炭みたいな状態で採掘されるってことか」
チューヤは、ヒナノから受け取ったエキタンを眺めるふりをして、こっそりとポケットに入れ、サアヤにしばかれた。
リョージがぶんぶんと揺するたび、末端悪魔からはエキタンとともに、ぼろぼろと情報が零れ落ちてくる。
「いろんな形で集めるみたいだが、エキタンはその一形態らしい。ここでは、その採掘と同時に、大規模な輸送ルートがつくられつつあるってよ」
一同は、ゆっくりとふりかえる。
この曲がりくねった通路の集まる先で、人間から集めた生命エネルギーの結晶化したエキタンという名の石炭を輸送する、巨大な幹線が通されようとしている──。




