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パンデモニカ / PanDemonicA  作者: フジキヒデキ
赤毛のヘビと幸運なレイブ
119/384

22 : Day -50 : Harajuku


 はてしなく地下へつづく階段。

 階段があるということは、最初からここには地下との接続が準備されていたということ。

 じっさい、恐るべきエネルギーの流れを感じる。


 渋谷の奥。谷の底、さらに深く。

 渋谷は人間を引きずり込んでいく。


「ひやっ」


 サアヤが素っ頓狂な声を上げ、チューヤに縋りついた。


「どした、サアヤ」


「かか、壁に、人間の顔が……」


 あわあわしながら壁を指差す。

 一瞬、意味がわからないが、全体を見まわしてみて、すぐに理解する。

 ──上で死んだ人間の魂が、魂を持っていた人間の表情を残したまま、エネルギーの流れとなって地下へと流れ落ちている。

 その一瞬の姿を、サアヤは目にしたのだった。


「早く止めないと、犠牲者が増えるな」


 4人は顔を見合わせ、地下深くへとつづく螺旋階段を、さらに急ぎ足で降りる。

 ──渋谷・原宿。

 その名前だけで、吸引された若者たちに象徴的なひとつの死が宣告されている。

 生命を終えて還る彼らの表情には、半ば恍惚感すら漂っているように見える。

 死して、エキゾタイトとなり、巨大な世界に合流する。これは、ひとつの歓喜すべき終末であるかもしれない。

 たとえば、神学機構が「携挙」をそう表現するように。


 シブヤとは、ひとつの集合であり、哲学だ。

 高次元な世界を扱う「象徴」に背を向け、円やドルといった「記号」を自己完結したエリアに閉じ込めて、外に出さない。


 渋谷に集った若者は支払い、殴り、奪い合い、疲れていく。

 表層化したセックスという業務のなかで、かつて神聖だったオーガズムは、渋谷川を流れる精子の数を数えて清算するレジスターに、道を譲る。

 資本主義の生み出した通貨という記号が、坂道の底に開かれた繁華街で、戦い、奪い合われる。

 そうして支配される地上世界と対立する地下世界が、谷の底には広がっているという。


 ぽたぽたと、エキゾタイトと汚れた水が絡み合いながら、流れ落ちていく。

 地上で役割を終えた者たち、競争に敗れた人々、地上の価値に背を向けた隠遁者、地上から見れば排泄物である彼らを収容する、下水道。

 玉藻池の唾液が滴る川下、御苑裏手の塞がれた暗渠、地底の大伽藍は埋葬された魂を飲み込み、安らぎを与えるとはかぎらない。

 地上の価値にのけ者にされたから、地下では受け入れられるなどと考えるのは浅はかだ。


 地下には地下の闘争がある。

 初期キリスト教が追い詰められた地下墓地の様相に通じている。

 いまを謳歌するキリスト教が、最初から世界宗教だったわけでは、もちろんない。


「透明な湧水が、欲望を吸って、不気味な色となり、地下へと降り注ぐ、ですか」


 パリのカタコンベに相通じるものを感じて、ヒナノがポツリと漏らす。

 この手の洋式哲学は、田園調布からの流れにも乗っている。


「もしかしてこれ、玉藻池の水?」


 サアヤは、地下水だと思って指を伸ばし、そのうっすらと赤黒い色に、ハッとして濡れた指をチューヤの服にこすりつける。

 チューヤは薄汚れたゾンビジャケットをさらに汚す色を見て、


「ちょっと、きみには常識がないのかな! ……どこの水だ、これ?」


「さっきの暗渠の水だとしたら、新宿御苑だな。やれやれ、危険な騒々しかできないぜ」


 上を振り仰ぐリョージ。

 新宿御苑の湧水の色を変えるほど、血生臭い戦いが繰り広げられ、その結果として滴り落ちている可能性にぞっとする。

 ようやく階段の終わりまでたどり着いた瞬間、


「しっ、隠れろ!」


 先行させていたピクシーセンサーに従い、チューヤは仲間たちの動きを止める。

 ──数人の人間と悪魔が、なにやら騒がしく話しながら通り過ぎた。

 本当に人間かどうかはわからないが、通路に往来する人は、とりあえず食う食われるの関係ではないようだ。

 見まわせば、底に広がる空間は工事現場のように見える。


「境界でも工事とかしてんのかよ。人類も悪魔もよく働くな」


「現世でも異界でも、このあたりでは工事を進めているってことかな」


 慎重に足を進める。

 奥には巨大な機械が動いているらしい騒音、そこから反対側に向かって、ずっと線路がつづいている。

 ──さらに進むと、どうやら現世によく似た形の「現場事務所」があった。

 見張りの悪魔をぶっ倒して、なかにはいる。

 そこはリョージも見慣れた空間、まさに建設現場作業員の詰め所になっていた。


「オヤジの名前……作業着も」


 リョージが壁の名札やハンガーの作業着を見て、眉根を寄せる。


「ここに()()()()()()()ってことか、リョージのオヤジさんも」


「さあな。()()()()()やら」


 皮肉っぽい物言いで、さらに周囲を見まわす。

 ここは境界なので、現世とまったく同じではない。

 だが現世でも異界でも、この場所は工事現場であって、それを進める強固な理由が存在する、ということはまちがいない。


「地下といえばオクテート!」


 オクテート建設株式会社のパンフレットを手に、チューヤが言った。


「オヤジの会社だよ。誇る技術は、立体地下開発だ」


「地下なんだから、そりゃ立体でしょ」

 サアヤの的確な突込み。


「そうだが、じゃなくて、災害への強さに技術がある。具体的には液状化や振動に強い。地下50メートルまでの開発なら、オクテートの技術をよろしく」


 リョージの営業を受け、


「か、考えておきますわ」


 黙ってパンフレットを受け取るヒナノ。


「オクテート建設のパンフレット、けっこうおもしろいよねー」


「俺、就職しよっかなー」


 バカな夫婦が、バカなりに未来の計画を立てている。


「社長に紹介してやるぜ」


 夢の地下開発、というタイトルが振られたパンフレットには、オクテート建設が得意とする地下技術を中心に、夢の計画が語られていた。


「東京の地下に巨大空間〝チテート〟を、か。言葉選びのセンスはともかく、おもしろい」


「大手も、もちろんこの手のビジョンは持っているよ。上に伸びる軌道エレベーター、下を掘り進む超深度開発。圧倒的な巨大建築。オレも、こういう話はきらいじゃない」


「男の子だねー」


「ですわね」


 ヒナノはちらりとパンフレットを見たが、すぐに閉じて、一応はバッグに入れた。

 ──オクテート建設株式会社。

 ゴマンとある下請け建設業者のひとつにすぎないが、巨大建築計画の基礎工事に関して強みを持っている。昔から大規模エステート(分譲マンション)などの建設に参画することが多かった。

 昨今の川の手線需要により、一挙に売り上げを拡大した。

 中小企業としては高い技術力を誇り、新しいシールド工法の過程で、作業を効率化する技術を提供している。


「オクテートて、エステートの上位互換みたいな言葉?」


「いや、もともとは尾久にあったからで、そっから先は社長の造語らしい」


「オクテットはIT用語だよね。8ビットみたいな意味だっけ」


「もともと信長の安土城に感激して、建築を志したらしいな、社長。八角形は好きらしいけど、社長の言うオクテートの意味は、〝億・帝都〟らしいぞ」


「おくていと?」


「億の人口をひとつの帝都でまかなう、完全に効率化した人類都市の究極を目指す、っていう思想みたいだな」


「思想家かよ! すげえ社長だな」


「よく飯に連れて行ってもらって、いまのバイトも紹介してもらった。偉い社長だぜ」


「ほーん。じゃあ就職に苦労しないな」


「えー、リョーちん建築とかやるのー? 料理人一択だと思うけどなー」


「一応工業科だからな。料理人よりは工事人のほうが近いと思うぞ」


「料理だって工学だよ! ……ええと、さまざまな素材を、工業的にだね、こう、まぜまぜして」


「無理すんな、サアヤ。おまえみたいなアホが、他人の人生に影響力を行使しようなんて、おこがましいとは思わんかね」


「なんだとチューヤのくせに! ヒナノンも説得しよ。リョーちんが料理人にならないなんて、日本の舌たちにとってどれだけの損失か」


「舌たちて……」


「そ、そうですわね……」


 理解はするが同意はしかねる、といった空気感。


「あはは。まあ料理はきらいじゃないし、死ぬまでつづけるとは思うよ。店で腕をふるうかはともかくな」


「ほんと、つぶしのきく人生だよな、リョージ。どんな社会になっても、ぜったいに食いっぱぐれないだろうと、なんの技能もない俺が太鼓判を押しておく」


「いい婿になれるね。チューヤとちがって」


「うっせ! サアヤうっせ!」


「いやあ、チューヤは才能があるだろ。悪魔使いなんて、そうそういないぜ」


「……なぜかうれしくないんですけど」


 そのとき、がたりと物音がして、4人は臨戦態勢を整える。

 ──ここは敵地だ。

 慎重に物事を進める必要がある。



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