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戦闘は完全に劣勢だった。
バステト、ハトホルのエジプト連携は、かなり強力に戦闘を支えてくれているが、ヌエを特攻させると回復力が足りない。
サアヤという不足が、徐々にチューヤの足元をからめとっていく。
「しぶとい人間だ、ヴァルハラの戦いに向いているぞ、死して私とくるがいい」
ワルキューレの口数が増えている。
これは、あまりいい傾向ではない。
チューヤが誘ってしゃべらせているならともかく、相手から口を開くのは、余裕と自信の証拠だ。
「いやいや、せっかくだからワルキューレさん、あんたが俺のナカマになってよ。好待遇だぜ?」
ぴくり、とワルキューレの頬が不快げに跳ねる。
「そのレベルで、よくも私に無礼な勧誘を」
もちろん、これがボス戦であることを抜きにしても、いまのチューヤはとうていワルキューレをナカマにできるレベルではない。
「いいのかよ、あんたら、クーフーリンが悲しむぞ!」
チューヤの一言が、意外に相手の動きを鈍らせた。
『デビル豪』の知識に頼ってみるか、と藁にも縋る作戦を模索する。
──ケルトにおけるヴァルキリーの一種がモリガンで、彼女らも戦いの女神である。
ハイイロガラスの化身であり、鳥やウミヘビ、少女、老婆など、様々な姿をとって戦場に現れる。
血なまぐさい逸話に彩れているが、なかでもよく知られているのが、クーフーリンとの悲恋の逸話だ。
簡単に言うと、ふられて、逆恨みし、つきまとうが、好きなので殺すことができず、ときには助けてしまう。
ある戦争で、行けば死ぬと忠告するが、クーフーリンは無視して最期を遂げる。
モリガンはカラスの姿で彼の肩に止まり、屍体を持ち去ろうとする敵兵を追い返す──。
「知らぬな、島のケルトの色恋沙汰なぞ」
ワルキューレは厳しい表情で、うっぷんを晴らすような斬撃をくりかえす。
ワルキューレは集団の名であり、そのうちのひとりが、かつてクーフーリンと恋仲であったところで、全体としては関係がない。
しかし、過去の逸話は人間たちの記憶に刻まれ、その記憶がまた幻想世界の悪魔たちの力になっていることも事実だ。
「リョージはイケメンだぞ、あいつのガーディアンになれば、クーフーリンとも合体できちゃったりなんかするかもな! ああ、合体したい!」
「黙れ、不埒な人間風情が!」
「ごめんよ! ピクシー、いまだ落とせ!」
チューヤが叫んだ瞬間、巨大な岩がまっすぐ、ワルキューレの上に落ちてくる。
完全直撃コース、防御も困難、なぜならチューヤの仲間が左右から狙っているから。
一撃必殺、狙いすましたような攻撃だったが、
「甘い!」
後方から飛翔したもう一体のワルキューレが、猛然と剣をふるい、岩石を吹っ飛ばす。
じわじわと構築された作戦が、みごとに破綻した瞬間。
両陣営の意識の流れが、瞬時に、そして対照的に入れ替わる。
「……助けられたか」
姉貴分のワルキューレが、短く嘆息して妹分を顧みる。
妹分は、姉貴分に手を貸して立たせながら、
「あの悪魔使い、小ズルい動きをしていましたのでね。4体同時召喚できるとは、なかなかの手練。しかし逆に言えば、それらの動きを見定めておきさえすれば、なんの問題も……」
ワルキューレたちはそんな話をしながら、もはや戦いなど終わったかのような表情。
彼女らは、自分たちがそうすれば勝てる、という戦いの見通しを、すでに立てている。その範囲内で、自分たちの勝利はもはや決定した。
たしかに、彼女らはチューヤとそのナカマたちの動きには注目していた。
その動きが、守るべき槍に届かないように、計算され尽くした動きをした。
じっさい彼女らの計算は正しい。戦闘に特化した彼女らの戦闘見通しについて、戦闘の枠内で裏をかくことはむずかしい。
──言い換えれば、第三軸を使えばいい。
彼女らは戦闘以外の場所での動きに、まったく注意を払っていないのだ。
にやり、と笑うチューヤ。
「あー、どこかのカワイイ女の子さんが、あの槍をリョージのところに持って行ってくれたら、きっとあいつ、ものすごく感謝してその子を好きになっちゃうかもしれないなあ!」
聞こえよがしに声を張り上げた瞬間、ずぶり、と引き抜かれるブリューナク。
「は? な、おのれ貴様……っ」
ふりかえり、槍を守りにもどろうとするワルキューレを、ナカマたちの攻撃が左右から挟み込む。
「行かせねえよ、ワルキューレさん。あんたも戦乙女なら、ちったー戦術ってもん、勉強するんだな!」
チューヤの戦い方は、決して派手ではないが、クレバーで多様な可能性を秘めている。
大量破壊兵器など必要ない。
敵を所定の場所に誘い込み、集中砲火を浴びせればよい。
その程度では簡単に倒せない相手でも、別の戦略の役に立てることはできる。
八百屋お七の動きは、最初から可能なかぎり把握していた。
リョージの手助けに向かってくれればそれもまたいいと思っていたが、ハイピクシーを飛ばして、先にこちらへ誘導したのは、まちがいではなかった。
さらにその後、ハイピクシーは上のほうで動かしておいて、姑息な作戦を画策しているのだと、わざと警戒させておいたことが、みごとにハマった。
広く見た戦場の支配。
これが悪魔使いの戦い方だ。
ざん!
と、床に突き刺さった槍と、それを投げた少女を、リョージは交互に見つめた。
「……ごめんあそばせ!」
少女はそれだけ言うと、リョージのまえから姿を消した。
よくわからない少女だが、彼女としては、ここで一発、印象付けておくだけで、きょうのところは良しとする、という恋愛テクニックなのだと思われた。
単に恥ずかしいだけかもしれない。
「おのれ、役に立たぬ戦女め」
吐き捨てながら、バロールがついに重い腰を上げた。
さっきから部下たちにリョージを攻撃させているが、いっこうに埒が明かない。
相手も消耗はしているようだが、生命の危機に瀕しているようにはまったく見えないし、一方的に味方の戦力が損耗しているだけ、という印象が強い。
士気にもかかわる。最強の自分が出張り、一騎打ちで片づけるのが、このさい最良の戦局収拾に思われた。
「ハァ……ハァ……。ようやくご出陣かい、御大将さん」
疲労は強いが、まだ戦える。
リョージは不敵な表情をつくり、迎え撃つ。
「その槍で、わしが倒せると思うてか?」
バロールの巨体が近づいてくる。
リョージが槍に手を伸ばした瞬間、それは「バシュン!」と閃光を発して溶け落ちた。
「……っ」
せっかくチューヤががんばってくれたのにな……。
リョージは悲しげに嘆息した。
「簡単に己が弱みとなりうるものを、そのまま放置すると思うてか。そも万全の状態で使える武器でなければ、弱点にはならぬ」
バロール。
それはケルト神話の終わりの始まり。
略歴は、フィル・ヴォルク族の一つ目の巨人。
孫に殺されるという予言を恐れ、娘エトネを大西洋の孤島の塔に閉じ込める。
その後、なんやかやで生まれたルーが、予言通り祖父バロールの邪眼を射抜いて倒す。
という下敷きの上に、チューヤの立てた作戦が、上ではどうにか当たったが、下では早々に破綻した。
伝説の武器ブリューナクは、創作された機能とともに、あっさりと消滅したのだ。
「……そうかい。なら、万全に使える武器を、その脳天にぶち込んでやるまでさ」
リョージの全身に、クーフーリンが浮き上がった。
クーフーリンは、このルーの生まれ変わり、とも言われている。
ドラゴン的な蛇の眼を想起させるバロールの異常な眼力は、その後、聖パトリックがアイルランドのすべての蛇を追い払った、という伝説から一種の連続性を見て取ることができる。
現在もアイルランドには蛇が一匹もいない。これは人間が駆逐したわけではなく、自然の結果でもあるらしい。
「やはり貴様か、クランの番犬」
リョージの眼前に、バロールが対峙する。
「うちのガーディアンによるとな、あんたらの動きはお気に召さないってさ!」
タイマンなら、かかってきやがれだ。
動こうとする悪魔の残存兵力と、支えようとするサアヤの動きを、バロールとリョージが同時に制した。
「一騎打ちだ」
マンガのような展開が、一連の物語の掉尾を飾ろうとしている。




