15
「なにギャグマンガやってんの、チューヤ」
サアヤの冷たい声が、チューヤの耳を酷薄に冷やしていく。
「い、いや、笑えないでしょこれ」
現代人の宿命。
大事なときにバッテリーが切れることは、ままあるが、
「いや、ここじゃ、しかたないみたいだぜ。オレのケータイも、ぶっ飛んでる」
リョージが、あまり使わないスマホを手に言った。
バッテリーを貸りる、というベタな選択肢を思わないこともなかったが、すべて無駄な考えだった。
もちろん、たとえ電子機器が使えなくても、ナノマシンは稼働する。
チューヤは召還した悪魔を四方に飛ばし、戦場の情報を集約する。
「便利な避雷針よの、ブリューナク」
バロールのつぶやきは、悪魔の耳を通して聞こえてきた。
すでにチューヤは、バステト、ハーピー、ヌエ、ハトホルを展開し、とくにハーピーには高空を舞わせて、情報収集させている。
「……避雷針?」
チューヤのつぶやきに、リョージのガーディアンが反応する。
「一つ目の魔王を倒す武器が、この城のどこかにあるはずだ」
ヒントを得た瞬間、チューヤはハーピーを天井裏へと進ませた。
避雷針なら、おそらく塔部のどこかに設置されている。
城を俯瞰して探させよう、という判断だ。
ケルト神話で、バロールを撃破した槍として知られるブリューナクだが、ケルト神話にその名前の槍はない。
日本人がいろいろなファンタジー的解釈を混ぜて脚色し、創作した武器である、という見解が一般的だ。
創作された武器である以上、たいへん便利だ。
強力な電界を発生させ、電子機器をすべて使用不能にすることができる、と設定してしまえばいいのだから。
そうしてバロールは、みずからの弱点を武器に変えて、この城のどこかに隠し、利用している。
ほどなく、ハーピーが発見してくれた。
城の高い部分に設置されている槍を。
「よし、もってこい」
というチューヤの指示は、槍を守る悪魔たちによって妨げられた。
なんと、そこにはワルキューレがいたのだ。
ハーピー一匹でワルキューレは倒せない。
どうするか──。
「行けよ、チューヤ。少年漫画の王道、ここはオレに任せろ、だ」
察したリョージの力強い言葉に問題があるとすれば、彼が捨て駒のやられキャラではない、という事実をどう考えるかだ。
「ただでさえ少ない戦力、これ以上分割したくないけど……しかたない、俺があの武器、取ってくるまで頼む」
後退しつつ言うチューヤ。
「そっちこそ気をつけな。サアヤも」
サアヤは、しばらくチューヤとリョージを見比べてから、
「私はここでリョーちん助けるよ。それでいい、チューヤ?」
「ちょうど、そうしろって言おうと思ってたとこ。なにも言うなリョージ、このまえはケートに貸し出したから、リョージにも貸さないとな」
リョージは苦笑し、
「嫁をレンタルすんなよ。ま、ありがたく借りとく。助かるぜ」
じっさい、サアヤがメンバーにいるのといないのとでは、生命に対する安心感がちがう。
チューヤが背後の扉から去り、前面、バロールからのプレッシャーはさらに増す。
「逃げる」という選択肢がないのは、ボス戦の特徴だ。
チューヤは一時的に離脱しただけであり、戦闘は継続している。
相手のフィールドというのは、全方位から攻撃がくる。
サアヤの背後に迫っていた敵を、リョージの曲がるパンチが吹っ飛ばした。
「借りてる嫁、傷つけられたらオレのメンツが立たんのでな。──サアヤ、あのへんいてくれ」
城の一角を指さす。
壁を背にすれば、守りやすい。
「了解。だいじょぶ、自分の身は自分で守るよ」
そのためのケルベロスというガーディアンもいる。
「ひゅー、かっちょいいね」
「ホレてまうやろ?」
「ははっ、部活のダチンコにはみんなホレてるよ。んじゃ、いくぜェ!」
襲いくる悪魔の群れに対して、混沌の戦士は、猛然と戦闘を再開する。
身軽なバステトと、飛行系の悪魔の力を借りて、チューヤは城の外壁を昇り詰める。
そのたどり着いた先、もちろん彼女は待っていた。
「ヴァルハラを目指すか、勇敢なる戦士よ」
戦乙女ワルキューレは、定番のいでたちで、ゆっくりと武装を展開する。
兜のヘッド・ドレスから垂れる髪は美しく、彼女が恐るべき戦闘能力を持っている事実と、なかなかつながらない。
『ニーベルンゲンの指輪』を彷彿させ、『真夏の世の夢』を彩る、美しき戦場の女神。
いま、渋谷の各所で展開している、妖精と女神と戦士の宴が、ここにも。
ハイイロガラスの羽ばたきが響いた瞬間、突き出されたワルキューレの切っ先を、バステトのネコパンチが弾く。
──戦闘開始。
「紹介すんぜ、歴戦のおナカマたちを!」
バステト、ハトホル、ヌエ、ハーピー。
これが最新のモードだ。
ほぼ一心同体に動けることが、チューヤの強さである。
個々に低い戦闘能力の悪魔も、チューヤがうまくコントロールすることで、はるかに高いレベルの悪魔をも凌駕する。
それが彼の戦い方のすべての基本となっている。
ワルキューレは強い。
その強さゆえに、かなり驕っている。
そういう周辺情報までも含めて、戦術を組み立てていく。
「あんたほどの女神さまが、なんでケルトの低レベルな魔王なんかと組んでんの?」
戦いのなか、会話をつなぐ。
悪魔をうまくノセてコロがすのも、悪魔使いの本領だ。
「ふん、人間ごときに言っても伝わるまいが」
戦いながらも会話を成立させている時点で、相手の手のひらに半分まで乗っている事実に、ワルキューレは気づかない。
「いえいえ、お察ししておりますよ。本来なら格下の魔王に、こうして顎で使われるご不快、痛み入りますわ」
「……下郎が!」
皮肉に反応させられれば、しめたものだ。
誘いこむように、ワルキューレの位置を徐々に移動させる。
まともに戦うより、こういう姑息な策略を得意とするのが、彼の彼らしいところだ。
一定のところまで引き付けた瞬間、
「いまだ、引き抜けハーピー!」
まわりこませていたナカマが、もちまえのスピードで槍に飛びかかる。
つぎの瞬間、ハーピーの肉体が切り刻まれて吹っ飛ぶ。
チューヤは驚き、目を見開きつつも、
「瀕死か、まずい……っ。もどれ、ハーピー」
すかさず戦場から離脱させ、本当の「死」から隠す。
が、死は確実の目のまえに迫っている気がする。
この戦況は……まずい。
「お姉さまったら、油断しすぎですわ」
避雷針の陰から、ふわりと姿を現すワルキューレ(2体目)。
「まだ、いらっしゃいましたのね……」
チューヤは、ハーピーに代えて、荻窪で改めてナカマにしてきたハイピクシーを呼び出す。
が、このレベルの戦いで役に立つか?
飛び去ったハイピクシーを一瞬、追いかけようとしたワルキューレだったが、
「かまわない。下は下で、魔王の相手に手いっぱいであろうよ。助けなど来ぬ」
「なるほど、ですわね」
「おまえはそこで、槍だけ守っておけ。こやつらの始末は私がつける」
「了解です、お姉さま」
ワルキューレの判断は冷静だ。
チューヤは改めて陣形を構築し、戦乙女に向かい合う。
「ザコどもが、しつっけえぇんだよ!」
リョージの強打が、雲集する悪魔の群れを一気に弾き飛ばす。
三国志の呂布のように、薙ぎ払うその武力は一騎当千だ。
彼の持つ「棒」は、まさに男性の「ファロス」である、とフレイザーは『金枝篇』において言及している。
豊かなケルトの詩、歌垣をちりばめた陽気な森のエロスは、生命の情熱と解放を謳歌する。
男女の陽気と、清教徒の陰気を対比して短編に描いたホーソンは、どちらの肩を持つこともなかったが、サウィンの引力が新大陸までも染め上げた事実は、明確に示している。
すなわち、ミシャグジさまの「棒」とクーフーリンの「槍」のダブルミーニングだ。
「いっくぜぇェ」
力のこもった笑みを浮かべ、リョージの肉体は白磁の輝きを帯びる。
腕からは鞭のようにしなる石棒。ミシャグジさまの触手を、さらに白光が覆っていく。
エクセレント・ゲイボルグ、というところか。
「すっご、アビリシャンってこういうこともできるんだ」
魔法、それも回復系に特化したサアヤのようなタイプには、この手の芸当はできない。
学習した能力を絡め合って、さらに強化するアビリティダンス。
スキルや魔法を当人自身が覚えていくことで、ただの悪魔使いや魔法使いには不可能な特殊戦闘力を、人間みずから身に着ける。
それが進化の回答であると、プログラマーたち、あるいは人類自身の遺伝子が判断したからこそ、彼らは多数派を占める。
そんな、悪魔の力身に着けたアビリシャンたちのなかでも、リョージのポテンシャルは群を抜いている。
「おのれ、よもやモイトゥラの悪夢を」
バロールの巨体が、徐々に近づいてきている。
チェスのようなボードゲームを模して戦場を築いたが、たった一騎である敵のキングが意想外に強い。
援護にまわっているクイーンの力が、そのまま宿っているかのように、こちらの繰り出すポーンはもちろん、ナイト、ビショップもつぎつぎ、撃墜してくる。
これは不愉快な「戦闘」だ。
戦争にすら、なっていない。
トゥアハ・デ・ダナン(女神ダヌの血族)が、二度のモイトゥラの戦いに勝利し、エリンを支配するのが、ケルト神話である。
第二の戦いで、アルスターの英雄クーフーリンや、フィアナ騎士団の長フィン・マクールなどが、神々との神話を紡ぐ。
「極東で、新たな神話、築いてやんぜよ」
そんなリョージの姿に、バロールは自身、恐懼していることを認めない。
「ミレシアの末裔が、よもやここまで」
バロールの上、忌まわしい記憶がよぎる。
英雄たちは終わりのとき、最後の漂流者ミレシア族に追われ、常若の国ティルナノグへと逃げ込むことを余儀なくされる。
このミレシアがエリンの全域に根を張り、人間になる、という。
極東の新たな神話では、はたしてどう記されるのか──。




