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「なにギャグマンガやってんの、チューヤ」


 サアヤの冷たい声が、チューヤの耳を酷薄に冷やしていく。


「い、いや、笑えないでしょこれ」


 現代人の宿命。

 大事なときにバッテリーが切れることは、ままあるが、


「いや、ここじゃ、しかたないみたいだぜ。オレのケータイも、ぶっ飛んでる」


 リョージが、あまり使わないスマホを手に言った。

 バッテリーを貸りる、というベタな選択肢を思わないこともなかったが、すべて無駄な考えだった。

 もちろん、たとえ電子機器が使えなくても、ナノマシンは稼働する。

 チューヤは召還した悪魔を四方に飛ばし、戦場の情報を集約する。


「便利な避雷針よの、ブリューナク」


 バロールのつぶやきは、悪魔の耳を通して聞こえてきた。

 すでにチューヤは、バステト、ハーピー、ヌエ、ハトホルを展開し、とくにハーピーには高空を舞わせて、情報収集させている。


「……避雷針?」


 チューヤのつぶやきに、リョージのガーディアンが反応する。


「一つ目の魔王を倒す武器が、この城のどこかにあるはずだ」


 ヒントを得た瞬間、チューヤはハーピーを天井裏へと進ませた。

 避雷針なら、おそらく塔部のどこかに設置されている。

 城を俯瞰して探させよう、という判断だ。


 ケルト神話で、バロールを撃破した槍として知られるブリューナクだが、ケルト神話にその名前の槍はない。

 日本人がいろいろなファンタジー的解釈を混ぜて脚色し、創作した武器である、という見解が一般的だ。

 創作された武器である以上、たいへん便利だ。

 強力な電界を発生させ、電子機器をすべて使用不能にすることができる、と設定してしまえばいいのだから。

 そうしてバロールは、みずからの弱点を武器に変えて、この城のどこかに隠し、利用している。


 ほどなく、ハーピーが発見してくれた。

 城の高い部分に設置されている槍を。


「よし、もってこい」


 というチューヤの指示は、槍を守る悪魔たちによって妨げられた。

 なんと、そこにはワルキューレがいたのだ。

 ハーピー一匹でワルキューレは倒せない。

 どうするか──。


「行けよ、チューヤ。少年漫画の王道、()()()()()()()()()、だ」


 察したリョージの力強い言葉に問題があるとすれば、彼が捨て駒のやられキャラではない、という事実をどう考えるかだ。


「ただでさえ少ない戦力、これ以上分割したくないけど……しかたない、俺があの武器、取ってくるまで頼む」


 後退しつつ言うチューヤ。


「そっちこそ気をつけな。サアヤも」


 サアヤは、しばらくチューヤとリョージを見比べてから、


「私はここでリョーちん助けるよ。それでいい、チューヤ?」


「ちょうど、そうしろって言おうと思ってたとこ。なにも言うなリョージ、このまえはケートに貸し出したから、リョージにも貸さないとな」


 リョージは苦笑し、


「嫁をレンタルすんなよ。ま、ありがたく借りとく。助かるぜ」


 じっさい、サアヤがメンバーにいるのといないのとでは、生命に対する安心感がちがう。

 チューヤが背後の扉から去り、前面、バロールからのプレッシャーはさらに増す。

 「逃げる」という選択肢がないのは、ボス戦の特徴だ。

 チューヤは一時的に離脱しただけであり、戦闘は継続している。

 相手のフィールドというのは、全方位から攻撃がくる。

 サアヤの背後に迫っていた敵を、リョージの曲がるパンチが吹っ飛ばした。


「借りてる嫁、傷つけられたらオレのメンツが立たんのでな。──サアヤ、あのへんいてくれ」


 城の一角を指さす。

 壁を背にすれば、守りやすい。


「了解。だいじょぶ、自分の身は自分で守るよ」


 そのためのケルベロスというガーディアンもいる。


「ひゅー、かっちょいいね」


「ホレてまうやろ?」


「ははっ、部活のダチンコにはみんなホレてるよ。んじゃ、いくぜェ!」


 襲いくる悪魔の群れに対して、混沌の戦士は、猛然と戦闘を再開する。




 身軽なバステトと、飛行系の悪魔の力を借りて、チューヤは城の外壁を昇り詰める。

 そのたどり着いた先、もちろん彼女は待っていた。


「ヴァルハラを目指すか、勇敢なる戦士よ」


 戦乙女ワルキューレは、定番のいでたちで、ゆっくりと武装を展開する。

 兜のヘッド・ドレスから垂れる髪は美しく、彼女が恐るべき戦闘能力を持っている事実と、なかなかつながらない。

 『ニーベルンゲンの指輪』を彷彿させ、『真夏の世の夢』を彩る、美しき戦場の女神。

 いま、渋谷の各所で展開している、妖精と女神と戦士の宴が、ここにも。


 ハイイロガラスの羽ばたきが響いた瞬間、突き出されたワルキューレの切っ先を、バステトのネコパンチが弾く。

 ──戦闘開始。


「紹介すんぜ、歴戦のおナカマたちを!」


 バステト、ハトホル、ヌエ、ハーピー。

 これが最新のモードだ。

 ほぼ一心同体に動けることが、チューヤの強さである。

 個々に低い戦闘能力の悪魔も、チューヤがうまくコントロールすることで、はるかに高いレベルの悪魔をも凌駕する。

 それが彼の戦い方のすべての基本となっている。


 ワルキューレは強い。

 その強さゆえに、かなりおごっている。

 そういう周辺情報までも含めて、戦術を組み立てていく。


「あんたほどの女神さまが、なんでケルトの低レベルな魔王なんかと組んでんの?」


 戦いのなか、会話をつなぐ。

 悪魔をうまくノセてコロがすのも、悪魔使いの本領だ。


「ふん、人間ごときに言っても伝わるまいが」


 戦いながらも会話を成立させている時点で、相手の手のひらに半分まで乗っている事実に、ワルキューレは気づかない。


「いえいえ、お察ししておりますよ。本来なら格下の魔王に、こうして顎で使われるご不快、痛み入りますわ」


「……下郎が!」


 皮肉に反応させられれば、しめたものだ。

 誘いこむように、ワルキューレの位置を徐々に移動させる。

 まともに戦うより、こういう姑息な策略を得意とするのが、彼の彼らしいところだ。

 一定のところまで引き付けた瞬間、


「いまだ、引き抜けハーピー!」


 まわりこませていたナカマが、もちまえのスピードで槍に飛びかかる。

 つぎの瞬間、ハーピーの肉体が切り刻まれて吹っ飛ぶ。

 チューヤは驚き、目を見開きつつも、


「瀕死か、まずい……っ。もどれ、ハーピー」


 すかさず戦場から離脱させ、本当の「死」から隠す。

 が、死は確実の目のまえに迫っている気がする。

 この戦況は……まずい。


「お姉さまったら、油断しすぎですわ」


 避雷針の陰から、ふわりと姿を現すワルキューレ(2体目)。


「まだ、いらっしゃいましたのね……」


 チューヤは、ハーピーに代えて、荻窪で改めてナカマにしてきたハイピクシーを呼び出す。

 が、このレベルの戦いで役に立つか?

 飛び去ったハイピクシーを一瞬、追いかけようとしたワルキューレだったが、


「かまわない。下は下で、魔王の相手に手いっぱいであろうよ。助けなど来ぬ」


「なるほど、ですわね」


「おまえはそこで、槍だけ守っておけ。こやつらの始末は私がつける」


「了解です、お姉さま」


 ワルキューレの判断は冷静だ。

 チューヤは改めて陣形を構築し、戦乙女に向かい合う。




「ザコどもが、しつっけえぇんだよ!」


 リョージの強打が、雲集する悪魔の群れを一気に弾き飛ばす。

 三国志の呂布のように、薙ぎ払うその武力は一騎当千だ。


 彼の持つ「棒」は、まさに男性の「ファロス」である、とフレイザーは『金枝篇』において言及している。

 豊かなケルトの詩、歌垣をちりばめた陽気な森のエロスは、生命の情熱と解放を謳歌する。

 男女の陽気と、清教徒の陰気を対比して短編に描いたホーソンは、どちらの肩を持つこともなかったが、サウィンの引力が新大陸までも染め上げた事実は、明確に示している。

 すなわち、ミシャグジさまの「棒」とクーフーリンの「槍」のダブルミーニングだ。


「いっくぜぇェ」


 力のこもった笑みを浮かべ、リョージの肉体は白磁の輝きを帯びる。

 腕からは鞭のようにしなる石棒。ミシャグジさまの触手を、さらに白光が覆っていく。

 エクセレント・ゲイボルグ、というところか。


「すっご、アビリシャンってこういうこともできるんだ」


 魔法、それも回復系に特化したサアヤのようなタイプには、この手の芸当はできない。

 学習した能力を絡め合って、さらに強化するアビリティダンス。

 スキルや魔法を当人自身が覚えていくことで、ただの悪魔使いや魔法使いには不可能な特殊戦闘力を、人間みずから身に着ける。

 それが進化の回答であると、プログラマーたち、あるいは人類自身の遺伝子が判断したからこそ、彼らは多数派を占める。

 そんな、悪魔の力身に着けたアビリシャンたちのなかでも、リョージのポテンシャルは群を抜いている。


「おのれ、よもやモイトゥラの悪夢を」


 バロールの巨体が、徐々に近づいてきている。

 チェスのようなボードゲームを模して戦場を築いたが、たった一騎である敵のキングが意想外に強い。

 援護にまわっているクイーンの力が、そのまま宿っているかのように、こちらの繰り出すポーンはもちろん、ナイト、ビショップもつぎつぎ、撃墜してくる。


 これは不愉快な「戦闘」だ。

 戦争にすら、なっていない。


 トゥアハ・デ・ダナン(女神ダヌの血族)が、二度のモイトゥラの戦いに勝利し、エリンを支配するのが、ケルト神話である。

 第二の戦いで、アルスターの英雄クーフーリンや、フィアナ騎士団の長フィン・マクールなどが、神々との神話を紡ぐ。


「極東で、新たな神話、築いてやんぜよ」


 そんなリョージの姿に、バロールは自身、恐懼していることを認めない。


「ミレシアの末裔が、よもやここまで」


 バロールの上、忌まわしい記憶がよぎる。

 英雄たちは終わりのとき、最後の漂流者ミレシア族に追われ、常若の国ティルナノグへと逃げ込むことを余儀なくされる。

 このミレシアがエリンの全域に根を張り、人間になる、という。


 極東の新たな神話では、はたしてどう記されるのか──。



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