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「ちょ、なにしてん、チューヤ!」


 サアヤのふりかえったところに、チューヤとふたりの戦乙女。

 降参して捕虜になった宇宙人チューヤ、という趣であるが、


「いや、ブリューナクの維持が、彼女らにとっては大切だったんだってさ。で、それを回復する手段を模索するのは、一刻も早いほうがいいということで」


 悪魔と話し合った末、とりあえず下に降りてきた、という体らしい。

 彼は当然のようにそうしているが、さっきまで戦っていた相手と、速やかにその手の合意に達せるのは、彼の交渉力の為せる業でもある。

 場合によってはバロールにワルキューレを加えた敵軍勢と戦うことになるが、その場合にはチューヤの側もパーティをより強化できる。


 一種の賭けだ、と判断した。

 もちろん第一は、チューヤひとりの現有戦力で、ワルキューレ2体との戦闘を維持するのはあまりにも困難だった、という理由なのだが。

 そして降りてきた先では、バロールにより、消滅したブリューナク。

 ワルキューレは眉根を寄せ、バロールを難詰する口調。


「契約では、その避雷針を通して、渋谷の魂の半分をわれらがもらい受けることになっていたはずだが」


 一度、地下に集まった魂=エキゾタイトの流れを、ブリューナクによって上=ワルキューレ陣営にもどしていた、という図式のようだ。


「それを勝手に消されては、バロール卿、困りますな」


「なんだ、役に立たぬ戦女どもか。おまえらが槍を引き抜かれたのがわるいのだろう。わしの責任ではない」


 バロールは憎々しげに、ワルキューレたちを顧みる。

 ゆえないことでもないワルキューレは、顔を見合わせ小声で話し合う。


「上でも、やや面倒な騒ぎが起こっている由。私はもどりますが、姉上は」


「……おもしろそうだ。バロール卿の戦い、しかと見届けようと思うが?」


「ご酔狂を。ではその旨、お伝えいたします」


「いずれすぐにもどる」


 ワルキューレは二手に分かれ、姉のほうがその場に居残った。

 バロールは不興げに、


「貴様と共闘するのか、ぞっとせんな」


「は? なにをおっしゃる。戦士が、甘ったれたことを申すものではありませぬ。きちんと見届けて差し上げますぞ、あなたの()()()()を」


 ワルキューレは言いながら、バロールとチューヤたちからも、等しく距離を取る。


「えっと、これって、もしかして、また……?」


「悪魔使い。もちろんおまえたちも、無粋な真似はするまいな?」


 チューヤはワルキューレとアイコンタクトを試みるが、取りつく島はない。


「ここは、リョージ先生にがんばってもらうしか、ないでごわす」


「ざんす。リョーちん、申し訳ないけども!」


 ただ疲れただけのバカな夫婦の意見を、リョージは笑って聞き届けた。


「いいよ、最初からそのつもりだ。……さあ、やろうぜ」


 タイマン。

 リョージがこの世でもっとも、その力を発揮できる最高の舞台。

 バロールは、しばらく忌々しげにワルキューレを見ていたが、すぐにリョージに向き直ると、


「緑の騎士よ、首を差し出しにやってこい」


「……返してもらいにきたんだよ、オヤジをな」


 仕事から帰ってこない。渋谷の地下で工事中。

 もちろん最初から、リョージの目的はそこにあった。


「汝、東のガウェインよ。日没する地で死んだ騎士道が、日出ずる国で徒花を咲かすか」


 バロールの上に魔力が集中する。

 腐っても魔王だ。


「見せてやるぜ、侍スピリッツ」


 両手を開く。

 その先に棒──侍の魂が、ライトセーバーのごとく輝く。


 ぐるり、と回転させ、殺陣を踏む。

 頑強な肉体を、鋭利な視線が彩る。

 彼は必殺の間合いを持っている。

 敵にそれを予感させる、すべての戦闘威圧を持っている。


「いちいちカッケーな、リョージはよう」


「チューヤにはとてもマネできないね」


「っせ! サアヤっせ!」


「もう、リョーちんったら、どう見ても主人公はぁと


 バカな夫婦の見守る先、文句なし主人公の立ち位置で、戦闘民族は黄金の輝きを放つ。


「行け、スーパー野菜好き!」


「お肉もあるでよ!」


「ニンジン! おまえがナンバー1だ!」


「ベジータブルなポテートはバーベキュー味にかぎるぜよ!」


 外野、邪魔だなあ、と思いつつ、リョージはスキルを開放する。

 肉体が浮き上がる。特殊なスキルが噛み合い、異次元のクーフーリンが現出する。

 直後、特攻。目にも留まらぬ速度で、交錯する。

 切り込むリョージの腕は敵を切り裂き、足は後退を知らず踏み込む。

 白兵戦の極意をもって、凄絶な斬り合いだ。


「砕けよ、樫の王!」


 バロールのふりまわす杖に、槍をまとったリョージの拳が突き刺さる。


「切り裂け、ジャック!」


 つづけざまふりまわされたバロールの杖が、リョージに深いダメージを刻む。

 それを避けようともせず、受け止めるばかりか、さらに踏み込んで斬撃を放つ。

 プロレススタイルを貫きつつ、紙一重で相手を倒す。それが彼の戦い方。


「ぐぅう、蛮勇が、肉を撃たせて骨を削るか」


「喧嘩ってなァ、こういうもんだろが! あーっはっはァ、これだ、こういうのがオモシレエ! ゴルゥアアァ!」


 笑いながら、殴られ、殴り返す、生命の削り合いを眼前に、チューヤたちの出る幕は、そもそもない。

 サアヤの顔が、ややひきつっていく。


「ああなっちゃうと、リョーちんも、かっこよさを通り越すんだよね……」


「ふつーに怖いだろ、そりゃ戦闘マニア言われるわ」


 吹き荒れるテストステロン。

 強い者が正義。きしむ肉、歪む骨、飛び散る鮮血が、戦いのメロディを彩る。


「突貫、ゲイ・ボルグ!」


 突き出されたリョージの拳から、無数のトゲが突き立てられる。

 クランの番犬、クーフーリン必殺の武器が、スキルとなってリョージを覆っている。


「強くなってんなあ、リョージ」


「チューヤも負けてらんないね」


「いや、ワタシマケマシタワ」


「やい、回文すんな、いやい!」


「ああ……」


 一方、戦いを見つめるワルキューレの目がおかしい。

 チューヤは、人間の心には鈍感だが、悪魔の心の機微には非常に敏感にできている。


「ケルトの血か……」


「なんか心、揺れてるね」


「わかるの?」


「女子だからー」


「魔女だからでしょ……」


「はあ? チュースケちょっと表出ろよ!」


「すんません……って冗談は置いといて、本物の魔女の血だよ。モーガン・ル・フェイだ」


 アーサー王物語に登場する魔女として知られるモーガンは、現代英語読みをすればモーガンだが、もちろんケルトの女神モリガンに源流をたどれる。

 アーサー王は五世紀の人物とされており、時期的にもキリスト教に侵食される端境期であったことを考えれば、古典信仰の影響はまだ非常に色濃い。

 アーサー王伝説は、ほとんどケルトのものといっていいくらいだ。


「なにをする気だ……」


 チューヤの目は、ワルキューレからバロールに移る。

 ──ここは彼の城だ。あちこちに怪しげな魔術回路が隠されている。

 つぎの瞬間、床から浮き上がった魔法陣が、ワルキューレを包み込む。

 バロールは、にやりと笑い、


「そうだ、剣になれ! 戦場のカラスに、それ以外の仕事などない!」


 突き出された腕に向かって、ワルキューレを触媒に展開した魔法陣が開き、出現した一振りの剣が吸い込まれていく。


「魔剣化か……っ」


 チューヤが気づくのが遅れても、いたしかたない。

 悪魔と剣を合体させる、というプロトコルも邪教にはあるらしいが、まだその域まで達していないし、そもそも悪魔を武器に変える(あるいは武器の生贄にする)魔剣化は、悪魔を愛するチューヤにとって、かなり抵抗のある手法だ。


「てめえ卑怯だぞコラ!」


 ワルキューレに走り寄り、魔法陣をかき消すチューヤ。

 力なく倒れる戦乙女を受け止め、サアヤに介抱を任す。


「ハエどもが、この剣の力、見るがいい!」


 バロールの手にある剣が放つ魔力は、恐ろしく強大だ。

 ワルキューレを触媒に連想される剣、と言えば。

 モーガン・ル・フェイが、アーサーからその魔法の鞘を奪い取ったという。

 そこから引き出された、剣の名は──エクスカリバー。


「死ね!」


 強烈な斬撃がリョージを引き裂く。


「り……っ」


「リョーちんの、バカちん!」


 だれが見ても致命傷、その一撃すら避けようとしない。

 むしろ突撃して、すべてを受け止めるつもりでいる。


「バカめ、真っ二つだ!」


「新陰流ぅう」


 無刀取り。

 がつっ、とすさまじい音を立て、リョージの腕が聖剣を根元で受け止める。

 真剣白羽取りの原型ともいわれる柳生新陰流無刀取りは、非現実的な技とされる白羽取りに比べて、みずから突進して根元で受け止めるという現実的な技だ。


「おのれ、なにがサムライか……っ」


 バロールは歯噛みしつつ、即座に引いて距離を取り、魔力を込めた刀身をぶつけていく。


「それじゃあ、斬れねえよ!」


 リョージは、すべての斬撃を受け止め、唇から血をにじませながらも、笑う。

 剣の切っ先を、わずかに斜めに外している。もちろん、人間の皮膚なら多少斜めになったところで切り裂かれるが、リョージはちがう。


「……すっげ、蒸着だ!」


 サアヤの表現は、言いえて妙だ。

 ゆらゆらと蒸気を巻きながら、彼の体表を覆う、それはクーフーリンの鎧。


「一種の防御スキルだろ?」


「まさに蒸着だって言ってんの」


「なんだっけ、それ……なんか、サアヤのオヤジさんがやってたような……」


 サアヤは指を立て、カメラ目線で言った。


「説明しよう。日本刑事リョーバンが、コンバットスーツを蒸着するタイムは、わずか0.05秒に過ぎない。では、蒸着プロセスをもう一度見てみよう!」


 突き出されるバロールの一撃。

 人体を貫通するその衝撃に対して、リョージは悪魔相関プログラムを起動、異界からクーフーリンの鎧を転送させる。

 浮き上がる鎧と、それによって受け流される衝撃。

 まさにリョージとクーフーリンのコンバット・スイーツである!


「日本刑事……」


 自分がそんな呼ばれようをしているなど、つゆほども知らないリョージは、


「まだまだ、行くぜオラァ!」


 戦いをやめない。

 彼は戦うことを欲している。


「男なんだろ? ぐずぐずするなよ!」


 サアヤに煽られるまでもなく突撃する彼は、振り向くことを知らない若さを持っていた──。

 まだサアヤが隣家に住んでいたころ、彼女の家庭に入り浸りながら、小耳にはさんだことのあるセリフとメロディだ、とチューヤは思い出した。


「そういやサアヤのオヤジさん、特撮ヒーローマニアだったっけ」


「家に愛蔵版ボックスセットあるよお」


 てへへ、と笑うサアヤ。

 父親の特撮ヒーロー趣味と、母親の昭和歌謡趣味を、全身で受け継いでいる全身昭和ネタの彼女は、ある意味、得難いJKといっていい。

 周囲がどんなネタで転がしているかを知ってか知らずか、リョージはただ自分の戦いを楽しんでいる。

 強い力を持ち、強い敵に対峙できる、それこそが彼の矜持であり、歓喜である。


「こんどはオレの番だぜ、おっさんよォオ!」


 魔王をおっさん呼ばわりで、タコ殴りを開始する。


「つ、強すぎだろ、リョージ。俺らの出番なくねえか?」


 チューヤであれば、相手のズルにはより巧妙なズルで返すところだが、リョージは真っ正面から受け止めて反撃し、自力で凌駕していこうとしている。

 なんと主人公っぽいのだろうか……。


「リョーちんは、やる男だよ。おかーさんは、最初からわかっていたよ」


 ほろり、と涙を拭うしぐさで、バカ夫婦が三文芝居をはじめるまえに、目を覚ましたワルキューレが言った。


「私が、あなたの鞘になろう……!」


 魔剣の生贄に勝手に使われ、瀕死のワルキューレが最後の開いた魔力回路。

 それは、モーガンが湖に捨てた魔法の鞘を、みずから拾いガウェインに……いや、クーフーリンに差し出す、贖罪時間の巻きもどし。


 ガーディアンはひとり一体にかぎられるが、アイテム化した場合、そのかぎりではない。

 リョージの上のクーフーリンが、最強の状態まで仕上がる。

 片手にゲイボルグを持ち、自動回復機能を持った魔法の鞘も帯びている。

 傷だらけのリョージの肉体が一時的に回復し、すべての機能が攻撃に特化する。


 ──準備は完了した。

 会場のボルテージはマックスだ。

 リョージは武道館が待つ、最後の演出を呼びこんだ。


「フィニッシュホールド、いくぜ、オラァアア!」


 彼がポーズを決めた瞬間、カメラはズームイン・アウトをくりかえす。

 壊れかけた柱のひとつに立ち、伸ばしたミシャグジさまの触手でバロールを固定する。

 大きく舞い上がり、ゲイボルグと石棒の交点に、クラッチしたバロールの顔面をミートさせる大技の名は。


「いま必殺の、雪崩式オメガ・アポカリプス撲殺天使!」


「オォオォオォーッ!」


 いつものようにストンピングして、大いに盛り上がるチューヤ。

 なんだその命名センスは、とドン引きサアヤ。


 ざぐっ!


 弱点の一ツ目を突き刺され、絶叫するバロール。

 長い戦いが、終わろうとしている──。



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