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18 : Day -51 : Shibuya


「下、やってくれたようだな」


 閃光を帯びて、ケートは中空を舞う。


「終わりにしましょう、こちらも……!」


 ヒナノの振り払う動きにつれて、旋風が敵を切り刻む。

 ケートとヒナノの動きは、期せずしてしばしばリンクする。

 それが効率的な戦い方、というものだからだ。

 彼らはいま、目のまえにワルキューレの群れを追い詰めている。


「あーっはっはは! 死ね、死ね、死んじまいなぁあ!」


 ケートたちからやや離れた場所で、げらげら笑いながら、のたうちまわる蛇。

 どう見ても悪役にしか思えない女の活躍が、なかではもっとも派手である。


 マフユの行動は完全に自由で、ケートやヒナノのように、行動をリンクさせたり計算したりして、効率的に戦おうという意識が、カケラもない。

 それでも、その破壊力は抜群だ。

 破壊神のごとき彼女の背後を支えるのは、死神ヘル。

 極寒の北欧で冥府を司る、まさにマフユのためにあるようなガーディアンである。


 とはいえ、彼女ひとりではとっくに死んでいる。

 地味に大活躍なのは、ケート。

 なにしろ彼は、クーフーリンの師匠スカアハをガーディアンとして雇っている。


 スカアハは戦闘力が強い、というシンプルな理由ばかりではない。

 なによりワルキューレとの戦い方を知悉しているところが、すばらしい。

 スカアハは、ワルキューレのすべての技に対して、耐性や反撃を持っている。

 下でリョージがバロールに対して展開した優位性を、ケートはワルキューレに対して持っているのだ。


 チューヤのような小ズルい、よく言えばクレバーな戦い方など、必要ではない。

 主人公は真っ正面から、正々堂々、知恵と力で敵を倒す、という展開が少年漫画ではデフォルトとなっている。


「リョージより遅れたのは不愉快だが、数が多いんだ、しかたないよな」


 一瞬、ヒナノと背中を合わせて一息つくケート。


「まだ終わっていませんよ……ちょっと!」


 ヒナノの視線の先、ビチビチと暴れ狂う蛇のような氷の波に乗って、マフユが敵のどまんなかに突っ込んでいく。


「くされ蛇女が、死んでも知らねえぞ」


 舌打ちしつつ、マフユを追跡するケート。

 嘆息し、ヒナノもつづく。


 ──戦場は上へ、マフユの撥ね上げた氷柱は駅舎の天井をぶち抜き、高層ビルに見下ろされる渋谷駅の真上に出た。

 前方には、おそらく最後のワルキューレ。

 追い詰めた。


「おのれ、人間ごときが」


 歯噛みして、剣をふるうワルキューレの喉元に、


「人間なんざ、とっくにやめたよ!」


 拳を突きつけ、殴り倒すマフユ。

 我流の格闘術ながら、破壊力は本物だ。

 変形する肉体。これがRタイプの極意。

 たしかに彼女は、すでに人間を辞めている。


 コンボが決まって、吹っ飛ばされるワルキューレ。

 その軌道上、待ち受けるケートの攻撃が炸裂する。


「ぐは……っ」


「あなたはよく戦いました、終わりです……!」


 強力な火炎魔法を執行するヒナノ。

 氷と炎にはさまれ、満身創痍のワルキューレ。


おおお姉さま……!」


 そのとき、地下から飛び出してきたワルキューレを見て、にやりと笑ったマフユの意図を、このときだれも想像すらしていない。


「バイバイ、大お姉さま!」


 袈裟懸けに振り下ろしたマフユの氷の刃が、追い詰められたワルキューレに致命傷をもたらす。

 その死体から溢れた「経験値」を吸い込み、マフユの能力がさらに増した。

 地下から出てきたワルキューレの悲鳴に近い苦悶の声に、


「まだいたのか」


 ふりかえり、新たな戦闘に備えるケートとヒナノ。

 その横を、すさまじい速度で駆け抜けるマフユ。

 一瞬後、最後のワルキューレを背後から締め上げ、必殺のポジションを確保する。


「くっ、あなたは……っ」


「よう、おまえが最後だ。……()()()()()()よ?」


 マフユが小声で囁いた言葉は、ケートたちには聞こえない。


「おい、蛇女。遊んでる場合じゃねえぞ、さっさと……」


「ああ? ゴチャゴチャうっせえんだよ、チビ。おまえらの仕事は終わりだ、失せな」


 ぴたり、とケートとヒナノの動きが止まる。

 マフユは、なにを言っているのか?


「……なに? どういうことだ、スカアハ」


 ケートがみずからのガーディアンと会話している暇は、なかった。


「このシステムは、一匹残ればじゅうぶんだ。おまえらはもう……用済みだ!」


 マフユが大きく腕を振ると同時に、渋谷駅の屋根が崩落していく。

 崩れる屋根に巻き込まれ、落下するケートとヒナノ。

 壊れ残った屋根の上、マフユの腕には、下でチューヤが戦った「妹分」のワルキューレが、意識を失って、ぐったりしている。


「どういうことだ、蛇女!」


「あなた、いったい……」


 ガーディアンに守られて墜死を免れたケートとヒナノは、同時に屋根の上を見上げて叫ぶ。

 そこではマフユが、冷たい目で彼らを見下ろし、


「あとは、こいつに魂を集めてもらってから、()()()()()()にするだけだ。狼のにーちゃんは、ほんとに、いくら食っても足りねーってーからな」


 その指は、戦乙女の肌に淫靡な動きで線を引く。


「てめえ、まさか」


 裏切られた、と考えるのも業腹だった。

 マフユを信じていた、という前提がケートには認められない。


「ワルキューレは北欧の戦いの女神なんだってな? つまり、ロキ兄の家来みたいなもんだ」


 マフユが、ケート達を見下ろす目は、まさに爬虫類で微塵も温かみがない。


「最初から、()()()()だったのですか、あなたは」


 ヒナノの言うこともわかるが、ケートにはにわかに整合性がつかない。


「にしたって、いちばんワルキューレをぶっ殺したのも、あいつだぜ。あの蛇はあきらかに悪魔の側だろうが、それでもワルキューレの仲間とも思えない」


「仲間? くだんねーな、くだんねー。そもそも食い扶持は少ないほうが、分け前が増えるってのはお約束だろうが?」


 彼女は、ぞっとするようなことを言った。

 その意味を理解するのに、ケートたちはしばらく時間がかかった。


「……そういうことか」


 スカアハの耳打ちで、ケートにもようやく理解が訪れる。

 ──マフユ、なかんずくそのガーディアンであるヘルは、ワルキューレの首領とも言われている。だが、北欧神話において本物の首領は、もちろんオーディンだ。

 ワルキューレはヘルにとって、手駒としてもじゅうぶんに使えるが、必要以上の数はいらない。場合によってはオーディンの側につき、厄介な敵になるリスクが高すぎるからだ。


 片づけられるときに片づけておき、道具として使いやすい少数だけ残せばじゅうぶん。

 と、そういうことらしい。


「どうせ終わるんだよ、こんなクソ世界はな。だったら、あたしらに都合のいい終わらせ方ってやつで、さっぱりしようじゃないか?」


 マフユの言い方は露骨だが、他の勢力にとっても神髄を突いている。

 つぎの瞬間、渋谷駅全体が氷に包まれた。

 氷結する世界で、ケートたちが自分の体温を守るのに意識を集中したつぎの瞬間、駅舎の床が再び崩落する。


 渋谷の物語は、ついにマフユの──ヘルの術中に陥った。




「ちょっと、なんで境界解けないの!?」


 悲鳴のような声を張り上げるサアヤ。

 崩壊するバロールの城から逃げ出したはいいが、その先の空間もつぎつぎと崩れ去っているからだ。

 どうやら境界の状態を維持したまま、渋谷の西側一帯が陥没しているらしい。


「閉塞がスライドしたんだろうな」


 と、チューヤは室井から教わった言いまわしで、現状を類推する。

 神泉を支配する悪魔は倒したが、渋谷の悪魔まで倒したわけではない。

 ここはもう渋谷の境界に飲み込まれている。だが、神泉の悪魔の支配エリアにかんしては、空間を維持する力が足りずに、崩壊をはじめているのだと考えられた。


「くっ、東へ……っ」


 退路はそこしかない。

 これが罠でなければ、唯一の逃げ道になる。


 地質図を見ながら、渋谷の地下遺跡の形を類推して道を選ぶ。

 男たちの空間把握能力があって、初めて成り立つ紙一重の逃避行だ。

 とはいえ神泉から渋谷までは、渋谷起点のキロ程で0.5kmと、非常に近い。

 安定した渋谷の地盤まで逃げるのに、それほど長く走る必要はなかった。


「……出た、雰囲気変わったな」


 最後の壁をぶち抜いた先、リョージが辺りを見まわして言った。

 境界の雰囲気が、現世に近づいている。つまり、頑丈な地下工事の痕跡が見て取れる。


「ああ、たぶん上は宮益坂だ」


 チューヤの脳裏には、平面図と重ねた立体地図が浮かんでいる。

 地下でも保たれる方向感覚と距離感は、GPSよりも正確だ。


「よくわかるね、ほんと男子って」


 ここが日本であることくらいしかわかっていないサアヤは、ガイドがいなくなった瞬間迷子になる自信があった。


「いや、ヒントがあるだろ、いろいろ。たとえばここ、どう見ても暗渠だし」


「ああ、なるほど。施工がヒントってやつね」


 男子が理解し合っているのを、理解できずに肩をすくめるサアヤ。

 ──ほとんどが暗渠化され見えなくなっているため、多くの人々は意識していないが、東京の地下には無数の水路が走っている。

 鉄柵の扉を開き、コンクリートの階段を降りれば、ほんのわずかな距離で、地下世界の入り口に達することができる。

 もちろん、ほとんどの人々が目指さない場所であり、暗渠を見ただけで場所がわかるなどというのは、ある種のマニアだ。

 施工と規模からみて、この水路の先は、新宿御苑の玉藻池を水源としている。宮益坂の下をくぐり、稲荷橋ではじめて地上にもどる流れだと想定された。


「リョージが部室のパソコンで見てた『東京の地下』ってサイト、おもしろいからサアヤも見たら?」


「なにがおもしろいんだ、そんなもん。チューヤこそ男の子なら、昭和の特撮ヒーローでも検索したら? よっぽど有意義だから」


 バカな夫婦がいつもの会話を繰り広げるなか、リョージは父親の仲間の施工に敬意を表しつつ、頑丈な暗渠を見わたす。


「どっちへ行く?」


「稲荷橋から出よう」


 出てきた方向から見て、右手を目指す。


「また下水かよー」


 サアヤの苦言に、


「下水じゃない、暗渠だ。世が世なら地上を流れていた川を、地下に引き込んだだけだ。人間の都合でな」


 暗渠まで出れば、先は見えてくる。

 ほどなく、外からの光が届いてきた。真夜中だから人工の光ではあるが、どうやら室内灯ではない。

 ちょうど日付が変わった。

 ハロウィンのサタデーナイトは、果てしなく延長されている。


「よし、出られそう……」


 チューヤの言葉は、そこでかき消された。

 上からすさまじい衝撃、全体に響きわたる振動、それから鉄筋の破断音と、崩落するコンクリの轟音。

 あわてて飛びのくチューヤたちの目のまえ、天井に開いた大穴から降ってきたのは、ケートとヒナノだった──。



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