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パンデモニカ / PanDemonicA  作者: フジキヒデキ
赤毛のヘビと幸運なレイブ
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23


 張り巡らされた細い坑道から、チューヤたちは、より広い場所を目指して移動する。

 現世にこのような道があるわけはないから、これは異界での作業なのだろう。


「で、リョージのオヤジさんって、なにをつくってるの?」


「表向きは、というかじっさい、いまつくっているのは新宿恵比寿ラインっていう、ただの地下通路だって聞いたけど」


 新宿から恵比寿をつなげば、渋谷はちょうどその中間地点ということになる。


「えー? まだ、あのアホみたいな地下を、深くしようってわけー?」


 悪夢のような構造の渋谷に、方向感覚のない少女は辟易している。


「アホはおまえだ。現場で工事をしてくださっている人々のおかげで、われわれは便利に暮らせているのだぞ」


「ぶー。チューヤのくせに偉そうー。私的には不便なんですー」


 アホな嫁を無視し、チューヤはリョージに向き直る。


「川の手線以降、ゼネコンも大変だな」


「ここ数週間は、新宿の事務所に泊まり込んでるって聞いてるよ」


「新宿なら西武線ですぐ帰れそうなもんだけどな」


「だろ? けど、じっさいは地上の事務所にすら帰らないことが多いとか」


 さっきの現場詰所にあった寝袋は、そのためのものにちがいない。


「チューヤのお父さんみたいだね。家どころか捜査本部にもろくにもどらず、現場に張り込んで、ガサ入れと逮捕しか考えてない人だよ」


 無理やり割り込むサアヤ。

 否定はしないチューヤ。


「言われようはともかく、その通りだ。で、新宿恵比寿ラインって?」


「備蓄倉庫を兼ねた非常用の地下連絡路って話だけど。最終的には横方向にも伸ばして、川の手線につなげたいって言ってた。さすがに壮大すぎて、まだ予備調査の段階だけどな」


「東京を縦横に、川の手線までつなぐの? すでに地上に無数の線が走ってるんだぜ。川の手線すら不要論あったのに、それ意味あんのかな」


「掘るとお金になる、という意味がある」


「なまぐさー! お年寄りみたいなこと言っちゃメッメだよリョーちん!」


「お金の雨が降ってるな、ゼネコンさんのところには。たしか川の手線の関連工事は、まだいろいろやってるだろ。本体工事は終わったけど、出入口を多数、追加してたりとか。計画では倍増するって」


「もちろんそれはあるが、オヤジらは別口でな、大江戸線の拡張工事に近いんだ」


「大江戸線の工事なら延伸計画が通ったろ。光が丘の先」


「外に向かうんじゃない、まんなかを掘り進めるんだよ」


「……それ、何計画?」


「予算がついてるんだから、お国の陰謀だろうな。都のレベルでやれる額じゃないし」


「いや、兆円レベルの建設工事を、都の交通局は取り扱った実績あるよ」


 大江戸線は、一般会計防衛予算と比べて、国家の防衛費の3割などと話題になった。


「帝都の防衛ならやむをえない!」


「ってか、核シェルターでも掘ってんの? 湾岸に潜水艦の基地がある、っていう都市伝説はあるけど。シェルターって時代でもないんじゃないかな」


「新宿を中心とした、災害に対して強靭なネットワークを、より多層化する、っていう計画らしいぜ?」


「ああ、まあ大江戸線は、大震災レベルの緊急事態で自衛隊の基本計画に組み込まれるほど、頑丈につくられてるからな。そいつを強化するっていう話は聞いたけど」


「トンネルの維持管理の費用がドカンと計上されてたろ」


「いつまでたっても負債が減らない! って財政健全化至上主義者たちが騒いでたよ。大江戸線の収支はそれなりに優秀なのに」


 鉄道に関するデータにだけは、異常に詳しい。


「利益だけの面で見てはならない、防災のためなのだから、国土を強靭化するのだ! という金科玉条のほうが、いまのところ強いよな」


「ウルトラですね。ネオコンに近い思想です」


 ヒナノの視線が厳しさを増す。

 彼女の誘導したい話題へ、徐々に向かっている。


 リョージの背後をたどれば、父親の勤めるゼネコンから族議員へとつながり、ある政治勢力の行動と選択に加担することになるだろう。

 政府関係には、もちろんヒナノの側も食い込んでいるが、他の勢力も多かれ少なかれ、つながっている。

 あとは力の強い勢力の引っ張る側に、国が傾くということだ。


 ここにいま、特殊な備蓄施設として、シェルターの機能も兼ねた、非常用の地下空間をつくっているのだという。

 セキュリティの観点から、詳しい情報は公開されていない。


「それで、国防総省とか防衛省とかの文書が混ざっているわけね」


 チューヤのつぶやきを、ヒナノは聞き逃さない。


「ただ機密は新宿の〝ブラックマリア〟に集まっていて、渋谷あたりのセキュリティは、それほどじゃないんだけど」


 リョージが、ひどくぞんざいに言い放つ。

 チューヤは嘆息し、


「またヤバい名前が出てきたなあ……」


 黙って聞いていたヒナノが、慎重に割り込んでくる。


「日本はやはり、アメリカの属国ですか」


 大きな視点の話が示唆する意味は、小さな存在の高校生たちに漠然と影響している。

 この計画に関しては事実、アメリカの影が大きい。

 日本政府が、アメリカに対してどういうスタンスで臨むのかは、興味がある。


「ブラックマリア? ああ、たしかにアメリカから、けっこうな数の技術者が来日して、新宿の地下に集まってるみたいだ」


「この工事とは関係ないんだろ?」


「どうかな。新宿恵比寿ラインは、輸送路でもあるって」


「大量のエネルギーを運ぶ実験線の話は、カテドラルにも聞こえています」


 ヒナノと視線が合った。

 彼女が自分から情報を開示してくるのは珍しい。


「カテドラル?」


「神学機構の日本における本部ですよ。護国寺にあります。携挙のエネルギーを集めるルートの話は、月曜日にしたと思いますが」


「ああ、聞いた」


 チューヤはリョージにも、そのときの流れを手短に説明する。


「なるほど。悪魔たちが集めたいものは同じってわけか。あ、すまん、お嬢の場合はカミサマだっけ」


 軽く頭を下げるリョージに、


「かまいません」


 悠揚迫らず返すヒナノ。

 俺が言ったらかまうんだろうな、と思いながらチューヤが口を開く。


「究極的には川の手線も、エキゾタイトの流れを通す道、っていう説はあるよ」


「それは、そうでしょうね。ただ、それだけでは道は足りません。既存の鉄道網を越えて、あらゆる道が双方向的に貫通したほうが、ある種の人々にとって都合がいいのです。あなたの言っていた、検察庁と東京拘置所をつなぐ直通路線も、計画されているのですよ」


「え、あの戦前のトンチキ計画が復活したの? だとしたら、たしかに新宿とか恵比寿とかの騒ぎじゃないかもね」


「そーいや欧陽先生が、〝龍脈〟の話をしていたな」


 ぴくり、と肩を揺らすヒナノ。

 4大勢力の話はガブリエルから聞いている。その一角のトップが、欧陽氏を名乗る「太上老君」だという。


「多くの勢力が、より多く、自分のところに資源を確保しようとしている。国際政治と同じです。図式としては、おそろしくシンプルですよ」


 ヒナノはそこまで言って、ふいと視線をそらした。

 自分がその一勢力に与していること、ここにいる他のメンツ、とくにリョージは別の勢力の側に立って、自分と利益相反する可能性が高いこと。

 それでも、このような話を彼と戦わせることの意味を、彼女は噛み締めている。


 そのとき、悪魔の接近を感知したチューヤの指示で、身をひそめる一同。

 悪魔が通り過ぎるのを待って、坑道の先に視線を向ける。

 曲がりくねって掘り進まれた通路の先、謎の物体が掘り出され、運び出されているようだ。


「なんだ、あれ……」


 チューヤの疑問は、数秒後に解決した。


「エキタン、だってよ」


 リョージが、ちょうど近くを通りかかった悪魔の首根っこを捕まえ、締め上げたのだ。


「エキタン?」


 その尋問を効率的にも正しいと認め、一同は議論を進める。


「セキタンみたいなもので、炭化したエキゾタイト、っていうニュアンスらしい。とくに駅周辺は、いい鉱脈なんだってよ」


「なるほど……」


 地面に転がった鉱石のかけらを手に、ヒナノは静かに考え込む。


「悪魔が駅に宿るのは、そこを通過する人間のエキゾタイトを集めたいから、だよな。その人間から吸い取ったエネルギーが、石炭みたいな状態で採掘されるってことか」


 チューヤは、ヒナノから受け取ったエキタンを眺めるふりをして、こっそりとポケットに入れ、サアヤにしばかれた。

 リョージがぶんぶんと揺するたび、末端悪魔からはエキタンとともに、ぼろぼろと情報が零れ落ちてくる。


「いろんな形で集めるみたいだが、エキタンはその一形態らしい。ここでは、その採掘と同時に、大規模な輸送ルートがつくられつつあるってよ」


 一同は、ゆっくりとふりかえる。

 この曲がりくねった通路の集まる先で、人間から集めた生命エネルギーの結晶化したエキタンという名の石炭を輸送する、巨大な幹線が通されようとしている──。



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